第23話 婿入り王子は黒い思考に浸る
庭の隅にセドリックとノエルは座り込んでいた。
楡の木の根元に小さな石を置いて、ノエルが以前にくれた花と、アンの元になった紙人形をそこに埋めた。
花はすでに枯れてしまっていて、かと言って捨てるのも忍びないと思っていたのでタイミングが良かった。
紙人形の方はノエル曰く、「魂は既に無いので、ただの紙ですよ」とのことだったが、だとしてもセドリックには、それをただのゴミとして捨てることができなかった。
だから今回、にいにへの弔いと一緒に、土に還すことにした。
「"にいに"の名前は?」
「うーん……覚えてないです。すごく呼びづらかったことしか……」
ノエルはしっくりこない顔で、口の中で響きを何度も確認しているようだった。
「そっか……。"にいにさん、ノエルのことを守ってくれてどうもありがとう"」
セドリックがそう言って手を合わせた。ノエルも真似をして、小さな石に話しかける。
「にいに、……いままでありがとう。居なくなった時、すぐに探せばよかったね。ごめんね」
「にいにはどんな人だったの?」
ノエルは少し考え込んでから答えた。
「にいには、クマみたいな大男で……。瘴気の影響で、髪の毛がところどころ白かったんです。まだら模様になってて――」
それ以上のことは、言葉にならなかった。
百合の花が風に揺れ、甘い匂いが、ふたりの間をやさしく通り過ぎていった。
「……こうやって亡くなられた方のことを話していると、天国ではその人の周りに花が舞うらしいよ」
セドリックがそう言えば、ノエルはぽつぽつとにいにとの思い出を話し始めた。
一緒に鉱山に行こうって誘ってくれて嬉しかったこと、鉱山ではたまに来てくれる出店でパンを二人で半分こしたこと、その時、大きい方はノエルに譲ってくれたこと。
手を合わせたまま、ノエルの双眸から涙がぼろりと溢れた。
それがきっかけだった。堰を切ったようにボロボロと涙が溢れて止まらなくなり、地面を濡らした。
――彼女に必要だったのはお別れだったのだ。
仕事に忙殺されていたノエルは、きっと、急な別れを悲しむ暇もなかった。
ノエルは今、ようやくにいにとの別れを受け止めることができたのだ。
手を合わせてしゃくりあげて泣くノエルを、セドリックはそっと抱き寄せた。
「う……ありがとうございます……」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を、ハンカチで拭いてやった。
「今頃、にいにのまわり、お花舞ってるのかな」
「百合の花がポコポコ生えてびっくりしてるかも。あと、紙人形もそばにいるかもね」
セドリックがそう言えば、ノエルはようやく少しだけ笑った。
守ってやりたいと思った。誰にも渡したくないと思った。
(にいに、か……できれば、死んでいてくれないかな)
――そんなふうに願ってしまうのは、元王子として失格だろうか。
それでも、この胸の奥に澱のように広がる何かは、消えてくれない。
にいにが居なくなった。可能性としては二つ考えられる。死んだか、逃げたかだ。
逃げたのだとしたら、彼は、ノエルを置いて行ったことになる。
守りきれなかったのか、限界だったのか。あるいは、捨てたのか。
たとえどれであろうと「置いていった」という結果だけは変わらない。
もし生きていて、再会したら。
“にいに”が置いていった『笑うな、喋るな、顔を見せるな』『何をしてでも生き延びろ』という命令は、今もなお彼女の中に居座り続けている。
……まるで呪いのように。
たとえ、ノエルの中にどれほど良い思い出が残っていたのだとしても、善人だと想像することができない。
セドリックはノエルを手放す気はない。たとえ、ノエルがどれだけ”にいに”を恋しがろうと。
泣いているノエルを慰められるのは、”にいに”の役目ではない。夫であるセドリックの役目であり、特権なのだ。
だからこそ、生きている可能性があったとしても、百合の花を捧げた。
最低だと内心で自嘲する。かつての「完璧な王子様」だったらきっと、”にいに”が生きている可能性を伝えて全力で探しただろう。
だけど、セドリックはもう王子様ではない。ノエルの夫なのだ。
再会したところで、傷つくのはノエルだ。
だったら――。
ノエルは一通り泣いた後、独り言のようにこぼした。
「にいにって、もしかしてお貴族様だったのかな。魔法使えたし、「父がメイドに産ませた子」って言ってたし」
その言葉に、セドリックの脳裏に貴族家系図が広がる。
九年前に貴族籍に登録された妾腹の子。
セドリックより三歳年上。クマのような体格で、白髪の混じった黒髪。
心当たりが、一人だけいる。
一瞬口を開きかけて、またしっかりと閉じた。
(……今は、言わない。余計な希望を与えるだけだ)
念のため、後で調べておこう。再会のためにではなく、もし生きているなら――警戒するために。
ノエルの過去を否定はしない。
だが、二人の未来を、誰にも譲ってやるつもりはない。
たとえ”にいに”が、今のノエルを見て置いていったことを惜しんだとしても。
だったら――、死んでいてくれたほうがずっと良い。




