第20話 婿入り王子は過去を許せるようになりました
「オクサマー!!」
そう言ってセドリックの作った人形――アンはぴょいーん!とセドリックの胸に飛び込んできた。
……喋った。動いた。自分が作った人形が、今、「奥様」と呼んだ。
セドリックはアンを抱きしめ、ノエルに振り向いて言った。
「可愛い!!」
もはや興奮で語彙力がなくなったセドリックである。
「うわあ。喋るんですか。うざさ百倍増しですね」
「オクサマ アリガトー! イッパイ 手伝ウヨ―! ノエルモ アリガトダヨー」
そう言ってセドリックの胸にアンは顔を埋めた。
ノエルはそれを見て「けっ」と不貞腐れて呟いた。
「ノエルはすごいね!!天才だね!!」
だけどそんな不貞腐れた心も、セドリックに褒められたら「まあいいか」と思ってしまう。
そう言えばかつての仲間も「奥様の笑顔以上に尊いものはない」と言ってる奴がいたことを思い出した。
結婚して分かったが、そのとおりである。
……結局、ノエルはセドリックの望みどおりに紙人形の魂を彼の作った人形に移した。
今はまだ一体しか人形ができていないので、一体だけ。
人形に魂を入れるには「名付け」が必要で、適当に「イチ」と名付けようとしたが、セドリックと紙人形たちの「あんまりだ!」という抗議により「アン」と名付けられた。
ちなみに「アン」の由来は異国語で「1」を意味するが、今はまだノエルしか気づいていない。
もちろん、今後人形に魂を移したら続けて「ドゥ」「トロワ」……と名付ける予定である。
ノエルはむんずとアンを掴み、セドリックから引き剥がして体中をこねくり回したあとぽいとそのへんに投げた。
「簡単な魔法なら使えるようになってますね。アンの仕事は、奥様のお手伝いと護衛。ありとあらゆる危険や脅威から奥様を守れ。命に変えてもな」
「こんな可愛い子になんてこと言ってるの……! むしろ私が守る方だよ」
「オクサマ アンハ ツヨイヨ―」
そう言ってセドリックのトラウザーズをちょいちょいと引っ張る。
紙人形だったころから行動が変わっていない。
こんな可愛い子が増えるなら人形残り五体作ってしまおうか。ああ、でもアンの洋服のバリエーションも増やしたい!
セドリックの脳内を察したのか、紙人形たちは床でワッショイワッショイとお祭り騒ぎをしていた。
たぶん全員がこう思っている――「次はきっと、自分の番だ」と。
***
セドリックはノエルの部屋を片付けていた。だいぶ床が見えてきたが、セドリックの基準で「綺麗」だと言えるようになるには、まだ掛かりそうだった。
反故と思われる紙、何かの申請書、重要書類を分類し――未整理の郵便物に目がいった。
相変わらず、「その他」入れは山になっている。特に王家からの郵便物が大量にその箱に入っているようだった。
この中にはセドリックがノエルに送った手紙も混じっている。
――婚約話が出てきて、仲良くなりたいなと思った頃に送った手紙が。
返事が殆ど返ってこなくて、いつしか送るのをやめてしまったけれど。
ノエルが見ていないなら今のうちに処分しても良いのでは?特に宮廷絵師に描かせた絵は恥ずかしいから処分したい。
……なぜなら、本物よりも格好良く描いてもらったから。
そう思って「その他」入れの手紙に伸ばしたセドリックの手を、アンがひしっ、と握って止めた。
小さな手の力は弱かったが、「やめて」と訴えているように思えた。
「……あー……、見ちゃ、駄目だった?」
「駄目ジャナイ ケドォ……」
両手をすり合わせてもじもじしたいらしいが、手が短くて届かない。緑色のフェルト製のワンピースの裾がふりふりと揺れる。
「私が送った手紙もあるから、それだけでも処分したいんだよね。恥ずかしくってさ」
アンがきょとんとしていたので、セドリックは事情を説明した。
「オクサマ ノエルハネ 知ルベキ ダト思ウヨー」
「今更じゃない?」
「オクサマ ヘンジナクテ ツラカッタ デショ」
ゆっくりと息を吐いた。
婚約者からの返事を待ち望んでいたあの日々を思い出して、胸の奥が少しだけ痛む。
きっと仲の良い家族になれる、どんな人でも大切にする。
……返事が返ってこなかったことで、その期待は裏切られたと思っていたけれど。
「ノエル 知ルベキダヨ」
その声には、確固たる意志がこもっているように、そう感じた。
アンは「その他」入れから手紙をどさっと取り出し、小さい手を振った。
「スグ仕分ケスルヨ 終ワッタラ ノエルニ ミセルヨ。オクサマ 他ノコトシテテネー」
その日の夜、セドリックは紙人形たちとマルバツゲームに明け暮れていた。
チェスのルールは複雑すぎて紙人形たちは覚えられなかったが、マルバツゲーム程のシンプルなルールだったら彼らにも理解できたのだ。
マルバツゲームはマルの方が有利だが、紙人形たちはセドリックにマルを持たせたがった。
というのも、対戦相手の紙人形以外は自分の身体をマルの形にして、セドリックに置いてもらいたがったのだ。
バツ側はペンで書き、セドリックはマルの形で固まっている紙人形をつまみ上げて盤面に置いていく。
そんなふうに紙人形たちと戯れていると、階段が軋む音がした。ノエルだ。
ノエルは何かに打ちのめされたような顔をして、しかもちょっとフラフラしている。
ノエルはしばらく口を開かず、セドリックの前に立って俯いたまま何度か息を吸って吐いてから、ようやく口を開いた。
「奥様、銀行口座を教えて下さい」
真剣な目をしている。
「……一応聞くけど、どうして?」
「謝罪の気持ちを表現したいので……」
ふ、とセドリックの口から笑いが漏れた。
「君は謝る前にお金を払うんだね」
……言ってから、セドリックはしまったと思った。
驚きを口に出しただけなのに、嫌味みたいに聞こえたかもしれない。
だが、ノエルは気にした様子もなく、目を伏せたまま頭を下げた。
「ごめんなさい」
「……うん、いいよ。その一言で全部許せたから」
「奥様は優しすぎます。手紙、いっぱいくれてたのに、気付かなくて本当にごめんなさい。まだ全部読みきれてないんですけど、全部読みます」
「良いんだ。私も、公務が忙しいからって理由でカーティス領に来ようとしなかった。……来ていたらすぐに、ノエルがどんな状況だったか分かったのにね」
拒絶されるのが怖かったのだ。だから手紙のやり取りだけで済ませようとしてしまった。
手紙だったら、拒絶されてもそこまで傷つかない。そう思っていたから。
「だからおあいこ。この話はこれでおしまい、どっちも悪くて、どっちも悪くないよ」
言いながら、本当にそう思っていることに気づいた。
もう怒ってない。これは本心だったし、ノエルに伝わればいいと思った。
「あの、手紙に書いてあったやつ」
「? どんな事書いたっけ?」
もう半年以上も前に書いたことばかりで、何を書いたか忘れてしまった。
「……好きなものを教えて欲しいって書いてありました」
ノエルは目を逸らし、ゆっくり言葉を探すように口を開いた。
「好きな食べ物は……その、あんまり分かってなくて。奥様に出会うまではパンくらいしか食べてこなかったから……でも、最近は奥様の手料理が好物です。ローストビーフ食べてみたいって思ってます」
一度言い終えてから、ぼそりと付け足す。
「……あと、好きな色は紫色です」
セドリックは思わず、目を瞬かせた。
――自分の目と同じ色が好きなのは、偶然だろうか。それとも、ノエルも好きになってくれたのだろうか。
「ちゃんと、奥様からの郵便物は「家族」に入るように設定し直しました。だから、また、お手紙くれますか?」
胸の前で手をもぞもぞと動かしている。アンの仕草にそっくりだった。
――いや、アンがノエルに似たのか。
「同じ家に住んでると、手紙送る機会は無さそうだけど……ノエルがほしいなら、送るよ」
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