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【第5話】暴発する才能、笑い飛ばされたトラウマ

アルノが秘めていた実力の片鱗を、クラスメイトたちが思い知らされたあの日から一ヶ月後。


学園の広大な第3グラウンドでは、DクラスとBクラスの合同による、基礎魔法訓練が行われていた。


「今日はマジックキャスター(魔導師)の攻撃魔法訓練だ。実習に参加しない他のジョブ(職業)志望のものも、見学してレポートを提出す…」


とロイドが話しているところにかぶせるように、


「気合だ! 気合が足りねえぞお前ら! 魔法は頭で撃つんじゃねえ、腹筋から絞り出すんだ!」


グラウンドに響き渡る野太い声の主は、Bクラスの担任であるバルガスだ。


筋骨隆々の巨体に暑苦しい熱血指導、魔法学園の教師というよりは軍の教官のような男である。


今日の訓練は、指定された的へ向けて基礎的な魔法を放ち、威力と精度のコントロールを測るというものだった。


「次はDクラス、ミラ・フォルテシモ! 前へ出ろ!」


バルガスの声に、ミラはビクッと肩を震わせ、重い足取りで指定された位置に立った。


その手には、彼女の小柄な体格には不釣り合いなほど無骨で巨大な、安物の木杖が握られている。


「フォルテシモ家か。攻撃から回復まで隙のない『バランス型』の優秀な魔導師を代々輩出している名家だな。どれほどの腕か見せてもらおう!」


バルガスの言葉に、Bクラスの生徒たちからも、期待と品定めが入り混じったような視線が注がれる。


だが、ミラの顔は蒼白だった。彼女は唇を強く噛み締め、震える手で無骨な杖を構える。


(大丈夫、今日こそ……今日こそ絶対にコントロールする。出力を抑えて、少しだけ魔力を流すのよ……!)


ミラは心の中で何度も自分に言い聞かせ、的に向かって杖を突き出した。


彼女の魔力量は7.6、出力は7.8。これは学園全体で見ても上位に食い込むほどの非常に高い数値だ。


しかし、彼女には決定的な欠点があった。


魔力を制御するための『操作力』が、ほぼゼロに等しいのだ。



「い、いくわよ……ファイヤー・バレット!」



ミラが魔力を解放した瞬間だった。


バチバチッ! という不穏な音と共に、杖の先に宿る火は瞬く間に膨れ上がり、本来訓練で出す量の十倍はあろうかという巨大な炎の塊となって、空気を揺らした。


「えっ、嘘、待って、ストップ……!」


制御を失った莫大な魔力はミラの意思を完全に無視し、暴風のような勢いで杖から弾け飛んだ。



ズドォォォォンッ!!



放たれた炎の塊は的を大きく逸れ、グラウンドの遥か後方にあった頑丈な防壁バリアに直撃。


あまりの爆風に、近くにいた生徒たちが悲鳴を上げて尻餅をつく。


土煙が晴れた後、グラウンドには重苦しい沈黙が落ちた。


「……っ、ごめんなさい……!」


ミラは顔を真っ青にして、杖を抱きしめるようにうずくまった。



またやってしまった。



家で何度も繰り返した、あの絶望的な失敗を。


その沈黙を破ったのは、バルガスの豪快な笑い声だった。


「ガハハハハ! なんだ今のデタラメな威力は! 威力だけならAクラス以上だが、コントロールは文字通りゼロだな! 魔法の才能がないなら、俺みたいに筋肉を鍛えろ! 筋肉は裏切らねえぞ、ガハハ!」


バルガスに悪気はなかったのだろう。だが、その無神経な笑い声は、ミラの傷口をえぐるには十分すぎた。


「なんだよあれ、ただの暴走じゃん」


「さすがDクラスの落ちこぼれ。フォルテシモ家のバランス型なんて聞いて呆れるな」


Bクラスの生徒たちから、容赦ない嘲笑と冷たい言葉が投げかけられる。


「一族の恥」「出来損ない」。


実家で両親から投げつけられた言葉がミラの脳裏にフラッシュバックする。


彼女が高級な杖を持たせてもらえないのも、すぐに暴発させて粉々に壊してしまうからだ。


「……っ!」


ミラは耐えきれず、瞳に涙を浮かべたままグラウンドの隅へと逃げるように走り去ってしまった。


ロイドは面倒くさそうに頭を掻き、カイルやシルフィアも心配そうにミラの背中を見つめているが、どう声をかけていいか分からない様子だ。


その一部始終を、アルノは静かに見つめていた。


(ミラの魔法……なるほどね。蛇口が全開なのに、ホースの先を誰も持っていないような状態だ。あれじゃあ暴れるのも無理はないや)


アルノは呆然と立ち尽くすクラスメイトたちから離れ、ミラが消えたグラウンドの隅へと歩き出した。



ーー



グラウンドの裏手、古びた用具倉庫の陰で、ミラは膝を抱えてうずくまっていた。


「……なんで、いつもこうなるのよ」


ポツリとこぼれた声は、涙で震えていた。


「泣いてるの? ミラ」


不意に上から降ってきたのんきな声に、ミラは弾かれたように顔を上げた。


そこには、いつものように涼しい顔をしたアルノが立っていた。


「ア、アルノ……見ないでよ! あんたには関係ないでしょ!」


慌てて袖で涙を乱暴に拭うミラに、アルノはふわりと微笑み、彼女の隣にしゃがみ込んだ。


「関係なくないよ。同じDクラスの仲間だもん」


その飾らない言葉に、ミラの肩の力がふっと抜けた。


彼女は手元に転がっている無骨で太い杖をぎゅっと握りしめる。


「……フォルテシモ家は、攻撃も回復も完璧にこなすのが当たり前の家系なの。でも、ワタシはダメ。少し魔力を流しただけで全部爆発しちゃう。高級な杖を持たせてもらっても、ワタシの制御できない魔力ですぐに粉々に砕け散っちゃうから……こんな、ただの丸太みたいな安物の杖しか使えない」


自嘲気味に笑うミラの瞳には、深い諦めと劣等感が渦巻いていた。


「家族にも見放されたわ。ワタシなんて、味方を回復するどころか、巻き込んで吹き飛ばすだけの欠陥品よ」



「欠陥品なんかじゃないよ」



アルノはきっぱりと言い切り、ミラの丸太のような杖を指さした。


「その杖、ちょっと貸してみて」


「え? うん……」


ミラが戸惑いながら杖を渡すと、アルノは右手にはめていたダミーのグローブをスッと外した。


無数の細い指輪が陽の光を反射してきらめく。


「ミラの出力は大きすぎるんだ。例えるなら、巨大な水門が全開なのに、ホースの先を誰も持っていない状態。無理にせき止めようとするから、杖が耐えきれずに爆発しちゃうんだよ」


アルノは極小の魔力を指先に込め、眼鏡のブリッジを押し上げた。


「だから、せき止めるんじゃなくて、余分な魔力を『外に逃がしてあげる』道を作ればいい」



キュインッ!!



微かなキャスト音と共に、アルノの五本の指が、まるでピアノの鍵盤を叩くように軽やかに杖の上を滑る。


「えっ……!?」


ミラが目を丸くしている間にも無骨な木杖の表面に、うっすらと日焼けしたように唐草模様が浮かび上がる。


木目の質感が透けて見えるほど淡く、それでいて美しい柄。だがそれは間違いなく、直径1ミリほどの極小ルーンの緻密な集合体だった。


ものの数秒で、アルノは手を止めた。


「はい、完成。特別製の『アタッチメント(出力排熱陣)』をルーンステッチで縫い込んでおいたよ」


「えっと……これ、何をしたの?」


受け取った杖をまじまじと見つめるミラに、アルノはにっこりと笑う。


「ミラの有り余る魔力を、杖の中で無理に抑え込むんじゃなくて、ルーンを通じてキラキラした光の粒子として外へ安全に排出する仕組みさ。これなら、必要な魔力だけを的確に魔法に変換できる」


「そんなこと……」


信じられないという顔をするミラに、アルノは立ち上がり、手を差し伸べた。


「ボクのルーンを信じて。さあ、もう一度グラウンドに戻って、みんなを驚かせてやろうよ」


差し伸べられたアルノの手と、自信を湛えたその笑みを前にして、ミラは思わず息を呑んだ。

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