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2-1 思いがけない危機


 王宮にある自身の執務室くつろいでいたヒーアリックのもとに、実家であるハルドール公爵家から、一通の便箋が届いた。


 差し出し人は、ヒーアリックの父であり、ハルドール公爵当主であるアーノルド・アダルバートだ。

 

(……父上から?)

 

 ヒーアリックは不思議そうに青白い色をした便箋を見つめる。が、その動きは瞬時にピタッと止まった。

 

「……」

 

 父から手紙が来るようなことが何かあっただろうか、と一瞬でも思い悩んんだ自分が馬鹿馬鹿しく思うほど、すぐにその内容が想像できたからである。


 確実に、99%、あの話に違いない。

 

 嫌な予感を抱きながら封を切ると、そこにはいつもの威厳あふれる達筆な字ではなく、涙で文字がところどころ滲んだ劇的な文章が綴られていた。

 

『愛しき我が息子、ヒーアリックへ

 

 お前が黒き森の脅威から無事生還したと聞き、妻と共に言葉にならぬ歓喜に震えている。

 ウォルターから預かった遺書も読んだ。

 我がアダルバート家の誇り高き魂、そして国と民のために命を捨てる覚悟……これほどまでに気高く育ってくれたことを、父として心から誇りに思う。

 

 お前の覚悟に報いるため、近々、一家総出で王都へ向かい、お前の生還を祝う盛大な宴を催す予定だ。その際是非、親族や重鎮たちの前であの遺書を朗読させてほしい。誇らしい我が息子よ、今夜は泣き明かそう』

 

「……終わった」

 

 ヒーアリックは頭を抱え、絶叫を押し殺した。

 

 死を覚悟して書いた遺書は、無事に生還した今、ただの超高純度の黒歴史として両親の手に渡っていることは分かっていた。


 だが、盛大に祝われるのは絶対に話が違う。


 普段は誰もがひれ伏すほど威厳に満ちた父だが、今は完全に親バカと化していた。

 集まった大勢の親族や重鎮たちの前で「これぞ我が息子の気高い魂!」と、あの青くさい遺書を感動的に朗読し始めるに決まっている。

 

 実際には、魔女ではなくただの女の子がいただけだったなど、口が裂けても言えない。


 今更、勘違いだったと言ってしまえば、公爵家の名誉や自身の騎士としての立場が崩壊するばかりか、下手に真実を明かせば、ナズナが不法占拠者として、なにか処罰でもされるかもしれない。


「……眩暈がしてきた……」

  

 現実逃避したい脳がエラーを起こしたのか、こめかみがズキズキと痛み出し、冷や汗が背中を伝う。

 

 ギルバートの引き起こすトラブル、暗殺の魔女の拍子抜けな正体、そして今まさに爆発した自身の黒歴史。 

 耐えられない現実に、彼はそっと目を瞑った。


「――ヒーアリック様、間もなく至高の星階の定期会議が始まります」

 執務室のドアがノックされ、部下の一報が届いた。

 

 長椅子に深く腰掛けていたヒーアリックは、ゆっくりと目を開けた。

 その手には、青白い便箋が握られている。


(……北の領地から公爵家の馬車で移動となれば、王都到着までせいぜい一週間。止める術もない……)


 手紙に書かれた情熱的すぎる文章と、自分の黒歴史となった遺書の文字が頭の中を駆け巡る。 

 無事に生還したはずなのに、なぜか人生最大の危機を感じていた。


 ヒーアリックはまるで危険な呪具でも扱うかのように、おそるおそる便箋を机の引き出しの最奥へと押し込んだ。

 視界から消し去るように静かにバタンと引き出しを閉め、二度と開くまいと固く決意する。


 そして重い腰を上げると、姿見の前へと進み出た。


 鏡に映る自分の顔を見つめ、一切の隙もない完璧な騎士のポーカーフェイスを作り上げた――つもりだったが、動揺による顔の青白さだけは、どうしても隠しきれていない。


 それでも彼は小さく息を吐き、凛とした背筋で会議室へと向かった。


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