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【第5話】夏休みの計画と、世界樹からのSOS

王立グラン・フォリア魔導学園の放課後。


天井まで届く巨大な本棚が整然と並ぶ大図書館の片隅で、アルノたちチームガレオスの4人は丸テーブルを囲んでいた。


机の上には分厚い魔導書が何冊も積まれているが、今の彼らの関心はまったく別のところにあった。



「海に行くなら、まずは大胸筋と広背筋のバルクアップが急務だな。一ヶ月もあるんだ、限界まで追い込めるぞ!」



カイルが腕を組み、制服の上からでもわかる分厚い胸板をさらに張り出して力説する。



「ちょっとカイル、あんたの筋肉なんかどうでもいいのよ。せっかくの長期休暇なんだから、王都のスイーツ巡りに決まってるでしょ!ドルチェリア限定のベリータルトがワタシを待ってるのよ!」



ミラがカイルの言葉を遮り、目を輝かせながら王都のグルメ雑誌をテーブルに広げる。



「ボクはどこか面白いマギアの素材が見つかる場所がいいな。まだ見たことない植物とか、変わった鉱石が採れるダンジョンとかないかなぁ」



アルノは頬杖をつき、楽しそうに目を細めていた。


彼らは3年生唯一の特権である『一ヶ月の長期夏休み』が目前に迫っていた。


1年生と2年生は夏の間も厳しい実習が続くが、最高学年である三年生には、卒業後の進路を見据えた自主的な活動期間として、特別な休暇が与えられるのだ。


学生生活最後となるこの夏休みをどう過ごすか。


実家には帰らず、4人で最高の思い出を作ろうと、彼らはここ数日ずっと議論を交わしていた。



「ふふっ……みんな、ほんまに楽しそうやねぇ」



シルフィアがそんな三人を見て、おっとりと微笑んだ。


「ウチは、みんなと一緒におれるんならどこでもええよ。カイル君の筋トレに付き合うのも、ミラちゃんのスイーツ巡りも、アルノ君の素材探しも、ぜんぶ楽しそうやもん」


「シルフィアは優しすぎるのよ。カイルの暑苦しい筋トレなんかにつきあったら、夏休みが全部筋肉痛で終わっちゃうわよ」


ミラが呆れたように息を吐くが、その表情もどこか楽しそうだ。


かつては落ちこぼれの吹き溜まりと呼ばれたDクラスで出会い、数々の死線を共に潜り抜けてきた彼らにとって、こうして他愛もない会話で笑い合える平和な日常は、何よりも尊いものだった。



「あ、やっと見つけた。楽しそうなところをごめんなさいね」



ふいに、柔らかな声が彼らのテーブルにかけられた。


振り返ると、Cクラスの担任であるセリアが、ふんわりとしたウェーブのかかった明るい茶髪を揺らして立っていた。


彼女はいつも変わらない優しい笑顔を浮かべながら、手には一通の封筒を持っていた。



「セリア先生。どうしたんですか?」



アルノが首をかしげると、セリアはシルフィアのほうへと歩み寄った。


「実はね、学園宛に急ぎの手紙が届いていたの。シルフィアさんのご実家からよ。宛先が学園の寮になっていたから、私の方で預かってきたの」


「ウチの実家からですか?わざわざすみません、セリア先生」


シルフィアは少し驚いた顔をして立ち上がり、セリアから丁寧に封筒を受け取った。


「いいのよ。速達だったから、早く渡したくて探していたの。みんなは夏休みの計画?水をさしてしまったかしら?」


「いえ、そんなことないです!ありがとうございます!」


ミラが元気よくお礼を言うと、セリアはふわりと微笑み返し、「それじゃあ、ゆっくり楽しんでね」と言って図書室の出口へと去っていった。


落ちこぼれだった自分たちにも、1年生から変わらず優しく接してくれるセリアに、4人は温かい目を向ける。



「さてと。急ぎの用件って、なんやろ……」



シルフィアは封筒の裏に押された、エーテリス家を象徴する立派な蝋封を指先で丁寧に切り開いた。


中から3つに折り畳まれた便箋を取り出し、視線を落とす。


最初は穏やかだったシルフィアの表情が、文字を追うごとに少しずつ強張り、やがて真剣なものへと変わっていった。



「シルフィア?どうしたの、何かあった?」



いつもと違う彼女の様子に気づき、ミラが心配そうに覗き込む。



「これ……お父様からや。ウチの領地にある『世界樹の迷宮』で、えらいことが起きてるらしいわ」



「世界樹の迷宮?」



アルノの問いかけに、シルフィアは深く頷いて便箋を机の上に置いた。


「エーテリス家が代々管理してる、大きな樹の地下にあるダンジョンなんやけどね。そこは昔から、迷宮の『主』である魔獣がビースト(狂獣)を駆除してくれるんで、精霊とカーム(静獣)しかおらん、安全で資源の豊かな場所やったんよ。せやのに……」


「なのに?」とミラが重ねる。


「最近になって凶暴なビーストが、ときどき迷宮の中に出るようになったらしいんや。探索に入った人たちが何人も襲われて、ケガ人も出てるって……」


「ビーストが?でも、その『主』ってやつがやっつけちまうんだろ?」


カイルが眉をひそめて腕を組む。


「…そのはずなんやけど……。ダンジョンの主に何かあったのか、それとも他の原因があるのんか…。お父様も調査を進めようとしてるみたいやけど、現在領地の開拓で人手が出ていて、調査に行ける人材が足りへんらしいんよ」


シルフィアは不安そうに眉を下げ、ぎゅっと便箋を握りしめた。


「それで、学園で腕の立つ友達か先生に、手伝ってもらえへんやろかって……」


言い終わると、シルフィアは考え込むように俯き、その手は小さく震えているようにも見えた。


彼女にとって、エーテリス家の領地は特別な場所であり、そこにある『世界樹の迷宮』は領民の生活を支える大切な存在なのだ。


それを脅かす事態となれば、領主の娘として、そして何より一人のエレメンター(精霊術師)として放ってはおけないのだろう。



「ウチ……実家に戻らなあかんわ。みんなと一緒に夏休み、過ごせへんくなって……ほんまにごめんね」



申し訳なさそうに、消え入るような声で謝るシルフィア。


しかし、彼女が顔を上げる前に、アルノがポンッと軽く手を叩いた。



「じゃあ、夏休みの予定は決まりだね。みんなでシルフィアの実家に行こう!」



あまりにもあっけらかんとした、迷いのないアルノの言葉に、シルフィアはぱちくりと目を瞬かせた。



「え……?」



「アルノの言う通りよ!当たり前じゃない。友達のピンチを放っておいて、自分たちだけ王都でスイーツ巡りなんて楽しめるわけないでしょ」



ミラが勢いよく立ち上がり、ドンと胸を叩く。


その顔には、先ほどまでのスイーツへの執着は微塵もなく、仲間を助けようとする頼もしいマジックキャスター(魔導師)の顔があった。



「オレたちを誰だと思ってる。今までだって、4人でどんなピンチも切り抜けてきたじゃねぇか。それに、知らない土地の食材で新しい料理のレパートリーを増やすのも悪くねぇしな」



カイルも腕を組みながら、ニヤリと力強い笑みを浮かべる。


絶対魔力耐性を持つ鉄壁の盾は、いつでも仲間を守るために前へ出る準備ができている。



「アルノ君……ミラちゃん……カイル君……」



シルフィアの大きな深緑の瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。


名門エーテリス家の娘として、いつもどこかでプレッシャーを感じていた彼女にとって、損得勘定なしで飛び込んできてくれる彼らの存在は、何よりも温かく、心強いものだった。



「泣かないの。せっかく可愛い顔が台無しよ。それに、ワタシはシルフィアの実家のおいしいご飯にも期待してるんだからね!」


「……っ、うん!ウチの領地、自然がいっぱいで、お野菜もお肉もほんまに美味しいんよ!みんなに食べてもらいたいわぁ」



ミラの言葉に、シルフィアは涙を拭いながら満面の笑みを浮かべた。



「ねえシルフィア、その『世界樹の迷宮』って、どんなダンジョンなの?」



アルノが身を乗り出して尋ねる。



「うん。見上げるくらいおっきな世界樹の根元に、入り口のタルタロスがあってな。中は青や緑の発光苔が光ってて、地下やのにすっごい綺麗なんよ。湧き水も澄んでて、魚も泳いどるし」


「へぇー、それは見てみたいな。王都近くの岩山や洞窟のダンジョンとは全然違う生態系みたいだし、変わった鉱石やマギアの素材も落ちてそうだし!」


「アルノは相変わらずブレないわね……」



目を輝かせるマギアオタクのアルノに、ミラがやれやれと肩をすくめる。


「よし、そうと決まったら早速準備だね。長期休みに学園外でダンジョンに入るなら、学校への届け出も必要になるし。ボクはみんなの装備の調整もしないと」


アルノは指折り数えながら、すっかり探索モードへと切り替わっている。



「世界樹の迷宮、か。ワタシもなんだかワクワクしてきたわ!」


「馬鹿野郎、遊びにいくんじゃねんだぞ。オレたちは調査団なんだぞ」


「でも、カイルもほんとは、ワクワクしてるでしょ?」


「ま、まぁ、多少はな……」



笑い合う仲間たちを見つめながら、シルフィアも深く頷く。



「みんな、ほんまにおおきに。ウチ、みんながおってくれて、ほんまに幸せやわ」



窓の外では、暑い夏を予感させる強い日差しが、学園の中庭を明るく照らしていた。


最強の絆で結ばれたチームガレオスの4人は、どんな困難も乗り越えていけると信じて、夏休みの冒険へと意気揚々と駆け出していくのだった。


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