第27話 婿入り王子は妻の好きな色の意味を知る
「そもそも、ノエルは結婚前は私のことをどのくらい知っていたの?」
「この国の第一王子で正義感が強くて顔が良い人だと。あ、あと魔法が使えないって」
「なんか、合ってるけど偏った情報だね?」
「正義感が強い」というのは、どこから来た評判なのだろう。
ぽつり、ぽつりとセドリックは話した。
魔力を持って生まれなかったこと。
父親である国王に似ている箇所がなかったことから、王妃は不義の子を疑われて心を病んだこと。
王家は目や髪の色に金色を有することが多い。だが、それらをセドリックは受け継がなかった。
いつか魔力に目覚めるかもしれない。そう信じていた。
一般的に、魔力が目覚めるとされる限界の二十歳を超えても発現する気配がないと分かったら、今度は魔力を持たないこと以外は完璧な王子を目指そうとしたこと。
非の打ち所のない王子を演じていた。そうすれば、いつかは家族が見てくれると信じていたから。
だけど、王宮では誰もセドリックを見てはくれなかった。
それを「悲しかった」と気づけたのは、ここに来てからだった。
「平民は魔力ない人のほうが多いのに」
「それでも、ゼロはあまりいない。誰でも1は持ってる。……私は、王族だからね。魔力無しは許されなかった」
「しかも、金色なんて、魔石の質で言ったら真ん中くらいですよ。それをなんでありがたがるんですかねぇ」
本気で不思議そうな顔をしていた。
当時のセドリックも、いっそそうやって割り切れたら良かったのに。
「そんなこと言うのは、きっとノエルだけだよ」
セドリックがそう言えば、ノエルはむぅ、と言い返してきた。
「奥様、ご存知ですか?最高品質の魔石は紫色をしているんですよ」
ノエルの指先が、優しくセドリックの目元をなぞった。
消えるほど小さな声で、「奥様の瞳の色と同じ。わたしの、好きな色です」とノエルが呟くのが聞こえた。
ノエルの琥珀色の瞳の中に、愛されなかった王子の顔が映っている。今にも泣きそうな、情けない顔が。
「でも、……幼い頃の私はその金色が何よりも羨ましかった。欲しくてたまらなかった。どうして金色じゃなくて紫なんだろうって、ずっと思っていた」
弟は目にも髪にも金色を受け継いだ。しかも、生まれた時からはっきりと分かるほどの魔力を有していた。
価値のあるものを、次に生まれた弟はすべて持っていた。
「価値観なんて場所で変わります。わたしのいた鉱山では、みーんな紫色が好きでしたよ」
「最高品質の魔石の色だから?」
「それもあるんですけど……わたしたちにとっては、帰る場所だからです」
ノエルは指先を軽く振った。
紫色の蝶が指先から浮き出て、魔力の鱗粉を残しながらふわふわと浮かんで――空気に溶けるように消えた。
「今のは探鉱者が真っ先に覚える魔法です。鉱脈探知と言います」
鉱脈探知の使い方は二つある。
一つは、一番近い鉱脈を探すこと。
もう一つは、事前に印を付けた鉱脈を探すこと。
「わたしの居た鉱山は、坑道の入口に大きな魔石の鉱脈があったんです。そこだけは絶対に採掘させませんでした。なぜなら、探鉱者たちが目印にしていたからです」
どれだけ深いところへ潜ったとしても、紫色の光に導かれて地上へ戻ることが出来る。
「だから、鉱山のひとたちはみんな紫色が好きなんですよ」
金色よりも紫色が尊ばれる世界があるわけがない。
セドリックの心を見抜いたのか、ノエルがぽつぽつと喋り始める。
「鉱山で、生き埋めになったことがあります」
そう言ったノエルの声は、驚くほど落ち着いていた。
まるで、他人の話をしているみたいに。
坑道が崩れて、運悪く下からガスが立ち昇ってきたこと。
そこに居た探鉱者はノエルだけで、他は全員鉱夫だった。
結界を張ったが、長くはもたないと予想された。
助けが来るかもわからない中、生き残るためには――、一度結界を解いて、鉱脈探知で地上への道を探すしかなかった。
ノエルのいた鉱山では、さまざまな団体が無秩序に掘り進めていたため、あちこちの坑道が繋がっていた。
ノエルは簡単にそう説明した。
最後に目一杯息を吸って――どうか、これが最後の呼吸にならないようにと願いながら――結界を解除した。
震える手で鉱脈探知を発動し、蝶が消えずに出口へ導くのを見た瞬間は嬉しかった。どこか地上へ繋がる坑道へ繋がっているのだと分かったから。
ノエルはガスを吸わないよう呼吸を止めて、一番頑丈な鉱夫がノエルを抱き上げてくれたので、必死でしがみついていた。
ひとり、ふたり、自分たちの背後で倒れる音がしても、絶対に振り返らなかった。
助けることは、出来たかもしれない。
でも、自分が気絶したら鉱脈探知は消える。そしたら、ここに居る全員が死ぬ。
だからノエルは、必死で呼吸を止めたまま意識を保っていた。
ノエルを抱き上げていた鉱夫が倒れた。自分で走ろうとしたが、別の鉱夫がすぐに抱きかかえ、走ってくれた。ノエルは、息を止めて気絶しないようにするだけでよかった。
誰もがノエルを生かすために動いてくれた。
ノエルが生き残ることが、集団を生き延びさせる最適解だと分かっていたから。
ノエルたちの先を行く紫色の蝶は、何度も消えそうになりながら、それでも示し続けた、地上への道を。
地上の光が見えた瞬間、ようやく息が出来た。生きて帰れたのだと、その時初めて実感ができた。
「わたしたち鉱山労働者にとっては、紫色は帰るための色なんです」
あっ、ちゃんと地上で呼吸した後、倒れた人たちを助けに行きましたよ! 生きてました! と、場違いなほど明るい声でノエルが言う。
聞き終わった後のセドリックは、ただノエルを抱きしめることしかできなかった。
辛かったね、大変だったね、――どんな言葉をかけても、陳腐なものに聞こえてしまう。
「だから、奥様の瞳の色が紫色なのは運命だと思っているんです。……帰ってきたな〜って……思うん、ですよ、ね」
くわぁ、と大きくあくびをしたかとおもうと、そのままノエルは動かなくなった。
「ノエル?」
声をかけても反応しない。それどころか、すぴょー……という寝息まで聞こえる。
寝た。これは、寝ている。気絶じゃない、ノエルが睡眠を取っている。
喋り疲れたのか、聞き疲れたのかは分からない。
でも、また一つノエルが人間らしいことをするようになって、嬉しかった。
腕の中で寝息を立てるノエルの頬を、指先で輪郭を確かめるようにしてなぞった。
セドリックの可愛い妻が、腕の中で精一杯生きて、呼吸をしている。
たったそれだけのことなのに、どうしてか、嬉しくて仕方がなかった。
「おやすみ、ノエル」
そう言って、セドリックも静かに目を閉じた。




