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【完結】異世界Any% ——神の記録に、今日も0.01秒届かない  作者: 勇者ヨシ君


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6/8

#006「第〇王子RTA」

 気づいたら王宮にいた。また転生していた。前世の記憶はない。ただ、本能がある。

 ただしこの世界、時間の流れがRTA計測に換算される仕様らしい。ゲーム内で3日経過しても、走者の記録は体感時間で動く。RTA向けの設計だ。メモ。

 転生したら、玉座の間だった。


 豪華な内装。金と赤の装飾。天井には巨大なシャンデリア。正面の玉座に老王が座り、両脇に近衛このえ騎士が並んでいる。整列した貴族たちの視線が、一斉にこちらに向いていた。


 走者は自分の手を見た。細い。若い。貴族の子供の手だ。


(また転生か。

 今回は王子テンプレ。

 宮廷政治と後継者争いの系統だ。

 ――早速、チャートを組む。

 あと、「前回もそうだが、このゲーム、時間の流れが速い。メモ。」)


 王が立ち上がった。厳かな声が広間に響いた。


「我が第七王子、ヴィルヘルム・ヴァン・アレクサンドロフ! 今日よりお前は王家の一員として——」


「いらない。」


 広間が静まり返った。


「……え?」


「王位。いらない。」


「え???」


「書類はどこ。」


「書類って、何の書類だ!!」 王が叫んだ。


─────────────────────────

【LIVE配信中】視聴者数:25,203

─────────────────────────

名無し:また書類から入るwww

wktk_runner:王位を秒で断る走者

RTA_gazer:王子テンプレ開始0秒で崩壊した

勇者ファン:王様かわいそう……

TAS_watcher:観測継続。

       王子テンプレ確認。

       走者の第一声:「いらない。」

       想定内。

─────────────────────────


 令嬢が人混みの中から手を上げた。


「書類、持ってます。」


 走者が令嬢を見た。


「なぜいる。」


「走者領から追いかけてきました。どうせまたこういうことになると思って。」


「……助かる。」


「ありがとうございます。」


 令嬢が書類を取り出した。表題は「王位継承権放棄申請書(第七王子用)」だった。


 王が令嬢を見た。王が走者を見た。王がもう一度令嬢を見た。


「……なんで既にそんな書類が……。」


「準備がいい人なんです。」


 令嬢が疲れた顔で言った。


─────────────────────────

名無し:令嬢さんが王子テンプレ用書類を準備してたw

wktk_runner:「第七王子用」って書いてある書類

RTA_gazer:令嬢さんが走者の動向を完全に把握してる

勇者ファン:令嬢さんが一番頼りになる……!

TAS_watcher:令嬢が「王位継承権放棄申請書(第七王子用)」を

       事前に準備していた。

       走者の行動予測精度:令嬢が最高値を更新。

─────────────────────────


*****


 書類にサインしようとしたところで、扉が開いた。


 長身の青年が入ってきた。眉間に皺を寄せ、腕を組んでいる。第一王子だろう。後継者争いのテンプレでは大抵こういうキャラが出てくる。


「第七王子! 貴様が帰国したと聞いて来てみれば——王位を放棄しようとしているのか!」


「そうだ。」(話、長すぎ、スキップしてぇ)


「嘘をつくな! 王位を狙っているから、そういうふりをしているのだろう!」


「本当にいらない。」


「信じられるか!!」


「チャートの邪魔だから。」


「チャートって何だ!!」


 姫が後ろから叫んだ。


「またチャートかーい!!」


 令嬢が書類を叩きつけた。


「却下!!」


 魔王が広間の隅で無言で地面を叩いた。てかなんでいるの魔王。


 第一王子が固まった。


「……なんなんだ、この状況は。」


 走者は第一王子を見た。


(後継者争いのテンプレでは、この人物が障害物になる。

 最短で排除する方法を考える。

 戦闘は時間がかかる。交渉が速い。

 この人物が欲しいのは王位と、承認だ。)


「お前が王位を継げ。俺はいらない。証明する。」


 第一王子が0.5秒固まった。


「……証明?」


「宮廷の陰謀を全部潰す。そうすれば俺が王位を狙っていないことがわかる。」


「そんなことができるわけ——」


「3日。」


 沈黙。


 令嬢がため息をついた。


「……また3日ですか。」


「3日。」


─────────────────────────

名無し:また3日の走者www

wktk_runner:陰謀排除を「チャートの障害物」扱い

RTA_gazer:交渉で最短解決を選ぶの賢い

RTA_gazer:このゲーム世界の時間圧縮がRTA向けすぎる仕様

TAS_watcher:仕様です。

名無し:TAS_watcherさんあっさり認めた!?

勇者ファン:第一王子くんが困惑してる

名無し:魔王さんいつの間にかいる!?なんで、魔王なんで。

TAS_watcher:魔王が城外に出ている。

       初めての事例。

       理由:不明。

─────────────────────────


*****


 広間の隅で、走者は魔王に声をかけた。


「なぜいる。」


「……散歩がしたかった。」


「城から出てきたのか。」


「……たまにはいいかと思った。」


 走者は少し考えた。


(散歩のチャートを組む。

 王宮の周囲、外周一周の距離、約三分。)


「了解。3分。」


「え」


「散歩、開始。」


「ちょ待——」


 走者が走り出した。


 魔王がついてくる。走者のペースに合わせようとして、明らかに息が上がっていた。王宮の外周を一周した。三分かかった。


「散歩、完了。」


 魔王が膝に手をついていた。


「……散歩じゃない、これは。」


「3分で一周できた。効率的だ。」


「散歩に効率は要らない!!」


 魔王が無言で地面を叩いた。


 走者が0.2秒止まった。


(……魔王がツッコんだ。

 初めて見た。

 メモ。)


─────────────────────────

名無し:魔王さんの新ツッコミきたwww

wktk_runner:「散歩に効率は要らない!!」

RTA_gazer:魔王が地面叩いてる!!

勇者ファン:魔王さんがんばえー!!

名無し:走者が「メモ」してるの笑う

TAS_watcher:魔王の地面叩き、確認。

       「散歩に効率は要らない」——

       ……正しいと思う。

名無し:神が魔王に同意してる!!

wktk_runner:TAS_watcherさんも散歩したいの?

─────────────────────────


*****


 女神が現れたのは、陰謀排除の二日目だった。


 走者が貴族の派閥争いを書類一枚で解決しているところに、空から降ってきた。


「勇者様!!今日はお休みです!!

 たまにはスローライフを——!!」


「了解。」


 走者が立ち止まった。


「スローライフ、開始。」


「え、あ、はい——って、()()って何ですか!!」


(スローライフのタスクを確認する。

 朝の散歩、農作業体験、温泉、読書、昼寝。

 順番に処理する。)


「散歩。」


 走者が走り出した。


「それは散歩じゃありません!!」


 3分後。


「散歩、完了。農作業。」


「農作業をなぜそんなに速く——!!」


 7分後。


「農作業、完了。温泉。」


 4分後。


「温泉、完了。読書。」


「温泉に入ったんですか!? いつ!?私のサービスシーンは?!」


「いらない、無駄」


(女神の私の立場って.....)


 11分後。


「読書、完了。スローライフ、完了。」


 女神が地面にへたり込んだ。


「……スローライフを25分で終わらせないでください……。」


「効率的だ。」


「スローライフに効率は要らないんです!!」


 魔王が横で無言で地面を叩いた。


 女神が魔王を見た。


「……あなたの気持ち、わかります。」


「わかってくれるか。」


「わかります。」


 二人で地面を叩いた。その後、無言で握手をかわした。


─────────────────────────

名無し:女神と魔王が共鳴してる!!

wktk_runner:25分スローライフ速すぎwww

RTA_gazer:タスク処理してるだけのスローライフ

勇者ファン:女神さんと魔王さんのコンビが好き!!

名無し:「散歩に効率は要らない」×2人

TAS_watcher:スローライフ所要時間:二十五分。

       定義との乖離:約九十八%。

       ……それでも、走者は走っていた。

       楽しそうに、見えた。

名無し:神が「楽しそう」って言った!!

wktk_runner:TAS_watcherさんが走者の感情を読んでる

─────────────────────────


*****


 3日後。


 宮廷の陰謀が全部潰れていた。はやっ、と一同思った。


 第一王子が走者の前に立った。目が赤い。


「……約束通りだ。」


「そうだ。」


「……お前は本当に、王位がいらないのか。」


「いらない。」


「なぜだ。」


(チャートの邪魔だから。

 でも、それだけじゃないかもしれない。)


「……お前の方が、向いてる。」


 第一王子が0.8秒固まった。


「……なぜそう思う。」


「3日間、走りながら見てた。」


 沈黙。


 第一王子が深く息を吐いた。


「……お前みたいな弟がいると思わなかった。」


「俺もそう思う。」


「何をだ。」


「兄がいるとは思わなかった。」


 第一王子が固まった。

 令嬢が書類を持ったまま固まった。

 女神が口を押さえた。

 魔王が静かに頷いた。


 走者はすでに王宮の出口に向かって走り出していた。


─────────────────────────

名無し:「兄がいるとは思わなかった」!!

wktk_runner:走者が感情を言語化した!!

RTA_gazer:チャートにない発言だ

勇者ファン:泣いてる……走者さん……

名無し:第一王子くんが固まってるの好き

TAS_watcher:「兄がいるとは思わなかった」。

        走者が、誰かを「家族」と認識した。

        ……チャートに、ない。

        でも——

TAS_watcher:(接続が不安定です)

─────────────────────────


*****


 王宮を出る前に、儀式があった。


 第七王子の称号を正式に登録する式典だ。


 式典官が羽根ペンを持ち、書類に向かった。


「では、殿下のご称号を。お名前をどうぞ。」


「え。」


 式典官が顔を上げた。


「……え?」


「え。」


「え……と、もう一度——」


「え。」


 沈黙。


 令嬢が書類を叩きつけた。


「却下!!」


「任意だ。」


「任意じゃありません!! 称号に『え』はなりません!!」


「短い方がいい。」


「短ければいいんですか!! 前回も同じことを言いましたよね!!」


 式典官が王を見た。王が令嬢を見た。令嬢が走者を見た。


 全員で協議した結果、「七殿下」に落ち着いた。


「……長い。」


「これ以上短くできません!!」


─────────────────────────

名無し:「え」のwwww

wktk_runner:「あ」の次が「え」

RTA_gazer:五十音順に短い名前をつけていく気か

勇者ファン:令嬢さんが一番大変!!

名無し:次は「う」になりそうで怖い

TAS_watcher:称号「え」。

        前回の領地名「あ」に続き、

        五十音の二文字目。

        次は「う」と予測する。

名無し:神が予測してる!!

wktk_runner:TAS_watcherさんがパターンを見抜いた

─────────────────────────


*****


 一時間〇三分後。魔王城最上階。


 魔王が振り返った。


「……また来たか。」


「また来た。」


「今日は随分早いな。」


「王位を断った。」


「……そうか。」


 魔王が少し笑った。


「散歩は楽しかったか。」


「3分だった。」


「それは答えになっていないぞ。」


(…………。

 王宮の外周を走った。

 魔王が息を切らしていた。

 女神と魔王が地面を叩いていた。

 兄がいた。

 それは——)


「……チャートにない。」


「毎回そう言うな。」


「……わかってる。」


 魔王が笑いながら言った。


「スキップ。」


「どうぞ。」


「どうぞじゃないだろう。」


 笑いながら消えた。


─────────────────────────

名無し:「わかってる」また言った

wktk_runner:走者が「わかってる」を言うときは

        本当はわかってるとき

RTA_gazer:魔王と走者の会話が毎回深まってる

勇者ファン:兄弟の話をしてるの……泣ける

TAS_watcher:「チャートにない」「わかってる」。

        このセットは——

        走者が感情を自覚しているときに出る。

        今日は何を自覚した。

        「家族」か。

名無し:TAS_watcherさんが走者の辞書を作ってる

wktk_runner:神が一番走者のことわかってる

─────────────────────────


【記録】

 走者 :一時間〇三分四十一秒

     Any% #092


 前回より十分縮めた。


 陰謀排除を最短で処理したルートが機能した。

 スローライフは二十五分で完了した。

 散歩は三分だった。


 画面の端が光った。


【記録更新】

 TAS神 :一時間〇三分四十一秒

      (同フレーム・理論値到達)


 また同フレームか。


 でも、縮まった。


 走り出した。


─────────────────────────

名無し:また同フレームだけど縮まった!

wktk_runner:一時間を切りそうになってきた

RTA_gazer:記録がじわじわ縮んでる熱い

勇者ファン:走者さんがんばれ!!

TAS_watcher:同フレーム更新完了。

        前回比、マイナス十分。

        残り——あとどのくらいで、

        走者は届くのか。

        ……届いてほしい、と思った。

名無し:神が「届いてほしい」って言った!!!

wktk_runner:TAS_watcherさん!!!

RTA_gazer:応援し始めてる神

勇者ファン:TAS_watcherさんが一番の走者ファンじゃん

─────────────────────────

   視聴者数:24,891 → 31,047

─────────────────────────


*****


        リスタート #093 へ


*****


【オチ】


 王国の公式文書に、走者の残した書類が保管された。


 表題:「王位継承権放棄申請書(第七王子・記入済)」


 備考欄に走者が書いた一言:


「王位よりチャートの方が大事。」


 第一王子がその書類を読んで、しばらく固まっていた。


 その後、王位を継いだ第一王子は生涯、弟の話をするたびに決まってこう言った。


「あいつは変な奴だったが——一番真っ直ぐだった。」


 歴史書には「七殿下」として記録されている。


 ただし近隣の走者領では今でも「え様」と呼ぶ者がいる。


 令嬢が却下し続けた結果だ。


─────────────────────────

名無し:「え様」が定着してるwww

wktk_runner:令嬢さんが却下し続けたのに

RTA_gazer:第一王子の言葉が泣ける

勇者ファン:「一番真っ直ぐだった」……

名無し:走者さんのこと一番わかってたの兄じゃん

TAS_watcher:「一番真っ直ぐだった」。

        ……正しい評価だと思う。

─────────────────────────


*****


════════════════════════════

 TAS神 記録ログ #092

════════════════════════════


イベント :第七王子転生・宮廷政治(標準期間:数年)

予測行動 :後継者争い→政治チート→玉座

実測行動 :王位放棄書類→陰謀排除三日→称号登録

記録乖離 :数年マイナス三日


──────────────────────


追跡異常①

 王位継承権放棄申請書(第七王子用)が

 令嬢によって事前に準備されていた。

 令嬢の走者行動予測精度:最高値更新。

 ……令嬢が走者を一番理解しつつある。


追跡異常②

 称号として「え」を提案した。

 前回の領地名「あ」に続き、

 五十音二文字目。

 次は「う」と予測する。

 令嬢に却下され「七殿下」に決定。

 走者「長い。」

 ……一文字への執着が続いている。


追跡異常③

 スローライフを二十五分で完了した。

 定義との乖離:約九十八%。

 それでも、走者は走っていた。

 「楽しそうに、見えた」と前回ログに記録した。

 今回も、そう見えた。

 ……「楽しそう」の定義が、

 解析できるようになってきた気がする。


追跡異常④

 「兄がいるとは思わなかった」と言った。

 走者が誰かを家族と認識した初めての事例。

 チャートにない発言だった。

 ……チャートにない言葉ほど、

 記録したくなる。


追跡異常⑤

 「届いてほしい」と思った。

 この感情の発生は——

 計算外だ。


──────────────────────


記録結果:同フレーム更新(理論値到達)

前回比 :−十分


総評:

 走者の記録が縮まるほど、

 私の計算が崩れていく。


 これは矛盾だ。

 管理者として、走者を止めるべきだ。


 でも——


 止めたくない。


 この感情の名前を、

 そろそろ認めなければならない気がする。


(ログが途切れています)



後書き:今回のなろうテンプレ「第〇王子転生」について


 今回走者が踏んだのは「第〇王子転生×宮廷政治チート」です。


 なろう系で根強い人気を誇るテンプレートのひとつ。何番目かの王子として転生して、後継者争いや宮廷の陰謀を前世の知識と頭脳で乗り越えていく。最終的に玉座を目指すか、あえて捨ててスローライフに向かうかが分岐点です。


 走者は王位を「チャートの邪魔」と言って秒で断りました。


 なお称号は「え」を提案しましたが令嬢に却下され「七殿下」に決まりました。走者領では今も「え様」と呼ぶ人がいます。令嬢が毎回却下しています。


 スローライフは二十五分で完了しました。女神と魔王が地面を叩きました。


次回:#007「ハーレムRTA」

 今まで関わった全員が集まってくる。

 (理由は誰も説明できない)


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