【第18話】マギア品評会と、ロイドの想い
秋も終わり、冬の訪れを感じる休日の王都は、いつも以上の賑わいを見せていた。
中央広場に設けられた巨大な特設会場には、色とりどりのテントやパビリオンが立ち並び、多くの人々が行き交っている。
今日は王都主催のマギア品評会の開催日だ。
「わあ、すごい熱気だね!見てっ、ゲートの横に大っきなゴーレムが並んで立ってる!それに、あっちにもこっちにも見たことないマギアがいっぱいあるよ!」
目を輝かせてキョロキョロと周囲を見渡すアルノに、カイルが呆れたようにため息をつく。
「おいアルノ、あんまりフラフラするなよ。迷子になっても、この人出じゃ探してやれねえぞ」
いつもと違い軽装のカイルがオカンのように注意する横で、ヨレヨレの白衣を着たロイドが気怠げに首を鳴らした。
「先生、この品評会って賞とかもらえるんですか?」
ミラの問いにロイドが答える。
「いいや、この品評会は優劣を競うもんじゃなくてな。王都の技術発展や、クラフター同士の知識の共有を目的とした、平和な交流会だ。まあ、お前らみたいな戦闘職には少々退屈かもしれないがな」
「そんなことないです!最新の杖の補助マギアとか、見てるだけでワクワクしますよ!」
「せやね。農業用のマギアとかもいっぱい展示されてるみたいやし、ウチの領地でも役立ちそうなものがあるかもしれへん」
ミラとシルフィアも、それぞれの視点で品評会を楽しんでいるようだった。
ロイドは入口で受け取った会場マップを広げながら、目的のエリアを探す。
「さて、…武器・防具エリア、未来エリア(開発途中・コンセプトエリア)は屋外か…。日用品エリアは…あった、屋内展示場か。よしお前ら、俺についてこい」
おしゃべりをしながら会場を進み、4人は日用品エリアへと足を踏み入れた。
家庭用の照明や調理器具、掃除用マギアなどが並ぶ中、ロイドが足を止めたのは小さな展示台の前だった。
「ほら、こいつが俺の出展物だ」
ロイドが指さした先には、シンプルな卓上ランプ型の照明マギアが置かれていた。
アルノが丸眼鏡の奥で目を細めてのぞき込む。
「どうだ、アルノ。俺のルーンは?」
「先生のルーン、なんだか線の太さも不均一で、少しいびつだね。でも…この大きさって……」
アルノの率直すぎる感想に、カイルが慌ててアルノの頭を小突く。
「お前な、先生に向かって失礼だろ!」
「ははっ、いや、いいんだ。実際まだまだ修行中だからな」
ロイドの言葉に続けて、アルノが目を輝かせながら早口でつぶやく。
「カイル、これはすごいよ!通常このサイズの照明マギアなら、底面に一つだけ大きな発光のルーンを刻むのがセオリーなんだ。でも先生のルーンは、同じ発光のルーンを小さくして、3つバランスを取って刻んである。この発想は、同種のルーンを並べて刻んで出力を上げる『ルーン・ステッチ』そのものだ。それにこのサイズ、大体3センチくらいだ。先生の魔力出力でここまでサイズを絞るのは、とんでもない技術力だよ!」
ロイドは白衣のポケットに手を突っ込み、少しだけ真面目な顔つきになった。
「俺はな、王都じゃなくて貧しい田舎の出身なんだ。地元じゃ魔石は貴重で高価でな。だから少しの魔力で長持ちする低燃費なマギアを作りたくて、クラフターを志した」
ロイドの言葉に、アルノたちは静かに耳を傾ける。
「学園に入って必死に努力して、いくつか特許も取った。自分で素材を探しに行けるように、戦闘職の仲間に混じって訓練もした。しかし画期的な省エネ技術を確立することは、俺にはできなかった……」
そこでロイドは、アルノの頭をポンと撫でた。
「だからアルノ、お前の『ルーン・ステッチ』を見た時、俺は震えたぜ。『ルーン・ステッチ』の技術なら、俺が思い描いていた、魔石が少ない地方でも恩恵を受けられるマギアをきっと実現できる。お前の技術は、世界中の貧しい人たちを救う希望の光だ」
「先生……」
アルノの胸の奥が、じんわりと熱くなった。
かつて王都では認められなかった、愛するおじいちゃんの技術。
それが、遠く離れたどこかの誰かの生活を豊かにし、笑顔にするかもしれない。
職人としての誇りと期待に、アルノは右手親指の、おじいちゃんの形見の指輪をそっと撫でた。
「本当に素晴らしい着眼点だと思います」
不意に、背後から凛とした女性の声が響いた。
振り返るとそこには、少し着飾った魔導具店の主、カルミナが立っていた。
右目を隠すワインレッドの前髪が、秋の風に揺れている。
「あ、カルミナさん!見に来てたんだね!」
「ええ、アルノ君たちも。会えて嬉しいわ」
カルミナはアルノたちに微笑みかけると、ロイドの展示物に視線を移した。
「初めまして、ロイド先生ですよね。アルノ君たちからお話は伺っています。カルミナ魔導具店の、カルミナ・アマランスと申します」
「ああ、ご丁寧にどうも。ロイド・アッシュです。こいつらが、たまに入り浸ってると聞いてます。ご迷惑でしたら、容赦なく追い出してくださいね」
ロイドが気怠げに頭を掻きながら挨拶を返す。
その言葉に「ふふっ」と微笑んだカルミナは、ロイドの展示物の3つのルーンをじっと見つめ、感嘆の息を漏らした。
「このルーンの配置、相互干渉を計算し尽くした完璧なバランスです」
アルノも「うんうん」と強く頷く。
「見た目の美しさではなく、使う人のことを第一に考えた実用的で優しいマギア。私、こういう職人さんをすごく尊敬します」
カルミナはふと、目の前のヨレヨレの白衣を着たさえない男に、彼女が崇拝する伝説のクラフター、シュタール・ガレオスの面影を重ねていた。
見た目はだらしないが、その内に秘めた職人としての熱い信念と優しさ。
不意に胸がトクンと鳴り、カルミナはわずかに頬を赤らめてロイドから視線を逸らした。
「私も最近はアルノ君に影響されて、小さなルーンを刻むトレーニングをしているんです。私たちのようにアルノ君の『ルーン・ステッチ』の可能性を理解してくれるクラフターが多くなれば、本当に世界が変わるかもしれませんね」
そこから先は、3人のクラフターによる独壇場だった。
魔力伝導率の計算式や、ルーンの干渉波長といった専門用語が飛び交い、完全に3人の世界が出来上がっている。
「あーあ、アルノのやつ、完全にスイッチ入っちまったな」
「ええやん、ええやん。みて、あのアルノ君。すっごい楽しそうやん」
「ワタシたちには、ちんぷんかんぷんだけどね。でも、ロイド先生もあんな顔するんだね」
カイル、シルフィア、ミラの三人は、マニアックな談義に花を咲かせる三人から少し離れ、微笑ましくその光景を見守っていた。
小春日和の、平和で穏やかな休日。
多くの来場者たちが、それぞれ笑顔につつまれ、今日の日が良い思い出になると確信していた、その時。
ドゴォォォォォォォォンッ!!
ドガァァァァァァァァァァンッ!!
突如として、その平穏は無残に引き裂かれた。
鼓膜を破るような凄まじい爆発音が、立て続けに二度、空気を震わせた。
会場中から悲鳴が上がり、人々がパニックに陥って逃げ惑う。
「なんだ!?今のは爆発か?どこで起きたんだっ!」
カイルが叫び、周囲を警戒する。
「音の方向からして、離れた場所にある武器・防具エリアと、未来エリアの方角ね!」
カルミナが、前髪で見えない右目を細めて即座に分析する。
まだ状況を判断できない生徒たちに対し、ロイドは先ほどの気怠げな態度を完全に捨て去り、鋭い教師の顔つきへと変わっていた。
「入場時のセキュリティは万全だった。…ならおそらく、出展物に紛れ込ませた爆弾テロか……?」
ロイドは会場の出口に殺到する人波を見ながら思考を巡らす。
「お前ら、よく聞け!」
ロイドが短く、しかしよく通る声で指示を飛ばす。
「カルミナさんとミラは、ここで逃げ遅れた客の避難を頼む。俺とカイルは武器・防具エリアへ向かう。アルノとシルフィアは未来エリアの状況を確認しろ!」
「「「「はいっ!」」」」
ロイドの的確な指示に、チームガレオスの面々は力強く頷いた。
それぞれが自らの役割を理解し、一瞬の躊躇もなく、三手に分かれて炎と黒煙が上がる会場へと駆け出していった。




