【第12話】アルノを取り戻せ!魔法師団長の実力
馬車の隊列の真正面、砂埃が舞う街道にふわりと降り立ったリディア。
その彼女をキャラバンの男たちが険しい目つきで睨みつけていた。
「おいおい、お嬢ちゃん。今なら見逃してやる。怪我をしたくなかったら、とっとと失せな」
キャラバンのリーダー風の男が、腰の剣に手を当てながら、低くドスを効かせた声で脅しをかける。
しかし大きな魔女帽子を被ったリディアは、全く怯む様子もなく、可愛らしい笑顔のまま小首を傾げた。
「あなた達が盗んだものを、素直に返してくれるなら、私が見逃してあげるわ。ねぇ、帝国の皆さん」
その言葉が響いた瞬間、男たちの顔色が一変した。
ただの盗賊や野盗ではなく『帝国』という言葉が彼女から出たことで、彼らの中に明確な殺意が膨れ上がる。
「……どうやら、生きて帰すことはできねぇみたいだな」
リーダー風の男が舌打ちをし、周囲の仲間たちへ顎で合図を送った。
「へっ、どうする?誰か一人、あのアマを黙らせたいやつはいるか?」
男がニヤリと笑いながら周囲に声をかけると、数人の男が下品な笑い声を上げながら武器を抜こうとした。
そんな彼らを見て、リディアは困ったように小さくため息をついた。
「まぁ、数人で私に勝つつもりなの?どうせなら全員でかかってくれば?」
彼女の挑発的な言葉に、男たちは腹を抱えて笑い出した。
「はははっ!こいつ、俺達のことを本当にただの商人だと思ってやがるぞ!」
「小娘一人が調子に乗りやがって!」
男たちが嘲笑する中、リディアは冷静な視線を彼らの装備や立ち姿へ向け、淡々と口を開いた。
「ふふ、あなたはソーサナイトね。そこの影に潜もうとしているあなたはシャドウかしら?他は、ナイトが4人、シャドウがもう1人で計2人。それからヘビーナイトが1人、マジックキャスターが3人に、ガーディアンが1人ね。……あとは、馬車の中にまだ4人隠れているわね」
ピタリと、男たちの笑い声が止まった。
「こいつ!なんで俺達のジョブや人数を……!」
動揺する男たちへ、リディアは笑顔のままトドメを刺す。
「はぁ……腰の装備に、姿勢と重心で丸わかりよ。これで分かったでしょう?全員でこないと、私には到底勝てないわよ?」
その絶対的な自信と的確な分析に、ただの小娘ではないと悟ったリーダーの男が「全員、武器を構えろ!馬車の中の奴らも出ろ!」と叫んだ。
その号令に合わせ、荷馬車の中から潜んでいた4人の男たちも次々と飛び出し、武器を構えてリディアの前に立ちふさがる。
リディアの狙い通り、16人全員が馬車の外へ出て、完全に彼女一人に意識を釘付けにした瞬間だった。
その後方、敵の視界の完全な死角となっている二台目の馬車の影に、シエルとシルフィアが音もなく滑り込んだ。
ウィリーがソナーで捉えた通りなら、この真ん中の馬車にアルノが乗せられているはずだ。
「行くわよ…」
シエルが音を立てずに幌をめくり、二人は馬車の荷台へと潜り込んだ。
薄暗い荷台の奥。そこには、乱雑に積まれた木箱の間に、手足を縄で縛られ、ぐったりと横たわるアルノの姿があった。
「アル君!」
シエルが弾かれたように駆け寄り、アルノを抱き起こす。
シルフィアがすぐさまアルノの顔を覗き込み、耳元のハルモニアを通じて精霊に問いかけた。
「……よかった、睡眠薬で深く眠らされてるだけみたいや。傷もあらへんよ」
その報告を聞いた瞬間、張り詰めていた緊張の糸が解け、アルノの頬に姉の温かい涙が1粒落ちた。
最愛の弟を奪われた怒りと絶望、そして無事に取り戻せた安堵がシエルに押し寄せた。
「……よく頑張ったわね、アル君」
シエルは弟の頭を一度だけ優しく撫でると、深呼吸をして縄を剣で素早く切断した。
そして顔を上げた時、彼女の表情からは先ほどの涙の痕跡は消え、再び冷徹で誇り高い騎士の顔へと戻っていた。
「運び出すわ。シルフィアさん、手伝って」
「はいっ!」
二人は意識のないアルノをしっかりと抱え、ウィリーとピローが待つ森の木陰へと素早く撤退した。
「よかった……無事だったんだね」
ウィリーがアイマスクをずらし、ホッと胸を撫で下ろす。
無事にアルノを奪還できたことに喜びを爆発させそうになるシルフィアだったが、すぐにハッと街道の方を振り返った。
「アルノ君は無事に取り返したし、はよリディアさんの援護にいかんと!相手は16人の手練れなんやろ!?」
焦るシルフィアがタクトを構えて駆け出そうとするが、シエルがその腕をガシッと掴んで止めた。
「大丈夫よ、シルフィアさん。私たちはかえって邪魔になるわ」
「えっ?でも……」
「大丈夫。ここは、リディア様にすべてお任せしましょう。……あの御方の戦いを、その目に焼き付けておきなさい」
シエルのその言葉に、シルフィアは息を呑んで街道へと視線を戻した。
街道では、16人の工作員たちが一斉にリディアへと襲いかかろうとしていた。
前衛のナイトたちが剣を振りかざし、後方のマジックキャスターが魔法の詠唱を始める。
絶体絶命に見えるその状況で、リディアは優しく微笑んだまま、ゆっくりと右手の杖を前に突き出した。
「それじゃあ、少しだけお仕置きの時間よ…」
杖の先端には、彼女の瞳と同じ、美しく澄んだピンク色の大きな魔石がはめ込まれている。
「反転しなさい……『マグネ・フォース』」
ピンク色の魔石が淡く輝くと同時に、リディアの体が重力を失ったようにふわりと宙へ浮き上がった。
さらに周囲の小石や砂粒までもが共鳴するようにカタカタと震え、空中に浮かび上がり始めた。
「な、飛んだぞ!?」
「ひるむな!、叩き落とせ!」
斬りかかろうと地面を蹴ったナイトやシャドウたちを見下ろし、リディアは優雅に杖を振るう。
「まずは、その物騒なものを片付けましょうか。『マグネ・リパルション』」
杖の先が強く輝いた瞬間、強烈な磁力の暴風が吹き荒れた。
男たちが固く握りしめていた鋼の剣が、まるで自身の意志で持ち主を拒絶したかのように凄まじい反発力を生み出す。
「うおっ!?剣が勝手に!」
「ぐぁあっ、腕が持っていかれる……!」
抗おうとした男たちの手を引き剥がし、十数本の剣が一斉に宙へ弾き飛ばされた。
そしてそれらは恐ろしい速度で後方へ吹き飛び、街道脇の大木の幹に深々と突き刺さった。
ガイィィィンッ!!
「ひぃっ!…リディアさん、ウチらがここにおるの気づいとらんわ…。って、シエルさん、どしたん……?」
「…少し…いやな予感がします…」
武器を失い狼狽する前衛たちをよそに、後方に控えていたマジックキャスターたちが、一斉に詠唱を完了させる。
「剣がなくとも攻撃手段はいくらでもあるっ!食らえっ!」
巨大な火球と、鋭く尖った無数の氷の槍が、宙に浮くリディアに向かって嵐のように押し寄せた。
直撃すれば原型も留めないほどの多重攻撃。
しかし、リディアの微笑みは崩れない。
「『アイアン・スフィア』」
間髪入れずリディアが唱えると、周囲の地面から大量の黒い砂鉄が舞い上がり、彼女をすっぽりと包み込む巨大な黒い球体を作り上げた。
直後、炎と氷が球体に直撃し、凄まじい爆発音と共に猛烈な水蒸気と熱風が吹き荒れる。
だが爆風が晴れた後には、まるで何事もなかったかのように、傷一つ無い黒い球体が浮かんでいた。
「……嘘だろ。あれだけの魔法をくらって、無傷だと……?」
「さぁ、終わりにするわね」
驚愕する工作員たちの耳に、球体の中から冷徹な声が響く。
魔法の猛攻が止んだ一瞬の隙を突き、リディアは自ら球体を解いた。
サラサラと崩れ落ちる砂鉄が地面に届くより早く、彼女の杖が眩い光を放つ。
「『アイアン・ハンド』」
宙を舞っていた膨大な砂鉄が、凄まじいうねりとなり、一本の巨大な黒い腕へと形を変えた。
それは固い岩盤ですら粉砕しそうなほどの、圧倒的な質量を誇っていた。
巨大な腕は逃げ惑う工作員たちを逃さず、大地を深く抉りながらまとめて薙ぎ払い、地面へと押し潰す。
「ぐぁっ……!」
「ば、化け物か!……」
リディアが、軽く杖を振り上げると、黒い腕は再び砂鉄の形となり霧散する。
「じゃあ、これでおしまいね、『アイアン・ケージ』」
リディアの言葉とともに、砂鉄は無数の槍に形を変え、男たちの周りに突き刺さり、一瞬にして黒い檻が完成した。
そしてその数分後には、帝国が放った十六人の精鋭全員が、砂鉄が硬化した重い手枷と足枷で身動きを封じられ、無様に地面に転がされていた。
「…う…嘘やろ…。あれが、魔導師団長……」
遠くから戦闘の様子を見ていたシルフィアは、そのあまりにも規格外の強さに、完全に呆気にとられていた。
リディアの元へ、シエルとシルフィア、そしてピローに乗ったウィリーが合流する。
シエルの腕の中には、まだスースーと寝息を立てているアルノがいた。
全員が無事であることに、リディアも優しく微笑んだ。
しかし、シエルは周囲の状況を見渡し、静かに口を開いた。
「リディア様。私、戦闘前に『どうかお気をつけて』と言いましたよね?」
「え?私はかすり傷一つないわよ?」
リディアがきょとんとして首を傾げると、シエルは大きくため息をついた。
「違います!『周りに気をつけて』という意味ですよ!」
シエルに言われてリディアが改めて周りを見回すと、馬車が通るはずの街道は、巨大な手でえぐられ、無数の槍が突き刺さり、地面は穴だらけのデコボコ状態になっていた。
この状態では当分まともに、馬車は走ることはできなさそうだ。
「あ、あら、…ちょっと張り切りすぎたかしら…。えーっと、…それより早く帰りましょう、うん。騎士団に連絡してこの人たちを引き渡さないといけないし。ほらほら早く」
誤魔化すようにパンパンと手を叩くリディアに促され、5人と1匹は帰路につくことになった。
アルノは、シエルが乗る早馬の前に一緒に乗せられた。
朝日が完全に昇りきり、温かい日差しが森を照らし始める頃、馬の揺れの中でアルノはゆっくりと目を覚ました。
「…んんっ……」
「あ、アル君、気がついた?」
頭上から聞こえた懐かしい声に、アルノはハッと目を見開いた。
見上げると、そこには手綱を握るシエルの顔があり、周りを見ればシルフィアやウィリー、そしてリディアが笑顔で並走している。
アルノは自分が助け出されたことを理解し、驚きで目を丸くした後、ふっと安堵の笑みを浮かべた。
「……おはよう、シエル姉ちゃん。みんなも」
「おはよう、アル君。まったく、無茶ばかりして」
「うん……でも、きっとみんなが助け出してくれると信じてた。ありがとう」
アルノの真っ直ぐな感謝の言葉に、シエルは少しだけ照れくさそうに視線を逸らし、シルフィアたちは嬉しそうに微笑み返した。
そして5人と1匹は、エーテリス家へと向けて、木漏れ日の中を駆け抜けて行った。
ーー
太陽が真上を少し通り過ぎた頃。
シエルたち一団は、無事にエーテリス家の屋敷へと到着した。
屋敷前で待ち続けていたカイルとミラ、そしてエルウィンが、アルノたちの姿を見つけるなり弾かれたように駆け寄ってくる。
「「アルノッ!!」」「アルノ君!!」
馬から降りたアルノにカイルが飛びつき、その大きな腕で力強く抱きしめた。
「カ、カイル、苦しいよ……」
「お前っ……無事でよかった……!ほんとに、よかった……!」
カイルの目には、大粒の涙が浮かんでいた。
「アルノ、腹がへったろう。さあ、みなさんもこっちへ」
カイルに導かれた中庭の大きなテーブルには、山盛りの料理が並べられていた。
高く積まれたサンドイッチ、大皿に盛られた大量の目玉焼きと山のようなサラダ、そして巨大な皿に溢れんばかりに積まれたウインナー。
どう見ても5人分をはるかに超える、ものすごい量の朝食だった。
「お前が遅いから……もう朝メシがさめちまったぞ……」
涙を拭いながら文句を言うカイルに、ミラが呆れたようにツッコミを入れる。
「カイル、いくらなんでも作りすぎよ!これ何十人分あるのよ!」
「うるせぇ!帰ってきたら腹いっぱい食わせてやろうと思ったんだよ!」
泣き笑いながら言い合う二人の姿を見て、アルノはたまらず吹き出した。
シルフィアもシエルも、リディアたちもつられて笑い出す。
「はぁー、まあいっか。さぁ、みんなで朝ゴハン、…いや、お昼ゴハンを食べましょう!」
ミラの明るい声に、全員が力強く頷いた。
ゼルディア帝国の陰謀は、グラン・フォリアにも迫りつつあるのだろうか。
しかし今日だけはこの温かい食卓を囲み、みなが無事に生還できた奇跡と、仲間の絆を全員で心から分かち合うのだった。




