第17話 婿入り王子は配偶者を抱きしめる
語られる内容は悲痛なはずなのに、それを感じさせないほど淡々とした声色だった。
同情を欲しがっているようにも思えなかった。
彼女がこうなった理由も良くわかった。
自分を大事にしないこと、異常なまでのワーカーホリック、貴族令嬢らしからぬ立ち居振る舞い。
「だからわたし、結婚が決まった時嬉しかったんです。貴族の娘で「誘拐された」なんて、汚点でしかないって聞いてたから」
――彼女は「誘拐された」と思っているが、どう考えても捨てられたのだ。
もし本当に誘拐されたのであれば、目覚めた彼女が孤児院にいるはずがない。
それこそ最初から鉱山とか、誘拐犯たちの住処か――あるいはもっとひどい場所にいてもおかしくなかった。
セドリックの想像だが、嫡男である弟が生まれたから不要とされたのだ。
話の中に出てきた孤児院の人員整理の法案――セドリックが七歳の頃に可決された法案は、母である王妃の慈悲深さを知らしめた政策だったから良く覚えている。
実際、その後孤児院で「職員が目を離した隙におこった不幸な事故」は劇的に減ったらしい。
職員たちの働き方の改善にもつながったと聞いたことがある。
その背後で、「整理」された子どもがいるなんて考えたこともなかった。
旅商人として働く二年間で経営について学んだり、複数の外国語を「冗談が言えるレベルまで」話せるようになったというのも……彼女はこともなげに言っていたが、そこもおかしい。
きっと彼女は、鉱山で一度壊れた働き方を元には戻せなかったのだ。
鉱山と同じ働き方を旅商人をしながらしていたのだろう。
脳みそを分けて一つには仕事をさせ、もう一つには経営について学び、もう一つは外国語を学び、もう一つは休む。体の限界がきたら気絶する。そういう異様な働き方を。
彼女の働き方はその理由を知らなければ「ワーカーホリックでマルチタスクな人」に見える。
彼女はただ壊れただけではない。生存のために、壊れ方を最適化したのだ。
旅商人の仲間も、きっと気付かなかったのだろう。
婚姻届のあの字も、揺れる馬車の中で覚えた文字ならば、納得がいく。
『養うのにいくら掛かるんですか?』
初対面でセドリックの心に衝撃を与えたあのセリフも、悪意はなかった。
彼女は不器用ながらも金銭という形でセドリックに愛情を示そうとしていただけだった。
ノエルは、お金を渡す以外で愛情を表す方法を知らないのだ。
娘と認められなかったところに、お金を渡したら両親の態度が変わった。
それが彼女に歪んだ成功体験を植え付けてしまった。
『君の両親は、君を愛しているわけではなく、君が持ってきているお金を愛しているだけだよ』
だが、それを口にすれば、彼女の中でようやく得られたと信じている“家族の愛”までもを否定してしまう。
そんなこと、彼女を守りたいと思っている自分が言えるはずがなかった。
セドリックは、魔法が使えないから見捨てられた。
ノエルは、魔法が使えるから搾取され続けてきた。
どちらも、子どもでありながら、子どもでいることを許されなかった。
セドリックは、魔力がないからと努力で周囲の期待に応えようとした。
ノエルは、力があるからと周囲の期待に応え続け、壊れるまで働き続けた。
――どこまでも、自分を削ってでしか生きられなかった。
いつの間にかノエルの頭を撫でている手は止まっていた。
物足りなかったようで、ノエルは自らセドリックの手に頭を押し当てた。その仕草が、猫のようで可愛かった。
再び撫で始めたら、ノエルはゆっくりと目を閉じた。
二人の間を無言の、穏やかな時間が流れる。
これは、寝ただろうか。そう思っていたが……。
ノエルの身体がびくりっ、と震えた。先程までまどろんでいたのに、ぱちくりと琥珀色の瞳が瞬く。
(眠くなって自分の反射で起きるなんて、赤ちゃんみたいだ)
「……起きちゃいました。でも、休めた気がします!」
子どもが失敗を保護者に見られたときのような顔で、ノエルが笑った。
「続きはまた今度だね」
セドリックは苦笑した。
どうやら今日も睡眠チャレンジは失敗したらしい。でも、ノエルのことを知れた。それだけで今日は十分だった。
「次は奥様の話を聞かせてもらえるんですよね!楽しみだなあ」
ニコニコと笑うノエルに、思わず表情が固まった。
ノエルの話を聞き出す口実として、「お互いを知りたいから」と口にしたことを後悔した。
自分がいかに愛されず不遇の環境で育ったか。そういう話しかできない。
――今の自分にはまだ、「家族から愛されなかった過去」をノエルの前でする勇気は、ない。
「……ノエルが、夜、この時間に集中モード解除できてたらね」
「奥様のお話聞きたいから頑張りますよ!」
さーて、仕事しよー。と立ち上がるノエルの手を、セドリックは咄嗟に手に取った。
どうしてそうしたのかは分からない。
ノエルもこちらを見てきょとんとしている。
一瞬の沈黙の後に、セドリックは問いかけた。
「ノエル、抱きしめても良い?」
「えっ、なんですか急に。いいですよ!」
細くて、自分よりも小さい。
この身体で、どれだけの命を救ってきたのか。どれほどの重責を背負ってきたのかを思った。
きっと、セドリックは初めて彼女を抱きしめた日を、一生忘れないのだろう。
もどかしくて、切なくて、胸を掻きむしって叫びたくなるようなこの気持ちを。
この子が壊れないといけなかった根本の原因は、国だ。そしてその国の元王子が、今この子を抱きしめている。
自分に、何一つ責任が無いと言えるのだろうか。……本当に?
小さかった頃のノエルも、今のノエルも、全部抱きしめてやりたかった。
「なんか照れますね! 夫婦っぽくて!」
「……そうだね」
謎だらけだった配偶者への理解は深まったが、この壊れかけたまま生きている女の子をどうやって救えば良いのか、セドリックには分からない。
ただ、”にいに”のように彼女を一人で置いていったりしないと心に誓った。




