【第27話】2人の決断と、救国への出陣
「エテルニスから、…はぁ、…魔獣が溢れて……っ!すぐに来てほしいと、騎士団長からの要請です!!」
ウィリーの震える叫びが、闘技場全体に鋭く響き渡った。
「エテルニスから魔獣だって!?」
教員席からいち早く飛び出したロイドが、学園長のアーチボルドやギルベルトと共に、ウィリーの元へと駆け寄る。
「はいっ!マギア協会のルーン修復は失敗しました!…ルーンの状態が非常に不安定で、次々と魔獣が外へ溢れ出しています!…そう、まるで何かに追い立てられているかのように……。騎士団長からの通信指令で、ルーンを修復できる可能性があるとすれば、ロイド先生しかいないと……!」
ウィリーの報告に、ロイドが「ギリッ」と歯を食いしばる。
「やはり、ダメだったか……。自分たちの理解が及ばないものに安易に手を加えるべきじゃないと、あれほど言ったのに……!」
「幸いにも、周辺住民はあらかじめ避難をしていたので人的被害はありません。しかし事態はさらに深刻で、その後帝国の工作員が多数現れ、ビーストたちを操って王城に進行しようとしています!今は国に残る騎士団たちが必死に対処にあたっています!」
悲痛な声で告げるウィリーに対し、ロイドは顔をしかめた。
「帝国の奴等まで現れただって!…くそ、次から次に……。しかし、いくら俺でもあの巨大なロストテクノロジーを今すぐ修復することなど不可能だ。……唯一可能性があるとすれば……」
ロイドの視線が、闘技場で立ち尽くす一人の少年に向けられた。
(ダメだ……)
ロイドは強く拳を握りしめる。
(アイツらは今、人生の岐路に立っている。ここで戦いを投げ出せば、これまでの努力が水の泡になるかもしれない。大人の尻拭いのために、生徒を死地へ送ることなんて……!)
闘技場では、限界まで魔力を高め合っていたミラとルイスも、武器を下ろして静かにウィリーの言葉に聞き入っていた。
水を打ったように静まり返る会場で、その場の全員が事態の深刻さを理解していく。
「エテルニスから魔獣だって……!?」
「おい嘘だろ、王都はどうなっちまうんだよ!」
「帝国って聞こえなかったか!?まさか戦争でもはじまるのか!?」
観客席から、ざわざわと不安と恐怖の入り交じった声が漏れ始めた。
パニックが起きるのも時間の問題だった。
「……ミラ」
静寂の中、アルノが隣に立つミラへ短く声をかけた。
「うん、分かってる」
ミラは杖のダイヤルを「カチリ」と安全圏に戻し、アルノへ向けてとびきりの笑顔を見せた。
次にアルノは、闘技場の脇で見守るカイルとシルフィアに視線を向ける。
カイルは漆黒の大盾を叩いてみせ、シルフィアは胸元のエーテルリンクを握りしめて小さく頷いた。
さらにアルノは、観客席で固唾を飲んで見守るダグラスたちクラスメイトや、チームクラークたちを順に見つめた。
言葉は交わさずとも、仲間たちはアルノが言わんとしていることをすでに理解していた。
誰もが黙ったまま、アルノへ向けて親指を立て、笑顔で力強く頷き返す。
アルノは正面へ向き直った。
そこにはすでに、剣を鞘におさめ、アルノと全く同じ顔をした第一王子ルイスが立っていた。
2人は視線を交わし、そして闘技場全体に響き渡る大声で、全く同じタイミングで叫んだ。
「「ボクたちは!」」「「私たちは!」」
「「棄権します!!」」
そのあまりにも堂々とした二人の言葉に、会場中の観客や教員たちは驚愕し、ざわめきがピタリと止まった。
同時に同じ言葉を発したアルノとルイスは、顔を見合わせて「あははっ!」と声を出して笑い合った。
「……っ」
呆気にとられていたギルベルトだったが、すぐに我に返り、拡声マギアを通じて力強く宣言した。
『……両チーム棄権により、この試合は引き分けとする!!』
その宣言が響き渡った瞬間、チームガレオスの『Bクラスでの卒業』が、正式に決定したのだった。
闘技場を覆っていた分厚い防御結界が解除される。
アルノたちチームガレオス、チームグラン・フォリア、そしてロイド、ウィリー、学園長、ギルベルト、バルガスの面々が、闘技場の中央へと集まった。
学園長のアーチボルトが、長く白い髭を撫でながらアルノたちに優しく声をかける。
「後悔はないかい?」
「はい。このまま試合を続けていたら、その方が後できっと後悔するはずです」
アルノが一切の迷いなく即答すると、学園長は深くシワの刻まれた目尻を下げ、嬉しそうに微笑んだ。
「そうか、分かった。……君たちはこの3年間で、本当の意味で強くなったな」
そして、学園長は鋭い眼差しでロイドたち教員を見据えた。
「ロイド先生、ウィリー君と共に早く行きたまえ」
「はい。ですが……」
学園長の言葉に、ロイドは重々しく首を横に振った。
「私では、おそらくエテルニスの修復は無理でしょう。あの巨大な古代ルーンを修復できる可能性を持つのは、ただ一人。ルーン・テイラー、…アルノ・ガレオス。彼ただ一人です」
その場にいた全員の視線が、一斉にアルノへと向けられた。
「行こう、先生!」
アルノは一切の躊躇なく、力強い声で応えた。
「先生、当然チームのオレたちも一緒に行くからな!」
カイルが大盾を背中に背負い直し、ミラとシルフィアも力強く頷く。
その迷いのない教え子たちの姿に、ロイドの顔から戸惑いが消え去った。
「ああ。チームガレオス、アルノを守れ!そして王都を救うために、お前たちの力を貸してくれ!」
ロイドが4人の目を見て叫ぶ。
「みんな、少し待ってくれ」
駆け出そうとした一同を、ルイスが引き留めた。
「激しい戦いで、みな魔力をひどく消耗しているだろう。アルノ、魔力回復のマギアを貸してくれないか?私の魔力をみなに分け与えよう」
ルイスの提案に、背後からスッと進み出たオスカーが異を唱えた。
「いいえ、ルイス殿下。あなたも彼らと共に行ってください。王都を救うためには、あなたの圧倒的な力も必ず必要になります。……我々の魔力を使ってください」
オスカーの言葉に呼応するように、レオナとクロエも歩み出る。
3人はペンダント型のエーテルリンクをしっかりと握りしめ、魔力を消耗していたカイル、シルフィア、そしてルイスの背に反対の手を添えた。
淡い光と共に、Aクラスの仲間たちから託された魔力が、3人の身体を満たしていく。
「ワタシはさっきアルノから魔力をもらったから満タンだけど、アルノは大丈夫なの?」
ミラが心配そうに尋ねる。
ルイスを吹き飛ばすゼロ距離のルーン起動や、ミラへの魔力譲渡で、アルノ自身の魔力もかなり消耗しているはずだった。
「うん、ボクは大丈夫さ。ここから魔力を回復させてもらうよ。…ルーン・ステッチ!」
そう言うと、アルノは右の手のひらの『衝撃』のルーンを『吸収』のルーンで素早く上書きした。
そして、自身の左腕の護身用マギアの魔石に手を添えた。
「ルーン起動!」
アルノの右の手のひらが淡く発光し、腕輪の魔石エネルギーが、アルノの身体へと吸い込まれていく。
人体へのルーン刻印のみならず、魔石から直接魔力を吸収するという常識外れの離れ業を目の当たりにし、学園長や教員たちは驚愕を隠せなかった。
「どうです?こいつの可能性に、賭けてみたくなるでしょう?」
ロイドがどこか誇らしげに笑うと、学園長は深く息を吐き出し、力強く頷いた。
「そうじゃな。……頼んだぞ、ロイド先生、ルイス殿下。そして、チームガレオスよ!」
「私たちも行きます!」
その時、観客席から闘技場へ降りてきたユリウスとディアナたち『チームクラーク』が、息を切らせて合流する。
しかし、アルノは彼らに向かって真っ直ぐに首を振った。
「気持ちは嬉しいけど、君たちにはここに残ってほしいんだ。もし学園に危機が迫った時に、ここの生徒たちを守れるのは君たちしかいない。……背中は預けたよ、ユリウス、ディアナ、ニコラス、テレサ」
「……っ」
アルノの真剣な眼差しに、ユリウスは眼鏡の位置を直し力強く頷いた。
「分かりました。学園は僕たちが守ります。君たちはどうか、王都を救ってきてください!」
背後を頼もしい友に託し、アルノたちが前を向いた時、ギルベルトが歩み出た。
「私も同行しましょう」
その行動に、ロイドがニヤリと笑って茶化す。
「お、やっぱりこいつらが心配か?相変わらず過保護なところは変わらんな」
「その言葉、公私混同ですよ、ロイド先生。私は教師として当然の務めを果たすだけです」
「へいへい」
そこへ、Cクラス担任のバルガスも進み出て、豪快に笑い飛ばした。
「俺も同行しよう!安心しろ、俺が必ずお前たちを守ってやるからな!ガハハハ!」
教師陣の心強い合流に、生徒たちの顔に安堵の色が浮かぶ。
「ありがとうございます、みなさん!僕は一足先に現場へ戻ります!」
ウィリーが『ピロー』にまたがると、疾風のように闘技場から飛び出していった。
残された8人は、互いの顔を力強く見合わせた。
「さあ、王都を……いや、王国を救いに行こう!」
アルノの声を合図に、チームガレオス、ルイス、ロイド、ギルベルト、バルガスの8人は、王都最大の危機を打ち払うため、決戦の地エテルニスへ向けて一斉に走り出した。




