【第8話】壊れた壁と、勘違いの騎士
「うおぉぉっ!?」
カイルが思わず目を瞑り、両腕で顔を覆い防御姿勢をとった次の瞬間。
放たれたミラの『ヒール・バレット』は、カイルの胸当てに刻まれた3センチの『レシーバー(受信陣)』のど真ん中、見事にブルズアイに吸い込まれるように着弾した。
いつものように、硬質な音を立てて魔法が弾け飛ぶ衝撃は来なかった。
代わりに訪れたのは、ポワァァッ……という柔らかな光の波だ。
カイルの胸のレシーバーを起点にして、温かく、そして力強い生命力が彼の全身へと広がっていく。
(……弾かない。オレの体が、魔法を受け入れている……?)
カイルは目を瞑ったまま、自身の体内で起こっている未知の感覚に戦慄すら覚えていた。
代々、王家を護る近衛騎士を輩出してきた名門の長男として生まれたカイル。
幼い頃から厳しい鍛錬を積み、誰よりも頑強な肉体と精神を培ってきた。
だが、彼に発現した『絶対魔力耐性』という特異体質は、敵の攻撃魔法を無効化する最強の盾であると同時に、味方からのあらゆる支援・回復魔法や、身体強化のバフすらも無慈悲に拒絶してしまうという、致命的な欠陥でもあった。
『戦場で回復できない前衛など、すぐに死ぬだけだ。お前は、我が家の失敗作だ』
実の父親から投げつけられたその言葉が、カイルの心をずっと縛り付けていた。
先ほどギルベルトに言われた「使い捨ての壁」という言葉も、彼にとっては今更突きつけられた現実でしかなかった。
どれだけ体を鍛えようと、どれだけ仲間を庇う覚悟があろうと、自分は本当の意味で誰かと肩を並べて戦うことはできないのだと、とうの昔に諦めていたのだ。
だが今、彼の全身を巡っているのは、間違いなく味方からの回復魔法だった。
ミラの魔法の力は彼の体内を隅々まで駆け巡り、先ほどの小競り合いで切れた頬の傷口を、優しく撫でるように塞いでいく。
痛みは完全に消え去り、後には心地よい温もりだけが残っていた。
「……カイル。大丈夫? ちゃんと、届いたかしら」
恐る恐る尋ねるミラの声に、カイルはゆっくりと目を開けた。
自分の身体を見下ろすと、淡い緑色のオーラがカイルの全身を包み込み、ゆっくりと空気中に溶けていくところだった。
胸当てに刻まれた3センチのダーツの的のようなルーンが、役目を終えたように静かに光を失っていく。
「……ああ。届いた。届いたよ、ミラ」
カイルは震える手で、すっかり傷の消え去った自分の頬に触れた。
完全に治癒している。
戦場で味方の支援を受けられない使い捨ての壁。
家族から見放され、無能と切り捨てられた致命的な欠陥。
それが今、胸に刻まれたたった3センチの的と、ミラの極限まで高められた精密なコントロールによって完全に克服されたのだ。
「すごいよ二人とも。息ピッタリだったね」
旧修練場の大きな木の裏側から、アルノが嬉しそうにパチパチと手を叩きながら歩み寄ってくる。
「カイルの絶対魔力耐性は本当に強力だから、レシーバーを刻むのにも少し骨が折れたけど……これで証明されたね。カイルはもう、一人で傷つく必要なんてない立派な前衛(盾)だ」
アルノの屈託のない笑顔と、ミラのホッと安堵したような表情。
それを見た瞬間、カイルの胸の奥で、ずっと張り詰めていた太い糸がプツリと切れた。
「アルノ!やっぱりお前、避難してんじゃねぇか!………くっ、…お前ら……っ」
カイルの目から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
彼は感情を抑えきれず、歩み寄ってきたアルノの両手を、自分の大きな手でガシッと力強く握りしめた。
「ありがとう、アルノ……それにミラも。オレ、これでやっと……本当の騎士になれる……!」
涙ぐみながら心からの感謝を伝えるカイル。
そして彼は、自分の大きな手を握り返してくるアルノの華奢な手と、その小柄で可愛らしい顔立ちをじっと見つめた。
ずっと一人で気を張ってきた彼にとって、自分の致命的な弱点に向き合い、見事に解決してくれた存在はあまりにも大きかった。
カイルは少し頬を赤らめ、照れくさそうに視線を逸らしながらポツリと口を開く。
「その……今までずっと一人で壁を作ってきちまったからさ。こんな風に、女の子に親切にしてもらったの……初めてだよ」
旧修練場に、心地よい風が吹き抜けた。
アルノはきょとんとした顔で首を傾げ、いつもの涼しい声で答えた。
「え? ボク男だけど」
「…………は?」
カイルの動きが、文字通り石像のようにピタリと停止した。
流れていた感動の涙も一瞬で引っ込み、彼の視線はアルノの顔と、その下半身をゆっくりと往復する。
「おと、こ……? いやいやいや! じゃあ、なんでお前、女子用の短パンなんて穿いてんだよ! ずっと女だと思ってたじゃねえか!!」
カイルの絶叫が旧修練場に響き渡る。
学園指定の軍服調のダブルのブレザーの下、アルノが穿いているのは間違いなく、女子生徒がスカートの代わりに選択できる指定のボトムスだ。
「あぁ、これ?」
アルノは自分の穿いている短い丈のズボンを少しつまんで見せた。
「ボク小柄だから、男子用の長ズボンだと一番小さいサイズでもブカブカでさ。最初に間に合わせで女子用の短パンを借りたんだけど、すごく動きやすくて気に入っちゃって。このままでいいかなって」
「いいわけあるか! 紛らわしいんだよ! オレの純情とドキドキを返せ!!」
頭を抱えて地面に突っ伏すカイルを見て、ミラはお腹を抱えてケラケラと笑い転げている。
「くそっ、なんだよこのオチ……!」
顔を真っ赤にしたカイルは、ふと自分の胸当てに刻まれたルーンに目を落とし、さらに顔をしかめた。
「冷静になってきたらこの胸のダーツの的も無性に恥ずかしくなってきたぞ! おいアルノ、お前どんなデザインにも出来るんだろ!? もっとこう、近衛騎士っぽいカッコいい盾のデザインとか、獅子の紋章とかにしてくれよ!」
抗議するカイルに、アルノは「えー」と不満げに口を尖らせた。
「ダメだよ。ミラが一番狙いやすい形にしないと意味ないでしょ? ね、ミラ」
「そうね。ワタシとしては、次はもっと色分けしてくれた方が的として撃ち抜きやすいわ」
「だから的って言うな! お前ら、絶対わざとやってるだろ!!」
カイルの悲痛な叫びに、アルノとミラは顔を見合わせて楽しそうに笑い合った。
「まぁまぁ。実戦の前には、他のデザインを考えてあげるよ」
「本当か!? 絶対にカッコいいやつにしてくれよ?」
「うん、じゃあ星型の的とか?」
「的から離れろって言ってんだろ!」
傾いた陽が旧演習場の砂地を橙色に染めて、長く伸びた三つの影が重なる。
落ちこぼれの吹き溜まりだったDクラスの生徒たち。
他者を拒絶する不器用な盾と、すべてを吹き飛ばす過剰な魔法、そして規格外のルーン・ステッチ。
欠陥だらけだった彼らの間に、確かな絆と連携が芽生えた瞬間だった。




