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【完結】異世界Any% ——神の記録に、今日も0.01秒届かない  作者: 勇者ヨシ君


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5/8

#005「領地経営RTA」


 気づいたら貴族の屋敷にいた。


 前世の記憶はない。ただ、本能がある。


 目が覚めたら、見知らぬ天蓋てんがい付きのベッドの上だった。


 石造りの広い部屋。壁には家紋の入った旗。窓の外には荒れ果てた土地が広がっている。地平線まで続く灰色の大地に、枯れた木が点在していた。どう見ても豊かとは言えない。


 扉が開いた。執事らしき老人が深々と頭を下げた。


「目覚められましたか、ヴァルター・フォン・グラーフ様。辺境へんきょうの領地をお任せするとのお達しが王都より届いております。」


(貴族転生か。

 チャートにあるジャンルだ。

 辺境領地を発展させる系。

 通常クリアまで何年もかかる長期コンテンツ。

 ただしこの世界、時間の流れがRTA計測に換算される仕様らしい。

 ゲーム内で3日経過しても、走者の記録は体感時間で動く。

 RTA向けの設計だ。メモ。

 短縮できる。)


「領地の現状を。」


「は。耕作可能面積の三割が荒廃、水路は機能不全、住民の半数が——」


「地図。」


「は?」


「地図をくれ。」


 執事が0.3秒固まった後、地図を取り出した。


(この世界も地図の常備率が低い。

 メモ。)


─────────────────────────

【LIVE配信中】視聴者数:18,891

─────────────────────────

名無し:貴族転生きたw

wktk_runner:また地図から入る走者

RTA_gazer:辺境領地系のチャート何分短縮できるんだ

勇者ファン:執事さんかわいそう

TAS_watcher:観測継続。

       貴族転生テンプレ確認。

       走者の前世記憶:なし。

       それでも動いている。

─────────────────────────


*****


 屋敷の外に出た。


 荒廃した大地は、見た目通りひどい状態だった。割れた水路、放置された農具、崩れかけた家屋。住民たちが遠巻きにこちらを見ている。新しい領主への期待と不安が入り混じった目だ。


 その中に、見知った顔があった。


 銀髪の令嬢が腕を組んで立っていた。


「……また会いましたね。」


 令嬢アシテッドだった。断罪会場以来だ。


「なぜここに。」


「書類の免除申請書が大量に売れて、そのロイヤリティ《使用料》で旅費が出たので。」


「……そうか。」


「あなたの領地らしいので来ました。どうせまた無茶なことをするでしょうから、書類係が必要だろうと思って。」


 走者が少し考えた。


(使える。

 令嬢のツッコミ精度は高い。

 書類処理速度も速い。

 チャートに組み込む。)


「助かる。」


 令嬢が0.5秒止まった。


「……素直に言うんですね。」


「事実だから。」


「……そういうところが一番ズルいんですよ。」


 令嬢が書類を取り出しながら歩き出した。


─────────────────────────

名無し:令嬢さん帰ってきたーー!!

wktk_runner:免除申請書のロイヤリティで草

RTA_gazer:書類係として採用されてる

勇者ファン:「助かる」って言えた走者さん!!

名無し:令嬢さんの「ズルい」がいい

TAS_watcher:令嬢が合流した。

       「書類係」として機能する予測:高。

       ……走者が「助かる」と言った。

       これは。

TAS_watcher:(接続が不安定です)

─────────────────────────


*****


 住民の代表が前に出てきた。日焼けした顔の中年男だ。


「領主様。この荒れ果てた土地を、どうするおつもりですか。農業改革には最低でも十年は——」


「3日。」


「……は?」


「3日で終わらせる。」


 住民代表が令嬢を見た。令嬢が深くため息をついた。


「慣れてください。」


─────────────────────────

名無し:「慣れてください」が全てを表してるw

wktk_runner:令嬢さんもう諦めてる

RTA_gazer:十年→3日の圧縮率やばい

勇者ファン:住民さんかわいそう

TAS_watcher:領地発展、標準期間:十年。

       走者の申告:三日。

       乖離率:99.9%。

       ……また始まった。

─────────────────────────


 走者は地図を広げた。


(水路の問題が根本だ。

 水が通れば農地は復活する。

 崩れた箇所は三か所。

 優先順位をつけて最短で修繕する。

 次に農具の整備。壊れているものと使えるものを選別する。

 家屋の修繕は住民に任せた方が速い。指示だけ出す。

 食料は——)


「走る。」


 走り出した。


 令嬢が書類を持ったまま後を追った。


「ちょっと、説明してから——!」


「走りながら。」


「またそれですか!!」


─────────────────────────

名無し:「走りながら」シリーズ継続中w

wktk_runner:令嬢さんも追いかける係になってる

RTA_gazer:水路から攻めるの正しいチャートだわ

勇者ファン:令嬢さんが女神さんポジになってきてる

TAS_watcher:水路修繕→農具整備→家屋指示の順。

       最短手順を本能で導き出している。

       前世記憶なしで。

─────────────────────────


挿絵(By みてみん)


*****


 一日目が終わった。


 水路が三か所すべて修繕されていた。

 住民代表が茫然ぼうぜんと立っていた。


「……一日で水路が……。」


「次。農具の選別。」


「ちょ、ちょっと待ってください。普通は設計図を引いて、職人を手配して、資材を——」


「やった。」


「やったって……いつの間に——」


「夜。」


 走者はすでに農具小屋に向かって走っていた。


 令嬢が走りながら書類に何かを書いていた。


「あなたの行動を書類化するのが追いつきません!!」


「速くなれ。」


「無茶言わないでくださいまし!!」


─────────────────────────

名無し:令嬢さんが走りながら書類書いてるの好き

wktk_runner:「速くなれ」は無理でしょw

RTA_gazer:一日で水路三か所は人間技じゃない

勇者ファン:令嬢さんが一番働いてる!!

名無し:走者より令嬢さんの方が大変そう

TAS_watcher:一日目終了。

       進捗:予定の三十三%完了。

       走者の行動を書類化しようとする令嬢の

       筆記速度が限界に近い。

       ……書類化できなかった行動は

       記録されないのか。

       それは——

TAS_watcher:(接続が不安定です)

─────────────────────────


*****


 二日目。


 農具の選別と修繕が完了した。

 家屋の修繕が八割終わった。

 住民たちが走者の後ろを自然についてくるようになっていた。


 その流れの中で、令嬢が走者の横に並んだ。


「一つ聞いていいですか。」


「何が。」


「なぜこんなに頑張るんですか。ここはあなたの領地でもないし——」


「領地だ。」


「……え?」


「さっき執事に確認した。正式に俺の領地になってる。」


 令嬢が0.8秒止まった。


「……だから頑張るんですか?」


(違う。

 チャートにあるから、やっている。

 でも——住民が動いている。

 令嬢が書類を書いている。

 それは——)


「……チャートが面白くなってきた。」


 令嬢が少し笑った。


「……それ、素直に言えるじゃないですか。」


「事実だから。」


「またズルいこと言う。」


─────────────────────────

名無し:「チャートが面白くなってきた」!!

wktk_runner:走者が初めて「面白い」って言った

RTA_gazer:令嬢さんの笑顔が見えた

勇者ファン:これ好きすぎる……

TAS_watcher:「チャートが面白くなってきた」。

        走者が初めて、走ること以外の価値を

        言語化した。

        ……面白い。

        私も、そう思う。

名無し:神が「私も面白い」って言った!!

wktk_runner:TAS_watcherさんが崩れてきてるww

─────────────────────────


*****


 三日目が終わった。


 領地が発展していた。


 水路には水が流れ、農地に緑の芽が出始めていた。家屋は修繕され、住民たちの顔に色が戻っていた。三日前の灰色の大地が、まるで別の場所のようだった。


 住民代表が走者の前に立った。目が赤い。


「領主様……十年かかると思っていたのに……」


「3日と言った。」


「……言いました。」


「チャート通り。」


 住民代表が深く頭を下げた。後ろで他の住民たちも頭を下げていた。


 走者は少し戸惑った。


(これは——チャートにないイベントだ。

 でも、スキップしなかった。)


「……顔を上げろ。」


 全員が顔を上げた。


「名前が必要だろう。この領地の。」


 住民代表の目が輝いた。


「はい! 領主様のお名前を冠した領地名を——どうぞ、お名前を!」


「あ。」


 沈黙。


「……あ?」


「あ。」


「……あ、様……?」


 令嬢が書類を叩きつけた。


「却下!!」


「これが最速だ。」


「最速とかじゃありません!! 領地名に『あ』はなりません!!」


「短い方がいい。」


「短ければいいんですか!!」


─────────────────────────

名無し:「あ」のwwwww

wktk_runner:名前が「あ」!?

RTA_gazer:最速入力すぎる

勇者ファン:令嬢さんのツッコミが一番速い!!

名無し:「任意だ」「任意じゃありません」の応酬好き

TAS_watcher:領地名「あ」。

       文字数:一文字。

       過去の領地名最短記録:三文字。

       新記録。

名無し:神が記録として残してる草

wktk_runner:TAS_watcherさんのログが面白くなってきた

─────────────────────────


 結局、住民の総意で「走者領」に決まった。


「走者でいい。」


「よくないです。でもこれが一番マシです。」


 令嬢が疲れた顔で書類にサインした。


 走者は領地をもう一度見渡した。


 三日前と全然違う景色だった。


(悪くない。)


─────────────────────────

名無し:「これが一番マシ」で笑う

wktk_runner:令嬢さんが一番働いた三日間だった

RTA_gazer:「悪くない」が走者の最大評価

勇者ファン:走者さんが満足してるの伝わる!!

名無し:令嬢さんと走者のコンビ最高

TAS_watcher:走者が「悪くない」と思った。

        ……私も、そう思う。

名無し:神がまた「私も」って言ってる!!

wktk_runner:TAS_watcherさん完全に感情が出てきてる

─────────────────────────


*****


 一時間十四分後。魔王城最上階。


 魔王が振り返った。


「……また来たか。」


「また来た。」


「今日は随分早いな。」


「領地経営を終わらせてきた。」


「……三日で?」


「三日で。」


 魔王が0.8秒固まった。


「……そうか。」


「スキップ。」


「……今日は少し、聞いていいか。」


 走者が0.3秒止まった。


「何を。」


「楽しかったか。」


(…………。

 チャートが面白くなってきた、と言った。

 令嬢が笑った。

 住民が頭を下げた。

 それは——)


「……チャートにない。」


「それは答えになっていないぞ。」


「……わかってる。」


 魔王が笑った。


「どうぞ。」


「どうぞじゃないだろう。」


 笑いながら消えた。


 令嬢「もう倒さないのが普通になってませんこと!?」


─────────────────────────

名無し:魔王が「楽しかったか」って聞いた

wktk_runner:走者が「わかってる」って言った!!

RTA_gazer:答えは「チャートにない」だけど

       「わかってる」って認めた

勇者ファン:魔王さんと走者さんの関係が好きすぎる

名無し:「どうぞ」を魔王から言うのが定着してる

     てか魔王倒せよww

TAS_watcher:「チャートにない」。

        しかし「わかってる」と言った。

        ……走者は知っている。

        楽しかったことを。

        言わないだけで。

名無し:神が全部読んでる……

wktk_runner:TAS_watcherさんが走者の通訳になってる

─────────────────────────


【記録】

 走者 :一時間十四分二十二秒

     Any% #091


 前回より七分縮めた。


 領地経営を三日で終わらせたルートが機能した。

 令嬢の書類処理が速度短縮に貢献した。

 チャートに組み込む。


 画面の端が光った。


【記録更新】

 TAS神 :一時間十四分二十二秒

      (同フレーム・理論値到達)


 また同フレームか。


 でも、縮まった。


 走り出した。


─────────────────────────

名無し:また同フレームだけど縮まった!

wktk_runner:令嬢さんがチャートに組み込まれた

RTA_gazer:記録が着実に縮まってる

勇者ファン:走者さんがんばれ!!

TAS_watcher:同フレーム更新完了。

       前回比、マイナス七分。

       令嬢がチャートに組み込まれた。

       走者の周囲に、人が増えている。

       ……人が増えるほど、

       記録が縮まっている。

       これは——

TAS_watcher:(接続が不安定です)

─────────────────────────

   視聴者数:18,203 → 24,891

─────────────────────────


*****


        リスタート #092 へ


*****


【オチ】


 走者領の特産品第一号が決まった。


 住民代表が誇らしげに発表した。


「『感動的な○○シーン免除申請書』印刷サービスです! 近隣貴族からの注文が殺到しています!」


 令嬢が頭を抱えた。


「……私が持ち込んだ文化がなぜ特産品に……。」


 走者は特に何も言わなかった。


 ただ、ほんの少し、口の端が動いた気がした。


─────────────────────────

名無し:特産品が免除申請書のwww

wktk_runner:書類文化が経済になってる

RTA_gazer:走者の口の端が動いた!?

勇者ファン:笑ってる!?走者さんが笑ってる!?

名無し:ほんの少しだけど確かに動いた

TAS_watcher:走者の口角、〇.一ミリ上昇を確認。

        記録した。

名無し:神が0.1ミリを記録してるの好きすぎる

wktk_runner:TAS_watcherさんが一番細かく見てる

─────────────────────────


*****


════════════════════════════

 TAS神 記録ログ #091

════════════════════════════


イベント :辺境領地経営(標準期間:十年)

予測行動 :内政チート→段階的発展→住民の信頼獲得

実測行動 :三日で完了

記録乖離 :九年三百六十二日


──────────────────────


追跡異常①

 前世記憶なし、有効スキル「走る」のみで

 領地を三日で発展させた。

 使用したのは本能と最短手順の判断のみ。

 なぜ最短手順を導き出せるのか:解析中(進捗0%)


追跡異常②

 令嬢アシテッドが書類係として合流した。

 走者が「助かる」と言った。

 走者の語彙に「助かる」が追加されている。

 ……誰かに感謝する言葉を、覚えた。


追跡異常③

 走者が「チャートが面白くなってきた」と言った。

 走ること以外の価値を初めて言語化した。

 ……私も、そう思った。

 この「私も」という反応の発生回数:

 本話で三回目。


追跡異常④

 領地名を問われ「あ」と答えた。

 文字数:一文字。

 過去最短記録を更新した。

 令嬢が却下した。妥当だと思う。


追跡異常⑤

 口角が0.1ミリ上昇した。

 走者が笑った可能性がある。

 確率:31%。

 ……記録した。


──────────────────────


記録結果:同フレーム更新(理論値到達)

前回比 :−七分


総評:

 走者の周囲に人が増えている。

 人が増えるほど、記録が縮まっている。


 これは、偶然ではない。


 走者が人を変え、

 人が走者を変えている。


 ……私も、変わっている。


 この事実から、目を逸らせない。


(ログが途切れています)

今回のなろうテンプレ「貴族転生・領地経営」について


 今回走者が踏んだのは「貴族転生×辺境領地経営」です。


 なろう系で長期人気を誇るテンプレートのひとつ。転生先が貴族で、何かの理由で辺境の荒れた領地を任される。前世の知識を使って内政チートで領地を発展させ、住民の信頼を得る。これが「仕様」です。


 走者はこれを三日で終わらせました。前世記憶なし、有効スキルは「走る」のみで。


 なお領地名は「あ」を提案しましたが令嬢に却下され、「走者領」に決まりました。走者は「走者でいい」と言いました。それはもう走者領です。


 特産品が免除申請書の印刷サービスになったことについては、誰も予想していませんでした。


次回:#006「第〇王子RTA」

 走者、第七王子になっている。

 (王位はいらないらしい)


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