第21話 婿入り王子は初めて花をもらう
セドリックは既に常連となった雑貨屋で、二つのエプロンを敵のように睨んでいた。
一枚は、紺色のシックなエプロン。セドリックが着ていても違和感はない。
二枚目は、白をベースとし、差し色に赤色が使われたなんとも可愛いエプロンだ。裾にはフリルが付いてあって、「奥様」が着るのにぴったりだろう。
セドリックが着るなら前者、「奥様」に似合うなら後者だ。
しかも、後者のほうが半額になっていて安い。
家計を預かっている以上、なるべく安いほうが良いんじゃないか。
金がないわけではない。ノエルからもらった資金はまだあるし、セドリックの支度金も手つかずだ。
はたして、元王子としてふりふりのエプロンを着るのは許されるのか。
そこまで考えて、セドリックは「どうせノエルしか見る人は居ないし、いいか」と白いエプロンを手に取った。元王子の矜持?そんなものはない。配偶者の好みが最優先である。
両手いっぱいの買い物袋をぶら下げて、セドリックは帰り道を歩く。
最近、セドリックが歩くだけで色んな人が声をかけて「あれを持っていけ」「これも持っていけ」と世話を焼いてくれるのだ。
今日なんて、畜産をやっているゼネとカイネという人物が競うように卵をくれた。
確か、ノエルがトラブル裁定をしていた領民だ。
ノエルにわたすのは怖いから、セドリックを経由して渡したいのだろうと思ったので、ありがたく受け取った。
なんとなく、気分が良くて今日は遠回りをして帰ることにした。
川沿いの土手は、広くて歩きやすかった。湿った風がセドリックの頰を撫で、川沿いに広がる牧草地の壁を揺らした。
川岸は岩で固められており、崩れている箇所は一つも見当たらない。
土手。川沿いに作られた草地。曲がり角だけ厚く積まれた石垣。橋脚の前に打たれた流木除けの杭。
ノエルが治水をしっかりとしている証拠だと、誇らしくそれを眺めていた。
ふと、川の中に見覚えのある後ろ姿を見かけた。
いつものレンガ色の外套、小さな背中。ズボンを膝のあたりまで捲りあげて川の中ほどでぼーっとしているように見える。
(まさか――)
最悪の想像がセドリックの脳裏をよぎる。
何事もなさそうにしていたが、本当は過去を聞き出されるのが嫌だったんじゃないのか。
ノエルの過去は重かった。トラウマを刺激してしまったんじゃないか。
深く傷つけて、絶望して、まさか、そのまま――!。
気づいたときには買い物袋を地面に落とし――卵が割れる音がしたが、気にならなかった。
土手を駆け下り、川の中に入っていた。
「ノエル!何してるんだ!」
バッと、肩を掴んで振り向かせるとノエルは驚いたように目を瞬いた。
「奥様?」
ばしゃり、と何かが水の中に落ちる音。
ノエルが持っていたメモの束が川底に沈んだ。慌てて水の中から取り上げるが、インクが滲んでしまって判別不能になっていた。
「あっ、あああ……!!! ご、ごめん……!! これって魔法で元に戻せたりしないのかな!?」
自分が早まったことをしたと理解して、セドリックがとっさに謝った。
メモと、ペンを持って川に入っていた。きっと仕事をしていたのだ。邪魔してしまった。
「いえ、内容は全部覚えているので大丈夫です」
「何してたの?」
「点検です。いつもと違うところがないか確認してました」
何事もないようにノエルが点検内容の説明をつらつらとした。説明は淀み無く、きっと彼女の日常なのだ。
「一人でするのは危ないよ。急に気絶したり、集中モードになったらどうするの」
セドリックの言葉に、ノエルは気まずそうに目を逸らした。
「前例があるんだね?」
「……ちゃんと下流で起きましたし……」
「これからは他の人に任せるか、私と一緒に点検しよう」
ノエルは少し考えた末に、小さく「はい」と頷いた。
「私との生活が嫌になって、それで……川に入ったのかと早とちりしてしまって……」
セドリックの言い訳に、ノエルはくすくすと笑った。
「……自殺する人って、靴脱ぐんですかね?」
川岸にノエルがいつも履いている編み上げブーツが揃えて置かれていた。
そう言えば、足が濡れないように、ズボンの裾も捲っている。
セドリックは羞恥のあまり、顔を覆った。
その時、カンカンと甲高い鐘の音が響いた。この領地に来てから何度も聞いた、魔獣警報だ。
くすくすと笑っていた少女はそこにはもう居なかった。ノエルの目がすぅ、と細くなり――哨戒塔の方向を睨む、領主の顔となった。
「行ってきます。このあたりまでは来ないとは思いますが、お家へ帰っていてください」
ついていきたかったが、今のセドリックの手元には武器が無い。
大人しく頷いた。
「気をつけて帰ってきて。今日、オムレツだよ」
さっき卵を割ってしまった時点で、今日のメニューが確定した。
「オムレツ?」
「卵をいっぱいもらったんだ。白身魚とハーブをいれたやつで、ふわふわのやつ。きっと美味しいよ」
「美味しそう! 楽しみです」
ノエルは頬を緩めて、靴を履き直して鳴り続ける鐘の方角へと向かった。
***
セドリックは腕を組んで「うーん」と考えた。
(なんだろう、これ)
玄関の横に、ぽつんと一輪の花が落ちていた。
あのあと、あばら家に帰るとノエルはすぐに帰ってきた。
血塗れ、泥だらけだったが、怪我無く無事に帰ってきてくれた事が嬉しい。
新しいエプロンにも気づいてくれた。
「奥様、そのエプロンとっても似合ってますよ!」
そう言って嬉しそうに笑ってくれたのを見て、やっぱりこっちを選んで正解だったと確信した。
お風呂にいれてやって、オムレツを作るために庭で育てているハーブを収穫しようと玄関先まで出たら、花が落ちていた。
白い花びらだが、中央は薄っすらと紫がかっている。そんな花がぽつんと、玄関のドアを開けてすぐ横に落ちていた。
このあたりで見る花ではない。明らかにどこかから拾ってきたような萎れた花。
なんとなく、気になって花を拾ってみると、泥と血が花びらに付いていた。
ハーブを収穫して、キッチンに戻る。
花は瓶に刺して、机の上に生けておいた。
花瓶なんてこの家にはないから、牛乳瓶だ。
オムレツが作り終わって、ノエルを呼んでみたら机の上に活けられた花を見てギョッとしていた。
「あれ、これ、やっぱりノエル?落としたの?」
「し、知りませんっ!」
目元を赤く染めて、ノエルは顔をそむけた。
足元の紙人形に目を向ければやたらとソワソワしていた。なぜ分かったかと言えば、文字通り顔に「ソワソワ」と書かれていたからだ。
「ばっちいですよ。捨てたほうが良いんじゃないですか?」
「なんか、気に入っちゃったんだよね。枯れるまでは飾っておこうかなって。ノエルが嫌なら捨てるよ」
「……奥様の好きにしてください」
(たぶん、ノエルが拾ってきたんだろうな)
そのまま「あげます」と言ってくれず、玄関先に捨てた理由はなんだろう?
活けたことで復活したのか、萎れていた箇所は生気を取り戻しつつあった。
「……この花を摘んだ人は、どうしてうちの玄関先においていったのかな」
「奥様はどう思われます?」
問いかけるノエルの目は泳いでいる。口も尖らせているし、明らかに「何か」あるという顔をしていた。
「血が付いてたし、紫色って私の目の色だし……王都式に考えれば「これからお前を害するぞ」ってメッセージかなぁ」
「違います!!」
ノエルが声を張り上げ、続いて「は」と口を抑えた。
自身の配偶者ながら、あまりにチョロくて心配になる。
笑いを堪えながらノエルを膝の上にのせて、髪の毛を梳いた。
「私に、この花をくれようと思ったの?」
「かえりみちで、綺麗な花を見つけて――」
膝の上で逃げ場のないノエルは観念したのか、ぽつりと話しだした。
(奥様はいつも、色々してくれている)
なのにノエルには返せるものがない。
そんな時、花を見つけた。山間の道の端に凛と立ち、白い花びらで中央が紫色のその花は、奥様そっくりだった。
お金は受け取ってもらえないけど、花なら受け取ってもらえるかもしれない。
鉱夫たちも奥様に花を送ったエピソードを自慢気に語っていた。
(これだ!)
喜んでくれるかな。笑ってくれるかな。
想像しただけで心がはずんで、足早に帰路を駆け抜けた。
だが、玄関先で気づく。
汚れた手で持っていたものだから、花に汚れが付いてしまったのだ。
それだけじゃない。
握りしめて、しかも走ってきたものだから萎れてしまった。どうみてもみすぼらしい花を見て、ノエルは落ち込んだ。
こんな花を送るなんて嫌がらせになってしまう。
奥様に似合うのは綺麗な花であって、血とか泥とか、そういう汚いものではないのだ。
途端に、こんな花を贈ろうと思っていたことが恥ずかしくなったので、玄関横にそっと置いて、帰宅した。
きっと風が花を流してくれる。そう思ったのだ。
まさかセドリックが、そのあと玄関先にすぐに出て花を見つけるなんて思わなかった。
***
なんて可愛いエピソードなんだろう。
胸がきゅんきゅんと痛いほど音を立てて高鳴っている。
「お花、ありがとう。とっても嬉しいよ」
胸に手を当て一度深呼吸して、落ち着きを取り戻してから、セドリックは言った。
「でも、汚れちゃいました」
しゅん、とノエルが落ち込んで言う。
「ノエルが私のために選んでくれた。それが嬉しいんだよ。大事にするね」
セドリックはその言葉の通り、花が枯れるまで毎日水を入れ替え、丁寧に扱った。
……ノエルが、「花屋」の存在を認識したのは、それから数日後の話である。




