表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/15

第3話 剣を振る理由

 冒険者ギルドの木の扉を押し開けると、窓から差し込む午後の光が、古びた受付カウンターを白く照らしていた。

「ヒュー、マリア。ちょうどよかったわ」

 受付係の女性が、二人を見つけて手招きする。冒険者登録から数日。ヒューとマリアは、荷物運びや配達、倉庫整理といった簡単な依頼を一緒にこなしていた。そして今日。受付係がカウンターへ置いた一枚の依頼書には、これまでとは違う文字が記されていた。

【街道付近のゴブリン討伐】

【討伐対象:三体】

 ヒューの目が止まる。

「……討伐依頼」

「そう。街道から少し外れた森の入り口で、旅人から目撃報告があったの」

 受付係が説明を続ける。

「今のところ被害は確認されていないけれど、放っておけば商人や旅人を襲う可能性があります。三体だけなら、あなたたちの最初の討伐依頼としては適当でしょう」

「俺たちが受けていいのか?」

「数日間の依頼を問題なくこなしましたからね。ただし」

 受付係の表情が少しだけ厳しくなった。

「訓練とは違います。相手は本気であなたたちを殺しに来ます」

「ああ」

 そう答えながらも、ヒューの胸の奥では、熱いものが疼いていた。ようやく。腰に下げた鉄剣を使う日が来た。十年間、振り続けた。雨の日も、雪の日も。腕が動かなくなるまで、あの日、夕焼けの中で剣を掲げた男の背中を追うために。

「任せてくれ」

 ヒューは依頼書を手に取った。

「ゴブリン三体なら、すぐ片付けてくる」

 隣でマリアが小さく息を吐いた。

「この前、ギルド職員に一瞬で転がされた人の台詞とは思えないわね」

「……あれは人間相手だったからだ」

「どういう理屈よ」

「今度はちゃんと剣を使える」

「だから、それが心配なんだけど」

 マリアは呆れたようにヒューを見る。

「訓練と実戦は違うわよ」

「分かってる」

「本当に?」

「剣なら十年振ってきたんだ」

 ヒューは腰の剣へ手を添える。

「ゴブリン三体くらいなら、やれる」

「……そう」

 マリアはそれ以上言わなかった。ただ、小さく首を横に振った。

     ◇

 街を出てしばらく歩くと、街道の左右に森が広がり始めた。風が吹くたびに、無数の葉がざわめく。鳥の鳴き声。木漏れ日。どこまでも穏やかな景色だった。これからここで命のやり取りをするなど、嘘のようだった。

「……いた」

 ヒューが足を止めた。街道から少し外れた草むら。三つの小さな影がうずくまっている。緑色の皮膚。尖った耳。小柄な身体。手には粗末な棍棒や錆びた剣。

「ゴブリン……」

 依頼書の通り。三体。ヒューが剣へ手を伸ばす。だが。

「待って」

 マリアが袖を引いた。

「なんだ?」

「……変よ」

 ヒューも目を凝らす。そこで初めて気づいた。三体とも、ひどく傷ついていた。身体のあちこちに噛み傷や爪痕が残り、緑色の皮膚は血と泥にまみれている。一体など、片足を引きずっていた。人間を待ち伏せしているようには見えない。むしろ。何度も森の奥を振り返っている。怯えている。

「何かから逃げてきた……?」

 マリアが呟く。その瞬間、一体のゴブリンが二人に気づいた。

「ギギッ……!」

 黄色く濁った目が大きく見開かれる。人間を見つけた喜びではない。追い詰められた獣の目だった。

「来る!」

「ギャァァッ!」

 ゴブリンが泥を蹴った。棍棒を振り上げ。一直線にヒューへ飛びかかる。

     ◇

「っ!」

 身体が勝手に動いた。鉄剣を抜く。ゴブリンが振り下ろした棍棒。軌道が見える。右足の踏み込み。肩の動き。腕の振り。十年間。何度も繰り返した動作が、ヒューの身体を動かす。半歩ずれる。

 剣を添える。――ガキン!棍棒を受け流した。

「……軽い」

 思わず声が漏れた。いける。速くない。力も強くない。剣筋も何もない。ただ力任せに武器を振っているだけだ。これなら。斬れる。ヒューは剣を返した。がら空きになったゴブリンの胴。

 そこへ刃を――

「……っ」

 止まった。目が合った。黄色く濁った瞳。そこに、恐怖があった。鼻から血が流れている。荒い息を吐き。震えている。それでも、生きるために必死で棍棒を握っている。木人形ではない。斬れば。

 死ぬ。――これを。俺が殺すのか?ほんの一瞬。剣が止まった。

「ヒュー!」

 マリアの叫び。

「っ!」

 遅かった。ゴブリンの棍棒が横薙ぎに振られる。完全には避けられない。鈍い衝撃が肩を打った。

「ぐっ!」

 ヒューの身体がよろめく。ゴブリンがさらに棍棒を振り上げた。

「風よ、撃て――《風弾》!」

 マリアの杖が光る。――ドンッ!圧縮された風がゴブリンの腹へ直撃した。

「ギャッ!」

 小さな身体が吹き飛び、地面へ転がる。

「ヒュー!」

 マリアが叫ぶ。

「止まらないで!」

「……」

「相手は待ってくれない!」

 肩が痛む。冷たい汗が流れた。自分は、勘違いしていた。剣を十年振った。だから戦えると思っていた。違う。剣を振れることと。命を斬れることは、まるで違う。吹き飛ばされたゴブリンが起き上がろうとしている。まだ戦うつもりだ。

 逃げない。いや。逃げられないのかもしれない。それでも、このままなら。自分か。マリアが傷つく。

「……やる」

 ヒューは剣を握り直した。足が震えている。それでも、踏み込んだ。

「ギッ!」

 ゴブリンが棍棒を振る。避ける。剣を振り抜いた。――ザシュッ!

「……っ!」

 手に。伝わった。皮を裂く感触。肉を断つ重さ。その先にある骨へ、刃が触れる感触。木人形とは、何もかもが違った。血が飛ぶ。ゴブリンが地面へ倒れた。

「ギ……」

 小さく身体を震わせ。やがて、動かなくなった。

「……」

 ヒューは立ち尽くした。剣から、赤い血が落ちる。一滴。二滴。地面へ染み込んでいく。手が震えていた。自分が、殺した。分かっていたはずだった。冒険者になれば。魔物を殺すこともある。

 頭では、何度も考えていた。けれど、頭で知っていることと。自分の手で命を断つことは、まったく違った。

「ヒュー!」

 マリアの声で、我に返った。

「まだ二体いる!」

     ◇

 残ったゴブリンが左右へ分かれた。一体はヒュー。もう一体はマリアへ。

「っ……!」

 ヒューは踏み出しかけた。二体とも、自分が引き受ける。そう考えた。だが、脳裏に。荷物運びをした日の言葉が蘇る。――最初から一人で全部やろうとするからよ。一人では、力任せにやるしかなかった。二人なら。もっと上手くできた。

「マリア!」

「何!?」

「そっちは任せる!」

 マリアの目が一瞬だけ見開かれた。だが、すぐに杖を構える。

「言われなくても!」

 ヒューは自分へ向かってきた一体だけを見る。怖い。さっき斬った感触が、まだ手に残っている。それでも、今度は。止まらない。

「ギャァッ!」

 棍棒。受けない。半歩ずれる。空振り。懐へ。一歩。

「はっ!」

 剣を振る。一閃。ゴブリンの身体が崩れた。同時に。

「風よ、足を払え――《風払い》!」

 マリアの杖から、地面を這う風が放たれる。最後のゴブリンの足元を襲った。

「ギッ!?」

 体勢が崩れる。だが、倒れない。

「っ!」

 ゴブリンが強引に踏みとどまり。錆びた剣をマリアへ振るった。マリアは咄嗟に杖で受ける。――ガンッ!

「きゃっ!」

 細い腕が弾かれた。

「マリア!」

 ヒューが走る。ゴブリンがもう一度剣を振り上げた。その背後へ、間に合った。

「そこだ!」

 ヒューの剣が走る。最後のゴブリンが地面へ倒れた。

「……」

「……」

 静かになった。ヒューは肩で息をする。肩には棍棒を受けた傷。マリアも痛そうに腕を押さえている。

「大丈夫か?」

「痛いけど……折れてはいないと思う」

「そうか」

「ヒューは?」

「俺も大丈夫だ」

 勝った。しかし、完璧な勝利ではない。泥だらけ。傷だらけ。連携も滅茶苦茶だった。それでも、二人とも。生きている。

     ◇

 そのときだった。――ドシン。

「……?」

 ヒューが顔を上げる。――ドシン。森の奥。何かがいる。――ドシン!鳥たちが一斉に飛び立った。

「ヒュー……」

「ああ」

 木々の間から、巨大な影が現れた。

「……嘘だろ」

 若いオーガだった。成熟した個体ほどではない。それでも、ヒューの倍近い巨体。太い腕。異様に発達した筋肉。手には、巨大な木の棍棒。だが、オーガも無傷ではなかった。肩。背中。脚。

 いたるところに深い傷がある。血と泥にまみれ。激しく息をしていた。そして、何度も。森の奥を振り返っている。

「……こいつも?」

 マリアが呟いた。ヒューも気づいた。ゴブリンだけではない。このオーガも、森の奥から逃げてきた。何かがいる。ゴブリンも、オーガさえも。逃げ出す何かが、だが。それを考える時間はなかった。

「グォォォォッ!」

 狂乱したオーガが咆哮する。こちらを見た。その瞬間、街道の向こうから。ガラガラと車輪の音が聞こえてきた。

「……まずい」

 商人の荷馬車。一台。こちらへ向かってきている。まだ。オーガには気づいていない。

「止めないと」

 ヒューが剣を握る。

「無理よ!」

 マリアが叫んだ。

「あれを正面から斬るつもり!?」

「じゃあどうする!」

「考える!」

 オーガが一歩。街道へ近づく。

「急げ!」

「分かってる!」

 マリアが周囲を見回した。そして。

「……あれ」

「何?」

「あの荷車!」

 街道脇。道の補修作業で使われていたらしい古い荷車が置かれている。荷台には、石材。その横には太い縄。そして、荷車の先には緩やかな下り坂。マリアの目が鋭くなる。

「使えるかもしれない」

「どうする?」

「私が荷車を軽くする」

「それで?」

「あんたが坂の上まで運ぶ」

「そのあと落とすのか」

「そう」

 ヒューは荷車を見る。オーガを見る。

「やるぞ」

「最初からそのつもりよ!」

 マリアが杖を構える。

「巡る風よ、重きものを下より支えよ――《浮揚》!」

 風が。荷車の下へ集まる。石を満載した車体が、わずかに浮いた。

「今!」

「ああ!」

 ヒューが荷車を掴む。

「うおおおっ!」

 押す。重い。魔法で軽くなっている。それでも重い。坂の上へ、一歩。また一歩。

「もう少し!」

「分かってる!」

 押し上げる。木へ縄を巻く。車輪を固定する。

「できた!」

 マリアが膝へ手をついた。

「はぁ……はぁ……」

「大丈夫か?」

「これくらい……平気」

 明らかに平気ではない。だが、時間がない。

「俺が誘導する」

「無茶しないで」

「できるだけな」

「それが信用できないのよ!」

 ヒューは笑った。そして、オーガの前へ飛び出す。

「おい!」

 剣を掲げた。

「こっちだ!」

「グォォォォッ!」

 オーガが反応する。

「そうだ!」

 ヒューは剣で地面を叩いた。

「こっちへ来い!」

 巨体が走り出した。――ドン!――ドン!――ドン!

「速っ……!」

 想像以上だった。ヒューは横へ飛ぶ。巨大な腕が振られた。

「ぐっ!」

 避けきれない。腕の先が身体へ当たった。ヒューが地面を転がる。

「ヒュー!」

「大丈夫!」

 痛い。息が詰まる。それでも、立つ。

「まだだ……!」

 もう一度、オーガの前へ。

「こっちだ!」

「グァァァッ!」

 走る。荷車の進路へ、一歩。二歩。

「ヒュー!」

 まだ。

「もう少し!」

 まだ。オーガが迫る。

「今!」

 ヒューが横へ飛んだ。

「マリア!」

「分かってる!」

 杖が振られる。

「風よ、断て――《風刃》!」

 風の刃が、縄を切った。荷車が動く。ガタン。最初はゆっくり。しかし、坂を下るにつれ。加速する。ガラガラガラガラッ!

「グォッ!?」

 オーガが気づいた。遅い。石材を満載した荷車が、巨体へ。激突した。――ドォンッ!

「グァァァッ!」

 オーガが倒れる。荷車が横転し。石が散らばる。

「ヒュー!」

「ああ!」

 走った。今しかない。オーガが起き上がろうとする。片腕を地面へつく。巨大な身体を持ち上げようとする。その胸へ、ヒューは。両手で剣を突き立てた。

「うおおおっ!」

 深く。もっと。体重を乗せる。剣が。心臓へ届いた。

「グ……ォ……」

 巨体が震える。そして、力が抜けた。

「……」

 終わった。ヒューは荒い息を吐きながら、剣を引き抜いた。自分一人では、絶対に勝てなかった。剣だけでも、勝てなかった。マリアの魔法。荷物運びで覚えた。二人で一つのものを動かすやり方。その全部が、必要だった。その瞬間。――ズキン。

「……っ?」

 胸の奥。何かが、揺れた。心臓ではない。もっと。深い場所。見えない何かへ、一滴。最後の何かが落ちた。満たされた。そんな。奇妙な感覚。

「ヒュー?」

「……いや」

 胸へ手を当てる。

「何でもない」

 すぐに、感覚は消えた。

     ◇

 商人たちへ事情を説明し。討伐証明を回収したあと。ヒューは、三体のゴブリンを振り返った。最初に斬った一体。まだ。あの感触が残っている。

「ヒュー」

 マリアが隣へ来た。

「……後悔してる?」

「何を?」

「ゴブリンを斬ったこと」

 ヒューは黙った。しばらく、答えが出なかった。

「分からない」

 ようやく言った。

「……分からない?」

「ああ」

 ヒューは剣を見る。

「殺して気分がいいなんて思わない」

「うん」

「できるなら、あんな感触は二度と味わいたくない」

 それでも、剣を握る。

「でも」

 ヒューは街道を見る。少し先で、助かった商人たちが荷馬車を確認している。

「俺が斬らなかったら」

 十年前。村。血に濡れた母。冷たくなっていった手。

「今度は誰かが」

 あの日の自分と同じになるかもしれない。

「だから」

 ヒューは静かに言った。

「必要なら、俺は斬る」

「……」

「命を奪ったことは、忘れたくない」

 剣を鞘へ戻す。

「でも」

 ヒューは前を見る。

「守るために必要なら、剣を抜く」

 マリアは、しばらく何も言わなかった。やがて。

「そう。何でも一人で背負わないで」

 短く答えた。そして、ヒューの傷ついた肩へ手を伸ばしかけ。

「痛っ!」

「触るな!」

「怪我を見ようとしただけじゃない!」

「そこ、殴られたところだぞ!」

「先に言いなさいよ!」

「見れば分かるだろ!」

「分かるわけないでしょ!」

 ヒューは思わず笑った。

「何笑ってるのよ」

「いや」

 少しだけ。身体の震えが止まっていた。

     ◇

 ギルドへ戻った頃には、日が傾き始めていた。

「ゴブリン三体。討伐確認しました」

 受付係が証明部位を確認する。

「初討伐依頼、お疲れさ――」

「それだけじゃないんです!」

 後ろから、商人の声。受付係が顔を上げる。

「この二人が、オーガまで倒したんです!」

「……はい?」

 受付係の動きが止まった。

「街道へ出てきたんですよ! 私たちの馬車のすぐ前に! この二人が止めてくれなかったら、今頃どうなっていたか……!」

「オーガ?」

 近くにいた冒険者が振り返る。

「新人が?」

「嘘だろ」

 受付係も驚いていた。

「本当に?」

「ああ」

「若い個体だったけど」

 マリアが付け加える。

「それでも……」

 受付係は頭を押さえた。

「初討伐でオーガに遭遇するなんて……」

「運が悪かったな」

「そういう問題ではありません!」

「そうなのか?」

 周囲から笑いが起きた。

「大した新人じゃねえか!」

「オーガを二人で倒したのか?」

「やるな!」

 褒める声。感心する声。ヒューは、なぜか。素直に喜べなかった。英雄。十年前。村人たちは、あの男をそう呼んだ。ありがとう。命の恩人だ。英雄だ。

 そのすぐそばで、自分は。母の手を握っていた。

「……」

 ヒューは俯いた。自分は、英雄ではない。ゴブリンを斬ることすら怖かった。マリアがいなければ。最初の一体で傷を負い。オーガには、間違いなく殺されていた。

「ヒュー?」

「何でもない」

 受付係が一枚の紙を取り出した。

「想定外の魔物を討伐したので、能力の再確認をしておきましょう。水晶へ手を置いてください」

「ああ」

 ヒューが触れる。水晶が光った。

【名前】ヒュー

【レベル】10

【職業】剣士

【スキル】剣術Lv3

「……レベル10」

 受付係が目を見開く。

「上がった?」

「ええ」

 周囲から、また声が上がった。

「もう10かよ」

「新人だろ?」

「オーガ討伐が効いたのか?」

 ヒューは、自分の視界にだけ浮かぶ表示へ目を向けた。レベルは十へ上がっている。だが、《魂の器》は職業を得た時と同じだった。

【名前】ヒュー

【レベル】10

【職業】剣士

【魂の器】1/1

【スキル】剣術Lv3

「……変わってない」

 ヒューは小さく呟いた。レベルが上がっても、この項目だけは一のままだった。今はまだ、その意味を知る手がかりもない。

     ◇

 夜。宿の部屋。ヒューは一人。鉄剣を拭いていた。布へ。薄く赤い色が移る。何度拭っても、手の感触までは消えなかった。ゴブリン。最初の一体。あの目を、覚えている。

 怖がっていた。生きたかったはずだ。自分だって。同じだ。

「……」

 剣を見つめる。強くなる。これまで、ただそれだけを考えていた。あの男のように、強く。誰かを守れる人間になる。けれど、守るために。何かを斬らなければならないことがある。相手にも、生きたい理由があったとしても。

「……忘れない」

 ヒューは呟いた。自分が斬った命を、忘れない。その上で、必要なら。剣を抜く。ヒューは手入れを終えた剣を、ゆっくり鞘へ収めた。――カチリ。その瞬間、胸の奥で。何かが脈打った。

「……っ!?」

 昼間。オーガを倒した直後と。同じ感覚。いや。違う。今度は、消えない。胸の奥。心臓よりも、さらに深い場所。見えない何かが、内側から軋む。

「なんだ……これ……」

 熱い。痛くはない。だが、何かが。満ちている。いっぱいになった器を、さらに内側から押し広げていくような。奇妙な感覚。

「ぐっ……!」

 ヒューが胸を押さえる。そのとき、誰もいない部屋に。声が響いた。

【レベル10への到達を確認しました】

「……!」

 ヒューが顔を上げる。さらに。

【《魂の器》拡張条件を確認しました】

【覚醒条件を満たしました】

 視界に、新たな文字が浮かぶ。

【《魂の器》第二枠を解放します】

「第二……枠?」

 ヒューは息を呑んだ。二つ目の枠。その意味を考えるより早く、胸の奥で何かが砕けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ