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【毎日更新】婿入り王子は辺境領主の“奥様”と呼ばれています。  作者: スイカの種


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第24話 婿入り王子はとても仕事が出来る男である

 最近、ノエルの奥様がおかしい。

 何がおかしいかと言うと……まあ、今なのだが。

「はい、ノエル。あーんだよ」

 目の前にはさじに乗ったスープが迫ってくる。

 口を開けたら甘い味が舌に広がる。今日はコーンスープだ。

 セドリックは最近、本邸のキッチンで料理を作っているらしい。

 向こうにはミキサーがあるから使ってみたかったのだと嬉しそうに言われた。

(一緒に魔獣退治をしたあとくらいから、やけに甘やかされてる気がする……)


「美味しいです。でも自分で食べられますよ」

 今日のノエルは正気だ。集中モード中に色々と食べさせてもらっているのは知っていたが、意識がある時にこうやって「あーん」されるのはなぜだろうか。

 しかも、膝の上に乗ったノエルを、セドリックは片手で支え、もう片手でスプーンを口元に運んでいる。とても器用だ。

「私がこうしたいの。ノエルは嫌?」

「……嫌じゃないです」

 ノエルがそう言えば、セドリックの紫色の目がとろりと嬉しそうに蕩けた。

 口を開けたらまたさじが入ってきた。美味しい。

 ノエルは食事の所作が汚い。所作のきれいなセドリックとご飯を一緒に食べていると余計にそれを自覚する。

 スープを食べるときもスプーンを握り込んでしまうし、気を抜くとつい猫背になってしまう。

 だから、セドリックに食べさせてもらうのは自分の所作の汚さから目を背けられるので楽なのだが……。

 膝の上に乗せてご飯を食べさせてもらうのは、小さい子のやることではないだろうか。

 ある日セドリックにそう言ってみたが、「誰も見ていないし良いんじゃない?」とあっさり返されてしまった。


 セドリックの手入れの成果もでてきたらしく、肌艶はツルツルで、唇のあかぎれも治った。

 それを見たセドリックは嬉しそうに笑う。

「そろそろヘアアレンジに挑戦してみる?ノエルはどんな髪型が好き?」

「"赤毛が色気づいてどうすんだよ"って言われますよ」

 かつて"にいに"に言われた言葉だった。

 鉱山に慰問に来てくれた女の人が、長い髪の毛を編み込んで綺麗な髪型にしていたのだ。その人が通ったあとはいつもいい匂いがして、ノエルはその女の人が大好きだった。

 「わたしも伸ばそうかな」ぽつりと漏らしたノエルに、"にいに"は笑ってそう言った。

 だからノエルはずっと髪の毛を伸ばさないようにしていた。シラミも怖かったので。

 にいにがそう言ってたから、そうなんだろうな、と思って今まで何も考えずに生きてきた。


 ノエルの言葉を聞いたセドリックは固まって、そのあと悲しそうな顔をした。その言葉を教えたのが誰かを、察したのだ。


(しまった、これは言ってはいけない言葉だったのだ)

 髪型なんて一つも知らないので、「奥様が選んでくれる髪型なら何でも嬉しいです!」と慌てて答えた。


 ***


 ある日、セドリックは紙の束を差し出して言った。

「今日はこれだけでいいよ」

 ノエルは一通り目を通してから反論する。足りないものが多い。

「でも、五年後の開墾計画とか、十年後までの水路の建材確保とか——」

「優先順位がおかしい」


 即座に切られた。


「五年の間に――いや、情勢は常に変わるんだ。今やる意味は無いよ」


 確かにそうだ。

 情勢が変わるたびに計画を引き直してきた。

 五年後の計画だけではない、全ての仕事に対してそうしてきた。

 集中モードで仕事をすれば出来てしまう。だからやってきた。

 自分のやり方を疑ったことすらなかった。

 だって、ずっと一人で仕事をしていて、誰も教えてくれなかったから。


 そういえばこの人は、王子として国を動かしてきた人間だ。

 カーティス領の帳簿など、掃除のついでに目を通しただけなのだろう。

 実際、セドリックはノエルの部屋を片付けながら書類を読み、分からないところだけを質問してきただけだった。


「個人の超人的な能力でどうにかするのはもうやめにしよう。信頼できる人に任せるんだ」

 その言葉は、ノエルにとってはまさに天啓を受けたような衝撃だった。

「領主の仕事は、最終的には確認だけでいい」


 全部、自分でやらなければならないと思っていた。


「あと、翻訳仕事についてだけど……」

「終わってます」

 ノエルは手元から原本と紙をバッと取り出した。

「受ける金額が安すぎる」

 またバッサリ切られた。

「君の翻訳精度はとても高い。文法の間違いもないし、この国でも意味が通るようにした箇所も違和感がほぼない。もっと取っていいよ。次からは今の二十倍取る」

「急にそんなに値上げしたら、もうお仕事もらえなくなるかも」

 眉を下げてそう言うノエルの手元から、セドリックは優しく本を取り上げた。

「こう言うんだよ。『今まではお試し価格でした』って。で、渋ったらこう畳み掛ける。『元王族の妻に頼んでこの程度の値段で済むんですからお手頃ですね』って笑って言ってやるんだ」

 本の表紙を撫でながら、さらりと強気なセリフを口にした。

「最終的には領で出版もやりたいけど、それはまた今度」

(冷静に考えて、わたしの受けた仕事の報酬まで把握していて、翻訳の良し悪しまで判断できるってすごすぎない?)

 ノエルは思わず自分の夫の顔をじーっと見つめてしまった。……だが、顔が良いことしか分からない。


「来月はノエルの経営する商会についても手を出すつもりだよ。ノエルの開発した魔道具二十八個の詳細についてとか……ね」

(商会の主力商品まで把握されてるぅ……!!)

 余裕の笑みを浮かべるこの男、仕事ができすぎる。


(……今ごろ宮廷、困ってるんじゃないのかな)



「わたしの居る意味ある〜??」

 ノエルは机にわっ、と突っ伏した。

 机の上にはお昼ご飯のパンケーキが乗っている。ふわふわでフルーツとクリームがたっぷりと乗った逸品だ。部屋中に焼き立ての甘い匂いが漂っていた。

 もちろん、これもセドリックの手作りである。

 ノエルの悲痛な叫びに、セドリックはきょとんとした顔をした。

「ノエルの居る意味?感情か理屈か、どっちで説明してほしい?」

「理屈でお願いします」

「カーティス領は、私たち二人が領主だ。君がいないと、この領地は成り立たない」

 通常であれば、婿入りしたセドリックがカーティス子爵であり、領主となる。

 だが今のカーティス領は、あえてそうしていない。


 もしセドリックが先に亡くなれば、領地は王族のものとして国に返還される。

 臣籍降下した王族の領地は、そう定められているからだ。

 そうなれば、未亡人となったノエルは平民となり、居場所を失う可能性があった。

 それを防ぐために、二人は「共同で領主となる」という形を取っている。


「王子の臣籍降下って、思った以上に面倒でさ」


 ふっと、セドリックは自嘲するように笑った。

 その一言で、ノエルはようやく理解する。


 ──この人は、最初からノエルが不利にならない形を考えていたのだ。


 ノエルは「結婚だ、家族ができる!わーい」くらいしか考えていなかった。

 その裏で、セドリックはありとあらゆる可能性を想定し、道を整えてくれていた。

 会ったことのない、手紙の返事すら返さないろくでなしの配偶者のために、ここまで動いてくれていた。

 仕事ができるだけじゃない。この男、性格まで良い。


 セドリックはノエルにパンケーキを食べさせる気だったが、今回は断った。

「自分で食べたいから一口サイズに切ってください」

「任せて」

 セドリックはパンケーキを一口サイズに切るだけにとどめておいた。

 ちゃんとノエルの意志を尊重してくれる。


「聞かれてないから勝手に言うけど、感情で説明するなら……私はノエルが大事なんだ」

 喋りながらも手は一つの迷いも見せずに動き、ノエルのためにパンケーキを切り分けてくれた。

「だからね、君が居なくていい理由なんて一つもないんだよ」


 理屈でも感情でも刺された。

 恥ずかしい言葉を口にしたというのに、セドリックの表情は相変わらず柔らかい。恥ずかしさの一欠片も見せていない。

 これが大人の余裕というやつなのか。子供っぽいノエルは頬杖をつきながらぷくーと頬を膨らませた。


 セドリックに差し出されたパンケーキは、一口サイズに切り分けられていた。

 ナイフでササッと切っただけなのに、断面は美しく、カス一つ落ちていない。ノエルが同じことをやったら、きっとぐちゃぐちゃだろうに。


「奥様って出来ないことって何かあるんですか?」

 仕事も出来る、家事も出来る、性格も良くて、マナーも完璧、顔も良い。……非の打ち所が見当たらない。

 一方のノエルは仕事は出来るがそれ以外はダメダメだという自覚がある。


「魔法かな」

 こともなげに答えて、ぱくりとパンケーキを頬張った。


「そうだ、午後からは開拓地に文字を教えに行ってくるね。明日は朝から晩まで自警団の鍛え直し。ノエルがご飯、食べ忘れないようにアンに食べさせるようにお願いしておくね」

「え、いやいやいや。ちょっと待ってください。」


 ツッコミどころが多すぎる。ちょっと時間が欲しい。もう決定事項なの?とか、ノエルよりもアンが信頼されてることとか。

 思わずノエルが眉間を指で揉んでいたら、セドリックがそっとお茶を差し出してくれた。

 一口飲んだ。相変わらず美味しい。


「一つずつどうぞ?」

 セドリックは王子様らしい完璧な笑みを浮かべた。完全に交渉モードに入っている。


「開拓地に文字を教えに行く話ってどこから?」


 カーティス領では連絡手段として、ノエルの紙魔法を使っている。水や汚れに強い紙を飛ばしてやり取りするのだ。ノエルの頭の周りをよく飛んでいる、あれだ。

 ノエルは「おしごと紙」と呼んでいる。

 おしごと紙での連絡には文字が書ける必要があるのだ。

 そのために、ノエルが文字を定期的に教えに行っていた。

 大人だけではなく、子どもにも。

 文字の読み書きと簡単な計算を教えているが、それをセドリックに言ったことはない。

「アンから教えてもらった」

 裏切り者め。ノエルがそう思ってアンを睨めば、セドリックの足の影にぴゃっ、と隠れた。

 自分が可愛いとわかってやっている行動だ、腹が立つ。


「すでに先方には今日から私が行くことを連絡済みだよ」

 セドリックは開拓地での文字の教育を真っ先にやらねばならないと思っていた。

 ノエルの字は……はっきり言って、ものすごく汚い。

 セドリックですら初めて見た時は「嫌われてる……!?」と思う程のなぐり書きだった。

 そのノエルが他人に文字を教えているのだ。

 判別可能な文字を教えられてるとは思えなかった。


「開拓地は遠いし、子どもなんてうるさくて汚いから奥様には合いませんよ」

「私、王子時代は孤児院に慰問行ってたよ。字を教えるのも、遊ぶのも、剣術を教えるのもやったことがある。……そんなわけで子どもたちが喜ぶ行動なら百個はパッとでてくるけど、それでも?」


 ノエルは、この間開拓地の子どもに「読み聞かせをして!」と強請られ、たまたま持っていた法律書を読んでやったら「ちがう、そうじゃない」と言うような渋い顔をされたことを思い出した。苦い経験である。

 少なくとも、ノエルよりはずっと適任なことには違いない。

 ノエルは渋々、文字を教えに行くことは了承した。


「でも、自警団の方は駄目です」

「どうして?」

「危険だからです。これだけは認められません」


 セドリックは内心で笑った。もちろん、表情には出すことはないので、ノエルが気づくはずもない。

 ノエルの主張は一貫している。「セドリックが大事だから、危険な目には遭わせたくない」だ。


 貴族社会では笑顔の仮面を貼り付け、言葉という破壊兵器を一方的に食らってきたセドリックだ。

 「拒否する理由」が毎回変わる貴族たちと交渉し続けてきたセドリックにしてみたら、ノエルとの交渉はあまりにも容易い。

「危ないから」という一点張りで勝てると思っているのが、そもそもの間違いなのだ。



「ノエル……これは私たち二人の未来に関わる、深刻な問題なんだ」

 先程までと違ってあえて声を落とした。

 これはセドリックにとっても賭けである。

「深刻な問題……?」

 ごくり、とノエルの喉が上下する。

 あえて、紅茶をゆっくりと口に運んだ。こういう時に大事なのは間である。

 一口飲んで、ふぅ、とため息とともに「深刻な問題」を吐き出した。


「このままだと、私たちはデートできないよ」

 ノエルは一瞬固まった後、驚いて立ち上がった。椅子ががたりと大きな音を立てる。

「で、で、デート……!?!?」


 動揺しているところを見せている時点で、ノエルに勝ちの目は薄い。

 すーはーと盛大に深呼吸をしてから、ノエルは言葉を絞り出した。


「そ、そそ……それは、あの、恋仲の男女が二人でお出かけをするとかいう、――あれですか?」

「うん。私たちは結婚をしているし、デートをする権利がある」


 賭けには勝った。セドリックはノエルに見えないようにテーブル下でぐ、と拳を握った。ノエルが「デート」すら知らなかったらどうしようと思っていたのだ。


「自警団をこのままにしていたとしよう。――私たち二人がデートしている時に、魔獣討伐の鐘が鳴ったらノエルはそっちに行っちゃうでしょう?デートの途中でも」

「う……。行きます……」

「そしたら私は悲しみのあまり、泣いてしまうかもしれないね」

 もう一度ゆっくりと紅茶を口に運び、ゆっくりと目を伏せた――。ふりをして、ノエルの様子を窺っていた。


「泣く!?!?奥様が!?」

 ノエルは愕然とした顔をした。


「うん。そして、私とのデートを放棄してまで魔獣討伐に行くということ。……それは、『デートする権利を一生放棄した』ことになる」


 実際はそんなことない。デートの途中で魔獣が出没したら一緒に討伐に同行する。泣くはずもないし、「君はデートする権利を放棄したんだぞ」だなんて拗ねるはずもない。

 これは、ただ「お前のしている行動は、奥様を大事にしていないのと同じだぞ」と揺さぶるためだけの暴論だ。

 目論見通り、ノエルは真っ白になって燃え尽きていた。


「ね?だから、自警団がノエルなしでもなんとかなるようにするのって大事でしょう?」

 セドリックはニッコリと勝利の笑みを浮かべた。

「私がなんとかしよう」


 暫くの間ノエルは頭を抱えて「奥様、泣かせる、よくない……デート……一生できなくなる……無理ぃ……!」と呻いていた。

 きっと答えは数秒後にでも出るだろう。

 セドリックは考え込むノエルも可愛いなと思いながらパンケーキを堪能するだけでよかった。

 ただ、デートがしたい。というのはセドリックの本心なので、ノエルには首を縦に振ってほしいな、と思った。




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