第2話 婿入り王子は完璧な王子を目指していました
セドリック・エルマークは、エルマーク国王夫妻の第一子として生まれた。
そして、彼の悲劇は――その日から始まっていた。
この国では、魔法がすべてだった。
貴族の血が濃い程強力な魔力を有し、逆に平民は魔力量の少ない者が多い。
生まれながらにして、セドリックは魔力を持たなかった。
それだけではなく、セドリックは父王に似た要素を一切持ち合わせていなかった。
銀色の髪、紫色の瞳――母に似すぎた、それがすべての始まりだった。
『セドリック殿下は陛下の御子ではないのでは?』
口さがない悪口を聞かされ続けた王妃は病み、ベッドから起き上がれなくなってしまった。
もちろん、セドリックは王の子である。
だが、清廉潔白を信条として生きていた王妃にとって、浮気の疑いをかけられただけでも許せなかったのだ。
そんな悪口を言う貴族も、言われる自分も、きっかけとなったセドリックに対しても。
彼女は慈悲深いことで有名な王妃だった。
もっとも、その慈悲深さが正しい形で、セドリックに向いたことはないが。
三年後に次男であるフェンダーが生まれたことで表向きには元の「慈悲深い王妃」に戻った。
フェンダーは王族らしく、生まれたときからはっきりと分かる強力な魔力を有しており、王家の特徴である金色の髪の毛を継いでいた。
王妃にとっては、セドリックは不幸の象徴なのである。
誰かがセドリックと関わろうとすればヒステリックに騒ぎ立てた。
『慈愛』を説くのと同じ口で、セドリックのことを理不尽に叱責する。
その矛盾を追及できるものは、王宮にはいなかった。
セドリックにさえ関わらなければ、彼女は非の打ち所がない素晴らしい王妃である。
国王も、王家の特徴を受け継がず、魔力を持たない息子をいないものとして扱っていた。
一般に、魔力が発現するリミットであるとされている二十歳を超えてからは、乳母も侍女も、身の回りの世話をする人は一人ずつ消えていった。
消されたのか、自主的にいなくなったのかはセドリックにはわからない。
おかげでセドリックは大概のことは一人でこなせるようになってしまった。
朝の身支度も、自分の食事の用意も、自分の部屋の掃除でさえ。
彼の離宮には、建物を維持するだけの最低限の人員しか配置されなくなっていた。
王妃の目に留まらないように王宮の隅で密やかに生きつつも、セドリックが希望を捨てることはなかった。
(誰にも無視できないくらいの、優秀な人間になればいい)
第一子であるのだから、王太子に一番近いのは自分だ。
『たとえ魔力を持たないとしても、彼が王太子で当然』
そう思われるくらい優秀な人間になればいいのだ。
嫌がられても教師を引き止め、質問し、他の弟たちが勉強が嫌だと逃げ回っている間も勉強に明け暮れた。
弟妹の世話も、積極的に買って出た。
髪を結い、人形遊びに付き合い、寝る前の絵本も欠かさない。
弟たちが望んだときにはお菓子作りでさえこなした。
騎士団に入団し、魔法が使えなくても剣技だけで魔獣を屠れるように訓練した。
王妃と同じく孤児院へ足を運んだ。寄付を募り、子どもたちが少しでも明るい未来を選べるように尽力した。
議会に参加し、積極的に国を良くする政策を進めた。
魔法以外の、努力でできることは何でもこなした。
『誰が見ても優秀な王子である』
そうすればいつか両親が自分を見てくれると、そう信じていた。
弟妹は物心つくと、セドリックを避けるようになった。
『セド兄様には悪いけど、お母様を怒らせると面倒だから……』
『王太子になるのはフェンダー殿下でしょうし、関わる理由がないわ』
弟妹たちが影でそう言っているのを聞いてしまった。セドリックはバレないことを祈りながら、扉の影でただ息を殺した。
騎士団では、剣技において彼の右に出るものはいなくなった。
『白銀の鎧が赤く染まるほど戦うなんて……戦闘狂なのかしら?』
『魔法で戦わず、敵を直接斬り伏せるなんて平民のようね』
嘲笑われているのを知った。
孤児院に赴くことも、寄付も、すべてが「ポイント稼ぎ」と言われていた。
――努力では、魔力の有無は覆せない。
そう気づくのに、二十四年もの時間が必要だった。
通例であれば、臣籍降下をすれば公爵位と領地が与えられる。
王太子になれないのなら、それでいい。
せめて自分の領地を持って、領民たちの幸せのためにこの身を奉じよう。
セドリックは自分のことをそう慰めた。
――両親がセドリックに爵位を与えることすら嫌がるだなんて、思いもしなかった。
どうやらセドリックが導入を進めていた政策が王族たちにとって不都合だったらしい。
そんな事情を共有すらされない程度には、セドリックは王族たちにとって身内ではなかった。
これにはさすがのセドリックも堪えた。一人で枕を濡らした。
こうして、セドリックは子爵家への婿入りが決まった。
カーティス子爵の領地は辺境にあり、領地の一部は未開の土地で魔獣の出没も多く、最近設立された商会の評判は王都にも届くほどだ。
元王子であり、騎士団への所属経験もあって顔も広いセドリックが婿入りすることで、カーティスの、ひいてはこの国の利益になる。表向きはそんな事情だった。
「国のため」といったらセドリックが断らないのを分かって持ってきた話だったが、ようはセドリックを二度と見なくてすむように体よく辺境の子爵家に封じたのだ。
――そんな事情があったので、ノエル・カーティスがこの結婚に対して否定的であってもおかしくはないと思っている。
手紙に返事をくれないことも、大事な書類がなぐり書きであったことも、仕方がないと思っている。
カーティス家にはノエルの三つ年下の弟がいたはずだし、本来であればそちらがカーティス家を継ぐのが筋だ。
だが、今回セドリックの婿入りにより、セドリックとノエルの両名がカーティス子爵を継承することとなり、前子爵の引退も発生した。
王家が無理やり割り込んだ爵位継承に、カーティス家全体が不満を持っている可能性は十分にある。
ノエル・カーティスについての情報は不明だ。
この国の貴族の子女は、王都にある王立学校に通う。
だが、彼女がそこに通っていた形跡は無い。
領地に引きこもっている女である、ということ以外に何もわからない。
(……もしかしたら、すでに恋仲の男がいたのかもしれない)
セドリックは自嘲の笑みを浮かべるしかなかった。
彼女の気持ちがどうであれ、婚姻はもう成立している。国が決めたことであり、誰もそれを覆すことなどできない。
(もう、カーティス子爵は私なのだ)
いずれにせよ、顔も知らぬ妻が結婚を拒絶するほどの不出来な女であれば――それはそれで好都合だった。
領地の片隅にでも引っ込んでいてもらえばいい。
たとえ妻がいなくても、一人で領地経営くらいはどうにかなる。
この目でどんな女か確かめてから、妻を捨ててやろう。
――自分が、そうされたように。
これまで自尊心を踏みにじられても「王太子にふさわしくあれ」と怒りを呑み込んできた。
今はもう、怒りを笑顔で覆い隠す“完璧な王子様”である必要などない。
これほどまでにセドリックのプライドを踏みにじり、愚弄したカーティス子爵家をどうしてくれようか。




