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影添いの契 余白録 ―雨夜綴り―  作者:


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影のあわい

雨が、降っている。


森の奥。


誰も踏み入らぬその場所で。


白と黒は、今日も並んでいた。


触れずに。

離れずに。


ただ、そこに在る。


長い時間が過ぎている。


それを“時間”と呼ぶべきかどうかも、曖昧なほどに。


変わらない景色。

変わらない距離。


だが。


その静寂の中に、わずかな揺らぎがあった。


黒が、目を伏せる。


雨音に紛れるほどの、小さな息。


そして。


「……覚えているか」


それは、あまりにも微かな声。


白は、すぐには応えない。


ただ、ほんのわずかに視線を向ける。


問いかけを、受け取るように。


黒は、続けない。


言葉は、それ以上必要なかった。


しばらくして。


白が、静かに口を開く。


「残っているものだけを」


肯定でも、否定でもない。


ただ、在り方を示すような響き。


黒は、わずかに目を細める。


「……そうか」


それ以上、深くは触れない。


触れれば、形が崩れてしまうものがあると知っているから。


雨が、やわらかく地を打つ。


その音の中で。


黒が、ぽつりと落とす。


「消えなかった」


誰に向けたものでもない。


それでも。


白は、確かにそれを受け取る。


「消さなかった、とも言える」


静かな返答。


責めるでもなく。

肯くでもなく。


ただ、そこに意味を置くように。


黒は、わずかに息を吐く。


それは、どこか安らいだ気配だった。


「……なら」


言葉が、途切れる。


続きは、もう必要なかった。


白が、ほんの少しだけ近づく。


変わらないはずの距離が、わずかに揺らぐ。


触れはしない。


それでも。


そこには、確かな“寄り添い”があった。


黒は、目を閉じる。


雨音の中で。


記憶は戻らない。


過去も、形にはならない。


だが。


残っているものがある。


消えなかったものがある。


それだけで——


十分なのだと。


白は、何も言わない。


ただ、そこに在る。


それが、答えだった。


やがて。


黒が、静かに呟く。


「……ここに、いる」


確認するように。


確かめるように。


白は、わずかに視線を落とす。


そして。


「そうだ」


短く、ただそれだけを返す。


それ以上の言葉はない。


それ以上は、いらない。


雨は、やまない。


森の奥。


誰も知らないその場所で。


白と黒は、今日も並んでいる。


語られることのないまま。


ただ、在り続ける。


そのわずかな言葉さえも——


きっと、どこにも残らない。


それでも。


確かに、交わされた夜があった。


それが、“影添い”というかたちの。


触れられない、ひとつの真実。


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