第14話 婿入り王子はスローライフを満喫する
セドリックは、見違えるほど綺麗になった庭を眺めて満足げに頷いた。
足元では、紙人形がぱちぱちと拍手している。
伸び放題だった雑草は抜き、焚き火台を据え、外用のロッキングチェアとパラソルも並べた。
「領主のお家」と書かれたあの札は、どうするか悩んだ末に庭の隅に立てかけておいた。
仕上げに、焚き火台の上に金属製の蓋付きの鍋を設置した。
ダッチオーブンである。
ずっしりとした重さのある鍋を手に取った瞬間、セドリックの頭の中には、煮込み料理、蒸し焼き料理、デザートのレシピが次々と浮かんできた。これはもう、買うしかない。
蓋の上に炭を乗せれば上下から火が通るもので、これがあれば魔導式コンロを使わずに家で料理ができる。
手入れが少々面倒なのが玉に瑕だが、手間がかかるところすら愛着が湧く。
早速作ったのは、かぼちゃとナッツのクッキーだ。
カーティス領はノエルが運営する商会が食品の卸をしていることもあり、食料が豊富だ。いつ街へ出ても店頭には食料が出ている。しかも、質がいい。
ノエル様々である。
クッキーだったら保存も利くし、ノエルが食べてくれるかなと思ったのだ。
焼き上がったようなので、蓋の上の炭を払って鍋を部屋に持ち込む。火傷しないようにミトンも買った。
鍋敷きの上にダッチオーブンを置き、蓋を開けたらかぼちゃの匂いとバターの香りが部屋中に広がった。
焼き立てのクッキーの香りは、それだけで幸福を約束してくる。
試しに一枚つまみ食いをしてみた。さくっとしていて、口の中でほろりと崩れ落ちる。ナッツの香ばしさがアクセントになっていてとても美味しい。
「ん〜〜!!」
思わず唸りながらカロリーの暴力を噛みしめる。バターと砂糖をたっぷり使っているから当たり前なのだが美味しい。
初めて作ってみたから心配だったが、うまくいったみたいだ。
(この匂いをかいだらノエル、集中モード解除されるんじゃないかな?)
今度やってみようと決意して、ダッチオーブンから皿へとクッキーを移す。
その時、一枚が床に落ち、紙人形の前に転がった。
紙人形はもらって良いのか、スルーするべきか、でももらいたい……。という感じでクッキーの周りをウロウロしている。
(ノエルからは「紙人形を甘やかさないで」って言われたけれど……)
床に落ちてしまったものだし、甘やかしには入らないのでは?
そんなふうに自分に言い訳をして「食べていいよ」と、紙人形に言った。
紙人形は許可をもらえたと同時に、クッキーをぎゅうと抱きしめた。
そのままスキップして二階に上がっていく。どうやら仲間を呼んできたようで、交代で紙人形たちが床に落ちたクッキーをぎゅう、と抱きしめて、また去っていく。
最後の紙人形がクッキーを抱きしめ終わった後、セドリックの元へクッキーをそっと戻しにきた。
見た目は変わっていない。香りも、変わっていない。
だというのに、何かが違う気がして。
地面に落ちたものを食べるなんて今までやったことがなかった。少し躊躇したが、まあいいか、と口に運んだ。
「味、無い……」
ぱっさぱさで、遠くの方にかすかに小麦粉とかぼちゃが息している。そんな味をしていた。
そういえば紙人形たちに口はないから物理的に食べられるはずもない。
(物理的に食べるんじゃなくて、味だけ食べたのかな?)
相変わらず、不思議な生き物(?)である。
***
「駄目」「無理」「ふざけんな」
しばらくして、ノエルの様子を見に行ったら彼女の集中モードは解除されているようだった。
紙がこすれるような音と、ノエルの珍しく不機嫌な声が交互に聞こえる。
セドリックが覗いてみたら、紙人形たちがストライキを起こしていた。
なぜ分かったかといえば、額に「すとらいき」と書かれた紙を紙人形たち全員が貼っていたからだ。
「お前ら最近、調子に乗りすぎてる。奥様が優しいからって駄目なもんは駄目」
ノエルが突き放すように言えば、ストライキ中の紙人形たちは床を転げ回った。
「……大丈夫?」
紙人形たちが駄々をこねる様子がなんとも可愛くて、自分も関係していそうだし、と思って声をかけた。
セドリックに気づいた紙人形たちは、彼の足元にかけよりぎゅううう、と抱きしめてくる。
その様子をノエルが忌々しそうに見ていた。
ノエルの視線が、床上の紙人形から徐々にセドリックに向く。
「奥様、そいつら甘やかしたでしょ」
ぎくり。セドリックには思い当たることしか無い。
「甘やかしてない……よ……」
ノエルの目を見て言うことができなかった。
少しでも機嫌が良くなってほしいな、と思ったので先程焼いたクッキーが乗った皿をノエルに手渡した。
「こいつら、報酬を求めてきたんです。一週間に一枚はクッキーが食べたいって。そうじゃなきゃ働かないって言ってるんです」
ノエルはクッキーをつまみ上げてプリプリと不貞腐れながら言った。
どうやらストライキの原因は、セドリックが甘やかしたことで報酬を欲しがった紙人形たちと、雇用主であるノエルの衝突から起こったらしい。
しかも報酬がクッキー。週に一枚でいいなんて、なんて可愛い「報酬」なんだろう。
思わず口元に手を当ててニヤけてしまう顔を隠した。
「クッキーは日持ちするし、それくらいならいいけど……作り置きでもいいのかな?毎週おやつがクッキーだとノエルが飽きない?」
セドリックがそう言うと紙人形たちは一冊の本を持ってきた。それぞれが自分の開きたいページを開こうとするものだから、結局どのページも開けずに乱闘になっている。
紙人形が持ってきた本には『世界のお菓子大全』と書かれていた。
「作り置きでも、クッキーじゃなくても奥様の手作りのものならそいつらは何でも良いらしいんです」
これ、美味しいですね。と言いながらノエルが二枚目のクッキーに手を伸ばした。
「それなら別に構わないよ」
ノエルはセドリックの前向きな言葉に「しまった」という表情を見せた。
一方で紙人形たちはセドリックの足元で踊り狂っている。「イイ!」「アリ!」「ギブミー」「スイーツ」という文字が飛び交う。
「コイツらは私の分身みたいなものだから、一度甘やかすと際限ないですよ」
ノエルはそう言って深い溜息をついた。
「えっ、この子達ってノエルの分身なの?じゃあ大事にしないとだ……。」
そう考えると、小さいノエルが足元で踊っているように思える。もっと可愛がって甘やかしたい気持ちがむくむくと湧いてくる。
「毎週お菓子をあげるくらい、私にだってできるよ」
そう言って紙人形をまとめて抱きしめた。セドリックの胸元でもまだ紙人形たちはジタバタと狂喜乱舞している。
「そんなに甘やかしてると、奥様が寝てる間にすっごいエッチなことするかもしれないですよ」
珍しく意地悪くからかうようなノエルの口調に、セドリックは一瞬きょとんとした。
なにせ彼女は『エッチ』という言葉からは程遠い人間だと思っていたので。
「すごいエッチなことって?たとえば?」
何気なく聞いてみれば、先程までのからかう口調はどこへ消えたのか。
ノエルは口をもごもごとさせて、しばらくの沈黙の後に小さく言った。
「……寝てる間にちゅーするとか……」
ほとんど囁くような声だった。顔から首元まで真っ赤にして、彼女は視線を逸らす。
セドリックは考えた。
紙人形は、ノエルの分身である。
その紙人形が、セドリックが寝ている間にすっごくエッチなこと――、ちゅーをしてくるかもしれない。
「……したいと思ってるの?してもいいよ?待ってるね」
からかったつもりだったのに、あっさり「待ってる」と返されて、ノエルの思考は一瞬で真っ白になった。
「しません!!!!!!!!」
ノエルは真っ赤な顔のまま叫んで、逃げるように仕事を再開した。




