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【第11話】援軍との合流。夜明けの森を駆け抜けろ!

意識が、深い水底を漂うようにぼんやりと霞んでいた。


腹に食い込む硬い感触と、規則的で荒々しい揺れ。


アルノは自分が誰かに担がれ、森の中を猛スピードで運ばれていることを微かに感じ取っていた。


魔力枯渇による極度の脱力で、指先はおろか、まぶたを開くことすらできない。


やがて揺れが止まり、ドサリと乱暴に地面へ下ろされた。


周囲には複数人の気配と、馬が鼻を鳴らす音、そして車輪が軋むような音が聞こえる。


おそらく、荷馬車を用意したキャラバンを装う一団と合流したのだろう。


野太い男の声が、アルノの顔を覗き込むようにして言った。


「こいつが例のガキか?ほんとに女みたいな顔してるな」


その直後、足音を立てて近づいてきた別の人物が、男に命じる。



「くれぐれも丁重にあつかってね。文字通り、この子は大切な『鍵』なんですもの。ラクリマは残念だったけど、この子の方が大きな収穫だわ。それじゃあ、あとはまかせたわよ…」



それは凛とした、しかしどこか冷酷さをはらんだ女の声だった。


その後、離れたところから女に歩みより、声をかける男の動きを感じる。


「…やっと、手に入りましたね……それでは我々は行くとしましょうか……」


そしてやがて、草を踏む2つの足音が次第に遠ざかり、立ち去っていく気配がした。



(……フードの侵入者は、女の人だったのか…。それに、今の2人の声……)



アルノは混濁する意識の中で必死に思考を回そうとした。



(…どこかで聞いたことがあるような…気が…する………)



だが、ひどい疲労と睡魔が思考を強引に遮断し、アルノ意識は再び深い水の底へと沈んでいった。



ーー



午前4時。


西のエーテリス領、その広大な敷地の空は、まだ冷たい夜の気配に包まれていた。


カイル、ミラ、シルフィア、そして傷の処置を終えたエルウィンの4人は、すでに中庭で出立の準備を整えていた。


カイルが肩当ての留め具を確認し、ミラがポーションの小瓶をいくつもバッグに詰め込んでいる。


夜明けと共に追跡を開始できるよう、少しでも早く動き出すための準備だった。


その時、静寂を破って屋敷へと続く小路から、地響きのような激しい蹄の音が近づいてきた。



「来たで!騎士団からの援軍や!」



シルフィアが声を上げると、全員が慌てて中庭から屋敷前へと飛び出した。


そこに滑り込んできたのは、息を切らした二頭の早馬と、巨体を揺らす猫型ファントムのピローだった。


王城から夜通し早馬を乗り継ぎ、一睡もせずに駆けつけてくれたのだ。


馬から降り立ったのは、アルノの姉であるシエル・ラインハルト。


そしてピローの背からは、アイマスクを額にずり上げたウィリーが身軽に飛び降りる。



「シエル先輩!ウィリー先輩!」



カイルとミラが駆け寄ろうとしたが、シエルの姿を正面から見た瞬間、思わずその足がピタリと止まった。


「状況は父から聞いたわ。アル君を連れ去った敵は、国境へ向かっているのね……」


シエルの口調は普段通り冷静で、声のトーンも落ち着いていた。


しかし最愛の弟を攫われた姉の静かな怒りは、凍りつくような殺気を放ち、彼女の周囲だけまるで冬にでもなったかのように感じられた。


彼女の表情は平坦だが、明らかに修羅がそこにいた。


「……っ」


ミラは密かに肩を震わせ、カイルと一緒にさりげなく一歩後ずさる。


下手なことを言えば、敵の前に自分たちが切り捨てられそうなほどの気迫だった。



「ごきげんよう。みんな、随分と危ない目に遭ったみたいね」



ピリついた空気を和らげるように、もう一頭の早馬からふわりと小柄な女性が降り立った。


年の頃は20歳くらいだろうか。


薄いピンクのふんわりとしたウェーブヘアに、大きめの魔女帽子を被り、ピンク色の魔石がはまった、いかにも高級な杖を持った、おっとりとした可愛らしい女性だ。


彼女はシエルの横に並び、ニコリと微笑む。



「初めまして。私はリディア・アークライト。ヴォルガンちゃんからのたっての頼みということで、駆けつけさせてもらったわ」



その名前を聞いた瞬間、ミラが素頓狂な声を上げてひっくり返りそうになった。



「り、リディア・アークライトォォ!?そ、それって、現魔導師団の、団長様じゃないですかっ!」


「ふふっ、そうよ。よろしくね」



リディアは柔らかく微笑んだ。


見た目が若すぎるため信じられないミラだったが、彼女から感じる底知れない魔力は、間違いなく頂点に立つ者のそれだった。


援軍が到着したことで、早急に追跡部隊の編成が行われた。


敵は馬を使って移動している可能性が高く、速さが何よりも命となる。


そのため重装備で足の遅いカイル、体力的に馬の連続騎乗が厳しいミラ、まだ足に不安の残るエルウィンは、屋敷に残ることが決まった。



「今回は機動力が最優先ね。まずシルフィアちゃんがウィリーちゃんと一緒に、ピローちゃんに乗りましょう。精霊魔法と、ピローちゃんの嗅覚、ウィリーちゃんのソナーで痕跡をたどってほしいわ。そして私とシエルちゃんは早馬でその後を追いましょう」



リディアの提案に、シルフィアたちが静かに頷く。


カイルとミラは同行できない悔しさを奥歯で噛み殺しながらも、アルノの救出を彼女たちに託すことを決めた。


出発の間際、カイルはシルフィアたちに向けて、力強く笑って親指を立てた。



「任せたぞ!オレたちは5人と1匹分の、最高の朝メシを作って待ってるからな!」


「そうよ!冷める前に帰ってきなさいよ!」



ミラも杖を握りしめて叫んだ。


必ずアルノを連れて帰って来ると信じている、彼らなりの絶対の信頼を込めたエールだった。



「任せとき!ウチらの大事なリーダー、絶対に返してもらうねんから!」


「もちろんよ、私のアル君は必ず連れて帰るわ!」



午前4時半。


東の空がわずかに白み始め、夜の気配が薄れゆく中、4人と1匹は夜明けの森へと一直線に駆け出していった。



ーー



朝霧が立ち込める薄暗い森の中を、馬の蹄の音とピローの軽やかな足音が駆け抜けていく。


木々の間から差し込む朝日が、少しずつ森の様相を明らかにする。


先頭を走るピローの背で、シルフィアは耳元のハルモニアに意識を集中させていた。



「こっちやて!木の根元にエーテルの雫が落ちてるって、土の精霊さんが教えてくれてる!」



アルノが気を失う直前に仕掛けた、敵のブーツに刻まれた追跡のルーン。


そこからこぼれ落ちる微小な魔力の痕跡を、精霊たちの声を頼りに確実に辿っていく。


だが敵も足跡を消すことにぬかりはない。


水場を渡ったり、岩場を下ったり、時折その魔力の痕跡が途切れることがあった。



「……痕跡が消えたんだね…。ピロー、出番だよ」



ウィリーがピローの首元を優しく撫でると、巨大な猫型ファントムは鼻先を地面に近づけ、フンフンと匂いを嗅いだ。


ピローは「にゃおーん」と短く鳴くと、迷うことなく方向を微修正して再び駆け出す。


精霊による、かすかなエーテルの追跡と、ファントムの鋭い嗅覚によるカバー。


この二つの合わせ技により、アルノの足跡を見失うことなく、完璧に追跡を続けることができていた。


しかし、敵も夜明けと共に移動速度を上げているのか、その背中はなかなか見えてこない。


森の中を疾走し始めてから、すでに4時間近い時間が経過していた。



「馬の息が上がってきているわ……。ポーションを使うわよ」



シエルたちは一度立ち止まり、カイルから受け取っていた体力回復のポーションの小瓶を取り出し、早馬に飲ませる。


疲労の色が見え始めていた早馬たちは、再び力強い足取りを取り戻した。


シエルの瞳は、瞬きを忘れたかと思うほどの鋭さで前方を睨みつけ、手綱を握る手には固く力が込められていた。


全身から立ち上る冷たい殺気は、走り続ける中でも少しも衰えることはない。


そしてさらに森の奥深くへと進んだ時だった。


アイマスクを額にずり上げ、広域のエーテルソナーを展開し続けていたウィリーが、ふと顔を上げた。



「……捉えたよ。この先、約1.5キロメートル。ちょうど森を抜けた街道筋だね」



ドーム状ではなく、前方方向に収束させたウィリーのエーテルソナーの索敵範囲は、数キロ先まで見通していた。


ウィリーの静かな報告に、全員の顔に緊張が走る。



「馬が6頭、それに人間が16…いや17人。……間違いない、キャラバンを装った馬車が3台走ってる。そのうちの真ん中の馬車に、一際小柄な人の輪郭を感じる」


「それ、絶対にアルノ君や!」



シルフィアが叫ぶ。



「よし、一気に距離を詰めるわよ」



リディアの言葉に、シエルが早馬の腹を蹴り、ピローもそれに合わせて速度を限界まで引き上げる。


木々がまばらになり、視界が開けたその時、前方に巻き上がる土煙と、3台の荷馬車の後ろ姿をついに捉えた。



「ついに見つけたわ…あんたたち、明日の太陽は拝めないわよ……」



シエルの声が一段と低くなる。


彼女は手綱から片手を離し、腰の騎士剣の柄に手をかけた。


今すぐにでも馬を飛ばし、敵の首を跳ね飛ばさんばかりの修羅の気迫だ。


だがそのシエルに、並走していたリディアが優しく、しかし有無を言わせぬ声で制止した。



「はい、シエルちゃん、少し待ってね」


「リディア様……?待っているような暇は……」


「戦闘は私にまかせて、あなたたちはアルノちゃんの救出に専念して」



リディアはおっとりとした口調のまま、可愛らしい笑顔でそう告げた。



「敵はアルノちゃんを除いて16人。まともにぶつかれば乱戦になって、アルノちゃんに危険が及ぶかもしれないわ。だから、私が正面から派手に挨拶して、敵の意識を全部前方に釘付けにするわ」



リディアの提案の意図を瞬時に理解したウィリーとシルフィアが頷く。



「なるほど。リディアさんが前で気を引いている隙に、ウチら3人は後方に控えて、死角からアルノ君の乗る真ん中の馬車に忍び込むんですね」


「ええ、そういうこと。友人の息子ちゃんを攫われたんだもの。私からも少しだけ、お灸をすえてあげないとね」



3人はリディアの笑顔の奥に、底知れない圧倒的な魔力の奔流を感じた。



「……わかりました。リディア様、どうかお気をつけて…」



シエルはアルノの安全を最優先にすることを決め、剣から手を離し、馬の速度をわずかに緩めた。


ピローもそれに同調し、馬車の最後尾から十分な距離を保って、森の木陰へと気配を潜めた。


それを見届けたリディアは一人、早馬の速度をさらに上げた。



「さぁて、それじゃあ少しだけ、派手に行きましょうか」



リディアの乗る馬が、最後尾の馬車をあっという間に追い抜き、驚く御者たちを置き去りにして先頭の馬車へと並びかける。



「なっ、なんだあの馬は!?」



キャラバンの男どもが怒号を上げる中、リディアは先頭の馬車のさらに前方へと躍り出た。


そして、馬の背からふわりと羽のように軽やかに跳躍する。


彼女の体は空中で美しい弧を描き、走る3台の馬車の真正面、街道のど真ん中へとふわりと着地した。


突然目の前に降り立ったピンク色の髪の女性に驚き、先頭の馬が激しく嘶いて前足を高く跳ね上げる。



ズザァァァァァッ!!



御者が慌てて手綱を引き絞り、車輪が激しい摩擦音を立てながら土煙を上げて急停止した。


前方の馬車にぶつかりそうになり、後続の2台も次々と急ブレーキをかけ、馬車の隊列は完全にその進行を止められた。



「な、何だてめぇ!危ねぇじゃねえかっ!」



荷馬車の中から一斉に男たちが現れ、ただ一人で馬車の前に立ち塞がる小柄な女性を睨みつける。


土煙が晴れる中、大きな魔女帽子を被ったリディアは、全く悪びれる様子もなく、ふんわりと微笑んでいた。



「ごきげんよう。ちょっと大切なものを探しに来たのだけれど……大人しく返してくれるかしら?」


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