【第26話】それぞれの戦い。最後に立つ者は…
「えっ……!?」
シルフィアが結界の内側で目を見開く。
アルノからのエーテル弾は、淡い琥珀色に輝くドーム型の結界『アイソレート・ドーム』に無情にも弾き返され、光の粒子となって散ってしまった。
「アルノ君!?」
「そんな…結界の形を遠距離から変えるなんて……!」
アルノが呆然とエーテルガンの銃口を下げる。
オスカーは額に汗をにじませながら結界を維持し、組み合わせた両手を前に突き出してゆっくりと前進を始めた。
それに合わせて、シルフィアを閉じ込めたドーム結界も「ズズズッ」と後退し、闘技場の場外へと彼女を押し出そうとする。
「あなたを真っ先に封じることは、最初から決めていました…」
オスカーの冷徹な声が、結界越しにシルフィアへ響く。
「2年の『クラス総入れ替え戦』での戦いを見て、ルイス殿下と互角に打ち合えるのはあなたの『精霊憑依』だけだと睨み、警戒していたのですよ。盤面を支配するのはステータスだけではない。あなた方から学んだことです」
その声には、ライバルに対する敬意が含まれていた。
「今の私は無防備ですが、チームガレオスの最強戦力と共にこの舞台から降りるとしましょう」
シルフィアはドームを内側から叩くが、魔力が底を突きかけている今の彼女に、ガーディアンの全力の結界を破る力は残されていない。
(くっ、精霊と対話が出来ない!…このままやと、場外に押し出されてウチは脱落や……)
結界の向こう側では、レオナが閉じ込められたシルフィアへの攻撃をやめ、すべての攻撃をミラ一人へ集中させていた。
「よそ見してる余裕なんてないよ!」
「くっ……!」
ミラが必死に回避と防御を繰り返しているが、防戦一方で反撃の糸口が掴めない。
(ウチの残りの魔力じゃ、遠くにいるオスカー君には精霊魔法は届かへん……せやったら!)
シルフィアは自らの脱出を諦め、覚悟を決めた瞳でレオナを見据えた。
「空の風は遮られても、足元の大地は繋がってるんよ!」
シルフィアは結界内の床に両手をつき、最後の魔力を振り絞って外部の精霊へ干渉する。
「土の精霊さん、お願い!」
ミラを追い詰めることに集中していたレオナの足元の石畳が、突如として激しく隆起した。
「なっ!?」
レオナが驚愕して下を向いた瞬間、鋭く尖った巨大な『大地の槍』が、彼女の真下から凄まじい勢いで突き上がった。
「きゃあっ!」
激しい衝撃がレオナを打ち上げ、「パリィン!」と甲高い音と共に、レオナの左の腕輪が砕け散った。
『腕輪破損!レオナ・バークレー失格!』
「やった…!ミラちゃん、みんなをたのんだで……」
シルフィアが安堵の笑みを浮かべた直後、彼女を閉じ込めていたドーム結界が、ついに闘技場の境界を越えた。
『場外落下!シルフィア・エーテリス失格!』
ギルベルトの声とほぼ同時に、ミラが杖のダイヤルを『2』へと回し、オスカーへと言葉を投げた。
「オスカー、やっぱアンタすごいよ!…ブレイズ・キャノン!!」
ズゴオオオォーーーッ!
ミラから放たれた極太の熱線が、シルフィアを押し出した直後で、無防備なオスカーへと直撃する。
「…ルイス殿下、あとは頼みました……」
バキンッ!パキィンッ!
両方の腕輪が同時に砕け散り、オスカーの身体が後方へと弾き飛ぶ。
『両腕輪破損!オスカー・ローゼン失格!』
息を呑むような三者連続の脱落劇に、観客席からどよめきが沸き起こった。
これによって舞台に残されたのは、チームガレオスのアルノ、カイル、ミラ。そして、チームグラン・フォリアのルイスのみとなった。
「これで3対1……。でも相手はルイス殿下、…油断はできない……」
接近戦では逆に足手まといになると踏んだミラは、今すぐアルノたちの元へ駆け寄りたい気持ちをぐっと堪える。
ガィンッ!!バギンッ!ギャリィ!!
ルイスの魔力を全開にした身体強化から繰り出される大剣の連撃に、カイルは一歩、また一歩と後退を余儀なくされていた。
純粋な力とスピードが、カイルの鉄壁の防御を上回り始めている。
アルノはカイルを援護すべく、ルーン・ステッチで地面にトラップを刻み、エーテルガンで起動しようとする。
しかしルイスはカイルを攻撃しつつ、斬撃でアルノの放つエーテル弾をも弾き飛ばし、ことごとく起動を妨害していた。
「くそっ、さすがルイスだ、…ボクの狙いまで完全に見切ってる……!」
アルノが焦りの声を漏らす。
その時ミラが遠方から杖を構え、カイルの背中に刻まれたレシーバーへ向けて正確に魔法を放った。
「カイル、アンタは最強の盾であり矛よ!…フィジカル・ブースト!」
同時に、アルノもエーテルガンの銃口をカイルに向けた。
「カイル、受け取って!」
アルノから撃ち出された純粋なエーテル弾が、カイルの首元で揺れるエーテルリンクへと吸い込まれる。
遠方からのミラの強化魔法と、アルノからの魔力補給。
二重の支援を受けたカイルの全身が、赤黒いスパークを激しく放ち始めた。
膨れ上がった筋肉により制服のボタンが弾け飛び、カイルの瞳に野獣のような光が宿る。
「オォォォォッ!!マッスルーー・オォーバァァァーーーッ!!」
最大出力の剛体化。
カイルは漆黒の大盾を構え、闘技場を面で制圧する広域シールドバッシュの体勢に入った。
その凄まじい魔力圧を肌で感じ取ったルイスは、即座にカイルから距離を取った。
「来るか、王家の、いや王国の盾!…ならば、こちらも全力で応えよう!」
ルイスは剣を上段に構え、その刀身に自らの莫大な魔力を限界まで注ぎ込んだ。
蒼白いオーラが天を衝くように立ち上り、周囲の空気がビリビリと震える。
(あの2人の全力がぶつかる…、近づいたら巻き込まれる……!)
遠方から状況を見守っていたミラは、この激突に割って入るのは危険だと判断し、息を呑んで立ち止まった。
「カイル、君の全力を見せてくれ!…『グラン・ド・クロォォォーース!!』」
ルイスが剣を十字に振り抜いた瞬間、闘技場の石畳を深く抉りながら、巨大な十字の斬撃波がカイルへと向かって押し寄せた。
「オレは王国の守護神になる男だーーっ!…『シールド・バァァァッシュ!!』」
カイルも渾身の力を込め、全力の圧縮した魔力波を解き放つ。
闘技場の中央で、二つの極限の大技が真正面から激突した。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
凄まじい轟音と共に、光と衝撃の嵐が巻き起こる。
カイルの絶対魔力耐性をまとった『シールド・バッシュ』は、『グラン・ド・クロス』の魔力波を見事に相殺した。
しかしルイスの『8.05』という規格外の魔力量から放たれた十字の斬撃波は、シールドバッシュを貫通し、カイルとアルノへと襲いかかった。
カイルは背後にいるアルノを守るため臆することなく、十字の斬撃の最も威力が高い交点を、大盾のど真ん中で受け止めた。
ドズンッ!!!
「ぐおおおおぉぉぉっ!!」
カイルの足が石畳に深くめり込み、全身が悲鳴を上げる。
「カイル!」
アルノが叫ぶ。
……もうもうと舞い上がる粉塵の中、カイルは一歩も引かずに余波を耐え抜いた。
しかし、限界を超えた防御の直後、カイルの身体は完全に硬直していた。
「さすが王国の守護神……見事だった、カイル!」
「しまっ…!」
カイルが声のした方へ視線を動かすよりも早く、粉塵を切り裂いてルイスの姿がカイルのすぐ真横に現れた。
ルイスは技を放った直後、すでに神速で距離を詰めていたのだ。
もはや回避も防御も間に合わない。
流れるようなルイスの横薙ぎの剣撃が、カイルの身体を捉えた。
パキィンッ!!
致命傷を感知した腕輪のバリアが発動し、カイルの右腕輪が虚しく砕け散った。
『腕輪破損!カイル・ヴァン・ブラッドレイ失格!』
「アルノ、すまねぇ……」
カイルが申し訳なさそうに片膝をつき、闘技場が静寂につつまれた。
そして、その決着を見届けたミラが、アルノの元へと合流すべく駆け出した。
カイルが脱落したことで、ルイスが駆けてくるミラに意識を移した隙を、アルノは見逃さなかった。
アルノは左手のエーテルガンを、ルイスの足元へと向けた。
そこには、先ほどルイスの斬撃によって起動を妨害され、不発のまま石畳に残されていた星型のルーンがあった。
ビュインッ!
放たれたエーテル弾が的確に星型ルーンを撃ち抜く。
瞬間、ルイスの足元でルーンが眩い光を放った。
起動したのは『吸着』のルーン。
「……なっ!?」
ルイスの顔に初めて明確な動揺が走る。
どれほど規格外の魔力による身体強化を行おうとも、足の裏と石畳が完全に一体化したかのようにへばりつき、びくとも動かない。
「くっ、ルーン・ステッチ……これほどとは…!」
すかさずアルノは、右手のダミーの指ぬきグローブを闘技場の床へと投げ捨てた。
そして、身軽な身体でルイスの死角、剣を持たない左側へと一瞬で回り込む。
「アルノ、君の力では私は倒せないっ!」
「ボクはルーン・テイラーだ!、ボクだけの戦い方があるんだ!」
アルノは右の手のひらを、ルイスの左腕へと力強く押し付けた。
「ルーン起動!!」
その瞬間、アルノの手のひらから凄まじい光が溢れ出た。
彼の手のひらには、あらかじめルーン・ステッチにより『衝撃』のルーンが刻まれていたのだ。
ドパァァァァァンッ!!!
「なっ…にっ……!?」
至近距離で強烈な衝撃波を浴びたルイスの身体が、足元の吸着のルーンを引きちぎり、猛烈な勢いで吹き飛ばされた。
「馬鹿なっ!…人体に直接ルーンを刻んで武器にしたというのか!?」
闘技場の脇で見ていたギルベルトが、普段の冷静さを完全に失って身を乗り出した。
観客席のクラフターの生徒たちや、教務席の学園長までもが、ルーンを人体に刻んで攻撃に利用するというアルノの狂気的な発想とその技に言葉を失う。
凄まじい速度で場外へと吹き飛ばされるルイスだったが、その瞳はまだ死んでいなかった。
「くっ、まだだ……!」
ルイスは空中で強引に身体をひねると、自身の全魔力を騎士剣へと注ぎ込んだ。
剣が蒼い光のくさびと化す。
そのまま闘技場の石畳へと剣を力任せに突き立てた。
ガガガガガガガガガガガガガッ!!!
凄まじい勢いで石畳を数十メートルも抉りながら、闘技場の境界からわずか数十センチというところで、ルイスは場外落下を免れた。
膝をついたルイスは、剣を支えにゆっくりと立ち上がる。
カイルとの激戦による消耗、そしてアルノのゼロ距離の衝撃を受け、まさに満身創痍。
「……ふぅ、恐れ入ったよ、アルノ。…まさかそんな隠し玉を持っていたとはね」
ルイスは額の冷や汗を拭いながら、左手を何度も握り直し、余力を確認する。
「どうやら、次の一撃が本当に最後だ。ボクの魔力も、これで限界かもしれない」
ルイスが剣を構え直すと、澄み切った蒼い魔力のオーラが爆発するように立ち上った。
最大の、そして最後の『グラン・ド・クロス』の構えだ。
そこへ、全速力で駆けつけたミラがアルノの横へと滑り込んだ。
「アルノ、大丈夫!?」
「うん、…だけどボクの攻撃手段はもう尽きた。…あとは君に託す!」
アルノは左手のエーテルガンを、ミラの胸元のエーテルリンクへと向けた。
ビュインッ!
「…あたたかい……魔力が、みなぎってくる……!」
アルノからの魔力回復を受け、ミラの魔力タンクが完全に満たされた。
ミラは覚悟を決め、アルノ特製の杖を左手で強く握りしめ、右手を調整ダイヤルへとかけた。
カチリ。
ダイヤルが『1』を指した瞬間、ミラの周囲の空気が陽炎のように激しく揺らめいた。
これまでの比ではない、圧倒的な密度のオレンジ色の魔力が膨れ上がり、彼女の大きめの魔女帽子がエーテルの奔流で激しくたなびく。
「まかせて!ワタシがみんなを、絶対にAクラスへ連れて行ってあげる!」
ルイスの騎士剣が瞳と同じ蒼い輝きを極限まで増し、ミラの杖が膨大な魔力によって激しいオレンジ色に輝く。
双方から立ち上る、闘技場全体を消し飛ばしかねないほどの恐ろしい魔力圧に、観客席の全校生徒は息を呑み、水を打ったように静まり返った。
この一撃を制した方が、この壮絶な勝負に勝つ。
それは誰の目から見ても確かだった。
互いの最大火力が激突する、まさにその時、……静寂を切り裂くような叫び声が会場中に響き渡った。
「ロイド先生ーーっ!!」
同時に会場への入場ゲートから、巨大な影が猛スピードで滑り込んできた。
闘技場のアルノやミラやルイス、観客の全校生徒、そして教員たちの視線が、一斉にその乱入者へと向けられた。
そこにいたのは、アイマスクを額に跳ね上げ、血相を変えて巨大な猫型ファントム『ピロー』の背にまたがったウィリーだった。
ピローは荒い息で上下に揺れ、ウィリーのトパーズ色の瞳は焦りと緊迫に染まっていた。
「エテルニスから、…はぁ、…魔獣が溢れて……っ!すぐに来てほしいと、騎士団長からの要請です!!」
ウィリーの震える叫びが、闘技場全体に鋭く響き渡った。




