表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/15

第7話 風が馴染むまで

 マリアの身体は、ゆっくりと地面へ降りてきた。彼女の足先が草に触れた瞬間、それまで周囲を舞っていた風が、ほどけるように消えていく。大きくなびいていた髪が肩へ戻り、淡く輝いていた身体も、少しずつ元の姿へ戻っていった。

「マリア!」

 ヒューは駆け寄り、倒れそうになった彼女の肩を支えた。

「大丈夫か?」

「ええ……驚いただけ」

 マリアは何度か深呼吸をした。顔色は悪くない。苦しそうな様子もなかったが、自分の身体に何が起きたのか、まだ理解できていないようだった。

「急に魔力があふれ出して、止められなかったの。でも、今は大丈夫」

 マリアが右手を持ち上げる。その指先へ、細い風が集まった。草の葉を揺らす程度の小さな風。しかし、今度は暴れることなく、マリアの指の動きに従って、ゆっくりと円を描いている。

「さっきとは違う」

「ええ」

 マリアは風を見つめた。

「少しずつだけれど、分かるわ」

 目を閉じる。

「今までの私にとって、風はただ周りにあるものだった」

 頬を撫でる風。草を揺らす風。遠くから流れてくる空気。

「でも今は、どこから吹いてきて、どこへ向かおうとしているのか感じられる」

「《風術師》になったからか?」

「おそらくね。風への親和性が高くなったんだと思う」

 マリアが一歩踏み出した。その足元へ、ふわりと風が集まる。

「……あ」

 身体がわずかに前へ押し出された。

「風を使えば、今までより素早く動けそう」

「便利だな」

「魔法使いは接近されると弱いから、これはかなり大きいわ」

 ヒューは先ほどの光景を思い出す。

「空も飛べるのか?」

「飛ぶというより」

 マリアは少し困ったように笑った。

「風で身体を支えていただけだと思う」

「でも浮いてたぞ」

「浮いてはいたけど……」

 自分の身体が宙へ持ち上げられたことを思い出したのか。マリアの表情が少し引きつる。

「使える魔力を一気に持っていかれたわ」

「そんなに?」

「ええ。今すぐもう一度やれって言われても、たぶん無理」

「じゃあ空中移動は」

「緊急時だけね」

「それでも」

 ヒューは胸を撫で下ろした。

「逃げる手段が増えたのは大きい」

 これまで、敵がマリアへ向かうたび。自分が間に合わなければどうなる。そんな不安があった。だが、風を使って自分から距離を取れるのなら。彼女の安全は、以前より確実に高まる。

「ありがとう、ヒュー」

「どうして俺に礼を言うんだ?」

「あなたが《共鳴》してくれなければ、この力は手に入らなかったもの」

「俺だけの力じゃない」

 ヒューは答える。

「マリアが俺を信じてくれたからだ」

「……そうね」

 マリアは少しだけ目を伏せた。二人の間を、穏やかな風が通り過ぎていった。

     ◇

 町へ戻った二人は、そのまま冒険者ギルドへ向かった。受付の前へ、十五体分の討伐証明を並べる。受付係は一つずつ数えながら。何度もヒューたちの顔を見上げた。

「これを、今日だけで?」

「はい」

「二人で?」

「はい」

「……」

 受付係の手が止まった。

「少々お待ちください」

 討伐証明を抱え。慌ただしく奥へ引っ込んでいく。しばらくすると。別の職員も現れた。討伐証明の種類。状態。数。一つずつ確認していく。今回の討伐だけではない。これまで二人が達成した依頼。

 ゴブリン。大牙ウルフ。そして、若いオーガを討伐した実績。それらも含めて。すでにギルド内で昇格が検討されていたらしい。やがて、受付係が戻ってくる。手には、二枚のギルドカード。

「ヒューさん、マリアさん」

「はい」

「お二人のEランクへの昇格が承認されました」

「本当ですか?」

 マリアの顔が明るくなる。

「はい」

 受付係はカードを差し出した。

「ただし」

 少しだけ表情が厳しくなる。

「Eランクになれば、これまでより危険な依頼を受けられるようになります」

「ああ」

「自分の実力を過信しないでください」

「分かりました」

 ヒューがカードを受け取る。刻まれていた文字。

【冒険者ランク:E】

「本当に変わってる」

 マリアも、自分のカードを眺めた。

「これで護衛依頼を受けられるわね」

「ああ」

 二人は、早速。依頼掲示板の前へ移動した。Eランク以上を対象にした依頼。Fランクまでとは、内容が明らかに違う。魔物の群れの討伐。遠方での薬草採取。行商人の護衛。町の外へ出るものが多い。

「ヒュー」

 マリアが、一枚の依頼書を指した。

「これ」

 ヒューも覗き込む。

【商隊護衛】

【目的地:リーヴェン】

【出発:三日後】

「目的地も同じだ」

「ええ」

 マリアが頷く。

「これなら路銀を稼ぎながらリーヴェンまで行ける」

 依頼を受けるには、翌日。依頼主の商人と面談する必要がある。

「申し込もう」

「ええ」

 二人は受付で申し込みを済ませた。

     ◇

 翌日。ヒューとマリアは、町の商業区にある倉庫を訪れていた。大きな扉の前には、荷物を積み始めた二台の馬車が並んでいる。依頼主の商人は、護衛へ応募した二人を見ると。手元の書類と。ヒューたちの顔を、交互に見比べた。

「二人とも、昨日Eランクになったばかりなのか」

「はい」

「若いな……」

 商人が、不安そうに眉を寄せる。ヒューが何か言おうとした。そのとき。

「年齢だけでは、腕前は分からないわ」

 背後から、女性の声。振り返る。倉庫の入口に、一人の女性が立っていた。長く伸びた。緑色の髪。細身で、すらりとした身体。髪の間から、人間よりも長く尖った耳が覗いている。背には弓。腰には矢筒。小さな短剣。

 整った顔立ちの女性だった。だが、その瞳は鋭い。ヒューとマリアの姿を、観察している。

「ああ、フィローネさん」

 商人の表情が、少しだけ明るくなった。

「来てくれましたか」

「ええ」

 女性が答える。

「リーヴェン行きの護衛依頼でしょう?」

「はい」

 商人がヒューたちへ向き直る。

「こちらはフィローネさん。Eランクの《狩人》です」

「今回の護衛には、三人で参加していただく予定です」

「フィローネよ」

 彼女が名乗る。

「ヒューです。職業は《剣士》」

「マリアです。《魔法使い》です」

 マリアが名乗った瞬間。フィローネの尖った耳が、わずかに動いた。視線。マリアの髪。肩。手。足元。ゆっくり、確認するように動く。

「何か?」

「いいえ」

 フィローネは答えた。だが、まだマリアを見ている。

「ただ」

「?」

「魔力の流れが少し変わってると思っただけ」

 マリアの表情が固まった。

「分かるんですか?」

「詳しくは分からないわ」

 フィローネが首を傾ける。

「昨日までとは違う身体になったのに」

 一度、マリアの足元を見る。

「まだ自分でも扱い方をつかめていない」

「そんな感じがする」

「……」

 続いて。フィローネの視線が、ヒューへ移った。

「あなたも変ね」

「俺も?」

「Eランクになったばかりの剣士にしては」

 ヒューの立ち方。肩。足。

「隙が少ない」

「……」

「腕や肩だけじゃなくて」

 フィローネが自分の腰を軽く叩く。

「身体全体で剣を振る人の立ち方をしてる」

 ヒューは、無意識に自分の足元を見る。《戦士》を装備してから、身体の動きが変わった。それは、自分でも感じている。だが、初対面の人間に。立っているだけで違和感を持たれるとは思っていなかった。

「二人とも」

 フィローネが尋ねる。

「昨日Eランクになったばかりなのよね?」

「そうです」

「なら」

 少し考え。

「出発前に、一度一緒に戦っておきたいわ」

「一緒に?」

「ええ」

 フィローネは商人へ向き直った。

「護衛の最中に初めて互いの実力を知るのは危険です」

「明日、この近くで出ている魔物討伐の共同依頼を受けても構いませんか?」

「安全のためなら」

 商人は迷わず頷いた。

「こちらからもお願いします」

 フィローネが、再び二人を見る。

「二人に不満があるわけではないの」

「ただ」

 少しだけ声を低くする。

「実力の分からない相手に、背中を預けることはできない」

「俺も」

 ヒューは頷いた。

「その方がいいと思います」

「私も異論はありません」

 二人の答えを聞き。フィローネが、初めて少し笑った。

「話が早くて助かるわ」

     ◇

 翌朝。三人は、町の北側に広がる森へ入った。今回受けたのは。

【グレートファングウルフ討伐】

 グレートファングウルフ。以前ヒューとマリアが倒した《大牙ウルフ》と同じ狼型の魔物。だが、こちらは一回り大きく。森の中で群れを作って狩りを行う。Eランク冒険者が複数で対処することを推奨されている。数日前から、森の浅い場所で目撃される数が増え。薬草採取へ向かう者たちが、森へ入れなくなっているらしい。

「止まって」

 先頭を歩いていたフィローネが、片手を上げた。ヒューとマリアも、すぐに止まる。フィローネは地面へしゃがみ込み。湿った土へ残った足跡を見る。指先で、縁をなぞる。

「五体」

「分かるのか?」

「ええ」

「一体は少し小さい」

 さらに、周囲を見る。

「ここを通ったのも、それほど前じゃない」

 ヒューも周囲を見る。木。草。土。それしか。分からない。

「足跡だけで、そこまで分かるのか?」

「足跡だけじゃない」

 フィローネが、近くの枝を指す。

「折れた枝」

 次に、草へ引っかかった毛。

「毛」

 鼻を少し動かす。

「匂い」

 そして、木の上。

「鳥の声」

「鳥?」

「左にはいる」

 ヒューも見る。数羽。枝に止まっている。

「でも」

 フィローネが、反対側を見る。

「右にはいない」

「……」

「だから」

 立ち上がる。

「右へ進んだ可能性が高い」

 フィローネは、迷わず森の中へ進んだ。しばらくして、低い唸り声。茂み。その向こう。三体。大型の狼。地面へ鼻を近づけ。何かの匂いを探っている。

「三体しかいない」

 ヒューが小声で言う。

「残り二体は?」

「いるわ」

 フィローネが、目だけを左右へ動かした。

「左右に一体ずつ」

「見えるのか?」

「見えない」

「……」

「でも」

 小さく。

「囲みに来てる」

 フィローネが弓を構えた。

「私が左」

「ヒューは正面」

「マリアは右から来る個体を警戒して」

「分かった」

「ええ」

 弦が。静かに引かれる。ほとんど。音がしない。――シュッ。放たれた矢。木々の間を抜け。左側の茂みへ消える。

「ギャウッ!」

 短い悲鳴。隠れていた一体の前脚を、矢が正確に貫いていた。同時。正面。三体。動く。

「来る!」

 ヒューは剣を抜き。一歩前へ、一体目。飛びかかる。牙。ヒューは剣で、真正面から受けない。斜めへ流す。身体を回す。すれ違いざま。脇腹。斬る。

 着地したところへ、二体目。横。迫る。ヒューは地面を蹴った。《戦士》。身体が、前へ。振り下ろされる前脚。半歩。外へ。かわす。

 剣。首。

「右から!」

 フィローネの声。木の陰。最後の一体。飛び出す。狙いは。

「マリア!」

 ヒューが叫ぶ。

「分かってる!」

 マリアが、杖を構える。

「風よ!」

 足元。風。集まる。瞬間。

「えっ!?」

 強すぎた。

「きゃっ!」

 身体が、予想以上の勢いで。横へ押し出される。転びそうになる。

「っ!」

 グレートファングウルフの牙。外套。かすめる。

「マリア!」

 ヒューが向かおうとする。だが、正面。まだ一体。進路を塞ぐ。次の瞬間。――シュッ!矢。マリアを狙った個体の肩へ、深く突き刺さる。狼の身体が、一瞬止まった。

「今!」

「はい!」

 マリアが体勢を立て直す。杖。向ける。

「《風弾》!」

 風の塊。直撃。グレートファングウルフが、地面へ転がる。一方、ヒューも。最後の一体の攻撃を流し。首へ。剣を振り抜いた。静寂。

「……」

 マリアが、外套についた土を払う。

「ごめんなさい」

「何が?」

「思ったより」

 自分の足元を見る。

「風が強く動いた」

「最初から使いこなせる人はいないわ」

 フィローネは、倒れた魔物から矢を引き抜いた。

「でも」

「?」

「あなたは風を無理に生み出そうとしすぎてる」

「どういう意味ですか?」

「風は」

 フィローネが、自分の長い緑髪を一房つまんだ。森を抜ける風。髪が。小さく揺れる。

「何もないところから作らなくても」

 髪から手を離す。

「最初から周りを流れてるでしょう?」

「……」

「流れている風を」

 右手を、ゆっくり動かす。

「押さえつけるんじゃなくて」

 方向を変えるように。

「進む場所を少し教える」

「私なら」

 フィローネが言う。

「そんなふうに考えるわ」

「フィローネも風魔法を?」

「初歩だけよ」

 フィローネが答えた。

「私は《狩人》だから、本職の魔法使いみたいな術は使えない」

「でも」

 森を見る。

「エルフは人間より自然の魔力を感じやすいの」

「小さな風を動かしたり、傷を塞ぐ程度の術なら、昔から練習して覚えてる」

「職業が違っても魔法を覚えられるのか」

「簡単なものならね」

 フィローネがヒューを見る。

「ジョブの恩恵がない分、魔法使いよりずっと時間はかかるけど」

「なるほど」

 マリアは、もう一度。目を閉じる。周囲。風。すぐに、強い風を起こそうとはしない。頬。撫でる。髪。揺らす。木々の間。

 通り抜けていく。

「進む方向を……」

 マリアが、小さく呟く。

「教える」

 足元。草。わずかに揺れる。小さな風。静かな風。

「そう」

 フィローネが頷く。

「それでいい」

     ◇

 三人は、その後も森を進んだ。二つ目の群れ。マリアは、今度は。風に身体を無理やり押させなかった。自分が、地面を蹴る。その動き。そこへ、風を重ねる。

「……!」

 身体が、滑るように前へ進んだ。速い。自分でも驚く。でも、転ばない。

「ヒュー、左!」

「ああ!」

 ヒューが身を引く。その脇。風。通り抜ける。グレートファングウルフの足元へ、巻きつく。

「ギャッ!」

 倒しきれない。それでも、体勢を崩す。ほんの一瞬。十分だった。ヒューの剣。首。

「やった!」

 マリアが、思わず笑う。だが、その背後。

「フィローネ!」

 一体。フィローネへ、正面の敵へ弓を向けていた彼女。振り向くのが、遅れる。マリアが、地面を蹴った。風。足元へ、今度は。暴れない。上へも行かない。前へ。進むためだけ。

「っ!」

 一気に、フィローネの横へ。

「はあっ!」

 杖を。両手で振る。風。横から、飛びかかった魔物へ。

「ギャンッ!」

 空中。体勢。崩れる。地面へ転がる。フィローネが振り返る。すぐ。一本目。前脚。二本目。喉。

 矢が。突き刺さる。動かなくなった。

「……助かった」

 フィローネが、弓を下ろす。

「今の移動」

 マリアを見る。

「最初とはまるで違った」

「風を動かそうとするんじゃなくて」

 マリアが息を整える。

「自分の動きに重ねてみました」

「もうコツをつかんだ?」

「少しだけです」

 額。汗。呼吸。少し乱れている。でも、立てないほどではない。

「さっきより」

 マリアは、自分の魔力を確認する。

「魔力も減ってない」

「力が」

 ヒューが近づいた。

「身体に馴染み始めたんだな」

「そうみたい」

 マリアが答え。そして、ヒューの腕を見る。

「……ヒュー」

「ん?」

「怪我してるじゃない」

 左腕。浅い爪痕。

「これくらい――」

「見せて」

 今度は、フィローネだった。

「え?」

「腕」

「ああ」

 ヒューが差し出す。フィローネが、傷の上へ。右手。淡い光。傷を包む。

「温かい……」

「初歩の治癒魔法よ」

 ゆっくり、血が止まる。傷口が、僅かに閉じていく。

「治癒魔法まで使えるのか?」

「森で一人になることも多いから」

 フィローネは、魔法を止めた。

「昔、必死に覚えたの」

「《狩人》でも?」

「今言ったでしょう」

 少しだけ笑う。

「職業の恩恵がなくても、初歩なら努力次第で覚えられる」

「ただし」

 ヒューの腕を見る。

「この程度」

 傷。完全には消えていない。しかし、血は止まり。戦闘には支障がない。

「骨折や深い傷は無理」

「十分だ」

「ありがとう」

「護衛では」

 フィローネが弓を背負う。

「少しでも戦える人間を減らさないことが大切だから」

 そして。ヒュー。マリア。交互に見る。

「それにしても」

「?」

「本当に昨日、Eランクになったばかりなのよね?」

「はい」

「あなたたちを試すつもりだったけど」

 フィローネが、少し呆れたように笑った。

「必要なかったかもしれないわ」

「いや」

 ヒューは首を振る。

「フィローネがいなかったら、最初の戦闘でマリアが危なかった」

「……」

「足跡も」

 森を見る。

「魔物がどこに隠れてるかも」

「俺たちだけじゃ分からなかった」

「私も」

 マリアが続く。

「フィローネさんのおかげで、風の扱い方が分かりました」

「フィローネでいいわ」

 彼女は、少しだけ笑った。

「三日後じゃなくて」

 少し考え。訂正する。

「もう明日には一緒に出発する仲間でしょう?」

「あ」

 マリアも気づく。

「そうね」

「なら」

 フィローネが言う。

「堅苦しい呼び方はやめましょう」

「分かった」

 ヒューが頷く。

「フィローネ」

「よろしく、フィローネ」

「ええ」

 三人の間にあった。僅かな緊張。ようやく。薄れていった。

     ◇

 依頼された数は、すでに討伐している。あとは、証明部位を回収し。町へ戻るだけ。フィローネが、最後の魔物を調べていた。

「……」

 その表情。変わった。

「どうした?」

「この傷」

 彼女が指した。グレートファングウルフの脇腹。そこには、ヒューたちがつけたものとは違う。古い傷。乾いている。深い。爪痕。

「かなり大きな魔物に襲われた傷ね」

「この森には」

 ヒューが尋ねる。

「グレートファングウルフを襲う魔物もいるのか?」

「いるにはいる」

 フィローネが、森の奥を見る。

「でも」

「?」

「もっと奥にいるはず」

 しゃがみ。地面を調べる。土。草。枝。やがて、フィローネが。複数の痕跡を見つけた。

「変ね」

「何が?」

「これ」

 指差す。

「違う種類の足跡」

 一つ。さらに、別。

「どれも」

 フィローネの視線が、同じ方向へ動く。

「同じ方向へ移動してる」

「どっちへ?」

「森の奥から」

 ゆっくり、振り返る。

「町に近い浅い場所へ」

「……」

「何かから」

 フィローネが、静かに言った。

「逃げてるのかもしれない」

 その言葉。ヒューの脳裏。以前の戦い。傷ついたゴブリン。怯え。森の奥。

「前にもあった」

「何が?」

「ゴブリンだ」

 フィローネを見る。

「ゴブリンたちが」

 何度も、後ろを振り返りながら。

「何かから逃げてた」

「そのあと」

「若いオーガが現れた」

「オーガ?」

「ああ」

「俺は」

 少し考える。

「あのとき」

「ゴブリンがオーガから逃げてたんだと思ってた」

「でも」

 フィローネの表情。僅かに、変わる。

「もし」

「?」

「そのオーガも」

 森の奥。見る。

「何かから逃げていたとしたら――」

 そのとき。

「た、助けてくれえええっ!」

 声。人間。悲鳴。

「!」

 三人。一斉に、振り返る。森の奥。直後。――グオオオオオオッ!!低い。激しい雄叫び。木々。震える。枝に止まっていた鳥たち。

 一斉に、空へ。飛び立つ。フィローネは、すでに。弓を構えていた。

「今の声」

 目を細める。

「この辺りにいる魔物のものじゃない」

 ヒュー。剣。抜く。

「どこだ?」

「待って」

 マリアが、目を閉じた。森。風。意識を伸ばす。頬へ。風。右。左。木々の間。流れてくる。

 そして、その中。僅かな。声。

「……」

 もう。風は。彼女の魔力へ逆らわない。無理に掴まなくてもいい。流れ。感じる。悲鳴を運んできた。風。その方向。

「分かる」

 マリアが、森の奥を指した。再び。

「助けてくれぇぇっ!」

 悲鳴。

「こっち!」

 マリアが走る。ヒュー。フィローネ。続く。三人は、森の奥へ。一斉に駆け出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ