2-4 悲報、ギルバートはヘイトを買いすぎた
「終わった……終わったぁぁぁ。なぁ、ヒーアリック、今日みんないつも以上におれに当たり強くなかったか?」
会議室室を出るやいなや、ギルバートが魂を抜けた顔でヒーアリックの肩にもたれかかった。
「自業自得だな。というか、本当にただの予算泥棒扱いされていたが」
「そこ蒸し返すな!おれだって一応、魔術のことに関しては真面目にコメントしただろ?」
「まぁ、最後の最後でまともな解説をして偉かったな」
「偉かったなってなんだ!褒めを求めてないって!」
「じゃあ今更何を求めている?」
「求めてるのは同情!労い!癒やし!」
ギルバートは茶髪の頭を掻きむしり、縋り付くような視線をヒーアリックに向けて訴える。
「特にルナリア!『ただの予算泥棒』って言った時の目!あれ絶対、おれを害虫か何かと勘違いしてるよな?!」
「勘違いじゃないから安心しろ。日頃の行いの結果だ」
「冷たっ!ヒーアリックまで冷たいとは何事だよ……!」
ヒーアリックはため息をつくと、ピタリと足を止め、冷ややかな視線をギルバートへ向けた。
「毎回毎回『お前の教育がなってない』だの『管理不足だ』だの、なぜか巻き添えで怒られる俺の不憫さが分からんわけじゃないだろ?」
ヒーアリックの訴えに、ギルバートは珍しく口を噤み、顎に手をあてて「うーん……」と真剣な顔をして考える始めた。
ついに自分のかけてきた迷惑の大きさを自覚し、反省でもしているのだろうか。
ほんのわずかな淡い期待がヒーアリックの胸を掠めた、次の瞬間だった。
「それは、おれと同期のヒーアリックが悪い。……いや!長い付き合いなのに、おれのことを理解してないヒーアリックが悪い!」
「……逆ギレの天才か、お前は?」
堂々とドヤ顔を決めるギルバートの理不尽すぎる理論に、ヒーアリックは怒りを通り越して眩暈を覚える。
「……いや、同期だからって不祥事の泥拭いまでしてくれると思うな!」
「えっ、してくんねーの?!友情ってそういう困った時は助け合うんじゃねーのかよ!?」
「俺が困っている原因のほとんどがギルなんだ!」
ピシャリと言い放たれ、ギルバートは「酷い……!」と両手で胸を押さえ、大袈裟に天を仰いだ。
そのまま、へなへなと腰を落としそうになりながら、嘘泣きっ面でヒーアリックの背中に手を伸ばし、よしよしと気安くさすり始める。
「ううっ……。大変なんだな、ヒーアリック……」
「……なぜ俺が慰められている?」
ヒーアリックは自分の肩越しにギルバートを見下ろした。
「ん?こうでもしたら飯奢ってくれるかなーって。お前、優しいから同情し始めてくんないかなーって」
「……今それを言った愚かさに感謝する。今後絶対、飯は奢らん」
ヒーアリックは、背中に添えられたギルバートの手を容赦なく叩き落とし、そのまま早足で廊下を進む。
「おいおい、それは話が違うって!冗談じゃんか、許せよ〜……」
ギルバートは痛む手をさすりながら、慌てて追いつき、話題を逸らすように、わざとらしくパンと手を叩いた。
「そういやヒーアリック!お前、会議が始まる前……いや、今もか。ずっと顔色悪いがどうしたんだ?」
「あー……」
ヒーアリックの脳裏に父親からの手紙がフラッシュバックする。
一週間後、大勢の親戚や重鎮達の前であの青くさい遺書を仰々しく朗読するであろう父の姿。
正直、思い出すだけで恐ろしくて胃痛がしてくる。
「……ただの胃痛だ、慢性的なな」
みぞおちを押さえ、ヒーアリックは深々とため息を吐き出した。
「胃薬やろうか?おれ特製の、調合を盛大にミスって完成した、飲むと一瞬で意識が吹き飛ぶ液体」
ギルバートがローブのポケットから怪しげに泡立つ紫色の小瓶を取り出そうとするのを、ヒーアリックは即座にその手首を掴んで制した。
「それを毒薬っていうんだ。絶対いらん」
「お〜、よく分かったな。流石は騎士団長」
ヒーアリックは安堵するかのようにため息つくと、ふと気になったことを口にした。
「ギルは調合なんてするんだな。てっきり、魔術師だから手を出さないと思っていたが」
「なんでもかんでもエドガーにやらせねーよ。
といっても、おれには調合のセンスがないみたいでさ。何かを作ろうとする度に、なぜかこうして凶悪な劇薬ができるわけだが」
ギルバートは「なんでだろ?」と不思議そうに首を傾げる。
「……1回もまともな薬を作れたことがないのに、人に進めるな」
ヒーアリックはあまりの悪びれのなさに思わず胃を押さえた。これ以上、この男のペースに巻き込まれていては、胃どころか命がいくつあっても足りない。
ヒーアリックが目を伏せた、その時だった。
「――ここにいらっしゃったのですね、ギルバート殿」
背後から降ってきた静かで凛々しい声に、ギルバートの背筋がピンと跳ね上がる。
「……ルナリア嬢」
ヒーアリックが足を止めて振り返ると、そこには聖衣を美しく着こなしたルナリアが立っていた。
彼女は、完璧な淑女の微笑みを浮かべているが、その銀色の目には一切光が入っていない。
「……探しましたよ、ギルバート殿。わたくしの侮られた不名誉、そっくりそのまま貴方様への再教育で返上させていただきます」
「ひぃぃ……っ!ヒーアリック、助けてくれ!氷の聖女様が本気でおれを消しにきてる!!てか再教育って何!?」
「消しにきてるとは失礼ですね。『再教育するだけ』ですが」
ルナリアは静かに微笑みながら、ゆっくりとギルバートとの間合いを詰めてくる。
ギルバートは、ヒーアリックの背中に隠れようと必死に彼の袖を引っ張った。
「……ルナリア嬢。なぜ君が、ほとんど関わりのないギルを再教育とやらするんだ?」
疑問を口にしたヒーアリックに、ルナリアは優雅に首を傾げて答えた。
「先程、エドガー殿から『口だけで指導もしないのか』と何故か煽られまして。わたくしの名誉の為にも、完璧に彼の素行を叩き直すことに致しました」
「はぁ……」
聖女とは思えない、あまりにも理不尽で私的な理由に、ヒーアリックは脱力したような声を漏らすことしか出来ない。
「……というわけで、彼を引き取らせて頂いても?」
「あぁ。どうぞ引き取ってくれ」
「ちょ、おい!ヒーアリックー?!」
すがりつこうと背中からがっちりしがみついてきたギルバートを、ヒーアリックは冷酷に指一本ずつ剥がしながら半歩下がって回避した。
ルナリアは、「ご協力感謝します」とばかり優雅に一礼をする。
そして、素早い手つきでギルバートの高級そうな深い紺色のローブの襟首をガシッと掴み上げた。
「ちょ、聖女とは?!扱い方が聖女じゃないって!首締まってる!首締まってるから!!」
「失礼ですね。わたくしは正真正銘、至高の星階の聖女ですが。さぁ、行きましょうか」
大暴れするギルバートを、ルナリアはまるで雑巾か何かのように引きずりながら、容赦なく廊下の奥へと連行していく。
大理石の上をズルズルと引きずられていくギルバートの悲鳴が遠ざかるのを、ヒーアリックは遠い目で見送った。
そして、誰もいなくなった廊下で、ようやく深く長いため息を吐き出す。
「ふぅ……」
ヒーアリックは自身の手をじっと見つめては、手紙の内容を思い出した。
ヒーアリックを誇りに思い、涙で文章を滲ませていた情熱的すぎる父の手紙。
一週間後、大勢の親戚や重鎮たちの前であの青くさい遺書を感動的に朗読し始めるであろう父の姿。
(……想像するだけで死にそうだ……)
止める術もない。
本当のことを言えるはずもない。
無事に生還したはずなのに、人生最大の危機が刻一刻と近づいている。
(……限界だ。戻って胃薬を飲もう……)
ヒーアリックは激しく痛む胃をぎゅっと押さえつけ、自身の執務室へ向かって早足で歩き出した。




