第16話 婿入り王子は配偶者がカナリアだったことを知る
気づいたら、知らない場所にいました。
昨日までは家にいたのに。だから、わたし、誘拐されたんだと思ったんです。
——それ以外、思いつきませんでしたから。
わたしは孤児院で数ヶ月過ごすうちに、もうお家に戻れることは無いんだなと理解しました。
そんな時、孤児院で「子どもの数を減らす」という話になったのです。
……え、「王妃様肝煎りの政策」って?
へー。孤児院の職員が足りなくて不幸な事故が多発してたから、職員の数に応じて、預かる子どもの数に制限をかける法律を作った。そんな背景があったんですね。
そこまで説明はされなかったので知らなかったです。
まあ、そんなわけで子どもの数を減らすとなった時に、わたしには”にいに”が――あ、七つ上の、面倒を見てくれていたガキ大将みたいな人がいたんです。
で、その”にいに”が鉱山に働きに行く。一緒に来るか?って誘ってくれたので、一緒に行くことにしました。
「可哀想」?
いえ、わたしは別にその時悲観はしてませんでした。
大好きな”にいに”と離れずにすんだし、わたしが鉱山に行ったおかげで、私と同じくらいか、もしかしたらもっと小さい子は残れたんです。良いことじゃないですか。
鉱山では”にいに”と一緒のグループで、わたしの最初の仕事はカナリアの代わりでした。
ようは、毒ガス検知機です。
鉱山に潜るときって、カナリアを連れて行くんですよ。
カナリアは人間よりも小さいから、毒ガスが出ているところに近づいたときに先に苦しみだすんです。
カナリアをわざわざ仕入れるよりも、その場にいる自分よりも小さな人間にそれをさせた。ただそれだけです。
ろくに喋れず、歩くのがやっとな子どもにできる仕事なんて、それくらいでしょう?
奥様、怒ると膝が揺れますよ。……「残酷だ」って?
……そうですね。その場に居た大人は、鉱山労働者です。
わたしと同じくらいの子どもを故郷に残してきた人たちばっかりでした。
彼らにとっては、残酷な決断をさせてしまいましたね。自分たちが死ぬか、幼子を犠牲にするか。
だって、目の前で自分の子どもと同じくらいの子が死ぬかもしれないんですよ。
毒ガス吸った人間が、どうやって死ぬか知ってます?――あ、いえ、なんでもないです……。
集団が全滅するより、小さな子ども一人の犠牲で済んだほうが「まし」じゃないですか。
彼らは、お金をいっぱい稼いで、生きて故郷に帰ることが目的なんですから。
でも、その頃は仕事、大変じゃなかったんですよ。咳き込んでたらおやすみできましたし。
奥様には話すんですけど、実は一回だけ、ズル休みしました。わざと咳して。えへへ。
六歳くらいのときに魔力に目覚めて、そうしたら今度は”カナリア”から”探鉱者”に変わりました。
その鉱山では魔法が使える人は数少なくて。
探鉱者の主な仕事は、鉱脈を探し出すことと、魔獣出現の予兆の探知、それと魔獣の討伐です。
鉱脈を探知する魔法、毒ガスの濃度が一定以上になったら教えてくれる魔法、魔獣を効率的に退治する魔法……。
魔法を教えてくれたのも”にいに”でした。
鉱山は永遠に鉱脈があるわけではありません。
そこでは魔石を掘っていたのですが、採掘した直後の魔石は瘴気を発生させるので掘れば掘るほど魔獣出現のリスクが上がるんです。
なのに、鉱山管理者は今まで以上に魔石を取れと現場に押し付けました。
十歳くらいの時から、環境がどんどん悪くなっていったのを、子どもながらに感じました。
安全確認の手順をすっとばして、採掘作業をして、地盤がゆるくなって生き埋めになる。
あるいは魔獣出没のシグナルを見逃してグループが全員魔獣のおやつに……。とか、そういうことが頻発しました。
わたしも一度だけ、崩落で出口が塞がって坑道に取り残されたことがあります。
あの……この通りピンピンしてますから、そんな心配そうな顔をしないでください。
十一歳の頃に、ずっと面倒を見ていてくれていた”にいに”が居なくなりました。
…………きっと、死んじゃったんだと。……そう、思います。
急に居なくなった人は、たいてい死んじゃってます。毒ガスか、魔獣に襲われたか、仲間割れで殺されたか、あるいは崩落で出られなくなったか。
死ぬ要因がいっぱいあるんです。鉱山って。
“にいに”がいなくなって、わたしたちのグループで魔法を使えるのはわたししかいなくなりました。
魔法を使えるのは貴重だから、遭難しないように絶対二人組以上にならないといけないっていう安全ルールもその頃に撤廃されました。
……今思えば、その頃くらいから「疲れる」ってことがなくなったような気がします。
だってわたしが休んでる間に、みんなが無理やり危ないところに採鉱に行かされて死んじゃったら可哀想じゃないですか。
誰かが死ぬよりも、わたしが働いてる方が百倍マシです。
働くためには……生きなきゃいけない。何があっても。そう、強く思ったんです。
なんでそう思ったんだっけ……。あ、そうだ。”にいに”が『何があっても生き延びろ』って言ってたからかな。
それと同じように、お腹が空いたって気持ちも、無視してたらわからなくなりました。
そんなわけで、隣で働いてる仲間が”にいに”みたいに急にいなくなったらって思ったら、休んでられなくなりました。
寝ながら、歩いたり、魔法を発動することをその頃に覚えました。
脳みそも分けて使えるようになって、一部は休ませて、一部は魔法に使って、残りは歩くことに使って。そんなふうに働いていたんです。
今も同じように仕事してます。脳みそを分けて、それぞれの脳に仕事をしてもらうんです。
危険な箇所でも、代わりを作って調査してもらう魔法を覚えました。紙人形です。
そうやってずっと歩き回って、採掘できそうなポイントをずっと探していました。
十四歳くらいで鉱山の閉鎖が決まって、じゃあ次どこに行こうかなってなった時に、旅商人たちが荷物持ちを探していたので、そこに入りました。
近隣の国はだいたい行きましたよ。おかげで近隣の国の言葉は冗談が言える程度には喋れます。
荷物持ちをして、魔獣が出たら戦って、休憩中、馬車に乗ってるときに、文字の書き方とか帳簿付けとか経営とか法律知識とか、とにかく色んなことを教えてもらいました。
で、十六歳くらいの時に「エルマーク国のカーティス子爵」っていう情報が出てきたので、私は十三年ぶりにお家に帰ってこれたわけです。
最初はお父様にも「知らない」って言われたんですけれど、屋敷が修繕されてなかったんです。
だから、「助ければ良いんだ」って思いました。
わたし、鉱山での退職金がいっぱいあったんです。職種に応じてもらえる金額は違ってたんですけれど、わたしの場合は「上級探鉱者」で、上位の職種だったし、何年も働いていたから他の人よりももらえるお金が多かったんです。
そのお金を元手に旅商人をしながら荒稼ぎしてたんですけど――お金を渡したらとっても喜んでくれて!
次の日には「娘」って呼んでくれて、カーティス家の皆がわたしを娘だって認めてくれました。
娘ってことを思い出してもらえて本当に良かったです。
で、そこから「頼りになる娘に領地の経営を任せたい」って言ってもらえて、領地経営のためにこの土地に移ってきました。
前の領主代行の人に話を聞こうと思ったら、「今日は疲れているだろうから明日から引き継ぎをしよう」と言われたんです。
次の日になったらその人、居なくなっちゃったんですよね。
しばらく待ってたけど、帰って来る気配なくって。
でも、お父様からは領地を任されてるから、誰も帰ってこないなら、わたしがやるしかないと思って。
……それで、今に至るわけです。




