【第19話】見えざる刃と、すべてを見通す瞳
それぞれが自らの役割を理解し、一瞬の躊躇もなく、三手に分かれて行動を開始する。
炎と黒煙が上がる別エリアへと駆け出していくロイドたちを見送ったミラとカルミナは、すぐさまこの日用品エリアでパニックに陥っている客たちの避難誘導へと動いた。
遠くのエリアで鳴り響いた爆発音によって、この場所にいる客たちもパニックを起こし、大きな混乱を生んでいる。
「みなさん落ち着いて!慌てずに姿勢を低くして走らず、1つの出口へ集まらないで!」
カルミナの誘導の声が、日用品エリアの悲鳴や怒号にかき消される。
「ミラちゃん、右側の通路は人が殺到して危ないわ!左へ誘導して!」
「分かったわ!『ウィンド・シールド』」
ミラは特製の杖を構え、押し寄せる人波を風魔法で優しく制御する。
「なんだ?!見えない壁のようなものが…」
「みなさん、落ち着いて!左手の出口が空いています。ゆっくり移動してください!」
ミラの声により少し落ち着きを取り戻した人々が、誘導に従って移動を始める。
数分後には来客全員の避難が完了し、ミラが「ふぅ」と息を吐いたその時だった。
「…ちっ、ハズレか。出ていった中に、リストのターゲットはいなかったな」
「ああ。だが、そこにまだ残ってる小娘たちに顔を見られた。悪いが生かしてはおけないな」
無機質な声と共に避難出口の奥から、二つの影が悠然と姿を現した。
1人は剣を携えたソーサナイト(魔導騎士)、もう1人は身軽な装備に身を包んだシャドウ(斥候)の暗殺者コンビだった。
2人は日用品エリアには自分たちの標的がいないことを再確認すると、明確な殺意を向けてミラとカルミナへ歩み寄ってくる。
「一般人を巻き込んで、アンタたち何考えてるのよ!」
ミラが杖を向けて叫ぶが、ソーサナイトは答えることなく、無言で剣をかまえながらミラへと突進してきた。
「エア・バレット!」
ミラは咄嗟に杖を振り抜き、圧縮した空気の弾丸を放つ。
見えない風の衝撃が剣の腹を打ち、ソーサナイトの突進を強引に弾き返した。
「ほう、やるじゃないか…。おまえ、ただの学生じゃないな」
ソーサナイトが態勢を立て直す。
だが、ミラの背筋に冷たい汗が伝った。
「しまった!…もう1人はどこ!?……」
先ほどまでソーサナイトの隣にいたはずのシャドウの姿が、完全に視界から消え去っていたのだ。
大型の家具マギアや、展示用のパーティションが迷路のように入り組む日用品エリア。
シャドウ特有のスキル『気配遮断』を発動されれば、この障害物だらけの空間は暗殺者にとって最高の狩り場と化す。
いつ、どこから刃が襲いかかってくるか分からない状況に、ミラはジリジリと焦りを募らせていく。
「ここは俺にまかせてもらおうか……」
不気味な声が会場内に響き渡った直後、足元から突如として分厚い煙幕が吹き出し、あっという間に周囲を真っ白に染め上げた。
敵のシャドウが仕掛けた目眩ましだ。
「くっ、何も見えない……!」
「ミラちゃん!こっちへ!」
ミラとカルミナは背中合わせになり、周囲を警戒する。
視界を完全に奪われたこの状況は、気配察知能力と隠密行動に長けたシャドウに圧倒的に有利だ。
(このままでは確実に2人ともやられてしまう…)
見えない敵を炙り出すため、ミラは杖に魔力を込めかけた。
一帯を吹き飛ばす広範囲の魔法を放てば、隠れているシャドウごと仕留められる。
しかし、ここは屋内だ。
威力のある魔法を放って建物が崩れたりすれば、逃げ遅れた客が被害にあってしまうかもしれない。
さらに火災の懸念もあるため、得意の火魔法も使うことはできない。
(落ち着け、ワタシ。アルノが教えてくれたじゃない。状況に合わせて、魔法の形を変えるんだって)
ミラは覚悟を決め、アルノ特製の杖のグリップにある『可変式バルブ』を回し、出力を極限まで抑える最も安全な『ダイヤル5』にセットする。
「ミラちゃん、ここは私の『目』を信じて!」
背中合わせのカルミナが、凛とした声で告げた。
彼女はずっと右目を隠していたワインレッドの前髪をスッと耳にかけ、隠されていた瞳があらわになる。
「信じてるわ、『ステラ・スコープ(星導の透眼)』」
彼女の義眼の、黒目代わりのサファイアのような青い星の模様が、淡く神秘的な光を放ちはじめる。
カルミナは自身の首元に下がるネックレスのチェーンから、小さな音叉を取り外した。
そして、それを近くの金属製の棚に軽く打ち付ける。
コーーン……。
高く澄んだ音が、煙幕の立ち込めるエリア内に響き渡る。
「『エコースコープ』、起動」
カルミナの右目の視界で、家具や壁に跳ね返る反響音が、波紋のような光の線となって視覚化される。
障害物の形状が次々と浮かび上がる中、カルミナは何もないはずの空間に、立っている「人型の波形」2つと、しゃがんでいる1つを捉えた。
「……見つけたわ」
だが敵はソーサナイトとシャドウの二人のはずだが、捉えた人型は3つ。
おそらく、その内の1人は逃げ遅れて息を潜めている一般人だろう。
「これじゃあ、どれがシャドウか分からない」
カルミナは焦ることなく、即座に『サーモスコープ』へと切り替える。
視界が温度を示すサーモグラフィーへと変化した。
三つの人型を観察すると、その内の二つの手元に、明らかに体温より低い、冷たい「長いもの」が握られているのが見えた。
「短い武器を持った方がシャドウだわ。ミラちゃん、私のあとについてきて」
武器の長さで敵のジョブを完璧に見分けたカルミナは、ミラの手を引いて煙幕の中を歩き出した。
シャドウが音もなく移動を始めたのを確認し、カルミナはさらに『エーテルスコープ』を同時起動させる。
右目から圧縮したエーテルを照射することで、障害物の向こう側を透視しながら、敵の体温を正確に追跡していく。
「なんで正確にこっちの位置が分かるんだ!」
煙幕の中で完全に気配を消しているはずのシャドウが、自分を真っ直ぐに追尾してくるカルミナたちに気づき、あせりの声を漏らした。
シャドウは踵を返し、ミラの死角へ一気に回り込もうと加速する。
その瞬間、カルミナは自身の足元に転がっていた、タイヤのついた箱型の「お掃除用マギア」に足先で触れ、自らの魔力を勢いよく流し込んだ。
魔力の過剰供給により暴走したお掃除用マギアは、猛スピードで床を滑り、シャドウの足元へと突進する。
「なっ!?」
生物の気配察知には長けていても、無機物の突然の動きに反応が遅れる。
見えない足元をすくわれ、シャドウは大きく体勢を崩した。
「ミラちゃん、右斜め前!青いタンスの真裏よ!」
カルミナの鋭い指示が飛ぶ。
その声を受け、ミラは一切の躊躇なく杖を振るう。
ダイヤル5で極限まで出力を抑えられ、針の穴を通すように凝縮された雷の魔法。
「サンダー・バレット!」
細く鋭く絞り込まれた雷の槍が、青いタンスを真っ直ぐに貫通する。
「ぎゃあぁぁっ!」
タンスの裏に潜んでいたシャドウに見事にヒットし、感電したシャドウは白目を剥いてその場に崩れ落ち、戦闘不能になった。
(よし、今のうちに!)
シャドウが倒れた隙を突き、カルミナが会場の大きな窓を勢いよく開け放つ。
「ふきとべっ!ウインド・ストーム!」
ミラが風魔法を放ち、室内に充満していた煙幕を一気に屋外へと追い出した。
すぐに視界がクリアになり、隠れていた一般客の無事な姿も確認できる。
「クソッ、よくも!」
相棒のシャドウが倒れているのを見つけ、焦りと怒りに駆られたソーサナイトが、カルミナの背後から斬りかかってきた。
だが、カルミナは冷静に義眼の『超動体視力』で相手の動きを見極める。
高速で振り下ろされる剣の軌道が、彼女の右目にははっきりと見えていた。
カルミナはギリギリのタイミングで身をかわすと同時に、横にあった展示品の「瞬間冷却マギア(冷凍庫)」のルーンに直接触れ、過負荷をかけて起爆させた。
バシュゥゥゥッ!
強力な冷気が爆発的に噴き出し、ソーサナイトの剣を握る腕を瞬く間に分厚い氷で覆い尽くす。
「うおぉっ!?腕が、動か……っ!」
武器を振るえなくなり、完全に隙だらけとなったソーサナイトへ、ミラが容赦のない追撃を放つ。
「これで終わりよ!サンダー・バレット!」
二発目の雷撃がソーサナイトの胸板に直撃し、大男は煙を上げながらその場で気絶した。
カルミナのすべてを見通す「瞳」と、あらゆる場面で、最適な魔法を選ぶ力を身につけたミラの「精密射撃」。
完璧な連携で勝利し、逃げ遅れた一人の避難誘導も無事に終えた二人は、安堵の笑みを浮かべてパチンとハイタッチを交わした。
「まさか暗殺者が攻めて来るなんて…アルノやカイルたちは大丈夫かしら……」
「そうね、心配だわ。カイル君にはロイド先生がついてくださっているから、まずはアルノ君たちが向かった、未来エリアへ私たちも行きましょう」
ミラはカルミナの目を見ながら無言で頷くと、2人はアルノたちが向かった未来エリアへと駆け出した。




