2-2 英雄の胃が休まらない
「おいおい、なんだその、この世の終わりみたいな顔は」
ヒーアリックが会議室へ向かうため、十字に交差する廊下を真っ直ぐ歩いていると、横から聞き覚えのある声が飛んできた。
その人物は言わずもがな。ヒーアリックの同期であるギルバートである。
しかもその横には、珍しく錬金術師のエドガー・ヴァレンもいた。
ギルバートは、ヒーアリックの青白い顔を見て、面白そうにニヤリと口角を上げる。
「あの黒き森から生きて帰ってきた英雄様が、随分と憔悴してるじゃんか。まさか、魔女の呪いでも残ってんのか?」
「……ただの胃痛だ。気にするな」
ヒーアリックは、出来るだけ普段通りの声でギルバートから目を逸らした。
だが、エドガーの鋭い洞察眼は誤魔化せない。
彼は、眼鏡の奥の鋭く釣り上がった瞳でヒーアリックを観察すると、重々しく頷いた。
「ふむ。顔色は酷く悪いですが、全身がら溢れ出るそのピリついた気迫。流石です。死線を見据える顔をしていらっしゃいますね。『未曾有の脅威』に対する警戒を、極限まで高めているのがよく伝わります」
(実家からの突撃に怯えているだけ、とは口が裂けても言えん……!)
ヒーアリックは、己の運命を呪いながら、3人で会議室へと続く長い廊下を進んだ。
その途中、角を曲がった先で、精霊使いや操獣師、吟遊詩人の一団と鉢合わせる。
3人の表情には、いつになく真剣で緊迫した顔色が浮かんでいた。
「今日の会議、クソ荒れそうだな」
操獣師が肩に乗る小さなワイバーンの頭をガシガシと雑に撫でながら吐き捨てる。
「えぇ。一刻も早く検知されたあの脅威の対処法を決めなければ、この国がどうなるか分からないわ」
操獣師の隣を歩く精霊使いも、唇を噛み締めながらそれに同調した。
「僕は出来れば戦いたくないなぁ、そんな不条理な化け物」
先頭を歩いていた吟遊詩人が肩をすくめながら、会議室の重厚な扉に手をかける。
ギィ……と重々しい音を立てて扉が開いた。
その先に広がっていたのは、息を呑むような静寂。
円卓を囲むように配置された席には、すでに聖女 ルナリア・エドワードと鍛冶師が着いていた。
月のように静かな佇まいで目を閉じる聖女ルナリアと、腕を組み険しい表情で深く腰掛ける鍛冶師。
その2人からも、普段とは違うただならぬ緊張感が漂っていた。
ヒーアリック達は、重苦しい空気の中に腰を下ろし、静寂の中でその時を待つ。
しばらくして、重い扉が開き、側近を従えた国王が厳かに入室してきた。
全員が一斉に立ち上がり、深く頭を下げる。
「皆、楽にしてくれ」
王は、重厚な座席へ腰を下ろすと、威厳に満ちた眼差しで一同を見渡した。
「――これより、本日の定期会議を執り行う。議題は二つ。まずはら我がルミエール王国の新たな魔導資源採掘地として登録が決まった、黒き森の件を片付けてしまおう」
王の言葉を受け、エドガーが眼鏡の縁をすっと押し上げ、立ち上がった。
「ご報告致します。私が現地へ赴き、魔導地脈及び環境の鑑別を行いました。現在の環境はきわめて安定しており、小屋の解体等作業も安全に進行中でございますので、採掘事業の着手に何ら支障はございません」
エドガーの滑らかな報告に、ヒーアリックはその澄んだ蒼い瞳をわずかに細めた。
(……あの常軌を逸した結界には触れないのか……?エドガーであればすぐ気付けるはずだが……)
呼吸をする度に魔力の毒が肺を焼くような錯覚を覚えた、あの日――あの森の異常性。
それをあっさりと無視したエドガーの報告に、ヒーアリックは冷や汗を滲ませる。
国王はエドガーの報告に深く頷き、威厳に満ちた眼差しをまっすぐヒーアリックへと向けた。
「ヒーアリックよ。黒き森の脅威を退け、これほどの魔導資源採掘地をもたらしてくれたこと、国王として改めて深く感謝する。お前の功績は実に素晴らしい」
「滅相もございません。私はただ、己の職務を全うしたまでに過ぎませんので」
ヒーアリックは微かな動揺を隠しながら、王に恭しく頭を下げた。
国王は満足そうに目を細めると、威厳に満ちた表情に戻り、エドガーを見据える。
「よし、エドガー。では引き続き、黒き森での魔導資源採掘作業を進めてくれ」
「御意」
国王は、エドガーが着席するのを確認すると、声のトーンを一段階落とした。
「――では、本題へ移ろう。王都近郊にて観測された『この世界そのものを根底から揺るがしかねない、未曾有の脅威』についてだ」




