第15話 婿入り王子は配偶者の過去に触れる
ふとセドリックが気づいたときには、手元に人形が完成していた。
ノエルが「紙人形たちはわたしの分身なんですよ」なんていうから、「小さなノエルもきっと可愛いだろうな」なんて妄想してしまったのだ。
アンティークショップで琥珀色のボタンを見つけたのも良くなかった。
気づいたら、コーヒーで布を染色して、人形を作っていた。
赤毛で、琥珀色のボタン目で、緑色のワンピースを着た女の子の人形だ。
髪の毛は耳の下あたりで二つに分けて、三つ編みにしている。きっと、ノエルの髪の毛が長くなった頃にこういう髪型にしても可愛いだろうなと思ったので。
特にワンピースの足元に入れたピンク色の小花模様は力作だ。
お店に飾られていても遜色のない出来である。
「……ピンク色のワンピースも似合いそう」
人形を眺めながらそんなことを思った。しばらくはこの人形の洋服を繕ったりするのもいいかもしれない。
ああ、でもまだ家の補修も終わっていないし、庭ももうちょっと改造したい。
やりたいことがますます増えていく毎日は、なんて素晴らしいのだろうか。
***
「睡眠チャレンジをします」
セドリックが狭い部屋の中で宣言した。
彼の中でも一番の「やりたいこと」はノエルに定期的な睡眠を取らせることだった。
「……この間失敗したばかりなのに?」
ノエルの言う「この間」とは、セドリックに言われてシングルベッドに目を閉じて寝転んだ時のこと。
三十分経っても結局眠気は訪れず、魔獣出現の警報によってあえなく頓挫した。
「睡眠って毎日取るものだよ。この間じゃなくて、毎日ちゃんと寝る努力をしよう。……今日はね、作戦があるんだ」
セドリックはそう言っていたずらっぽく笑った。
ベッドに腰掛けると、膝の上をぽんぽんと叩いてノエルを呼んだ。
「それは……!! 膝枕というやつでは……!!」
「そうだよ。……ほら、おいで」
ノエルを路上で保護した日から、セドリックは順調に近隣住民との交流を重ねていた。
あの日、荷物を持ってくれた女性だったり、雑貨屋の店主だったり、パン屋のおかみさんだったり、その人達が連れてきた奥様仲間だったり。
最近は井戸端会議にも違和感なく紛れ込むことができるほど、「奥様」に擬態できている。
特に雑貨屋では安眠グッズを買い漁っていることもあり、自然とノエルの不眠について話すことができた。
百戦錬磨の主婦たちは口を揃えて言った。「膝枕が一番よ」
何よりリラックスしてる間に質問すれば、なんでも答えてくれる――たとえば、へそくりの場所とかね。
(これだ!)
令嬢らしからぬ、ノエルの生き方はどこで身につけたものだろうか。
失礼なく聞けるチャンスはこれしかない。セドリックはそう確信していた。
安眠効果のある香も焚き、ふかふかのパジャマにも着替えさせた。
今日の晩御飯は胃に優しいスープだ。丁寧にアクを取った透明度の高いスープは、ノエルがおかわりするくらい気に入ってくれた。
これに膝枕のリラックス効果が追加されたら、きっとなんでも話してくれるに違いない。
ノエルはいそいそとセドリックに近づき、膝の上に頭を乗せた。
「……硬いですね!」
セドリックの膝の上にずしりと重みが加わる。居心地のいい場所を探して、ノエルの頭がもぞもぞと動くのがくすぐったい。
ノエルの腕には、朝に作った人形が抱かれていた。抱きしめるのにちょうどいいサイズ感らしい。
「それはごめん」
「でもなんだか……うーん、嬉しい感じがします!」
笑うノエルの髪の毛を、手で優しく梳いた。初めて会った頃よりも艶が増してしっとりとしている。
セドリックの日頃の手入れの成果が既に現れているのを見て嬉しくなった。
もう少し伸びたらヘアアレンジを試しても良いかもしれない。妹たちの髪を結いた経験が、そのうち活きそうだ。
そうやって戯れていると、ノエルの瞬きが少しずつ減ってきた。
思った通りリラックスをしているようだ。
「ねえ。ノエルのことを教えてよ」
ここぞとばかりにセドリックは切り出した。
「わたしのことですか?なにが知りたいですか?」
「私たちはお互いのことを知らずに結婚しちゃったから、なんでも話して欲しい。どんなことでもいいよ」
「あー……。知らなかったんですね」
ノエルは小声で呟いたが、それがセドリックに届くことはなかった。
「え?なにか言った?」
「んー……じゃあ最初から話しますね。飽きたら言ってください」
しばしの沈黙の後、ノエルは話し始めた。
「……まず、わたしの最初の記憶は弟が生まれたところです。ふかふかしてて、もぞもぞ動いてて、可愛いな〜って! お姉ちゃんとしてがんばるぞ!って思いました」
ノエルの弟は三歳年下だったはず。
今よりも小さいノエルを想像した。きっと丸っこくて可愛かったに違いない。
ノエルの呼吸は穏やかで、胸が上下にかすかに揺れている。
セドリックの指が彼女の髪を撫でれば、彼女は嬉しそうに目を細める。
「次の日、起きたらわたしは知らない孤児院にいました」




