【第7話】探索、美しき世界樹の迷宮
探索当日の朝、アルノたちはエルウィンに案内され、邸宅の地下深くへと降りていた。
堅牢な石造りの階段を抜けた先には、重厚な金属の扉と、複雑に重なり合った幾重もの魔法障壁が張り巡らされた金庫室があった。
「うわぁ……。これ、全部セキュリティのルーン?凄まじい数と強度だね」
アルノが丸メガネを指で押し上げ、障壁の表面に刻まれた術式を食い入るように見つめる。
「ああ。世界樹の迷宮は我が領、ひいてはグラン・フォリア王国の重要資産だからね。万が一にもリターンキーが盗まれることがないよう、王都の最高防衛陣に匹敵する術式を施しているんだ。領内にはあと2つの小さなダンジョンもあって、すべての管理をエーテリス家が行っているんだ」
エルウィンが誇らしげに語る。
「すげぇセキュリティだな。親父が武勲を立てて王城の宝物庫に招かれた時、一度だけついていったことがあるが、あの時と同じかそれ以上だ」
「王城の宝物庫!?凄いわね、カイル。ワタシの実家も魔導師の名門だけど、そんな場所に入る機会なんて一生ないわよ」
ミラの言葉に、カイルは「子供の頃の記憶だし、ガチガチに緊張しててよく覚えてねぇけどな」と苦笑いした。
エルウィンが複雑な指捌きで術式を解くと、重い扉がゆっくりと開放された。
中には小さな魔石がはまった魔力結晶ガラスのカード、『リターンキー』がベルベットの敷かれた棚に20個ほど整然と並んでいる。
「よし、記録通り持ち出しはない。すべて揃っているね」
エルウィンは指差し確認を行うと、その中から一つだけキーを取り出し、腰に付けた鍵付きのカードホルダーに収めた。
はじめて、リターンキーの徹底した管理体制を、目の当たりにしたアルノたちは、「どの施設からもキーを盗み出すことは不可能だ」という確信を覚えた。
屋敷を出て、白く美しい大きな羊のようなカーム(静獣)の引く、獣車で森の奥へと向かう。
やがて目の前に現れたのは、空を覆い尽くすほどの大きさを誇る『世界樹』だった。
世界樹は大陸に数本しか生えていないという大量の魔力を持つ大木で、世界樹が放つ特殊なエーテルによって、その周辺は豊穣の大地へ変わるとされている。
エーテリス領の世界樹の太い根元には、大人が十人並んでも余裕があるほどの巨大な洞が空いており、そこには巨大なゲート、タルタロスが設置されていた。
「大きい……。それでもエテルニスの半分くらいかな…。それにしても不思議な感じだね」
アルノが感嘆の声を漏らす。
「よく見てごらん、ゲートに魔石が設置されていないだろう?それなのにこれほど大きなゲートを維持できるのも、世界樹の莫大なエーテルがあってこそだ。本来これだけ周りが自然に溢れていて、入り口が大きければ魔獣は入り放題なんだが、最奥に住まう主『ラクリマ』の縄張り意識が強すぎてね。外から入ってきたビースト(狂獣)は、ラクリマが自然と駆除してしまうんだ。私たちはその生態系の恩恵を受けているに過ぎないんだ」
エルウィンがゲートの前に立ち、真剣な面持ちで仲間たちを振り返る。
「だからこそ、私たちはラクリマを刺激しないよう、普段の調査や採掘は迷宮の中腹までと決めている。実は、私もシルフィアも入り口付近にしか入ったことがなくてね。最奥の景色も、主の姿も見たことがないんだ」
「ウチも小さいころは『ラクリマさん』はおじいちゃんから話を聞くだけの、伝説上の存在やと思ってたんよ。まさか自分が会いに行くことになるとは思わんかったわ」
シルフィアが少し緊張した面持ちでハルモニアに触れる。
そして5人は意を決し、水面のようなタルタロスをくぐり抜けた。
ーー
一歩踏み入れた先は、地下とは思えないほど眩い光に満ちた別世界だった。
天井からは垂れ下がったツタに発光苔が群生し、まるでシャンデリアのように青や緑の幻想的な光を放っている。
足元には清らかな湧き水が小川となって流れ、宝石のように美しい魚たちが跳ねていた。
「綺麗……。今まで見てきたどのダンジョンより素敵だわ!」
ミラが声を弾ませ、辺りを見渡す。
「空気もすごく澄んでいて、歩いているだけで癒やされそうだね。……そういえば、その主の『ラクリマ』ってどんな姿なんですか?」
アルノが深呼吸をしてから、前を歩くエルウィンに尋ねた。
「文献や、かつて偶然姿を見たという祖父の話によれば、大きなトカゲのような姿をした魔獣らしい。だが、ただの魔獣ではなく、ファントム(幻獣)だとされているよ。現に侵入したビーストは、ラクリマの精霊魔法により駆除されているらしい。ここのダンジョンは王都建設前からあったらしく、その当時からすでにここに住んでいたらしいから500歳は確実に超えているね」
「500歳!そこまでくるともう、ちょっとした神様ね。入る時、拝んだほうが良かったかしら?」
ミラがとりあえず両手を合わせ、かるく頭を下げる。
「大きなトカゲのファントムかぁ。ドラゴンみたいだったらどうする?ぜひ一目見てみたいなー」
アルノがのんきなことを言うと、カイルが呆れたようにため息をついた。
「お前な、相手はダンジョンの主だぞ。できれば会わずに調査を終えたいもんだぜ」
一行は美しい景色を堪能しながら、ピクニック気分でダンジョンを進んでいく。
道中、小川で水を飲む小鹿のようなカームや、淡く光る蝶のような虫たちとすれ違った。
彼らはアルノたちを見ても逃げることなく、のんびりと独自の生態系を営んでおり、ここが外敵のいない完璧に守られた楽園であることを物語っていた。
しかし迷宮の中腹へ差し掛かろうとした、その時だった。
先頭を歩くエルウィンの足がピタリと止まり、その後に続くカイルがぶつかりそうになる。
「おっと、……エルウィンさん、どうかしたんですか?…」
「……風の精霊が、ざわついている…」
ガサッ、ザサッ……「ギシャァーーーーッ!!」
直後、密集した植物を乱暴に薙ぎ倒し、巨大なヤシガニのような姿をしたビーストが姿を現した。
その額には、ビースト(狂獣)の証である紫色の結晶が不気味に輝いている。
「なっ、ビースト!?しかも、この大きさは……!」
エルウィンがタクトを構え、妹たちを庇うように前に出る。
だが、今のチームガレオスは、守られるだけの学生ではなかった。
「エルウィンさん、ここはボクたちに任せて!」
アルノが瞬時にエーテルガンを抜き、指示を飛ばす。
「カイル、初撃を受け止めて!シルフィアは足止めを頼む!ミラは前足の関節を!」
「まかせろっ!おおおぉぉぉぉぉっ!『マッスル・オーバーッ!』」
カイルが自身と共に魔力のオーラに包まれた漆黒の大盾を構え、突進してくる巨体を正面から受け止める。
ガキィィィィィィィンッ!!
真正面から大型ビーストの爪を受け止めたカイルであったが、その足は1ミリも後退しない。
大きく成長した今の彼らなら、この程度の相手に手こずる理由はない。
しかしこのダンジョンは美しい自然環境や、貴重な素材にあふれている。
「まずは攻撃を封じる!ルーン・ステッチ!」
アルノの指先が踊り、ヤシガニ型ビーストの両爪に「S」と「N」を模したルーンが刻まれ、間髪入れずエーテルガンによりルーンが起動する。
ブゥン…、ガゴンッ!!
ビーストの両爪はまるで強力な磁石になったかのように、体の正面で勢いよく衝突した。
その怪力を持ってしても、両爪は剥がれる気配を見せない。
「風の精霊さん、お願いやで!『風の鎖!』」
さらにシルフィアが風の精霊に語りかけ、周囲の植物を傷つけないよう配慮しながら、ビーストの6本の足に向け小さな竜巻を作り出し動きを封じる。
「ミラ、あんまり派手な炎は使うなよ!周りの草木が焦げちまう!」
「わかってるわよカイル!狙い撃つのは関節の隙間だけ…!『ファイヤー・ガトリングッ!』」
ドパパパパパパパパパパパパパパパパパパッ!
ミラは杖のダイヤルを5に絞り、出力を最小限に抑えつつ、針の穴を通すような精密連射で、ヤシガニの足の付け根を焼き切っていく。
バキィィンッ!!……ドシャッ!
「キシェェェェェェェェェッ!!」
片方の前足が付け根から割れ落ち、ビーストは悲鳴を上げ、口から泡を吐き出す。
エルウィンは、目の前で繰り広げられる光景に息を呑んだ。
環境を破壊しないよう、あえて自分たちの攻撃力を制御し、極限の技術で魔獣を翻弄する。
それは学園のトップクラスでも容易には真似できない、洗練された『プロの探索者』のような連携だった。
「これが……王立学園の今を走るチームの、実力なのか……」
エルウィンの驚愕をよそに、チームガレオスは確実にビーストを追い詰めていく。
もう反対の前足が割れ落ちたと同時に、ヤシガニ型ビーストはその巨体を支えきれず、ガクンと前のめりに体制を崩した。
「今だ、エルウィンさん!」
アルノの声に、エルウィンはハッと我に返った。
学生たちにここまでのお膳立てをされて、大人がただ見ているわけにはいかない。
エルウィンは手に持ったタクトを素早く振り上げると、人間には聞き取れない特殊な音波を含ませた声で、土の精霊へと命じた。
「土の精霊よ、我が声に応えよ。『穿て!』」
ズゴオォォォォォォンッ!!
ビーストの真下から、鋭く研ぎ澄まされた巨大な岩の杭が突き出した。
周囲の植物を傷つけることなく、ピンポイントで頭部を貫き、そのまま額の紫色の結晶を内側からかち割る。
断末魔の叫びを上げる間もなく、串刺しにされたヤシガニ型のビーストは完全に沈黙した。
「ふぅ……。終わったか」
カイルが漆黒の大盾を下ろし、額の汗を拭う。
「ほんと、周りを気にしながら戦うって、全力で魔法をぶっ放すより何倍も疲れるわね……」
ミラも安堵のため息をつきながら、杖を肩に担ぎ直した。
本来の実力であれば一瞬で終わる相手でも、この繊細な生態系を壊さないための出力調整と連携には、極度の集中力が要求された。
4人とも、うっすらと息を切らしている。
「君たち、本当に見事だった。まさかこれほど洗練された戦い方ができるとは……」
エルウィンが感嘆の声を漏らしながら、ビーストの残骸を警戒しながら見下ろす。
その横顔には先ほどまでの余裕はなく、深い焦燥が刻まれていた。
「……でも、事態は想像していたよりもずっと悪いようですね」
アルノの言葉に、他の4人も表情を引き締める。
これほど巨大なビーストが、『ラクリマ』のナワバリに平然と入り込んでいる。
その事実は最奥で何かが起きているということを、明らかに示していた。
「ああ。こんな大型のビーストが、ダンジョンの中腹を闊歩しているなんてありえない。本来であれば侵入直後にラクリマの使役する精霊たちによって駆除され、他の生物の胃の中か、植物の肥料になっているはずだ」
エルウィンが顎に手を当て、考えを巡らせる。
「ラクリマさんに、何かあったんや……。はよ行かんと」
シルフィアがハルモニアに触れながら、不安そうに奥へと続く道を見つめた。
ハルモニアを通して彼女の耳に届く精霊たちの声も、先ほどからどこか怯え、ざわめいているように感じられた。
「ああ、急ごう。この先は普段誰も入らない未知の領域だ。皆、気をつけてくれ」
エルウィンを先頭に、一行は休む間もなく歩みを進める。
中腹を越えると迷宮の空気はさらに冷たさを増し、5人にも緊張感が漂いはじめる。
発光苔の光も青から深い翠へと変わり、水音だけが静かに反響している。
やがて、鬱蒼と茂るジャングルを抜けると、急に視界が開けた。
「…ここは……」
アルノが息を呑む。
そこは、巨大なドーム状に開けた空間だった。
ドームの奥の行き止まりには、澄み切ってはいるが、底が見えないほど深く巨大な地底湖、『ラクリマの泉』が広がっている。
天井から垂れ下がる、ツタに絡まる発光苔が、水面に反射し幻想的にゆらめく。
泉の手前は、かつて誰かが『ラクリマ』を崇めるために作ったであろう、白い石畳が敷き詰められており、まるで祭壇のような神秘的な雰囲気がただよっていた。
だが、その美しい光景に感動する暇は、彼らには与えられなかった。
静寂に包まれた泉のほとり。
そこに、本来いるはずのない『何者か』が立っていたのだ。
全身をすっぽりと暗い灰色のマントとフードで覆い隠した人影。
その手には、不気味な魔力を帯びた杖が握られている。
「誰だ、お前は!そこで何をしている!」
エルウィンの鋭い言葉に、フードの侵入者は驚く様子も逃げる素振りすら見せない。
ただゆっくりと杖を振り上げ、その先端からどす黒く禍々しい魔力を、『ラクリマ』が住まうであろう泉の底へと向けて、放ったのだった。




