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【完結】異世界Any% ——神の記録に、今日も0.01秒届かない  作者: 勇者ヨシ君


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3/8

#003「悪役令嬢断罪RTA」

 走者が魔王城への最短ルートを確認したら、断罪会場を通過していた。理由はわからない。女神のチョップが今日三回空を切った。

 学園の大広間は、整然と人間が並んでいた。


 正面に王子。両脇に貴族の子息が十数名。

 緋色の絨毯の中央に、青ざめた顔の令嬢が一人立っていた。

 天井から差し込む光が、儚げな彼女の銀髪を照らしている。

 断罪の舞台として、完璧な構図だった。


 そして、なぜか台の上に走者もいた。


「どうしてこうなった。」


 女神が頭を抱えた。


(最短ルートを通ったら、ここだった。

 地図の書き込みが読みにくかったのが原因だ。

 でも結果として時間短縮になっている。

 問題ない。)


 王子が書類を手に持ったまま、困惑した顔でこちらを見ている。

 彼の取り巻きも同様だ。断罪される予定だった令嬢だけが、呆然と台の上の走者を見上げていた。


「えーと……」


 王子が書類をめくった。


「本日の断罪対象はアシテッド嬢、と……あと、なぜか勇者……?」


「勇者。」


「なんで台の上にいるんですか。」


「最短。」


「最短って何が最短なんですか!!」


 ```

 ─────────────────────────

  【LIVE配信中】視聴者数:7,891

 ─────────────────────────

 名無し:なんで断罪台の上にいるw

 wktk_runner:最短ルートが断罪会場!?

 RTA_gazer:チャートがバグってる

 勇者ファン:王子くん困惑してて草

 TAS_watcher:観測継続。

 走者が断罪台に上った経緯:

 解析中(進捗0%)

 ─────────────────────────

 ```


挿絵(By みてみん)


 王子がもう一度書類を見た。眉間に深い皺が寄っている。


「……勇者の断罪理由、なんて書けばいいんですか。」


「わからん。」


「わからないんですか!!」


 女神が走者に向かって水平チョップを放った。


 空を切った。


 走者がすでに令嬢の隣に移動していた。大広間の空気が、女神の腕の軌道に沿って揺れた。


「チャートの確認をする。」


 令嬢が「え」という顔をした。


(この令嬢はチャートにある。

 悪役令嬢系テンプレの主役だ。

 断罪されて覚醒するパターンが多い。

 邪魔しない方がいい。)


「続けろ。俺は通過する。」


「通過!? 断罪台を通過!?」


 女神がハリセンを取り出した。


 走者がすでに台の端まで移動していた。石畳の上を、音もなく滑るように動いていた。


 ハリセンが空を切った。


 ```

 ─────────────────────────

  名無し:チョップ空振りwww

  wktk_runner:ハリセンまで出てきた

  RTA_gazer:走者の移動速度が速すぎて当たらない

  勇者ファン:女神さんがんばえー!

  TAS_watcher:女神によるツッコミ動作、今話二回目。

 命中率:0%

 走者の回避は無意識と思われる。

 ─────────────────────────

 ```


「あの……」


 令嬢が小声で話しかけてきた。彼女の声は震えていたが、目には怒りの色が混じっていた。


「なんですか、あなたは。」


「勇者。」


「なんで台の上にいるんですか。」


「最短——」


「それは聞いてません。」


(先読みされた。

 ツッコミが速い。

 使えるかもしれない。

 メモ。)


「……邪魔しない。続けろ。」


「邪魔してます!! めちゃくちゃ邪魔してます!!」


 令嬢の叫び声が大広間に響いた。天井の高い石造りの空間で、声がよく通る。断罪会場として設計された場所は、ツッコミにも最適だった。


 ```

 ─────────────────────────

 名無し:令嬢さんのツッコミが一番まとも

 wktk_runner:「使えるかもしれない」でメモするな

 RTA_gazer:断罪会場が一番ツッコミに向いてる場所

 勇者ファン:令嬢さんかわいそうだけど元気そう

 TAS_watcher:令嬢のツッコミ精度:高。

 走者が「メモ」した。

 ─────────────────────────

 ```


 *****


 王子が咳払いをした。


 大広間が静まり返る中、彼は改めて書類を持ち直した。断罪の儀式を再開しようとする意志が、その背筋の伸び方に見えた。


「では……アシテッドよ! 貴様のような悪逆非道の——」


「スキップ。」


 静寂。


 王子がゆっくり振り返った。目の下に隈ができていた。この三日間ずっとこの男と関わっているせいだろう。


「……また言った。」


「長い。スキップ。」


「勇者さん。ここ、私の断罪シーンなんですが。」


 令嬢が涙目で言った。目が赤い。さっきより本格的に泣きそうだ。


「知ってる。」


「知ってて言ってるんですか。」


「節約。」


「誰の時間を節約してるんですか!!」


 女神が走者の肩を掴もうと手を伸ばした。


 走者がすでに三歩横に移動していた。石畳の床に、足音一つ立てていなかった。


 女神の手が空を切った。


 女神がゆっくり両膝を地面についた。


「……もう嫌だああああ……。」


 ```

 ─────────────────────────

 名無し:「もう嫌だ」で草

 wktk_runner:女神さんが膝をついた!!

 RTA_gazer:三回目の空振りで膝つくの好き

 勇者ファン:女神さん……w がんばえ……

 TAS_watcher:女神のツッコミ動作、今話三回目。

 命中率:依然0%。

 女神が膝をついた。

 名無し:TAS_watcherさんのログが几帳面で好き

 ─────────────────────────

 ```


 姫が膝をついた女神の肩をそっと抱えた。大広間の床は冷たい石だ。女神の白い衣装が石の灰色に染まりそうだった。


「大丈夫ですか。」


「大丈夫じゃないです……速すぎて当たらないんです……」


「わかります。私もずっとそれで悩んでます。」


「姫さんも?」


「でも私は割り切りました。」


 姫が立ち上がり、走者に向かって大きく息を吸った。


「またカンかーい!!」


 大広間に声が響いた。


 走者が振り返った。


「……何が。」


「スキップって言ったことです!!」


「了解。」


「了解じゃないんですよ!!」


 女神が顔を上げた。


「……今の、上手かったです。」


「ありがとうございます。」


「なんで貴女の方が上手いんですか!!」


 ```

 ─────────────────────────

 名無し:姫さんがツッコミを習得したwww

 wktk_runner:「またカンかーい!!」声出た

 RTA_gazer:女神より姫の方が上手いの草

勇者ファン:姫さん成長してる!!

TAS_watcher:姫のツッコミ。

命中率:100%(精神的命中)

走者が振り返った。

女神:0%(物理的命中)

名無し:「精神的命中」って概念を作る神

 ─────────────────────────

 ```


 *****


 王子が深く深呼吸をした。


 彼は書類を机に置き、こめかみを押さえ、目を閉じた。十秒ほどそのままでいた。取り巻きたちも、誰も何も言わなかった。断罪会場に、奇妙な静けさが漂っていた。


「……わかりました。」


 王子が目を開けた。


「時間の節約、しましょう。」


 走者が鞄から書類を取り出した。


「精算書類がある場合は——」


「ない!! 断罪に書類はない!!」


 王子が叫んだ。


「感動的な断罪シーン免除申請書もある。」


「それも習慣ですか!!」


「任意。」


 王子がため息をついた。長い、長い息だった。


「……わかりました。サインします。」


「俺もサインします。」


 取り巻き全員が、整然と列を作ってサインした。誰一人として躊躇しなかった。この三日間で、彼らも何かを学習したらしい。


 令嬢が呆然と立っていた。


「……私の断罪は。」


「終わった。」


「え? え? 断罪って、そういうもの……?」


 ```

 ─────────────────────────

 名無し:断罪が書類一枚で終わったwww

  wktk_runner:取り巻きが躊躇なくサインするの草

  RTA_gazer:「感動的な断罪シーン免除申請書」

 シリーズになってる

  勇者ファン:令嬢さんが一番置いてかれてる

  TAS_watcher:断罪イベント、書類で終了。

 令嬢の断罪が完了したのか

 していないのか:不明。

 ─────────────────────────

 ```


 *****


 走者は断罪台を降りた。


 冷たい石畳の感触が、靴底から伝わる。大広間の出口に向かって歩きながら、背後から声がかかった。


「……あの。」


 令嬢だった。


 振り返った。彼女は台の上に一人残されたまま、こちらを見ていた。青ざめていた顔に、少しだけ色が戻っていた。


「貴方、名前は。」


「走者。」


「走者?」


「走者。」


 令嬢が少し考えた。


「……変な名前。」


「そうかもしれない。」


「これから私、どうなるんですか。」


(このジャンルのチャートだと覚醒して無双するか

 追放されてスローライフか。

 どちらも悪くない展開だ。

 令嬢次第だが——)


「悪くない。」


「根拠は?」


「勘。」


「また勘!!」


 女神が叫んだ。


「またカンかーい!!」


 姫も叫んだ。


 走者はすでに出口に向かって走り出していた。


 女神のハリセンが空を切った。

 姫の「またカンかーい!!」だけが大広間に響き渡った。


 残された令嬢がぽつりと言った。


「……なんか、元気出てきた。」


 断罪されたはずの令嬢は、その日から毎日剣の鍛錬を始めた。


 理由を聞いた侍女は、こう証言している。


「なんか悔しかったみたいです。」


 ```

 ─────────────────────────

  名無し:「勘」また出たwww

  wktk_runner:女神と姫のコンビが完成した

  RTA_gazer:「またカンかーい!!」が定番になってる

  勇者ファン:令嬢さんが元気になったの嬉しい!!

  名無し:断罪されたのに鍛錬始める令嬢好き

  名無し:「なんか悔しかった」で笑う

  TAS_watcher:「勘」、本作累計四回目。

 令嬢、翌日から鍛錬開始。

 走者の「勘」の定義:

 感情があるのに言語化しない場合に使用。

 今回も正しかった。

  名無し:神が「勘」の答えを出した!!

  wktk_runner:TAS_watcherさんわかってる……

 ─────────────────────────

 ```


 *****


 一時間三十九分後。魔王城最上階。


 魔王が振り返った。


「……また来たか。」


「また来た。」


「今日は随分早いな。」


「断罪会場が最短ルートだった。」


「……断罪会場。」


 魔王が0.5秒止まった。


「……なぜ断罪会場を通過したのか、聞いていいか。」


「最短——」


「それ以外を聞いている。」


(…………。

 令嬢が元気になった。

 それは——チャート外のことだ。)


「……チャート外。」


 魔王が少し笑った。


「そういうことにしておくか。」


「どうぞ。」


「どうぞ、じゃないだろう。」


 笑いながら消えた。


 ```

 ─────────────────────────

 名無し:「どうぞじゃないだろう」が定番に

 wktk_runner:「チャート外」って認めた

 RTA_gazer:魔王が一番走者のことわかってる

 勇者ファン:走者さん……令嬢さんのこと気にしてたんだ

 TAS_watcher:「チャート外」……

 走者が認めた。

 令嬢が元気になったことを、

 走者は——

 TAS_watcher:(接続が不安定です)

 名無し:核心に触れるたびに落ちる神

 wktk_runner:TAS_watcherさーーん!!

 ─────────────────────────

 ```


【記録】

 走者 :一時間三十九分二十二秒

 Any% #089


(縮まった。

 前回より十二分。

 断罪会場ルートは使える。

 次回もこのルートを通る。)


 画面の端が光った。


【記録更新】

 TAS神 :一時間三十九分二十二秒

 (同フレーム・理論値到達)


 また同フレームか。

 でも、縮まった。


 走者(アホ)がまた、走り出した。


 ```

 ─────────────────────────

  名無し:また同フレームだけど縮まってる!

  wktk_runner:「断罪会場ルートは使える」でメモするな

  RTA_gazer:じわじわ縮んでる記録が熱い

  勇者ファン:走者さんがんばれ……!!

  TAS_watcher:同フレーム更新完了。

 前回比、マイナス十二分。

 走者は「次回も断罪会場ルートを通る」

 と記録している。

 令嬢に、また会う気だ。

  名無し:神が全部読んでる

  勇者ファン:TAS_watcherさんも応援してるのでは……

 ─────────────────────────

 視聴者数:7,204 → 11,847

 ─────────────────────────

 ```


 *****


 リスタート #090 へ


 *****



 後日、令嬢アシテッドは婚約者の王子に書類を一枚送りつけた。


 表題:「感動的な婚約破棄シーン免除申請書」


 王子はその日のうちにサインを即返送してきた。


 令嬢は剣の鍛錬を続けながら、ひとりごとを言った。


「……あの走者、意外と役に立ったわね」


 侍女は何も言わなかった。


 ```

 ─────────────────────────

  名無し:書類が令嬢に引き継がれたwww

  wktk_runner:シリーズが広まってる

  RTA_gazer:王子が即サイン返してくるの笑う

  勇者ファン:令嬢さんが一番成長してる!!

  名無し:走者の文化が異世界に定着しはじめてる

  TAS_watcher:「感動的な○○シーン免除申請書」

 の使用者が増加している。

 これは——チャート外の伝播だ。

  名無し:神が一番困惑してて草

 ─────────────────────────


 ══════════════════

 TAS神 記録ログ #089

 ══════════════════


 イベント :悪役令嬢断罪

 予測行動 :断罪演説→令嬢の反論→ざまぁ(推定二十分)

 実測行動 :書類一枚で全員サイン(三分)

 記録乖離 :十七分


 ────────────────────


 追跡異常①

 走者が断罪台に上った理由:「最短」

 このルートを最短と判断した根拠:

 解析中(進捗0%)


 追跡異常②

「感動的な断罪シーン免除申請書」が存在した。

「感動的な別れシーン免除申請書」に続き

 シリーズ化を確認。

 次に何が免除されるか:予測不能。


 追跡異常③

 女神のツッコミ動作、本話三回。

 命中率:0%。膝をついた。


 姫のツッコミ動作、本話一回。

 命中率:100%(精神的命中)。

 走者が振り返った。


 姫は女神を観察して学習した。

 学習速度が女神を上回っている。


 追跡異常④

 走者が令嬢に「悪くない」と言った。

 根拠を問われ「勘」と答えた。

「勘」累計四回目。今回も正しかった。


「勘」の定義を確定する。

 感情があるのに、言語化しない場合に使用する語。

 走者には感情がある。


 ────────────────────


 付記:

「感動的な○○シーン免除申請書」が

 令嬢によって使用された。


 走者の行動が、他者に伝播した。


 これは——チャート外の事象が

 連鎖していることを意味する。


 計算できない事象が、増えている。


 令嬢が鍛錬を始めた理由:「悔しかった」


 ……走者が「悔しい」という感情を

 令嬢に与えた。


 これを、何と定義すればいいのか。


(ログが途切れています)


 

今回走者が踏んだのは「悪役令嬢断罪」です。


 なろう系で近年最も投稿数が多いテンプレートのひとつ。乙女ゲームの悪役令嬢が断罪されて、そこから覚醒して無双するか、逆にざまぁ返しするかが見どころです。断罪演説・婚約破棄・令嬢の反論、この三点セットが「仕様」です。


 走者は書類一枚でこれを三分に圧縮しました。


 なお「感動的な断罪シーン免除申請書」は第二弾です。令嬢がすでに第三弾を独自開発していますが、これは走者の想定外です。たぶん。


 ちなみに令嬢が断罪されたのかされていないのかは、書類にサインした全員も把握していません。任意だったので。


 次回:#004「チート無双RTA」

 走者、最強スキルを授与される。

 (0.3秒で終わった)


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