【第25話】掴み取れAクラス!最終試合開始!
冬の冷たい風が漂う闘技場の石畳の上で、二つのチームが静かに向かい合っていた。
学園最強の頂点に君臨する3年Aクラス『チームグラン・フォリア』。
そして、かつて底辺の落ちこぼれと嘲笑われながらも這い上がってきた3年Bクラス『チームガレオス』。
「待ちわびたよ、アルノ」
チームの先頭に立つ第一王子ルイスが、澄んだ碧眼に熱い闘志を宿して口を開いた。
「あの日、君たちを明確なライバルだと認定してからずっと、この闘技場で君たちと真正面からぶつかり合う瞬間を心待ちにしていた」
「待たせたね、ルイス」
アルノは飄々とした態度の裏に、負けず嫌いな本性を覗かせてニヤリと笑う。
「約束したからね。君たちのいる場所まで上がっていくって。……でも、今日はただ挑戦しに来たんじゃない。その頂点の座をボクたちが貰いに来たんだ」
「ふっ…頼もしいな。だが、頂点の座はそう安々と譲るものではない。最大の敬意をもって、全力で弾き返そう!」
「望むところだよ!」
二人の言葉が火花を散らしたのを確認し、闘技場の脇に立つAクラス担任、ギルベルトが右手を高く掲げた。
その動作をきっかけに、会場を包んでいたざわめきが一瞬にして水を打ったように静まり返る。
「両チーム、構えろ」
ギルベルトの言葉に、ルイスが静かに騎士剣を抜き、アルノは右手の指先を正面に向け、左手でエーテルガンを構える。
「これより、3年生『クラス入れ替え戦』最終試合……」
ギルベルトの腕が勢いよく振り下ろされた。
「試合開始!!」
ギルベルトの鋭い声が、冬の空を切り裂いた。
瞬間、アルノが動く。
「みんな、まずは盤面をいただくよ!、ルーン・ステッチ!」
アルノが右手を前に突き出す。
4本の指先から放たれた極細の魔力線が、闘技場の石畳へ雨粒のように降り注ぐ。
縫い合わされていくのは極小のルーン。
『吸着』『摩擦低減』『反発』『振動』。
足元に刻まれた無数の小さな星型の模様は、そのすべてが強力な地雷だ。
「ミラ、シルフィア!起動!」
「待ってました!」
「ウチらにまかせとき!」
アルノはエーテルガンで純粋な魔力弾を撃ち出す。
同時に、ミラとシルフィアが放ったエーテルが石畳を駆け抜け、敷き詰められたルーンを次々と起動していく。
瞬きする間に、闘技場の中央付近は踏み入れば行動不能に陥る凶悪な地雷原へと変貌した。
「厄介な真似をしてくれますね、アルノ君……」
後方で戦況を見据えていたガーディアンのオスカーが、手にした数本の杭型マギアをアルノたちの方へ投げつけ、石畳へ正確に打ち込む。
「ですが、盤面を支配するのは我々です。……ディバイド・ウォール!」
石畳を這うように、強固な十字の光の壁が展開される。
チームガレオスを四つに分断する、二年前に先輩たちを蹂躙した戦法だ。
だが、アルノは涼しく笑う。
「その手は食わないよ、オスカー!、ルーン・ステッチ!」
アルノの指先から伸びた極細の魔力線が、展開しかけていた杭型マギアへと見事に命中する。
刻み込まれたのは『放出』のルーン。
「なっ……!?」
オスカーが目を見開いた直後、杭の内部に込められていた魔石のエネルギーが、『放出』のルーンによって光の粒子となり空高く噴出した。
動力源を根こそぎ奪われた杭型マギアは、結界が形成される前に「ヒュウン……」と消失する。
「マギアの構造を知り尽くしたクラフター……恐ろしい男ですね」
オスカーは悔しがるどころか、アルノの規格外の技量にどこか嬉しそうだ。
「ミラちゃん、いくでっ!」
シルフィアの合図に、阿吽の呼吸でミラが杖を構える。
「風の精霊さん、力貸してな!、風の刃!」
「まずは小手調べよ!、サンダー・マシンガン!」
空気を切り裂く不可視の刃と、弾ける紫電の連射。
アルノのルーン地雷に阻まれ、足止めを食らっているルイスたちへ向け、二人の息もつかせぬ波状攻撃が襲いかかる。
「さすがだな、アルノ。こちらに遠距離アタッカーがレオナしかいないことを見越しての策か……!」
ルイスが剣で雷撃を捌きながら、澄んだ碧眼を鋭く細めた。
「だが、ここは強行突破させてもらう!クロエ!」
「……了解」
感情を読ませない冷たい声と共に、シャドウのクロエがルイスへ向かって猛スピードで駆け出した。
彼女はルイスの正面で高く跳躍する。
「いくぞ!」
ルイスは剣を横に寝かせ、その広い刀身で跳躍してきたクロエの両足を受け止める。
人類の限界値を超える『8.05』の魔力量。
その膨大なエネルギーを腕の筋肉へと一極集中させたルイスは、信じられない剛力で剣を上段へと振り抜いた。
「えっ!?」
ミラが素っ頓狂な声を上げる。
クロエの小さな体が、まるで大砲から撃ち出された砲弾のように、アルノたちが敷き詰めたトラップ地帯の上空を一直線に飛び越えていく。
Dクラスの「知恵と工夫の連携」を力でねじ伏せる、Aクラスの「圧倒的ステータスの暴力による連携」だった。
「絶対に1人は落とす……」
宙を舞うクロエが、両手に握った短剣の刃を冷たく光らせる。
「させねぇよ!」
カイルが瞬時にアルノの前に立ち塞がり、漆黒の大盾を構える。
ミラとシルフィアも即座にアルノを守る陣形をとった。
だが着地する直前、クロエの姿が残像のように霞んで消失する。
「消えた!?」
「気配遮断や……!みんな、気ぃつけて!」
周囲の環境を反映させた魔力を薄くまとい、視覚だけでなく気配までも完全に消し去るシャドウの奥義。
キィンッ!カキィンッ!
鋭い金属音が連続して弾ける。
見えない刃が、カイルの大盾やミラの杖、シルフィアの風の防壁を次々と削り取っていく。
超スピードによる死角からの連続攻撃だ。
「くそっ、速すぎて捉えきれねぇ!」
「みんなとにかく、アルノを守って!」
完全に防戦一方となり、焦りと共に体力を削られていく3人。
しかしシルフィアは状況を冷静に観察し、静かな闘志を燃やしていた。
「見えへんのなら、見えるようにすればええんよ。…水の精霊さん、お願い。……『深緑の暗霧』…」
シルフィアのタクトが滑らかに宙を描く。
途端に、4人を中心に質量を感じるほどの分厚い霧が立ち込めた。
「……っ!」
クロエが動くたび、濃密な霧の中で不自然に空気が切り裂かれ、白い渦が巻き起こる。
「そこや!ミラちゃん!」
「任せてっ!」
シルフィアの指示と同時に、ミラが杖を真っ直ぐに突き出す。
ダイヤルは『4』。
完璧な出力制御のもと、ミラは詠唱を紡ぐ。
「砕け散れ!、フレイム・ガトリング!」
霧の揺らぎという明確な「的」に向かって、ミラの杖から小型の炎弾が雨あられと連射された。
ドドドドドドドドドドドドッ!
連続する爆発音が闘技場を揺らす。
怒涛の炎の弾幕が霧を焼き払い、回避しきれなかったクロエの姿が強制的に暴き出される。
「……しまっ!」
パリィンッ!
直撃を受けたクロエのバリアが発動し、右の腕輪が甲高い音を立てて砕け散った。
「一人目、もらったわ!」
ミラの勝ち気な声が、闘技場に響き渡った。
だが、Aクラスの面々に焦りはない。
「吹き飛べ!、エア・ストーム!」
レオナの放った強烈な風魔法と、ルイスの放った高圧の斬撃が交差し、闘技場を覆っていた濃霧を一瞬にして吹き飛ばした。
濃霧が晴れ、闘技場が見渡せるようになると、ガーディアンのオスカーが、ぽつりとつぶやいた。
「クロエの時間稼ぎ、決して無駄にはしません。……フィールド・ウォール!」
オスカーが両手を前に突き出し、闘技場を横断するほどの巨大な『面結界』を正面に展開した。
「道を拓かせてもらいます」
オスカーが両手を力強く押し出し、巨大な結界と共に「ズズズッ」と前進を始めた。
結界の最下部が、闘技場の石畳を舐めながら進んでいく。
バチィッ!ボンッ!ギュインッ!
まるで巨大なブルドーザーのように面結界を押し進めることで、アルノが敷き詰めた極小のトラップルーンが次々と強制起動させられ、安全に無効化されていく。
「ボクの罠を、力技で削り取っていく気か……!」
さらにその巨大な壁は、アルノとカイルのいる空間、そしてミラとシルフィアのいる空間を、完全に真っ二つに分断してしまった。
トラップが一掃された安全な道を、ルイスとレオナが疾風のように駆け抜ける。
「さあ、行くぞアルノ!」
神速の踏み込み。
ルイスの姿がゆらめくと、一瞬にしてアルノの眼前に迫っていた。
そしてその手には、高密度の魔力オーラを纏った騎士剣が握られている。
「ルイス殿下、ここからは一歩も通しません!」
カイルがアルノの前に立ち塞がり、漆黒の大盾を構えてルイスの剣を正面から受け止めた。
ガァンッ!!
激突した瞬間、ルイスの剣を包んでいた蒼い魔力のオーラが、嘘のようにフッと消し飛んだ。
カイルの特異体質『絶対魔力耐性』が、剣に纏わせた魔力を完全に無効化したのだ。
「さすがは王家の盾、やるね…」
ルイスは嬉しそうな顔で称賛すると、剣を引くことなく、コンマ数秒で魔力の流れを切り替えた。
「なら、純粋な『力』で押し切るまでだ!」
剣にまとわせた魔力を、すべて自身の体へと回した極限の身体強化。
ドゴォォォン!ガキィィィン!
重戦車のような圧倒的な物理の連撃がカイルを襲う。
魔力が効かなくとも、人類最高値のステータスから繰り出される純粋な暴力が、鉄壁のカイルをジリジリと後退させていく。
一方、面結界で分断されたもう半分の闘技場では、レオナがミラとシルフィアに猛攻を仕掛けていた。
「ホラホラ!さっきの威勢はどうしたのっ!」
レオナは両手に持った短めの杖から、炎、水、風、氷と、属性を瞬時に切り替えながら魔法を放ち、シャドウにも劣らない体術で距離を詰めてくる。
手数とスピードによる極限の撹乱戦法だ。
「なんて動き…ほんとにマジックキャスターなの?!…狙いが定まらないわ!」
ミラが魔法を放つが、レオナは残像を残すようなフットワークでそれを紙一重でかわしていく。
シルフィアはレオナの攻撃を防ぐためタクトを振り、風と土の精霊を同時に使役して防壁を張り続けていた。
さらに、結界の向こう側でルイスの猛攻に耐えるカイルを少しでも援護しようと、精霊を結界越しに操ろうとする。
「カイル君、今援護を……くっ…!」
長時間の高度な同時使役と、壁を越えた遠隔での精霊使役。
シルフィアの顔に色濃い疲労が浮かび、肩が激しく上下し始める。
急激な魔力の消耗に、彼女の息が上がり始めていた。
「シルフィア!」
分断された面結界の向こう側で、アルノがシルフィアの危機に気づいた。
だが、闘技場を真っ二つに分断するオスカーの巨大な光の壁が、アルノの射線を完全に遮っている。
(直線上は通らない……なら、壁を越える!)
アルノは左手のエーテルガンの銃口を上空へと向けた。
シルフィアの位置、壁の高さ、重力、エーテル弾の減衰率。
出力0.01の極細の魔力を精密に操るアルノの脳内で、瞬時に完璧な放物線の軌道が弾き出される。
仲間を回復させる純粋なエーテルの弾丸。
それを壁越しの曲射で撃ち出そうとした、まさにその瞬間だった。
「アルノ君。あなたが仲間の魔力を回復できることは、ルイス殿下から聞いていますよ」
オスカーの冷静な声が響く。
オスカーは、巨大な面結界に密着させていた両手を、パッと手放した。
「結界を手から離した!?」
アルノが驚愕する。
オスカーは全神経と魔力を指先に集中させ、腕をのばしたまま両手を正面で組み合わせた。
「……アイソレート・ドーム!」
巨大な面結界がギュッと一瞬にして収縮・変形し、シルフィアをすっぽりと包み込む小さなドーム状の結界へと姿を変えた。
ガーディアンが結界を手から離し、さらに遠隔で形状を操作するなど、異常なまでの技量と集中力を要する超高等技術だ。
パシュンッ!
完璧な放物線を描き、上空からシルフィアへと降り注いだアルノの回復弾は、無情にもその淡い琥珀色のドーム結界の表面で弾かれ、光の粒子となって散っていく。
「えっ……!?」
シルフィアが結界の内側で目を見開く。
チームガレオスの戦力の要を、完全に封じられた瞬間だった。




