第13話 婿入り王子は配偶者の本当の寝床を知る
ノエル・カーティスには最近、奥様ができた。
銀色の髪に紫色の目を持つ、月の女神様が迷い込んできたのかと思うような青年だ。今でも時々、本気でそう思う。
ノエルは既に二十歳で、この国では「いきおくれ」と言われる年齢に差し掛かっている。
だというのに婚約者の一人もいないから「まあ、このまま生きていくんでいいか」と半ばあきらめていた。
そんな時に持ち込まれた元王子様との縁談。
こんな生い立ちのノエルと結婚してくれるなんて、なんて慈悲深い人なのだろう。
本で調べてみたら、結婚するには「婚姻届」が必要らしい。相手の気が変わらないうちに急いで返信して送り返した。
なるべく失礼にならないように文章は短くした。
王族への手紙はマナーやしきたりがあるらしい。だが、詳しい作法は本には書かれていなかった。
どれだけ結婚できることが嬉しいかを書いても良いかを指導してくれる本はなかったので、問われたことにのみ簡潔に答えることにした。
ひと目見た時から恋に落ちたし、そんな彼が自分の世話を甲斐甲斐しく焼いてくれるたびにさらに好きになってしまう。
物腰も柔らかくて、大事にしてくれて、格好いい男の人に優しくされて好きにならないほうが無理だ。
元々紫色はノエルの好きな色だったが、セドリックと結婚してからさらに好きになった。
ノエルが仕事に集中していて無視してしまった時だって許してくれた。
ずっと一人でいたから、自分が仕事に集中しすぎてしまうタイプだということすら知らなかった。
仕事をしていない時はお風呂の世話をしてくれて、ケアしてくれて、大事にしてくれている。
こんなに大事にしてくれたのは初めてで、ノエルはだらしなくニヤつく顔を抑えるのに必死だった。
笑うな、喋るな、顔を見せるなと”にいに”に言われていたけれど、家族の前だったらいいだろう。
(それに、奥様は髪の毛を伸ばしてもいいよって言ってくれた)
"にいに"は駄目だと言っていたから、ずっと短い髪を維持していた。
ノエルは初めて、髪の毛を伸ばすことにした。
セドリックはすぐにでも領主として働きたいと言っている。
最初は小さな家に驚いたようだが、住みやすいように家の補修までしてくれている。
慈悲深くて、働き者の奥様をもらえてノエルはとても幸せだ。
そういえば、昔、初めてセドリックと会ったときもそうだった。彼は初対面のノエルのことを助けてくれたのだ。
王族とはやはり慈悲深い存在なのだ。尊い。税金を納めてきてよかった。
ノエルは時々考える。自分がこんなに幸せでいいのだろうか。
実は夢だったりしないかな。急に取り上げられたらどうしよう。
「やっぱなし」って言われたら泣いてしまうかもしれない。
好きという気持ちをもっと伝えたいのに、セドリックはお金を渡そうとすると「まだあるよ」「いらないよ」と拒否してくる。
セドリックに渡したのは、家族に送っている一ヶ月分くらいのお金だ。王子様だから、もっとお金が必要だと思ったのに。
渡したお金も、セドリックのためにはあまり使われていないように思える。
一緒に食べるご飯とか、ノエルの世話を焼くための道具ばかり買っている。
もっと色々、自分のために使ってくれていいのに。
セドリックに何か贈り物をしたくて「必要なものはありますか?」と聞いても「特に無いよ」とか「前にもらったお金で十分足りてるよ」しか返ってこない。
受け取ってくれないということはセドリックはノエルのことをあんまり好きではないのかもしれない。
それと、危険なことをしないでほしいとノエルが言ってるのに、魔獣討伐に同行したいと言う。
「『奥様』のやること、なすことには反対するな」とかつての仲間に教えてもらったことがあるが、それだけはどうしても無理だった。
魔獣と戦うのは嫌なことだ。怖いことだ。ノエルだって、できればやりたくない。過去にはそう思っていた。
目の前で何人もの仲間が食べられた。魔獣から発生する瘴気で狂った姿を見てきた。
「奥様」がそうなったらと思うと耐えきれない。
自分は慣れてるからいいのだ。どうやったら魔獣を最速で殺せるかを知っている。
他の人がやるよりもリスクが少ない。自分がやるのが最適解だ。
どうしたら、セドリックはもっとノエルのことを好きになってくれるのだろうか。
もしかして、もっと好きになってもらえるお金の渡し方があるのだろうか。
セドリックに危険なことをして欲しくないのを、どうしたら分かってもらえるだろうか。
子どもでも作れば、セドリックも危険なことをしなくなるだろうか。でもその方法はよくわからない。
王家からは時々手紙が送られてくるが、不愉快な内容しか書かれていないので最初の数通だけ読んであとは読まなくなった。「その他」入れに山になっているから、そろそろ処分しないといけない。
だが面倒でつい後回しにしてしまう。
ノエルにとっての姑はあまり良くない人みたいだ。
許されるなら鉱山の一番深いところに埋めてやりたいが、彼女はセドリックの母である。
セドリックだって自分のお母さんが悪いように言われたら悲しいだろうと思って、ノエルはなにも言わない。
ノエルにできる、ただ一つの姑への反抗手段は、手紙を無視することだけだった。
好きな人と結婚できて幸せなはずなのに、ノエルは一人で居た頃よりも悩み事が増えるばかりだった。
胸の奥が苦しいのは、なにか病気なのかもしれない。
でも、「奥様」を心配させるのは良くないことなのでセドリックに言うつもりは今のところ、ない。
***
“それ”を見つけたのは偶然だった。
ノエルの執務スペースの、せめて床に散らばった書類だけでもと思って片付けていた時、足が床を踏み抜いた。
「うわっ」
どうやら床の腐食が進み、柔らかくなっていたらしい。
部屋に入ったときにしたカビの臭いはこれだったのか。そう思ったセドリックは腐った部分の床を取替えることにした。
ノエルは集中モードで、どれだけうるさくしても気付かない。むしろ気づいてくれたらその方が都合がいい。
材木と大工道具を持って二階に上がると、腐食した部分に紙人形たちが立っていた。
「直すのかな」「どうする?」「えー?」という感じで、井戸端会議をしている。
「……直さない方が良いの?」
問いかけてみるが、紙人形たちも悩んでいるらしい。
腕を組んで「うーん」としているので、セドリックも真似してみた。
ふと、一枚の紙人形が赤い毛糸を頭に被った。ノエルのつもりらしい。
真似をしながらふらふら歩き、腐った床の上で丸くなった。
ほかの紙人形たちが布団のように覆いかぶさる。
思わず、表情が引きつってしまった。
たぶん、ここがノエルの「寝床」なのだ。
床が腐って柔らかくなった部分で寝ている――もとい、気絶しているのだ。
同時に、セドリックのスペースにあったシングルベッドの意味も察してしまった。
『わたしはそのへんで眠るし、部屋も狭いからシングルベッドでいいか。寝るのは奥様だけだし』
そう思ってシングルベッドを買ったに違いない。……一緒に寝るとか、考えているはずもなかった。
「ノエルは、これからは私と一緒に向こうのベッドで寝るよ。だからここは直します」
セドリックが高らかに宣言すれば紙人形たちは「ほなええか〜」と言わんばかりに解散した。
紙人形たちはノエルの仕事の手伝いに戻ったり、遊んだり、「オクサマガンバレー!」といううちわを振りながらセドリックが床を直すのを応援していた。
――それからは、ノエルがどこで気絶してしまっても、セドリックがベッドへ連れていくようになった。




