【第9話】救え!ラクリマ。チームガレオスの真価
チームガレオスの4人が決死の覚悟で武器を構えたその時だった。
「…なぜだ……」
アルノがエーテルガンを構えたまま、怪訝そうに目を細めた。
圧倒的な力を持つ迷宮の主を洗脳し、こちらを追い詰めているにもかかわらず、泉のほとりに立つ灰色のフードの侵入者は一切手を出してこないのだ。
隙をついて攻撃をしてくる訳でもなく、ただ静かに戦況を観察し、何かの機会をじっと待っているかのような不気味な静観。
だが次の瞬間、侵入者は何かを察知したように「ビクッ」と顔を上げた。
そして4人に向かって強烈な目眩ましの風魔法を放つと、身を翻しダンジョンの『入口方向』へ向かって猛然と走り去っていったのだ。
「えっ!?あいつ、逃げたわよ!」
ミラが強風を腕で防ぎながら叫ぶ。
「追うか、アルノ!?」
「いや、あいつはリターンキーを持っていないはずだ。きっとボクたちからキーを奪うため、また立ちふさがるはず。それより今はあいつより『ラクリマ』を止めるのが先だ!」
アルノの言う通りだった。
術者がいなくなっても、ラクリマの背中の魔石を曇らせる、禍々しい黒いエーテルは消えていない。
洗脳状態は継続したままだ。
「ギィィィルルルルルルォォォォッ!!」
ラクリマが鼓膜を破らんばかりの咆哮を上げ、長い尾を鞭のように振り回して襲いかかってきた。
「カイル君、ウチが止める!土の精霊さん!」
シルフィアがタクトを振るうと、白い石畳が巨大なヘビのように形を変え、ラクリマの胴体と太い尾に絡みつき、強引に地面へ押さえつけた。
「よし、今だ!…シールド・アターーック!」
拘束されて動きが止まった隙を突き、頭の下に潜り込んだカイルが跳躍する。
傷つけすぎないよう大盾の面を使い、脳震盪を狙ってラクリマの顎を強打した。
ゴォォォンッ!
鈍い音が響き、ラクリマの頭部が大きく跳ね上がる。
白い肌が盾の形にくぼみ、わずかに裂けた肌から青い血が滲み出た。
「やったか!?」
しかし、カイルが着地するよりも早く、ラクリマの背中にあるライムグリーンの巨大な魔石が激しく明滅した。
するとくぼみと傷口が、まるで時間を巻き戻すかのように、一瞬で治ってしまったのだ。
「ウソでしょ……一瞬で元に戻ったわよ!」
ミラが驚愕に目を見開く。
バキィィィンッ!!
さらに、ラクリマが力任せに身をよじると、シルフィアの岩のヘビの拘束が粉々に砕け散った。
「あかん……!ウチの岩のヘビが、まるで飴細工みたいに……!」
洗脳による限界以上の力と、両生類特有の異常な再生能力、そして背中の巨大な魔石による無限にも思える魔力エネルギー。
打撃も拘束もまるで意味を成さず、ダメージが通る気配すらない。
このままでは、4人の体力と魔力だけが削られていく、絶望的なジリ貧状態だ。
「アルノ、どうする!?このままじゃ埒が明かねぇぞ!」
カイルが迫り来るラクリマの前足を、盾でいなしながら叫ぶ。
倒すことより、救うことの難しさを4人は痛感していた。
アルノは鋭い視線で、ラクリマの白い体と、周囲の環境を素早く観察した。
「……両生類の異常な再生力には『水分』が必要なはずだ。あの巨体なら、かなり大量にね!ミラ、体表の水分を飛ばして再生を遅らせて!シルフィアは水に潜られないように、もう一度拘束を!」
「わかったわ!ごめんね、少しヒリヒリするかもしれないけど…」
「待って、ミラ!撃っちゃだめだ!」
杖を構えようとしたミラを、アルノが慌てて制止する。
「高火力の魔法を撃ち放てば、この美しい迷宮の環境まで破壊しちゃう。撃つんじゃなくて、極限まで圧縮した『特大の火球』を作って、空中に留め続けるんだ!小型サイズの太陽を作るみたいに!」
「空中に留める!?そんなの、とんでもない集中力がいるのよ!?」
「ミラならできる!お願いだ!」
アルノの真っ直ぐな信頼の言葉に、ミラは「……ったく、うちのリーダーは無茶ばっかり言うんだから!」と悪態をつきながらも、杖のダイヤルを「カチリ」と回した。
「2番……いや、もういっちょ解除。1番よ!」
ミラの周囲の空気が、陽炎のように激しくゆらめく。
彼女は杖を頭上へと真っ直ぐに突き上げ、莫大な魔力をそこへ一点集中させた。
「顕現しなさい……『フレア・コロナ』!!」
ミラの杖の先、頭上数十メートルに、直径数メートルの極度に圧縮された超高熱の火球が生み出された。
「シルフィア、空気の壁でみんなの熱を遮断して!」
「わかったわ、風の精霊さんお願い!…『風のカーテン!』」
5人を優しい風が包み込み、ジリジリと刺すような熱が大きくやわらいだ。
ドーム内は小さな太陽が現れたかのような、強烈な熱波とオレンジ色の光が空間にあふれる。
その場に高火力の火球を維持し続けるという、大胆で繊細な魔力コントロール。
目を閉じ、極限まで集中力を高めるミラの額には、大粒の汗がにじんでいた。
「ウチも、もう一度やってみるわ。土の精霊さん、もう一回、岩のヘビをお願い!」
精霊の同時使役により、再度現れた岩のヘビは、今度はラクリマの首に巻き付き、地面に押し留める。
「いいよシルフィア!。カイル、ミラが魔法を維持している間は無防備だ、絶対に守り抜いて!」
「任せとけっ!」
熱波に晒され、体表の水分が急速に蒸発していくラクリマが、不快そうに咆哮を上げる。
「ギィルルルォォォォッ!!」
そして、その原因であるミラを排除すべく、エラを激しく明滅させ、これまでで最大規模の極太の『水の大砲』を放った。
「…そうはさせねぇよ、…守る範囲が狭けりゃ、こっちのもんだ!」
カイルがミラの前に立ち塞がり、ディアナから贈られた『魔力伝導鋼の漆黒の盾』を両手で構える。
そして自身の魔力を盾の隅々、限界まで浸透させ、カイル特有の『絶対魔力耐性』と完全に同調させる。
ズゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!
まるで濁流のような『水の大砲』がカイルを直撃、彼のブーツは深く沈み込み石畳を砕いた。
並の騎士なら跡形もなく消し飛ぶ威力の魔法であったが、カイルの盾に触れた瞬間、その莫大な魔力エネルギーは行き場を失い、きれいに左右へと割れて霧散していく。
彼は神ともいえるファントムの猛攻から、一歩も退かずにミラを守り切った。
「はぁっ……はぁっ……どうだ、神様よ……オレの盾は、絶対に抜けねぇぞ!」
倒れたまま、その光景を目の当たりにしていた兄のエルウィンは、痛みを忘れたように呆然と見入っていた。
巨大な火球を完全制御し、環境を壊さずに敵の特性だけを奪うマジックキャスター。
その無防備なマジックキャスターを、ラクリマの全力の魔法から、たった一枚の盾で守り切るヘビーナイト。
そして相手の生態を瞬時に見抜き、仲間の力を理解しつくした戦術を立案するクラフター。
学生という枠をはるかに凌駕する、洗練された『完璧な連携』がそこに繰り広げられていた。
ミラの『フレア・コロナ』が放つ強烈な熱波により、ラクリマの白い体表からみるみると水分が奪われていく。
異常な再生能力が著しく低下し、明らかに疲弊して見えるラクリマは、シルフィアの展開した岩のヘビによる拘束を振りほどけなくなっていた。
「今だ!シルフィア、風の精霊魔法でボクをあいつの背中の真上へ飛ばして!」
「わかったわ!風の精霊さん、アルノ君をお願い!」
シルフィアがタクトを振り上げると、アルノの足元から上昇気流が巻き起こった。
「ふわり」とアルノの身体が空中へと舞い上がり、ラクリマの真上で静止する。
眼下には苦しげに身をよじる巨大なラクリマの背中と、まるで埋め込まれたような巨大なライムグリーンの魔石が見えた。
魔石の内部は、侵入者が放った禍々しい黒いエーテルのもやで曇り、元の美しい輝きを失っている。
「森で戦ったビーストの時と同じだ。あの黒いエーテルの波長を、純粋なエーテルの波で洗い流す!」
空中で体勢を整えたアルノは、左手に握ったエーテルガンの銃口を、真っ直ぐに眼下の魔石へと向けた。
そしてアルノは躊躇せず、エーテルガンのリミッターを解除した。
「ボクの魔力、残り全部を……この一撃に乗せる!」
アルノの体内にある全魔力が、エーテルガンのグリップから一気に吸い上げられていく。
極細の出力しか持たないアルノ自身では絶対に不可能な芸当を、エーテルガンの機構が強引に実現させる。
銃身が淡く発光し、限界を超えたエーテルが眩い黄金の光となって銃口に収束していく。
「目を覚まして、ラクリマッ!!」
アルノが引き金を引いた。
ビュオォォォォンッ!!!
銃口から撃ち出されたのはエーテルの弾丸ではなく、極太の光の柱だった。
それは一直線にラクリマの背中へと降り注ぎ、巨大な魔石に吸い込まれた。
コオォォォォォォォォォォ………
アルノの混じり気のない純粋なエーテルが、魔石を曇らせていた禍々しいもやを、一気に洗い流していく。
重く黒い波長が希釈され、洗脳の術式が中和されていく。
『ギィィィィィ……ルルルルル……』
ラクリマの悲鳴のような咆哮が、次第に穏やかなものへと変わっていく。
やがて、黒いもやが完全に消え去ると、巨大な魔石は本来の美しい、煌めくライムグリーンの輝きを取り戻した。
ラクリマの意志のない深紅に染まっていた瞳が、透き通った琥珀色へと戻り、数度瞬きをする。
「…成功、した……」
アルノが空中で安堵の笑みを浮かべる。
「終わった、のね……」
ミラが杖を下ろし、空中の『フレア・コロナ』を霧散させる。
ドームを満たしていた異常な熱気が引いていく。
正気を取り戻したラクリマは、自分を縛り付けていた岩のヘビがシルフィアによって解かれると、ゆっくりと首をもたげた。
そして、満身創痍の4人の学生と、倒れているエルウィンを静かに見つめる。
『キュルルルルル……』
それは先ほどまでの暴虐が嘘のように、どこか感謝を伝えるような優しく穏やかな鳴き声だった。
ラクリマはもう一度「キュー」と小さく鳴くと、巨大な体を翻し、静かに『ラクリマの泉』の底へと潜っていった。
ザブゥゥン……。
巨大な波紋を残しながら迷宮の主は完全に姿を消し、そして静寂が戻ってきた。
「ふぅ…神様相手でも、なんとかなったな……」
カイルが張り詰めていた緊張を解き、黒い大盾を地面に下ろした。
「よかった……ほんまに、よかった……精霊さんたちも、みんな安心してるわ」
シルフィアもへたり込むように座り込み、涙ぐみながら微笑んだ。
エルウィンは信じられないものを見たという顔で、ただ静かに4人を見つめていた。
彼らは本当にダンジョンの主を傷つけることなく無力化し、救い出したのだ。
トスッ。
役割を終えたアルノが、ふわりと石畳の上に着地する。
「ふぅ……」
安堵の息を吐いた瞬間、アルノの足から完全に力が抜け、その場にガクンと膝をついた。
リミッターを解除し、自身の魔力量のほとんどを一撃で放出した代償。
魔力枯渇寸前による、極度の脱力状態だった。
指一本動かすこともできず、アルノはそのまま石畳に大の字になり、仰向けに倒れ込んだ。
「ははっ……さすがに、空っぽだ……」
「アルノ!こいつ無茶しやがって。今エーテルリンクで回復させてやるからな!」
カイルが呆れたように笑いながら、アルノに歩み寄る。
誰もが死闘を乗り越えた安堵に包まれていた。
完全に、油断していた。
「……え?」
倒れ込んでいるアルノの真横。
そこに、何もない空間から黒い影が『滲み出る』ように実体化した。
「なっ……!?」
カイルが目を見開く。
ミラとシルフィアも、突然現れたその影に息を呑んだ。
それは、完全に気配を消し、このドームの暗がりにずっと潜伏していたもう一人の敵。
全身を黒装束に包んだ、隠密特化のジョブ『シャドウ』だった。
(そうか……!)
あのフードの侵入者が、突然逃げ出した理由。
このシャドウが合流し完璧な位置に潜伏するまで、状況を観察していたんだ。
そしてシャドウの到着と潜伏が完了したのを確認し、自らは先に入口へと向かった。
(まずい、全員消耗している!…このままでは、みんなやられてしまう!……)
しかしなぜかシャドウの男は攻撃に転じることはなく、魔力枯渇寸前で指一本動かせないアルノの首根っこを掴み、軽々とその小柄な身体を肩に担ぎ上げた。
「アルノ!!」
カイルが怒号を上げ、大盾を放り捨てて走り出す。
ミラも咄嗟に杖を構えようとする。
だが、もう遅い。
シャドウの超スピードによる逃走に、疲弊しきった彼らが追いつけるはずがない。
「待てっ!!離せっ!!」
カイルの手が空を切る。
男はアルノを担いだまま、先ほどフードの侵入者が消えた迷宮の入口方向へと向け、猛然と走り去っていった。
「アルノ君っ!!」
シルフィアの悲痛な叫び声だけが、静かなドームに虚しく響き渡った。




