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苦しい

「……君は一度死んだ」


 何とか言葉を絞り出すと、少女は目を見開く。そして、眉を下げた。控えめな仕草だった。そこには激しい感情が見つけられなかった。薄く、脆く、儚い感情のみが、そこにある。


『 死んだんだったら、なぜ生きてるの? なぜ海の中で呼吸ができるの? 』


 少女が少し間をおいてゆったりとした、少女特有のリズムで口にした問いに、青年は押し黙る。彼女の問いはもっともな問いである。しかし、今までの誰も、青年の答えを聞いて納得しなかったのである。だから、彼は説明することを拒もうと口を開く。落胆や、嘲りの瞳は、もう見たくない。


「……俺の回答を聞いても、おそらく納得しないだろう。それでも良いなら話すが」

『 いいよ、聞かせて 』


 少女はすぐさま肯定し、応答を促した。青年は渋々と言った表情を隠さずに黙り込んでいた。しかし、やがて少女の視線に耐えられなくなり、話し出した。


「この海は、いや、この海域は、不思議な力が存在する。俺たちはそれを真凪と呼んでいる」


 少女が首を傾げた。不思議そうな光を瞳に宿す。この少女は、瞳に表情が出やすいようだ。

 

『 マナ? 本とかに出てくる? 』


 青年は首を振って否定した。


「それとは少し違うな。文献には真という字と凪という字でまなと読むと書いてあった」


 少女は納得したように頷き、申し訳なさそうに青年の顔を見上げる。


『 成程。話、遮ってごめん。続けて 』


 その仕草にどきっとしたが、青年はそれを顔に出さないように努めつつ、説明を再開する。


「……それで、その真凪の力を扱えるのが、俺たちの一族だ。今は父しか扱い方を知らない。俺が半人前だから、教えてくれない。扱いが難しいそうだ。その中には、亡き者を蘇生させる術式が存在する」


 そこで、青年は言葉を切った。俯いてしまった青年の顔を、少女が下から覗き込む。青年の顔は、歪んでいた。


「この海域は、何故か殺人スポットとして有名だ。嫌なスポットだ。浜の近くに、何人もの遺体が沈んでいる。白骨化しているものもあった。でも、死んで間もない者ならば、蘇生させることができる、と父がこぼしたことがあった。俺は、それに食いついた。

 俺には、どうしても会いたい人がいたんだ。その人が死ぬかもしれないとこぼしていた。俺は誰かがここに飛び込むたびに、俺はそこに向かった。でも、どれも違う気がしていた。死んでいたし、確かめようがなかった。俺はいつも、墓に埋葬することしかできなかった」


 少女は目を伏せる。眉をグッとひそめ、そして眉尻を下げる。青年の方に手が向いたが、それをもう片方の手で押さえた。青年が、何かを切に望んで、死体を見つけては埋めるという作業を繰り返し、それに疲れ果て、全てを投げ出したくなったという、その気持ちが伝わってきたからだ。

 青年は握りしめていた手をさらに強く握りしめる。何かを間違えれば、涙が瞳からこぼれ落ちてしまいそうだった。彼は続ける。


「でも、父が蘇生できると言った。確かめられる、そう思った。だから俺は、誰かが飛び込むたびにそれを回収して、蘇生してもらうようになった。毎回、毎回、毎回。でも、疲れてきた。最近は、特に」


 少女は青年の方へ少しだけ身体を寄せる。少女が懸念していた通りだったのだ。やはり青年は疲れ果てて、やつれてしまったのだ。少女は死体を見続けたからだと推測したのだが、彼が疲れた理由は別にあった。


「死体を回収して、蘇生して、何故殺されたのだとか、何故また生き返らせたのだとか、殺した相手への罵詈雑言、蘇生させた俺への罵詈雑言。全てを聞き届け、砂になった彼らを回収して、埋葬する。それが俺の仕事。義務。前は自分のエゴだったのに、今では義務だ。可笑しいだろう、滑稽だろう」


 少女はそうか、と思った。自殺する人は、もう生き返りたくないと思ってる。せっかく現実世界にさよならをしたのに、また無念を掘り起こされるような気持ちになる。それは、嫌だろう。殺された人は、憎み続けている。生き返ったら絶対に復讐したいとか、もしくはもう誰でもいいから殴りたいとか、そう考えていたのだろう。そして青年は、その感情の全てを受け止めてきたのだ……

 青年はすっきりした気分になっていたが、反面重い気分にもなっていた。自分の抱えていた気持ちを明かせたのはすっきりする原因にはなったのだが、自分の仕事を思い出すとまた気分が沈んだ。

 ぽん、と頭に何かが置かれ、それは青年の頭を撫でるように動かされる。それが少女の手なのだと、理解するまでに少し時間を要した。理解した青年は、目を見開いた。しかし、逃げることはしなかった。少女は、それくらい優しく撫でていた。


『 一人で抱えるには重い問題。よく抱えていたと思う 』


 少女は少女なりに慰めていた。青年はその気遣いに気づいていた。少女は青年の頭から手を離した。青年も顔を上げる。水の膜が張り詰めた瞳が、目の前にあった。


「何故、君が泣く」

『 辛かっただろうから 』


 共感して泣いてくれたということだ。間髪入れずに答えたことから、強い思いが伝わってくる。青年は、少女の温かさに思わず笑ってしまう。


「お人好しすぎる」

『 確かに、私はお人好し。だから、家族も私に全てを任せた 』


 少女の死んだ原因。それに触れる話が始まったことに、青年は目ざとく気づいた。おそらく、少女は気づいていないのだろう。自分なぜ死んだか、その核心に触れようとしていることに。

 でも、少女の心の奥底では気づいているようだ。少女の瞳は、少し光を失い、虚ろになる。少女は青年の頭から手を下ろす。そして、肩をかき抱く。青年は、その動作が、自分を守るために、何かから逃げるために、少女がとったポーズだということを理解した。


「全て任せた、というのは、どういうことだろうか」

『 ……長くなるけど、聞く? 』


 少女はあざとく首を傾げた。その仕草に胸が熱くなるのを確かに感じながら、青年は話して欲しい、と頷く。少女はためらいながら、言葉を慎重に選ぶように話し出す。


『 ……私、お人好しだって言ったでしょ。昔から、人の頼みを断れないタチだった。お母さんもお父さんも、すごく優しい人。何か困ったことがあったら、二人で助け合って、誰かが困っていたら、必ず助けていた。それが多分、大きな理由。いつからか、困っている人を見かけたら、助けることが義務のようになっていた 』


 少女のゆったりとして、それでいてリズムが良い話し方に心を奪われていた青年は、少女が話を切ったことで我に帰る。少女は、先ほどの青年と同じように俯いていた。


「それで、どうなった」


 青年は、優しく問いかけた。少女の華奢な肩が、細かく震え始める。細い指を持つ少し小さめな手は、ぎゅっと握りしめられる。


『 全てが嫌になった 』


 少女は呟いた。それっきり口をつぐんでしまったが、青年は少女の言わんとしていることを理解していた。


 死にたい。


 そう、思ったのだろう。

 ここまで聞いて思う、この少女は限りなく優しさに近い人間だと。人のために動き、自身を押さえつけて隠して殺して、生きてきたのだろう。そして、限界が来てしまった。

 少女はふっ、と呻き声を漏らしかける。泣きたい、そう思った。目が熱い。泣きたくないのに、泣きたい。

 青年はぽん、と少女の頭に手を置いた。一瞬びくっと震えた少女は、ゆっくりと、青年の方を向く。青年は、穏やかな笑みで、彼女を見ている。


「よく頑張ったじゃないか」


 青年は、自身のもう片方の手を彼女の目の前に持ってくる。くっ、と青年が笑いを漏らす。何をするのだろうと少女が不思議に思っていると、ぱちん、と彼が指を鳴らした。すると、あたりに柔らかな光の粒が現れる。それはやがて魚の群れの形を取り、少女と青年を取り巻くように泳ぎ出す。少女は感嘆の声を漏らす。美しかった。精霊が、泳いでいるようで。少女を慰めるようにくるくると周りを泳ぐ。

 青年は再びぱちん、と指を鳴らす。そして、自身の両目をその手で覆った。少女は何をするのか、と興味津々に青年の顔を見つめる。次に、彼がその手を外すと。


『 ……………………え? 』


 少女は、口を小さく開き、固まった。

今回は長めです。理由は、切るべき場所を途中で見つけることができなかったからです。少女と青年の苦しみが伝われば……

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