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【第6話】唐草模様と、未来への一撃

グラウンドでは、合同訓練の最終科目が始まっていた。


的はこれまでとは違い、魔法耐性の高い特殊な鉱石でコーティングされた巨大な防壁だ。


Bクラスの優秀な生徒たちが次々と魔法を放つが、表面を少し焦がす程度で傷一つつけられない。


「甘い甘い! お前らの魔法は威力が分散してるんだ! もっと一点に集中させろ!」


バルガスが檄を飛ばす中、列の最後尾に並んでいたミラが、ゆっくりと前に進み出た。


その手には、アルノによって「特別製」に生まれ変わった安物の太い木杖が握られている。


「おい、あいつ帰ってきたぜ」


「さっきの爆発で懲りてないのか? 今度は防壁じゃなくて俺たちに飛んでくるかもしれないぞ」


Bクラスの生徒たちが露骨に嫌な顔をして後ずさりする。


Dクラスの生徒たちも息を呑んで見守る中、あくびをしながら眺めていたロイドだけが、ミラの持つ杖の変化に気づいて目を細めた。


(あの杖……さっきまではただの丸太だったが、柄の部分にうっすらと唐草模様が浮かんでるな。あれは……アルノの仕業か?)


「ふん、フォルテシモ家の娘。泣いて逃げ帰ったかと思ったが、まだやる気はあるようだな。いい根性だ!だが、また暴発させるようなら今度こそ訓練は中止だ。周囲の安全が第一だからな!」


バルガスの厳しい言葉に、ミラはこくりと頷いた。


その手は震えていたが、不思議と心は落ち着いていた。彼女の脳裏には、用具倉庫の裏でふわりと微笑んだアルノの言葉がリフレインしている。



『ボクのルーンを信じて。さあ、もう一度グラウンドに戻って、みんなを驚かせてやろうよ』



(信じる。アルノのルーンステッチを……!)



ミラは杖を両手でしっかりと構え、的を真っ直ぐに見据えた。


そして、自分の中に眠る膨大な魔力を、一切の躊躇なく杖へと流し込む。


「……っ!」


周囲の生徒たちが反射的に身構え、耳を塞いだ。またあの恐ろしい暴発が起きる。


誰もがそう確信した瞬間だった。



淡い光が、ミラの杖を包み込んだ。



無骨な木目の上に浮かび上がった極小ルーンの唐草模様が、エーテルの流れに反応してぼんやりと白っぽく発光する。


本来なら杖の容量を超えて暴れ狂うはずの過剰な魔力が、柄に刻まれたアタッチメント(出力抑制陣)を通り、キラキラとした美しい光の粒子となって杖の周囲へ安全に排出されていく。



「なんだ、あれは……綺麗だ……」



誰かがポツリと漏らした。


暴風のような魔力は完全に制御され、杖の先端には一点の淀みもない、極限まで圧縮された高密度の炎が形作られていく。


今まで自分が扱ってきた荒れ狂う炎とは全く違う、静かで、圧倒的な熱量を持った力。


ミラは初めて、自分の魔力を完全に『掌握』している感覚を味わっていた。



「いくわよ……っ、ファイヤー・バレット!!」



ズドォォォォンッ!!



というような下品な爆発音は鳴らなかった。


ピシュゥゥゥゥッ!!


空気を切り裂くような鋭い音と共に放たれたのは、細く、どこまでも真っ直ぐに伸びる真紅の光線だった。


それはBクラスの生徒たちが束になっても傷つけられなかった特殊鉱石の防壁に音もなく着弾し、 次の瞬間。



ズパアァァァァァンッ!!!



防壁の中心を綺麗な円形にくり抜いて、後方で霧散した。


あまりの威力と静けさに、グラウンドを風が吹き抜ける音だけが響く。



「……え?」



一番驚いていたのは、魔法を放ったミラ本人だった。


先端から細い煙を上げる杖を持ったまま、彼女はポカンと口を開けて、綺麗に穴の空いた巨大な防壁を見つめている。


グラウンドは、水を打ったように静まり返っていた。


先ほどまで「落ちこぼれ」と嘲笑していたBクラスの生徒たちは、誰一人として言葉を発することができず、ただ唖然とミラの杖と、防壁に穿たれた綺麗な円形の穴を交互に見比べている。



「ば、馬鹿な……」



バルガスが、震える声で沈黙を破った。


「あの特級硬度の防壁を、しかも基礎魔法のファイヤー・バレット単発で貫通しただと? 一体どれほどの魔力を一点に圧縮すればこんな……」


「……できた。ワタシ、ちゃんと魔法を……」


ミラは震える両手で杖を握りしめたまま、その場にへたり込んだ。


丸太のような安物の木杖は、先ほどの規格外な魔法を放ったにもかかわらず、焦げ目一つついていない。


柄の部分に刻まれたうっすらとした唐草模様が、役目を終えるように静かに光を失っていった。


「すごいやん、ミラちゃん!」


いち早く我に返ったシルフィアが駆け寄り、ミラの手を力強く握りしめた。


カイルも興奮した様子で駆け寄り、


「あんな魔法、見たことねえぞ! まるで熟練のマジックキャスターの狙撃じゃねえか。お前、本当はすげえ天才だったんだな!」


とまくしたてる。


二人の心からの賞賛に、ミラはポロポロと大粒の涙をこぼした。


ずっと彼女を縛り付けていた「一族の恥」という呪縛が、音を立てて崩れ去った瞬間だった。



「ごほん! ……み、見事だ、ミラ・フォルテシモ! 威力、精度、全く申し分ない。さすがは名門の血筋だな。これなら上位クラスにも十分通用するぞ!」



露骨な手のひら返しでバルガスが高らかに宣言する。


Bクラスの生徒たちも、もはやミラを笑う者などおらず、羨望と畏怖の混じった視線を向けている。


(あのルーン、余剰魔力をエーテルの粒子として外へ逃がすことで、木杖の許容量を守りつつ、魔法の精度を極限まで高めたってことか)


ロイドは無精髭を撫でながら内心で舌を巻いていた。


(底知れねえガキだぜ……)


ロイドの視線の先、グラウンドの隅の木陰では、アルノが木に寄りかかりながらのんきに手を振っていた。


訓練が終わり、解散となった直後。


ミラはカイルたちの制止も聞かず、真っ直ぐにアルノの元へ駆けていった。


「アルノ……っ!」


「お疲れ様、ミラ。すごく綺麗で、かっこいい魔法だったよ」


アルノがいつものように涼しい顔で微笑むと、ミラは杖を両手で胸に抱きしめ、深く頭を下げた。


「ありがとう……。あなたが、この杖に魔法をかけてくれたおかげよ。ワタシ、もう自分の魔法が怖くない。もう、落ちこぼれなんかじゃないわ」


「魔法をかけたわけじゃないよ。ボクはただ、ミラの有り余る才能を正しく引き出せるように、少しだけ『仕立て直した』だけさ。ルーンテイラー(魔刻縫製師)としてね」


アルノはダミーのグローブをはめた右手を軽く振って見せた。


「それに、これからもっと強い魔法を使っていくなら、その丸太じゃすぐにもたなくなるよ。今度はもっと質の良い杖を用意しておいて。ボクが最高のルーンステッチで仕立ててあげるから」


その言葉に、ミラは涙でぐしゃぐしゃになった顔をほころばせ、今日一番の、太陽のように眩しい笑顔を見せた。


「うんっ! 絶対にお願いするわ、アルノ!」


Dクラスという吹き溜まりで、彼女が初めて希望を見出し、心から笑えた瞬間だった。


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