#003「悪役令嬢断罪RTA」
走者が魔王城への最短ルートを確認したら、断罪会場を通過していた。理由はわからない。女神のチョップが今日三回空を切った。
学園の大広間は、整然と人間が並んでいた。
正面に王子。両脇に貴族の子息が十数名。
緋色の絨毯の中央に、青ざめた顔の令嬢が一人立っていた。
天井から差し込む光が、儚げな彼女の銀髪を照らしている。
断罪の舞台として、完璧な構図だった。
そして、なぜか台の上に走者もいた。
「どうしてこうなった。」
女神が頭を抱えた。
(最短ルートを通ったら、ここだった。
地図の書き込みが読みにくかったのが原因だ。
でも結果として時間短縮になっている。
問題ない。)
王子が書類を手に持ったまま、困惑した顔でこちらを見ている。
彼の取り巻きも同様だ。断罪される予定だった令嬢だけが、呆然と台の上の走者を見上げていた。
「えーと……」
王子が書類をめくった。
「本日の断罪対象はアシテッド嬢、と……あと、なぜか勇者……?」
「勇者。」
「なんで台の上にいるんですか。」
「最短。」
「最短って何が最短なんですか!!」
```
─────────────────────────
【LIVE配信中】視聴者数:7,891
─────────────────────────
名無し:なんで断罪台の上にいるw
wktk_runner:最短ルートが断罪会場!?
RTA_gazer:チャートがバグってる
勇者ファン:王子くん困惑してて草
TAS_watcher:観測継続。
走者が断罪台に上った経緯:
解析中(進捗0%)
─────────────────────────
```
王子がもう一度書類を見た。眉間に深い皺が寄っている。
「……勇者の断罪理由、なんて書けばいいんですか。」
「わからん。」
「わからないんですか!!」
女神が走者に向かって水平チョップを放った。
空を切った。
走者がすでに令嬢の隣に移動していた。大広間の空気が、女神の腕の軌道に沿って揺れた。
「チャートの確認をする。」
令嬢が「え」という顔をした。
(この令嬢はチャートにある。
悪役令嬢系テンプレの主役だ。
断罪されて覚醒するパターンが多い。
邪魔しない方がいい。)
「続けろ。俺は通過する。」
「通過!? 断罪台を通過!?」
女神がハリセンを取り出した。
走者がすでに台の端まで移動していた。石畳の上を、音もなく滑るように動いていた。
ハリセンが空を切った。
```
─────────────────────────
名無し:チョップ空振りwww
wktk_runner:ハリセンまで出てきた
RTA_gazer:走者の移動速度が速すぎて当たらない
勇者ファン:女神さんがんばえー!
TAS_watcher:女神によるツッコミ動作、今話二回目。
命中率:0%
走者の回避は無意識と思われる。
─────────────────────────
```
「あの……」
令嬢が小声で話しかけてきた。彼女の声は震えていたが、目には怒りの色が混じっていた。
「なんですか、あなたは。」
「勇者。」
「なんで台の上にいるんですか。」
「最短——」
「それは聞いてません。」
(先読みされた。
ツッコミが速い。
使えるかもしれない。
メモ。)
「……邪魔しない。続けろ。」
「邪魔してます!! めちゃくちゃ邪魔してます!!」
令嬢の叫び声が大広間に響いた。天井の高い石造りの空間で、声がよく通る。断罪会場として設計された場所は、ツッコミにも最適だった。
```
─────────────────────────
名無し:令嬢さんのツッコミが一番まとも
wktk_runner:「使えるかもしれない」でメモするな
RTA_gazer:断罪会場が一番ツッコミに向いてる場所
勇者ファン:令嬢さんかわいそうだけど元気そう
TAS_watcher:令嬢のツッコミ精度:高。
走者が「メモ」した。
─────────────────────────
```
*****
王子が咳払いをした。
大広間が静まり返る中、彼は改めて書類を持ち直した。断罪の儀式を再開しようとする意志が、その背筋の伸び方に見えた。
「では……アシテッドよ! 貴様のような悪逆非道の——」
「スキップ。」
静寂。
王子がゆっくり振り返った。目の下に隈ができていた。この三日間ずっとこの男と関わっているせいだろう。
「……また言った。」
「長い。スキップ。」
「勇者さん。ここ、私の断罪シーンなんですが。」
令嬢が涙目で言った。目が赤い。さっきより本格的に泣きそうだ。
「知ってる。」
「知ってて言ってるんですか。」
「節約。」
「誰の時間を節約してるんですか!!」
女神が走者の肩を掴もうと手を伸ばした。
走者がすでに三歩横に移動していた。石畳の床に、足音一つ立てていなかった。
女神の手が空を切った。
女神がゆっくり両膝を地面についた。
「……もう嫌だああああ……。」
```
─────────────────────────
名無し:「もう嫌だ」で草
wktk_runner:女神さんが膝をついた!!
RTA_gazer:三回目の空振りで膝つくの好き
勇者ファン:女神さん……w がんばえ……
TAS_watcher:女神のツッコミ動作、今話三回目。
命中率:依然0%。
女神が膝をついた。
名無し:TAS_watcherさんのログが几帳面で好き
─────────────────────────
```
姫が膝をついた女神の肩をそっと抱えた。大広間の床は冷たい石だ。女神の白い衣装が石の灰色に染まりそうだった。
「大丈夫ですか。」
「大丈夫じゃないです……速すぎて当たらないんです……」
「わかります。私もずっとそれで悩んでます。」
「姫さんも?」
「でも私は割り切りました。」
姫が立ち上がり、走者に向かって大きく息を吸った。
「またカンかーい!!」
大広間に声が響いた。
走者が振り返った。
「……何が。」
「スキップって言ったことです!!」
「了解。」
「了解じゃないんですよ!!」
女神が顔を上げた。
「……今の、上手かったです。」
「ありがとうございます。」
「なんで貴女の方が上手いんですか!!」
```
─────────────────────────
名無し:姫さんがツッコミを習得したwww
wktk_runner:「またカンかーい!!」声出た
RTA_gazer:女神より姫の方が上手いの草
勇者ファン:姫さん成長してる!!
TAS_watcher:姫のツッコミ。
命中率:100%(精神的命中)
走者が振り返った。
女神:0%(物理的命中)
名無し:「精神的命中」って概念を作る神
─────────────────────────
```
*****
王子が深く深呼吸をした。
彼は書類を机に置き、こめかみを押さえ、目を閉じた。十秒ほどそのままでいた。取り巻きたちも、誰も何も言わなかった。断罪会場に、奇妙な静けさが漂っていた。
「……わかりました。」
王子が目を開けた。
「時間の節約、しましょう。」
走者が鞄から書類を取り出した。
「精算書類がある場合は——」
「ない!! 断罪に書類はない!!」
王子が叫んだ。
「感動的な断罪シーン免除申請書もある。」
「それも習慣ですか!!」
「任意。」
王子がため息をついた。長い、長い息だった。
「……わかりました。サインします。」
「俺もサインします。」
取り巻き全員が、整然と列を作ってサインした。誰一人として躊躇しなかった。この三日間で、彼らも何かを学習したらしい。
令嬢が呆然と立っていた。
「……私の断罪は。」
「終わった。」
「え? え? 断罪って、そういうもの……?」
```
─────────────────────────
名無し:断罪が書類一枚で終わったwww
wktk_runner:取り巻きが躊躇なくサインするの草
RTA_gazer:「感動的な断罪シーン免除申請書」
シリーズになってる
勇者ファン:令嬢さんが一番置いてかれてる
TAS_watcher:断罪イベント、書類で終了。
令嬢の断罪が完了したのか
していないのか:不明。
─────────────────────────
```
*****
走者は断罪台を降りた。
冷たい石畳の感触が、靴底から伝わる。大広間の出口に向かって歩きながら、背後から声がかかった。
「……あの。」
令嬢だった。
振り返った。彼女は台の上に一人残されたまま、こちらを見ていた。青ざめていた顔に、少しだけ色が戻っていた。
「貴方、名前は。」
「走者。」
「走者?」
「走者。」
令嬢が少し考えた。
「……変な名前。」
「そうかもしれない。」
「これから私、どうなるんですか。」
(このジャンルのチャートだと覚醒して無双するか
追放されてスローライフか。
どちらも悪くない展開だ。
令嬢次第だが——)
「悪くない。」
「根拠は?」
「勘。」
「また勘!!」
女神が叫んだ。
「またカンかーい!!」
姫も叫んだ。
走者はすでに出口に向かって走り出していた。
女神のハリセンが空を切った。
姫の「またカンかーい!!」だけが大広間に響き渡った。
残された令嬢がぽつりと言った。
「……なんか、元気出てきた。」
断罪されたはずの令嬢は、その日から毎日剣の鍛錬を始めた。
理由を聞いた侍女は、こう証言している。
「なんか悔しかったみたいです。」
```
─────────────────────────
名無し:「勘」また出たwww
wktk_runner:女神と姫のコンビが完成した
RTA_gazer:「またカンかーい!!」が定番になってる
勇者ファン:令嬢さんが元気になったの嬉しい!!
名無し:断罪されたのに鍛錬始める令嬢好き
名無し:「なんか悔しかった」で笑う
TAS_watcher:「勘」、本作累計四回目。
令嬢、翌日から鍛錬開始。
走者の「勘」の定義:
感情があるのに言語化しない場合に使用。
今回も正しかった。
名無し:神が「勘」の答えを出した!!
wktk_runner:TAS_watcherさんわかってる……
─────────────────────────
```
*****
一時間三十九分後。魔王城最上階。
魔王が振り返った。
「……また来たか。」
「また来た。」
「今日は随分早いな。」
「断罪会場が最短ルートだった。」
「……断罪会場。」
魔王が0.5秒止まった。
「……なぜ断罪会場を通過したのか、聞いていいか。」
「最短——」
「それ以外を聞いている。」
(…………。
令嬢が元気になった。
それは——チャート外のことだ。)
「……チャート外。」
魔王が少し笑った。
「そういうことにしておくか。」
「どうぞ。」
「どうぞ、じゃないだろう。」
笑いながら消えた。
```
─────────────────────────
名無し:「どうぞじゃないだろう」が定番に
wktk_runner:「チャート外」って認めた
RTA_gazer:魔王が一番走者のことわかってる
勇者ファン:走者さん……令嬢さんのこと気にしてたんだ
TAS_watcher:「チャート外」……
走者が認めた。
令嬢が元気になったことを、
走者は——
TAS_watcher:(接続が不安定です)
名無し:核心に触れるたびに落ちる神
wktk_runner:TAS_watcherさーーん!!
─────────────────────────
```
【記録】
走者 :一時間三十九分二十二秒
Any% #089
(縮まった。
前回より十二分。
断罪会場ルートは使える。
次回もこのルートを通る。)
画面の端が光った。
【記録更新】
TAS神 :一時間三十九分二十二秒
(同フレーム・理論値到達)
また同フレームか。
でも、縮まった。
走者がまた、走り出した。
```
─────────────────────────
名無し:また同フレームだけど縮まってる!
wktk_runner:「断罪会場ルートは使える」でメモするな
RTA_gazer:じわじわ縮んでる記録が熱い
勇者ファン:走者さんがんばれ……!!
TAS_watcher:同フレーム更新完了。
前回比、マイナス十二分。
走者は「次回も断罪会場ルートを通る」
と記録している。
令嬢に、また会う気だ。
名無し:神が全部読んでる
勇者ファン:TAS_watcherさんも応援してるのでは……
─────────────────────────
視聴者数:7,204 → 11,847
─────────────────────────
```
*****
リスタート #090 へ
*****
後日、令嬢アシテッドは婚約者の王子に書類を一枚送りつけた。
表題:「感動的な婚約破棄シーン免除申請書」
王子はその日のうちにサインを即返送してきた。
令嬢は剣の鍛錬を続けながら、ひとりごとを言った。
「……あの走者、意外と役に立ったわね」
侍女は何も言わなかった。
```
─────────────────────────
名無し:書類が令嬢に引き継がれたwww
wktk_runner:シリーズが広まってる
RTA_gazer:王子が即サイン返してくるの笑う
勇者ファン:令嬢さんが一番成長してる!!
名無し:走者の文化が異世界に定着しはじめてる
TAS_watcher:「感動的な○○シーン免除申請書」
の使用者が増加している。
これは——チャート外の伝播だ。
名無し:神が一番困惑してて草
─────────────────────────
══════════════════
TAS神 記録ログ #089
══════════════════
イベント :悪役令嬢断罪
予測行動 :断罪演説→令嬢の反論→ざまぁ(推定二十分)
実測行動 :書類一枚で全員サイン(三分)
記録乖離 :十七分
────────────────────
追跡異常①
走者が断罪台に上った理由:「最短」
このルートを最短と判断した根拠:
解析中(進捗0%)
追跡異常②
「感動的な断罪シーン免除申請書」が存在した。
「感動的な別れシーン免除申請書」に続き
シリーズ化を確認。
次に何が免除されるか:予測不能。
追跡異常③
女神のツッコミ動作、本話三回。
命中率:0%。膝をついた。
姫のツッコミ動作、本話一回。
命中率:100%(精神的命中)。
走者が振り返った。
姫は女神を観察して学習した。
学習速度が女神を上回っている。
追跡異常④
走者が令嬢に「悪くない」と言った。
根拠を問われ「勘」と答えた。
「勘」累計四回目。今回も正しかった。
「勘」の定義を確定する。
感情があるのに、言語化しない場合に使用する語。
走者には感情がある。
────────────────────
付記:
「感動的な○○シーン免除申請書」が
令嬢によって使用された。
走者の行動が、他者に伝播した。
これは——チャート外の事象が
連鎖していることを意味する。
計算できない事象が、増えている。
令嬢が鍛錬を始めた理由:「悔しかった」
……走者が「悔しい」という感情を
令嬢に与えた。
これを、何と定義すればいいのか。
(ログが途切れています)
今回走者が踏んだのは「悪役令嬢断罪」です。
なろう系で近年最も投稿数が多いテンプレートのひとつ。乙女ゲームの悪役令嬢が断罪されて、そこから覚醒して無双するか、逆にざまぁ返しするかが見どころです。断罪演説・婚約破棄・令嬢の反論、この三点セットが「仕様」です。
走者は書類一枚でこれを三分に圧縮しました。
なお「感動的な断罪シーン免除申請書」は第二弾です。令嬢がすでに第三弾を独自開発していますが、これは走者の想定外です。たぶん。
ちなみに令嬢が断罪されたのかされていないのかは、書類にサインした全員も把握していません。任意だったので。
次回:#004「チート無双RTA」
走者、最強スキルを授与される。
(0.3秒で終わった)
少しでも楽しんでいただけたら、ブックマーク登録・評価・コメント・レビューで応援いただけると励みになります!




