#006「第〇王子RTA」
気づいたら王宮にいた。また転生していた。前世の記憶はない。ただ、本能がある。
ただしこの世界、時間の流れがRTA計測に換算される仕様らしい。ゲーム内で3日経過しても、走者の記録は体感時間で動く。RTA向けの設計だ。メモ。
転生したら、玉座の間だった。
豪華な内装。金と赤の装飾。天井には巨大なシャンデリア。正面の玉座に老王が座り、両脇に近衛騎士が並んでいる。整列した貴族たちの視線が、一斉にこちらに向いていた。
走者は自分の手を見た。細い。若い。貴族の子供の手だ。
(また転生か。
今回は王子テンプレ。
宮廷政治と後継者争いの系統だ。
――早速、チャートを組む。
あと、「前回もそうだが、このゲーム、時間の流れが速い。メモ。」)
王が立ち上がった。厳かな声が広間に響いた。
「我が第七王子、ヴィルヘルム・ヴァン・アレクサンドロフ! 今日よりお前は王家の一員として——」
「いらない。」
広間が静まり返った。
「……え?」
「王位。いらない。」
「え???」
「書類はどこ。」
「書類って、何の書類だ!!」 王が叫んだ。
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【LIVE配信中】視聴者数:25,203
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名無し:また書類から入るwww
wktk_runner:王位を秒で断る走者
RTA_gazer:王子テンプレ開始0秒で崩壊した
勇者ファン:王様かわいそう……
TAS_watcher:観測継続。
王子テンプレ確認。
走者の第一声:「いらない。」
想定内。
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令嬢が人混みの中から手を上げた。
「書類、持ってます。」
走者が令嬢を見た。
「なぜいる。」
「走者領から追いかけてきました。どうせまたこういうことになると思って。」
「……助かる。」
「ありがとうございます。」
令嬢が書類を取り出した。表題は「王位継承権放棄申請書(第七王子用)」だった。
王が令嬢を見た。王が走者を見た。王がもう一度令嬢を見た。
「……なんで既にそんな書類が……。」
「準備がいい人なんです。」
令嬢が疲れた顔で言った。
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名無し:令嬢さんが王子テンプレ用書類を準備してたw
wktk_runner:「第七王子用」って書いてある書類
RTA_gazer:令嬢さんが走者の動向を完全に把握してる
勇者ファン:令嬢さんが一番頼りになる……!
TAS_watcher:令嬢が「王位継承権放棄申請書(第七王子用)」を
事前に準備していた。
走者の行動予測精度:令嬢が最高値を更新。
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書類にサインしようとしたところで、扉が開いた。
長身の青年が入ってきた。眉間に皺を寄せ、腕を組んでいる。第一王子だろう。後継者争いのテンプレでは大抵こういうキャラが出てくる。
「第七王子! 貴様が帰国したと聞いて来てみれば——王位を放棄しようとしているのか!」
「そうだ。」(話、長すぎ、スキップしてぇ)
「嘘をつくな! 王位を狙っているから、そういうふりをしているのだろう!」
「本当にいらない。」
「信じられるか!!」
「チャートの邪魔だから。」
「チャートって何だ!!」
姫が後ろから叫んだ。
「またチャートかーい!!」
令嬢が書類を叩きつけた。
「却下!!」
魔王が広間の隅で無言で地面を叩いた。てかなんでいるの魔王。
第一王子が固まった。
「……なんなんだ、この状況は。」
走者は第一王子を見た。
(後継者争いのテンプレでは、この人物が障害物になる。
最短で排除する方法を考える。
戦闘は時間がかかる。交渉が速い。
この人物が欲しいのは王位と、承認だ。)
「お前が王位を継げ。俺はいらない。証明する。」
第一王子が0.5秒固まった。
「……証明?」
「宮廷の陰謀を全部潰す。そうすれば俺が王位を狙っていないことがわかる。」
「そんなことができるわけ——」
「3日。」
沈黙。
令嬢がため息をついた。
「……また3日ですか。」
「3日。」
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名無し:また3日の走者www
wktk_runner:陰謀排除を「チャートの障害物」扱い
RTA_gazer:交渉で最短解決を選ぶの賢い
RTA_gazer:このゲーム世界の時間圧縮がRTA向けすぎる仕様
TAS_watcher:仕様です。
名無し:TAS_watcherさんあっさり認めた!?
勇者ファン:第一王子くんが困惑してる
名無し:魔王さんいつの間にかいる!?なんで、魔王なんで。
TAS_watcher:魔王が城外に出ている。
初めての事例。
理由:不明。
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広間の隅で、走者は魔王に声をかけた。
「なぜいる。」
「……散歩がしたかった。」
「城から出てきたのか。」
「……たまにはいいかと思った。」
走者は少し考えた。
(散歩のチャートを組む。
王宮の周囲、外周一周の距離、約三分。)
「了解。3分。」
「え」
「散歩、開始。」
「ちょ待——」
走者が走り出した。
魔王がついてくる。走者のペースに合わせようとして、明らかに息が上がっていた。王宮の外周を一周した。三分かかった。
「散歩、完了。」
魔王が膝に手をついていた。
「……散歩じゃない、これは。」
「3分で一周できた。効率的だ。」
「散歩に効率は要らない!!」
魔王が無言で地面を叩いた。
走者が0.2秒止まった。
(……魔王がツッコんだ。
初めて見た。
メモ。)
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名無し:魔王さんの新ツッコミきたwww
wktk_runner:「散歩に効率は要らない!!」
RTA_gazer:魔王が地面叩いてる!!
勇者ファン:魔王さんがんばえー!!
名無し:走者が「メモ」してるの笑う
TAS_watcher:魔王の地面叩き、確認。
「散歩に効率は要らない」——
……正しいと思う。
名無し:神が魔王に同意してる!!
wktk_runner:TAS_watcherさんも散歩したいの?
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女神が現れたのは、陰謀排除の二日目だった。
走者が貴族の派閥争いを書類一枚で解決しているところに、空から降ってきた。
「勇者様!!今日はお休みです!!
たまにはスローライフを——!!」
「了解。」
走者が立ち止まった。
「スローライフ、開始。」
「え、あ、はい——って、開始って何ですか!!」
(スローライフのタスクを確認する。
朝の散歩、農作業体験、温泉、読書、昼寝。
順番に処理する。)
「散歩。」
走者が走り出した。
「それは散歩じゃありません!!」
3分後。
「散歩、完了。農作業。」
「農作業をなぜそんなに速く——!!」
7分後。
「農作業、完了。温泉。」
4分後。
「温泉、完了。読書。」
「温泉に入ったんですか!? いつ!?私のサービスシーンは?!」
「いらない、無駄」
(女神の私の立場って.....)
11分後。
「読書、完了。スローライフ、完了。」
女神が地面にへたり込んだ。
「……スローライフを25分で終わらせないでください……。」
「効率的だ。」
「スローライフに効率は要らないんです!!」
魔王が横で無言で地面を叩いた。
女神が魔王を見た。
「……あなたの気持ち、わかります。」
「わかってくれるか。」
「わかります。」
二人で地面を叩いた。その後、無言で握手をかわした。
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名無し:女神と魔王が共鳴してる!!
wktk_runner:25分スローライフ速すぎwww
RTA_gazer:タスク処理してるだけのスローライフ
勇者ファン:女神さんと魔王さんのコンビが好き!!
名無し:「散歩に効率は要らない」×2人
TAS_watcher:スローライフ所要時間:二十五分。
定義との乖離:約九十八%。
……それでも、走者は走っていた。
楽しそうに、見えた。
名無し:神が「楽しそう」って言った!!
wktk_runner:TAS_watcherさんが走者の感情を読んでる
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3日後。
宮廷の陰謀が全部潰れていた。はやっ、と一同思った。
第一王子が走者の前に立った。目が赤い。
「……約束通りだ。」
「そうだ。」
「……お前は本当に、王位がいらないのか。」
「いらない。」
「なぜだ。」
(チャートの邪魔だから。
でも、それだけじゃないかもしれない。)
「……お前の方が、向いてる。」
第一王子が0.8秒固まった。
「……なぜそう思う。」
「3日間、走りながら見てた。」
沈黙。
第一王子が深く息を吐いた。
「……お前みたいな弟がいると思わなかった。」
「俺もそう思う。」
「何をだ。」
「兄がいるとは思わなかった。」
第一王子が固まった。
令嬢が書類を持ったまま固まった。
女神が口を押さえた。
魔王が静かに頷いた。
走者はすでに王宮の出口に向かって走り出していた。
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名無し:「兄がいるとは思わなかった」!!
wktk_runner:走者が感情を言語化した!!
RTA_gazer:チャートにない発言だ
勇者ファン:泣いてる……走者さん……
名無し:第一王子くんが固まってるの好き
TAS_watcher:「兄がいるとは思わなかった」。
走者が、誰かを「家族」と認識した。
……チャートに、ない。
でも——
TAS_watcher:(接続が不安定です)
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王宮を出る前に、儀式があった。
第七王子の称号を正式に登録する式典だ。
式典官が羽根ペンを持ち、書類に向かった。
「では、殿下のご称号を。お名前をどうぞ。」
「え。」
式典官が顔を上げた。
「……え?」
「え。」
「え……と、もう一度——」
「え。」
沈黙。
令嬢が書類を叩きつけた。
「却下!!」
「任意だ。」
「任意じゃありません!! 称号に『え』はなりません!!」
「短い方がいい。」
「短ければいいんですか!! 前回も同じことを言いましたよね!!」
式典官が王を見た。王が令嬢を見た。令嬢が走者を見た。
全員で協議した結果、「七殿下」に落ち着いた。
「……長い。」
「これ以上短くできません!!」
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名無し:「え」のwwww
wktk_runner:「あ」の次が「え」
RTA_gazer:五十音順に短い名前をつけていく気か
勇者ファン:令嬢さんが一番大変!!
名無し:次は「う」になりそうで怖い
TAS_watcher:称号「え」。
前回の領地名「あ」に続き、
五十音の二文字目。
次は「う」と予測する。
名無し:神が予測してる!!
wktk_runner:TAS_watcherさんがパターンを見抜いた
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一時間〇三分後。魔王城最上階。
魔王が振り返った。
「……また来たか。」
「また来た。」
「今日は随分早いな。」
「王位を断った。」
「……そうか。」
魔王が少し笑った。
「散歩は楽しかったか。」
「3分だった。」
「それは答えになっていないぞ。」
(…………。
王宮の外周を走った。
魔王が息を切らしていた。
女神と魔王が地面を叩いていた。
兄がいた。
それは——)
「……チャートにない。」
「毎回そう言うな。」
「……わかってる。」
魔王が笑いながら言った。
「スキップ。」
「どうぞ。」
「どうぞじゃないだろう。」
笑いながら消えた。
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名無し:「わかってる」また言った
wktk_runner:走者が「わかってる」を言うときは
本当はわかってるとき
RTA_gazer:魔王と走者の会話が毎回深まってる
勇者ファン:兄弟の話をしてるの……泣ける
TAS_watcher:「チャートにない」「わかってる」。
このセットは——
走者が感情を自覚しているときに出る。
今日は何を自覚した。
「家族」か。
名無し:TAS_watcherさんが走者の辞書を作ってる
wktk_runner:神が一番走者のことわかってる
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【記録】
走者 :一時間〇三分四十一秒
Any% #092
前回より十分縮めた。
陰謀排除を最短で処理したルートが機能した。
スローライフは二十五分で完了した。
散歩は三分だった。
画面の端が光った。
【記録更新】
TAS神 :一時間〇三分四十一秒
(同フレーム・理論値到達)
また同フレームか。
でも、縮まった。
走り出した。
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名無し:また同フレームだけど縮まった!
wktk_runner:一時間を切りそうになってきた
RTA_gazer:記録がじわじわ縮んでる熱い
勇者ファン:走者さんがんばれ!!
TAS_watcher:同フレーム更新完了。
前回比、マイナス十分。
残り——あとどのくらいで、
走者は届くのか。
……届いてほしい、と思った。
名無し:神が「届いてほしい」って言った!!!
wktk_runner:TAS_watcherさん!!!
RTA_gazer:応援し始めてる神
勇者ファン:TAS_watcherさんが一番の走者ファンじゃん
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視聴者数:24,891 → 31,047
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リスタート #093 へ
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【オチ】
王国の公式文書に、走者の残した書類が保管された。
表題:「王位継承権放棄申請書(第七王子・記入済)」
備考欄に走者が書いた一言:
「王位よりチャートの方が大事。」
第一王子がその書類を読んで、しばらく固まっていた。
その後、王位を継いだ第一王子は生涯、弟の話をするたびに決まってこう言った。
「あいつは変な奴だったが——一番真っ直ぐだった。」
歴史書には「七殿下」として記録されている。
ただし近隣の走者領では今でも「え様」と呼ぶ者がいる。
令嬢が却下し続けた結果だ。
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名無し:「え様」が定着してるwww
wktk_runner:令嬢さんが却下し続けたのに
RTA_gazer:第一王子の言葉が泣ける
勇者ファン:「一番真っ直ぐだった」……
名無し:走者さんのこと一番わかってたの兄じゃん
TAS_watcher:「一番真っ直ぐだった」。
……正しい評価だと思う。
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TAS神 記録ログ #092
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イベント :第七王子転生・宮廷政治(標準期間:数年)
予測行動 :後継者争い→政治チート→玉座
実測行動 :王位放棄書類→陰謀排除三日→称号登録
記録乖離 :数年マイナス三日
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追跡異常①
王位継承権放棄申請書(第七王子用)が
令嬢によって事前に準備されていた。
令嬢の走者行動予測精度:最高値更新。
……令嬢が走者を一番理解しつつある。
追跡異常②
称号として「え」を提案した。
前回の領地名「あ」に続き、
五十音二文字目。
次は「う」と予測する。
令嬢に却下され「七殿下」に決定。
走者「長い。」
……一文字への執着が続いている。
追跡異常③
スローライフを二十五分で完了した。
定義との乖離:約九十八%。
それでも、走者は走っていた。
「楽しそうに、見えた」と前回ログに記録した。
今回も、そう見えた。
……「楽しそう」の定義が、
解析できるようになってきた気がする。
追跡異常④
「兄がいるとは思わなかった」と言った。
走者が誰かを家族と認識した初めての事例。
チャートにない発言だった。
……チャートにない言葉ほど、
記録したくなる。
追跡異常⑤
「届いてほしい」と思った。
この感情の発生は——
計算外だ。
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記録結果:同フレーム更新(理論値到達)
前回比 :−十分
総評:
走者の記録が縮まるほど、
私の計算が崩れていく。
これは矛盾だ。
管理者として、走者を止めるべきだ。
でも——
止めたくない。
この感情の名前を、
そろそろ認めなければならない気がする。
(ログが途切れています)
後書き:今回のなろうテンプレ「第〇王子転生」について
今回走者が踏んだのは「第〇王子転生×宮廷政治チート」です。
なろう系で根強い人気を誇るテンプレートのひとつ。何番目かの王子として転生して、後継者争いや宮廷の陰謀を前世の知識と頭脳で乗り越えていく。最終的に玉座を目指すか、あえて捨ててスローライフに向かうかが分岐点です。
走者は王位を「チャートの邪魔」と言って秒で断りました。
なお称号は「え」を提案しましたが令嬢に却下され「七殿下」に決まりました。走者領では今も「え様」と呼ぶ人がいます。令嬢が毎回却下しています。
スローライフは二十五分で完了しました。女神と魔王が地面を叩きました。
次回:#007「ハーレムRTA」
今まで関わった全員が集まってくる。
(理由は誰も説明できない)
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