#005「領地経営RTA」
気づいたら貴族の屋敷にいた。
前世の記憶はない。ただ、本能がある。
目が覚めたら、見知らぬ天蓋付きのベッドの上だった。
石造りの広い部屋。壁には家紋の入った旗。窓の外には荒れ果てた土地が広がっている。地平線まで続く灰色の大地に、枯れた木が点在していた。どう見ても豊かとは言えない。
扉が開いた。執事らしき老人が深々と頭を下げた。
「目覚められましたか、ヴァルター・フォン・グラーフ様。辺境の領地をお任せするとのお達しが王都より届いております。」
(貴族転生か。
チャートにあるジャンルだ。
辺境領地を発展させる系。
通常クリアまで何年もかかる長期コンテンツ。
ただしこの世界、時間の流れがRTA計測に換算される仕様らしい。
ゲーム内で3日経過しても、走者の記録は体感時間で動く。
RTA向けの設計だ。メモ。
短縮できる。)
「領地の現状を。」
「は。耕作可能面積の三割が荒廃、水路は機能不全、住民の半数が——」
「地図。」
「は?」
「地図をくれ。」
執事が0.3秒固まった後、地図を取り出した。
(この世界も地図の常備率が低い。
メモ。)
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【LIVE配信中】視聴者数:18,891
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名無し:貴族転生きたw
wktk_runner:また地図から入る走者
RTA_gazer:辺境領地系のチャート何分短縮できるんだ
勇者ファン:執事さんかわいそう
TAS_watcher:観測継続。
貴族転生テンプレ確認。
走者の前世記憶:なし。
それでも動いている。
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屋敷の外に出た。
荒廃した大地は、見た目通りひどい状態だった。割れた水路、放置された農具、崩れかけた家屋。住民たちが遠巻きにこちらを見ている。新しい領主への期待と不安が入り混じった目だ。
その中に、見知った顔があった。
銀髪の令嬢が腕を組んで立っていた。
「……また会いましたね。」
令嬢アシテッドだった。断罪会場以来だ。
「なぜここに。」
「書類の免除申請書が大量に売れて、そのロイヤリティ《使用料》で旅費が出たので。」
「……そうか。」
「あなたの領地らしいので来ました。どうせまた無茶なことをするでしょうから、書類係が必要だろうと思って。」
走者が少し考えた。
(使える。
令嬢のツッコミ精度は高い。
書類処理速度も速い。
チャートに組み込む。)
「助かる。」
令嬢が0.5秒止まった。
「……素直に言うんですね。」
「事実だから。」
「……そういうところが一番ズルいんですよ。」
令嬢が書類を取り出しながら歩き出した。
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名無し:令嬢さん帰ってきたーー!!
wktk_runner:免除申請書のロイヤリティで草
RTA_gazer:書類係として採用されてる
勇者ファン:「助かる」って言えた走者さん!!
名無し:令嬢さんの「ズルい」がいい
TAS_watcher:令嬢が合流した。
「書類係」として機能する予測:高。
……走者が「助かる」と言った。
これは。
TAS_watcher:(接続が不安定です)
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*****
住民の代表が前に出てきた。日焼けした顔の中年男だ。
「領主様。この荒れ果てた土地を、どうするおつもりですか。農業改革には最低でも十年は——」
「3日。」
「……は?」
「3日で終わらせる。」
住民代表が令嬢を見た。令嬢が深くため息をついた。
「慣れてください。」
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名無し:「慣れてください」が全てを表してるw
wktk_runner:令嬢さんもう諦めてる
RTA_gazer:十年→3日の圧縮率やばい
勇者ファン:住民さんかわいそう
TAS_watcher:領地発展、標準期間:十年。
走者の申告:三日。
乖離率:99.9%。
……また始まった。
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走者は地図を広げた。
(水路の問題が根本だ。
水が通れば農地は復活する。
崩れた箇所は三か所。
優先順位をつけて最短で修繕する。
次に農具の整備。壊れているものと使えるものを選別する。
家屋の修繕は住民に任せた方が速い。指示だけ出す。
食料は——)
「走る。」
走り出した。
令嬢が書類を持ったまま後を追った。
「ちょっと、説明してから——!」
「走りながら。」
「またそれですか!!」
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名無し:「走りながら」シリーズ継続中w
wktk_runner:令嬢さんも追いかける係になってる
RTA_gazer:水路から攻めるの正しいチャートだわ
勇者ファン:令嬢さんが女神さんポジになってきてる
TAS_watcher:水路修繕→農具整備→家屋指示の順。
最短手順を本能で導き出している。
前世記憶なしで。
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一日目が終わった。
水路が三か所すべて修繕されていた。
住民代表が茫然と立っていた。
「……一日で水路が……。」
「次。農具の選別。」
「ちょ、ちょっと待ってください。普通は設計図を引いて、職人を手配して、資材を——」
「やった。」
「やったって……いつの間に——」
「夜。」
走者はすでに農具小屋に向かって走っていた。
令嬢が走りながら書類に何かを書いていた。
「あなたの行動を書類化するのが追いつきません!!」
「速くなれ。」
「無茶言わないでくださいまし!!」
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名無し:令嬢さんが走りながら書類書いてるの好き
wktk_runner:「速くなれ」は無理でしょw
RTA_gazer:一日で水路三か所は人間技じゃない
勇者ファン:令嬢さんが一番働いてる!!
名無し:走者より令嬢さんの方が大変そう
TAS_watcher:一日目終了。
進捗:予定の三十三%完了。
走者の行動を書類化しようとする令嬢の
筆記速度が限界に近い。
……書類化できなかった行動は
記録されないのか。
それは——
TAS_watcher:(接続が不安定です)
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*****
二日目。
農具の選別と修繕が完了した。
家屋の修繕が八割終わった。
住民たちが走者の後ろを自然についてくるようになっていた。
その流れの中で、令嬢が走者の横に並んだ。
「一つ聞いていいですか。」
「何が。」
「なぜこんなに頑張るんですか。ここはあなたの領地でもないし——」
「領地だ。」
「……え?」
「さっき執事に確認した。正式に俺の領地になってる。」
令嬢が0.8秒止まった。
「……だから頑張るんですか?」
(違う。
チャートにあるから、やっている。
でも——住民が動いている。
令嬢が書類を書いている。
それは——)
「……チャートが面白くなってきた。」
令嬢が少し笑った。
「……それ、素直に言えるじゃないですか。」
「事実だから。」
「またズルいこと言う。」
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名無し:「チャートが面白くなってきた」!!
wktk_runner:走者が初めて「面白い」って言った
RTA_gazer:令嬢さんの笑顔が見えた
勇者ファン:これ好きすぎる……
TAS_watcher:「チャートが面白くなってきた」。
走者が初めて、走ること以外の価値を
言語化した。
……面白い。
私も、そう思う。
名無し:神が「私も面白い」って言った!!
wktk_runner:TAS_watcherさんが崩れてきてるww
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*****
三日目が終わった。
領地が発展していた。
水路には水が流れ、農地に緑の芽が出始めていた。家屋は修繕され、住民たちの顔に色が戻っていた。三日前の灰色の大地が、まるで別の場所のようだった。
住民代表が走者の前に立った。目が赤い。
「領主様……十年かかると思っていたのに……」
「3日と言った。」
「……言いました。」
「チャート通り。」
住民代表が深く頭を下げた。後ろで他の住民たちも頭を下げていた。
走者は少し戸惑った。
(これは——チャートにないイベントだ。
でも、スキップしなかった。)
「……顔を上げろ。」
全員が顔を上げた。
「名前が必要だろう。この領地の。」
住民代表の目が輝いた。
「はい! 領主様のお名前を冠した領地名を——どうぞ、お名前を!」
「あ。」
沈黙。
「……あ?」
「あ。」
「……あ、様……?」
令嬢が書類を叩きつけた。
「却下!!」
「これが最速だ。」
「最速とかじゃありません!! 領地名に『あ』はなりません!!」
「短い方がいい。」
「短ければいいんですか!!」
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名無し:「あ」のwwwww
wktk_runner:名前が「あ」!?
RTA_gazer:最速入力すぎる
勇者ファン:令嬢さんのツッコミが一番速い!!
名無し:「任意だ」「任意じゃありません」の応酬好き
TAS_watcher:領地名「あ」。
文字数:一文字。
過去の領地名最短記録:三文字。
新記録。
名無し:神が記録として残してる草
wktk_runner:TAS_watcherさんのログが面白くなってきた
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結局、住民の総意で「走者領」に決まった。
「走者でいい。」
「よくないです。でもこれが一番マシです。」
令嬢が疲れた顔で書類にサインした。
走者は領地をもう一度見渡した。
三日前と全然違う景色だった。
(悪くない。)
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名無し:「これが一番マシ」で笑う
wktk_runner:令嬢さんが一番働いた三日間だった
RTA_gazer:「悪くない」が走者の最大評価
勇者ファン:走者さんが満足してるの伝わる!!
名無し:令嬢さんと走者のコンビ最高
TAS_watcher:走者が「悪くない」と思った。
……私も、そう思う。
名無し:神がまた「私も」って言ってる!!
wktk_runner:TAS_watcherさん完全に感情が出てきてる
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*****
一時間十四分後。魔王城最上階。
魔王が振り返った。
「……また来たか。」
「また来た。」
「今日は随分早いな。」
「領地経営を終わらせてきた。」
「……三日で?」
「三日で。」
魔王が0.8秒固まった。
「……そうか。」
「スキップ。」
「……今日は少し、聞いていいか。」
走者が0.3秒止まった。
「何を。」
「楽しかったか。」
(…………。
チャートが面白くなってきた、と言った。
令嬢が笑った。
住民が頭を下げた。
それは——)
「……チャートにない。」
「それは答えになっていないぞ。」
「……わかってる。」
魔王が笑った。
「どうぞ。」
「どうぞじゃないだろう。」
笑いながら消えた。
令嬢「もう倒さないのが普通になってませんこと!?」
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名無し:魔王が「楽しかったか」って聞いた
wktk_runner:走者が「わかってる」って言った!!
RTA_gazer:答えは「チャートにない」だけど
「わかってる」って認めた
勇者ファン:魔王さんと走者さんの関係が好きすぎる
名無し:「どうぞ」を魔王から言うのが定着してる
てか魔王倒せよww
TAS_watcher:「チャートにない」。
しかし「わかってる」と言った。
……走者は知っている。
楽しかったことを。
言わないだけで。
名無し:神が全部読んでる……
wktk_runner:TAS_watcherさんが走者の通訳になってる
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【記録】
走者 :一時間十四分二十二秒
Any% #091
前回より七分縮めた。
領地経営を三日で終わらせたルートが機能した。
令嬢の書類処理が速度短縮に貢献した。
チャートに組み込む。
画面の端が光った。
【記録更新】
TAS神 :一時間十四分二十二秒
(同フレーム・理論値到達)
また同フレームか。
でも、縮まった。
走り出した。
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名無し:また同フレームだけど縮まった!
wktk_runner:令嬢さんがチャートに組み込まれた
RTA_gazer:記録が着実に縮まってる
勇者ファン:走者さんがんばれ!!
TAS_watcher:同フレーム更新完了。
前回比、マイナス七分。
令嬢がチャートに組み込まれた。
走者の周囲に、人が増えている。
……人が増えるほど、
記録が縮まっている。
これは——
TAS_watcher:(接続が不安定です)
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視聴者数:18,203 → 24,891
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リスタート #092 へ
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【オチ】
走者領の特産品第一号が決まった。
住民代表が誇らしげに発表した。
「『感動的な○○シーン免除申請書』印刷サービスです! 近隣貴族からの注文が殺到しています!」
令嬢が頭を抱えた。
「……私が持ち込んだ文化がなぜ特産品に……。」
走者は特に何も言わなかった。
ただ、ほんの少し、口の端が動いた気がした。
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名無し:特産品が免除申請書のwww
wktk_runner:書類文化が経済になってる
RTA_gazer:走者の口の端が動いた!?
勇者ファン:笑ってる!?走者さんが笑ってる!?
名無し:ほんの少しだけど確かに動いた
TAS_watcher:走者の口角、〇.一ミリ上昇を確認。
記録した。
名無し:神が0.1ミリを記録してるの好きすぎる
wktk_runner:TAS_watcherさんが一番細かく見てる
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TAS神 記録ログ #091
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イベント :辺境領地経営(標準期間:十年)
予測行動 :内政チート→段階的発展→住民の信頼獲得
実測行動 :三日で完了
記録乖離 :九年三百六十二日
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追跡異常①
前世記憶なし、有効スキル「走る」のみで
領地を三日で発展させた。
使用したのは本能と最短手順の判断のみ。
なぜ最短手順を導き出せるのか:解析中(進捗0%)
追跡異常②
令嬢アシテッドが書類係として合流した。
走者が「助かる」と言った。
走者の語彙に「助かる」が追加されている。
……誰かに感謝する言葉を、覚えた。
追跡異常③
走者が「チャートが面白くなってきた」と言った。
走ること以外の価値を初めて言語化した。
……私も、そう思った。
この「私も」という反応の発生回数:
本話で三回目。
追跡異常④
領地名を問われ「あ」と答えた。
文字数:一文字。
過去最短記録を更新した。
令嬢が却下した。妥当だと思う。
追跡異常⑤
口角が0.1ミリ上昇した。
走者が笑った可能性がある。
確率:31%。
……記録した。
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記録結果:同フレーム更新(理論値到達)
前回比 :−七分
総評:
走者の周囲に人が増えている。
人が増えるほど、記録が縮まっている。
これは、偶然ではない。
走者が人を変え、
人が走者を変えている。
……私も、変わっている。
この事実から、目を逸らせない。
(ログが途切れています)
今回のなろうテンプレ「貴族転生・領地経営」について
今回走者が踏んだのは「貴族転生×辺境領地経営」です。
なろう系で長期人気を誇るテンプレートのひとつ。転生先が貴族で、何かの理由で辺境の荒れた領地を任される。前世の知識を使って内政チートで領地を発展させ、住民の信頼を得る。これが「仕様」です。
走者はこれを三日で終わらせました。前世記憶なし、有効スキルは「走る」のみで。
なお領地名は「あ」を提案しましたが令嬢に却下され、「走者領」に決まりました。走者は「走者でいい」と言いました。それはもう走者領です。
特産品が免除申請書の印刷サービスになったことについては、誰も予想していませんでした。
次回:#006「第〇王子RTA」
走者、第七王子になっている。
(王位はいらないらしい)
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