【第14話】アルノの推理。崩れ落ちる信頼
「ボク、心当たりがあるんだ……」
その言葉に、全員の視線が一斉にアルノへと集まった。
「……ボクが攫われた時に、フードの侵入者の声を聞いたんだ。その声に聞き覚えがあったんだけど、あの時はひどい脱力状態で、誰の声か思い出せなかった。でも今、その声の主を明確に思い出している……」
「アルノ、本当なのか…?…誰なんだ、一体……」
カイルが身を乗り出して問う。
「フードの侵入者は女の人だった。その声の持ち主は……セリア先生だ。…もう1人の男の声はどうしても思い出せないけど……」
その答えに、セリアを知る学園の生徒たちは絶句した。
「そ、そんなわけあらへん……。あの優しいセリア先生が、帝国のスパイやなんて……」
「そ、そうよ……。きっと寝ぼけて聞き間違えたのよ。声が似てる人なんて、いっぱいいるんだし……」
シルフィアとミラは、激しく動揺して首を横に振った。
落ちこぼれのDクラスであった自分たちにも、分け隔てなく優しく接してくれたあの先生がスパイだなどと、信じたくなかった。
「確かにまだ可能性の範囲だけど、ボクがそう結論付けた理由は声だけじゃない。まず、なぜボクが攫われたのかだ。これはおそらく、ボクを洗脳して、リターンキーを複製させようと考えたからだと思う」
『リターンキーの複製じゃと?一介の学生どころか、国のトップレベルのクラフターが大勢で挑もうとも不可能じゃ。一体何を言っておるのじゃ?』
通信機の向こうから、宰相ロベルの少し呆れの混じった声がした。
「それが出来ちまうんだよ、アルノにかかっちゃな。現にオレたちは1年の時の実習で、アルノがダンジョン内の材料を使ってその場で作った自作のリターンキーで、タルタロスから出たんだ……」
『ガタンッ!』
スピーカーの向こうで、椅子が派手に倒れる音が響いた。
『な、なんじゃと……本当にリターンキーを複製したというのか……?…し、信じられん……』
常に冷静なはずの宰相ロベルが、ひどく動揺しているのが伝わってきた。
「このことを知っているのは、学内のものだけです。そして生徒たちは、この事実が国家を揺るがしかねない問題だという認識をそもそも持っていません。現にボク自身が、リターンキーをコピーできるということは他言すべきではないと、後になってから気づいたくらいですから。おそらく今現在、ボクがキーを複製できると覚えているのは、教員たちの中でも数人だと思います……」
アルノは一旦言葉を区切り、手元のカップのお茶を一口飲んでから話を続けた。
「そして今から話すことが、ボクがセリア先生を疑う一番の要因です。ミラ、シルフィア。密輸業者と戦った翌日、ボクが二人に『セリア先生たちに、なんて説明して来てもらったの?』って聞いたの覚えてる?」
「あー……うん、確かにそんな話したなー」
「うん、ワタシもその時の会話覚えてる。アルノがなんでそんなこと聞くのか不思議に思ったけど、すぐにロイド先生が来て、理由を聞きそびれたから印象に残ってるわ」
シルフィアとミラは、記憶をたどりながら頷いた。
「ギルベルト先生とセリア先生には、『密輸業者と交戦して一人を確保、もう一人は森の中で意識を失ってる』とだけ伝えてきてもらいました」
アルノの言葉に続き、シルフィアが話を繋ぐ。
「そうです。そう告げた途端に、『すぐに案内して』って言われて、そのまま現場まで急いで移動したんです」
「何か今の話でおかしいところがあるのか?アルノ」
カイルが首を捻りながら問う。
「ボクが違和感を持ったのはこの後だ。森の中に残してきた男をギルベルト先生が探しに行ったあと、セリア先生はボクたちにこう言ったんだ。『ギルベルト先生に傷をつけられるシャドウはいないわ。さぁ、みんな学園へ戻りましょう(2章20話参照)』ってね。ボクたちは、森で気を失っている男がシャドウだったなんて、一言も言ってない。なぜセリア先生は、密輸業者のジョブを知っていたんだい?」
アルノの静かな推理に、皆が驚愕し息を呑んだ。
セリアが帝国のスパイであるかもしれないという事実よりも、何気ない相手の言葉の矛盾を聞き流さず冷静に分析し、あらゆる可能性から真実を導き出すアルノの驚異的な観察眼に、恐ろしさすら感じていた。
「アルノ…あんた、そんな以前から……」
ミラとシルフィアはあの時の質問の意図を知り、言葉を失った。
ーー
長い沈黙が流れた。
その沈黙は、誰もがセリアがスパイだという可能性に、疑う余地がないことを暗に示していた。
「どうやら、その可能性は高そうだね……」
アイマスクを目に乗せたまま座席に深く腰掛けていたウィリーが、初めて口を開いた。
どうやらずっと起きて聞いていたらしい。
「で、これからどうするの、ヴォルガンちゃん?どうやら帝国は、王国も視野に入れているようよ?」
リディアが事態の深刻さを推察する。
『いや、いくら強大な帝国でも、このグラン・フォリア王国とファルシア公国を同時に相手は出来ないでしょう。おそらくこれは、王国の主要部隊を国内に留めて、ファルシアへ援軍を出させないための陽動かと思われます。今後の行動は慎重に検討する必要がありますな』
宰相ロベルが、冷静さを取り戻して分析する。
『とりあえず、そのセリアという教員に直接事情を聞こう』
ヴォルガンが事件の早期解決に向け提案をする。
『確か、3年生の担任も現在は夏季休暇を取っているはずです。休みの教員を不自然に呼び出して事情聴取をするのは、相手にこちらの動きを掴まれるおそれがあるでしょう。休みが明けて、学校に来たタイミングで極秘に事情を聞くのがよいかと』
ルイスの的確な提案に、スピーカーの向こうで同意の空気が流れた。
『よし、それではそのように取り計らえ。そして、今日の話は皆、絶対に内密にするのだ。帝国の動きに関しての対応は、また会議を経て決定しよう。皆、今日は大儀であった』
国王の重々しい言葉で、長い通信会議の幕が降りた。




