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【第23話】歴史を変える力と、ロイドの懸念

3つのエリアで同時多発的に起きたテロを制圧した6人。


大きく息をつき、お互いの無事を確認し合っていると、市民からの通報を受けた王国騎士団が会場へと駆けつけてきた。


今回出動してきたのは、主に新人騎士で構成されている第十騎士団だった。


その中には、今年騎士団に入団したばかりのアルノの姉、シエルたちのチームの姿もあった。



「アル君っ!?、どうしてこんなところに!?怪我とかしてない?!」



現場の状況を確認するより早く、シエルがアルノを見つけて猛スピードで駆け寄り、力強く抱きしめる。


「ちょっ、シエル姉ちゃん!苦しいってば!」


ジタバタと暴れるアルノをよそに、シエルは弟の頭の匂いを嗅いでいる。


しかし、すぐに彼女の両脇からエリシアとセレンが現れ、容赦なくシエルの腕を掴んで引き剥がした。


「シエル、ここで遊んでいる暇はありません。私たちの担当は屋内の日用品エリアですよ」


「そうですよ、シエルさん。任務を優先しましょう」


「ああっ、アルくぅーーーーんっ!」


エリシアとセレンに両脇を抱えられ、シエルは日用品エリアへと引きずられていった。


そしてその後ろを、眠ったままのウィリーを背中に乗せたピローが、優雅についてく。


その様子をカイルやミラが苦笑いしながら見送る。


その後、騎士団によって各エリアの現場検証が行われた。


被害者はミラとカルミナの応急処置により3人とも命をとりとめ、騎士団によって病院へと移送された。


気絶したテロリスト6名と、アルノたちが破壊した1体のゴーレム、そして大穴に埋められたもう1体のゴーレムの残骸は、厳重な警戒のもとで回収されていった。


アルノたち学生への事情聴取については、後日ロイド先生が代表して詳細を報告するということで、第十騎士団長と話がまとまった。


避難していた品評会の関係者たちも徐々に会場へと戻り始め、ボロボロになった展示ブースの片付けや、騎士団による被害状況の確認が慌ただしく行われている。


そんな中、ロイドは自分の両手のひらに刻まれた、2つのルーンをじっと見つめていた。


「カルミナさん……」


ロイドが静かに声をかけると、隣に立っていたカルミナも同じことを考えていたのか、ロイドの目を見つめ、静かに頷いた。


「ええ……」


2人のクラフターの胸中には、言葉にできないほどの驚愕が渦巻いていた。


アルノが『ルーン・ステッチ』によって、魔石から人間の魔力を直接回復させたという事実。


この世界では、怪我や身体の疲労をポーションを用いて回復させることはできる。


だが、魔力エーテルそのものを外部から急速に回復させる手段は存在しない。


だからこそ、持って生まれた「高魔力量・高魔力出力」が絶対の正義とされているのだ。


たしかに、アルノが以前開発した魔力譲渡マギア『エーテルリンク』も画期的な発明であった。


しかしあれは、他者から他者へ魔力を移すものであり、譲渡した側の魔力は当然減るため、2人分の魔力総量が変わるわけではない。


かつて、多くの研究者たちが魔力回復の手段を模索し、魔石からエーテルを吸収する実験も数え切れないほど行われてきた。


多少の回復結果が得られた研究もあったが、結局のところ、睡眠などの「休息」を上回る効率的な手段を見つけることはできず、実用化には至らなかったのだ。


しかし今日、アルノの『ルーン・ステッチ』がその常識を打ち破った。


出力0.01という極細の線で描かれた、数十倍以上にもなるルーンの効率アップ。


それが、魔石からの急速な魔力吸収を現実のものにしたのである。



「ルーン・ステッチ……まさか、歴史をも変えてくるとはな……」



ロイドは誰に聞こえるでもなく、ぽつりと呟いた。


「ねぇ、アルノ。この手のひらのルーン、どうやって消すの?消し方って授業でならったっけ?」


ミラが両手をこすり合わせながら、アルノに問いかけた。


アルノは少し呆れたような顔をする。


「1年の時の実習で、先生がちゃんと説明してたよ。ミラ、聞いてなかったんだね」


「えーっと、…ほら、戦闘職のワタシたちはクラフト実習がほとんどないから、ちょっと忘れちゃって……。って、カイルは覚えてるの?」


急に話を振られたカイルが、ビクッと肩を揺らす。


「な、なんでオレに振るんだよ!…と、当然覚えてるさ…でもまぁ、アルノが説明した方が、いいと思うんだ…うん…」


冷や汗を流しながら目を泳がせるカイルを見て、シルフィアがクスクスと笑った。



「うふふ……、カイル君も忘れとるんちゃうん?ウチは覚えとるで。ルーンの上から、別の特性のルーンを刻むんや。そうしたら元のルーンは干渉し合って壊れて欠けてしまう。その状態で魔力を流し続けたら、どんどん壊れて最後は綺麗に消えるで」



シルフィアの言う通り、アルノが簡単な別のルーンを上から刻み、魔力を流してみると、手のひらに描かれていたルーンはパラパラと光の粒子になって綺麗に消え去った。


「ふーん、なるほどね。つまり、ルーンを直す場合は、きっちり同じものじゃないと、逆に壊れちゃうってことね」


ミラのその感想を聞いた瞬間、アルノの目がキラリと輝いた。


「そうなんだ!ルーンの中には非常に似ている配列のものもあってね。修理屋さんがそれを間違えて上書きしてしまって、ルーンが崩壊して1からやり直しになって大赤字、なんて話もあってね。それでね、その他にも……」


「アルノ、その話はまた今度だ」


早口で語り始めようとしたアルノの頭に、ロイドの手がポンと置かれた。


「今日はみんな、本当に大変だったんだ。怪我はなくても相当疲弊しているはずだ。早く寮に帰って、ゆっくり休むこと。後のことは俺にまかせておけばいい」


完全にマニアックスイッチが入ってしまったアルノをロイドがうまく制止し、6人はボロボロになった特設会場を背に、それぞれの帰宅の途につくことにした。



ーー



数週間後。


分厚い石造りの壁と、豪奢な装飾に囲まれた王城の最も奥深く。


国の重要事項を決定するための「円卓の間」に、ロイドは立っていた。


先日のマギア品評会での爆破テロ事件に関する詳細な報告を行うため、王城へと召喚されたのだ。


巨大な円卓を囲むように、国王や宰相ロベルをはじめ、要職に就く大臣たちがずらりと顔を揃えている。


さらに武官のトップとして、王国騎士団長ヴォルガンや、国王の前でもリラックスした表情の魔導師団長リディアの姿もあった。


そして少し離れた席には、国の魔導技術を牛耳るマギア協会の重鎮たちが、気難しそうな顔でふんぞり返っている。


「国王様、おひさしぶりでございます」


ヨレヨレの白衣姿のまま、ロイドが軽く頭を下げて挨拶をすると、玉座に座る国王がとても嬉しそうに声をかけた。


「ひさしいな、ロイド。どうだ、まだ王城の開発室に来てはくれんのか?」


「すみません。もう少しだけ、見守りたいやつらがおりまして。そいつらを見送ったら、考えたいと思っております」


「そうか!お主が来てくれたらとても頼もしい。ヴォルガンたちとも連携して、さらに国の防衛が強固になるであろうな。して、今日こうして来てもらったのは他でもない。先日の事件の詳細と、お主の見解をこの場の者たちにきかせてほしい」


国王の言葉に頷き、ロイドは表情を引き締めた。


「はい。品評会でのテロは、複数のエリアで同時多発的に起きました。捕らえた暗殺者たちの所持品と証言から、彼らが明確な『殺害リスト』を持っていたことが判明しています。リストには俺も含まれており、おそらくあのテロは、品評会に集まった王国の優秀なクラフターたちを一気に排除する狙いだったと思われます」


「クラフターを狙ったテロか……」


国王に最も近い円卓の端で腕を組んでいたヴォルガンが、鋭い視線を落としながら低く呟く。


その隣で、リディアが学生時代と全く変わらない、やわらかな口調でロイドに問いかけた。


「理由はなんだと思う?ロイドちゃん」


大の大人が集まる御前会議での「ちゃん」付けに、ロイドは一瞬だけやれやれといった表情を浮かべたが、すぐに真剣な顔つきで答えた。


「クラフターを狙う理由は、大きく分けて2つしかありません。何かを『作らせない』、もしくは『直させない』のどちらかでしょう。テロリストの手口から見て、ゼルディア帝国の工作員で間違いないと思われます。ひょっとすると王国内で、俺たちが気づいていない何かの工作がすでに進んでいるのかもしれません」


ロイドの推測に、円卓の間に重苦しい沈黙が降りた。


「分かった。1週間後には同盟国ファルシア公国へ主力の出兵も開始する。国内が手薄になることも踏まえて、王都の警備を今から強化するとしよう」


国王が力強く宣言し、ロイドの報告は締めくくられた。


一息つく間もなく、宰相ロベルが手元の資料に目を落としながら、次の議題へと話を移す。


「次は、エテルニスの件じゃな。マギア協会の代表の者、説明を頼む」


「はっ」


マギア協会の代表である初老の男が、もったいぶった様子で立ち上がった。


「まず今年の春、エテルニスから3匹の魔獣が抜け出したことはご報告の通りです。我々協会の調査の結果、原因は経年劣化による巨大ルーンの『かすれ』であると判明いたしました。そして先月、再びゲートからタヌキに似た小型の魔獣が抜け出しました。幸いにもその個体はカーム(静獣)であったため、タルタロスタウンの男衆が捕獲し、騎士団へと引き渡しております」


「またしても、エテルニスから魔獣が……」


大臣の一人が、血の気を引かせて不安そうに呟く。


エテルニスは王都を守る絶対の盾だ。


それが綻び始めているという事実は、人々の恐怖を煽るには十分すぎる。


「しかし、ご安心ください。我々マギア協会では、早急にエテルニスのルーン修復を行うことを決定いたしました。かすれは決して大きなものではございません。我々の手にかかれば、すぐに修復は完了するでしょう」


代表の男が自信満々に言い切ったその瞬間、ロイドが立ち上がり声を荒らげた。


「エテルニスのルーンを修復するだって!?危険だ!あのゲートには、現在のマギア技術では解析しきれていないロストテクノロジーがたくさん組み込まれているんだぞ!」


ロイドの剣幕に対し、協会の代表は「たかが学園の教師風情が」と見下すような冷笑を浮かべた。


「何を怯えておられる。エテルニスに刻まれた『一方通行』のルーンは確かに直径20メートルと規格外に巨大ですが、術式そのものは他のタルタロスのゲートと同じデザインのものです。今回はルーンを1から刻み直すのではなく、単なる修復です。かすれた部分の上をなぞり直すだけなのですから、問題など起きようがありません」


「どうだかな……ルーンはミリ単位の精度が命なのは、あんたらだって分かっているだろう!ましてや自分の理解が完全に及んでいない古代の遺物に、安易に手を付ける恐ろしさ……俺は反対だ。実行するにしても、もっと時間をかけて徹底的に調べてからにするべきだ!」


ロイドが拳を握りしめて反論するが、協会の代表は聞く耳を持たない。


利権を独占する彼らにとって、自分たちの権威を示す絶好の機会なのだ。


「すでに魔獣が2回も抜け出しているのですよ?そんな悠長に構えている暇はありません。ご心配なく、我々マギア協会が誇る最高峰の上級クラフターたちにかかれば、あっという間に直りますよ。すでに手配は済んでおり、決行日時は来月の20日です」


「来月の20日だって!?」


ロイドが弾かれたように顔を上げ、焦ったような声を出した。


「どうしたロイド、何か都合が悪いのか?」


宰相ロベルが訝しげに問いただす。


「いえ、こちらの話です。問題ありません」


ロイドはすぐに平静を装いそう返したが、その内心はモヤがかかったように、疑念が拭えなかった。


(来月の20日といえば……3年生の最後の合同実習、つまり『クラス入れ替え戦』の当日だ。何も起きなければいいが……)


会議はそのまま解散となり、学園へと続く道を歩くロイドの胸の奥には、いつまでも黒く重い一抹の不安が渦巻いていた。


それから1週間後、ついにファルシア公国へ向けて、グラン・フォリア王国の主力兵団の出兵が開始された。


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