【第4話】オカンの本領!地獄のサバイバルクッキング
王立グラン・フォリア魔導学園の敷地内に広がる広大な演習林。
初夏の陽気とは裏腹に、Bクラスの生徒たちの間にはどんよりとした空気が漂っていた。
「いいか、お前ら。戦場やダンジョンで孤立した際、最後に生死を分けるのは『食料の調達能力』だ」
いつものヨレヨレの白衣姿のロイド先生が、面倒くさそうに首を鳴らしながら告げる。
本日はBクラス単独の野外実習。
その名も『完全サバイバル・夕食調達訓練』である。
「ルールは簡単だ。持ち込みの食料およびポーション類は一切禁止だが、調味料はセーフとしよう。指定エリア内で各自食材を調達し夕食を作り、一晩過ごすこと。ちなみに、昼にドカ食いして夜を抜こうとするズル賢い奴が出ないよう、本日の昼飯は抜きだからな」
「ええーっ!?」という生徒たちの悲鳴を無視して、ロイドはさらに条件を付け加えた。
「それとシルフィア。お前が精霊を使って食材を集めると他のメンバーの訓練にならないからな。今回の実習での精霊による探索は全面禁止とする」
「そんなぁ……殺生やわぁ、先生」
お腹を押さえたシルフィアの、ポニーテールが悲しそうに揺れる。
「泥臭いサバイバルなんて最低!お肌が荒れちゃうじゃないの!」
ミラも杖を振り回して文句を言っているが、隣に立つアルノは「まあ、学校の敷地内なんだから、なんとかなるでしょ」と相変わらず飄々としていた。
「おい、アルノ。ポーションの持ち込みが禁止されたせいで、背中がスースーして落ち着かねぇぞ」
カイルが背負っている大きめのリュックを揺らしながら不満を漏らす。
いつも大量のポーションを詰め込んでいるため、今日の荷物は異様に軽いらしい。
それでもリュックの中からカチャカチャと金属音が鳴っているのは、彼なりの「サバイバル対策」なのだろう。
「みんな静かにしろ、文句はそこまでだ。明日朝に材料の残りとレシピを、レポートにまとめてもらうからな。まともなメシが作れなかったチームは容赦なく減点だ。それじゃ、始め!」
ロイドの号令と共に、Bクラスの生徒たちは一斉に演習林へと散っていった。
ーー
「おかしいわね……。さっきから、まともな食材が全然見当たらないわよ」
演習林を歩き回ること数時間。
一向に食材が見当たらず、ミラが苛立たしげに足元の石を蹴り飛ばした。
彼らも森の中で木の実がなっている場所や、小動物が潜んでいそうな場所はいくつか見つけていた。
しかし、いざ近づいてみると、すでに収穫された後だったり、罠が仕掛けられた形跡があったりしたのだ。
「あ、見てみぃ。あっこにダグラス君たちが……」
シルフィアが指差した先では、ダグラス率いるチームが、手際よく野ウサギを仕留め、さらに木の上に登って大量の果実を収穫していた。
「よっしゃー!Dクラス時代に鍛えられた雑草魂を見せてやるぜ!おい、そっちのキノコも全部根こそぎ採っておけよ!」
「すごいね……。底辺から這い上がってきたみんなの探索力、完全にボクたちの上をいってるよ」
アルノが感心したように呟く。
「感心してる場合か!このままじゃオレたち夕飯抜きだし、レポートも出せないぞ!」
カイルが焦ったように周囲を見渡す。
他のチームも同様に、血眼になって食べられそうなものを探し回り、目ぼしい食材はあっという間に狩り尽くされてしまっていた。
精霊での探知を禁じられたチームガレオスは、完全に出遅れていた。
「どうしよう……。今までシルフィアの精霊に頼っていたツケが、こんな形でまわってくるなんて……」
朝食を軽く済ませてしまっていたミラは、すでに空腹でふらつきそうだ。
その後も日が傾くまで歩き回った彼らがようやく見つけた食材は、絶望的なラインナップだった。
「……アルノ君、これ、ほんまに食べられるん?」
シルフィアが引きつった笑顔で指差したのは、倒木に群生する『毒々しい紫色のキノコ』。
「ワタシは絶対に嫌よ!なによこれ、スライムみたいにネバネバしてるじゃない!」
ミラが杖の先でツンツンと突いているのは、『謎の巨大な糸を引く葉っぱ』。
そして極めつけは、カイルがしかめっ面でつまみ上げている、見た目が完全にグロテスクな『多足の虫』である。
魔獣ではない大型の虫だが、どう見ても人間の食べ物ではない。
「うーん……図鑑で見た限りだと、一応どれも無毒のはずなんだけどね。味や食感については……保証できないかな」
アルノが苦笑いしながら答える。
「こんなの食べたら、絶対にお腹壊すわよ!もう夕飯なんて抜きでいいわ!」
ミラが半泣きになりながら叫んだ。
空腹と疲労で、チームの間にギスギスとした空気が漂い始める。
しかし、そのピンチに立ち上がったのは、チームガレオスのシェフ(オカン)だった。
「お前ら、文句言ってねぇでオレに任せろ!」
カイルがドスンとリュックを地面に置き、力強い声で宣言した。
「食えねぇ食材なら、オレが食えるようにしてやる!」
彼はリュックのチャックを勢いよく開け、中身を取り出した。
ポーションの持ち込みができないカイルが、代わりにみっちりとリュックに詰め込んでいたもの。
それは、美しく手入れされた『マイ包丁』と、様々な香辛料が小瓶に詰められた『秘伝の調味料セット』、そして愛用のフライパンだった。
「カイル君……それ、サバイバルの趣旨間違ってへん?」
シルフィアが呆気にとられる中、カイルは完全に一流の料理人の目つきになっていた。
「いいか、サバイバルってのはな、与えられた環境で最高のパフォーマンスを出すことだ!オレの料理魂に火がつくぜ!……見てろよ、このゲテモノどもを極上のフルコースに変えてやる!」
カイルは颯爽とエプロンを装着、マイ包丁を傾けてギラリと光らせた。
地獄の食材を相手にした、カイルのオカンクッキングが今、幕を開ける。
ーー
カイルは袖をまくり上げ、丸太のまな板の上に、あのグロテスクな多脚の虫を無造作に放り投げた。
「ヒッ……!」
ミラが悲鳴を上げてシルフィアの背後に隠れる。
だがカイルの瞳に迷いはなかった。
彼はそのゴツい手で虫をガッチリと押さえつけると、見事な包丁さばきで脚を瞬時に切り落とし、硬い外殻を剥いでいく。
「おお、身はエビのようにきれいじゃないか」
筋トレと大盾の修練で鍛え上げられた圧倒的なパワーとはうらはらに、その手さばきは繊細そのもの。
「紫のキノコは……確か、塩水で揉めば毒素が抜けるって母上が言ってたな!ネバネバの葉っぱは叩いて繊維をぶっ壊す!」
ダァァァン!ドスッ!ドスッ!
静かな演習林に、まるで魔獣と戦っているかのような激しい打撃音が響き渡る。
カイルは巨大な葉っぱを包丁の背で親の仇のように叩き潰し、特製のスパイスをこれでもかと揉み込んでいく。
さらに、彼が愛用のフライパンを焚き火にかけると、手首のスナップを利かせ、豪快に振るい始めた。
ジュワァァァッ、という心地よい音と共に、香ばしいバターとニンニクの香りが森の中に漂い始める。
「な、なんか……すごく美味しそうな匂いがしてきたんやけど……」
シルフィアが鼻をひくひくさせながら、ゴクリと唾を飲み込む。
さっきまで泣きそうだったミラも、フライパンから立ち上る湯気から目を離せないでいた。
「よしっ!完成だ!」
切り株のテーブルに、そのあたりの大きな葉をお皿代わりにして、カイルが誇らしげに料理を取り分ける。
テーブルの上には先ほどのゲテモノたちの面影を一切感じさせない、まるで高級レストランのような品々が並んだ。
「こちらが『謎のネバネバ葉っぱの冷製スープ』。そしてメインは『紫キノコと多足虫の香草バターソテー』だ!さあ、食え!」
「……本当に、あの虫なのよね、これ」
ミラが恐る恐るフォークでソテーを突き、小さく口に運ぶ。
その瞬間、彼女の瞳がカッと見開かれた。
「……えっ!?美味しい!なにこれ、ほんとにエビみたいにプリプリしてるし、バターの風味が最高じゃない!」
「ほんまや!このスープも、ネバネバがええ感じのトロミになってて、コンソメの味がしっかり染み込んでるわ!」
シルフィアも満面の笑みでスープを口に運ぶ。
「うん、すごいよカイル!王都のレストランにも負けない味だ!」
アルノもフォークを止めることなく、パクパクとソテーを平らげていく。
「へっ、当然だろ!オレの腕にかかればこんなもんよ!」
カイルは腕を組み、鼻高々にふんぞり返った。
空腹という最高のスパイスも手伝って、4人はあっという間に地獄の食材から生まれた奇跡のフルコースを完食した。
満腹になった彼らは、平和な星空の下、テントの中で深い眠りについた。
チームガレオスのサバイバルは、大成功に終わる……はずだった。
ーー
翌朝。
「ほら、起きろお前ら。朝の点呼と採点だ……って、どうした?」
ロイドが欠伸をしながらチームガレオスの男子と女子の2つのテントを開けると、そこには地獄絵図が広がっていた。
「うぅぅ……お腹痛い……」
「ワタシの……ワタシのお腹が暴発しそう……」
「あかん……お腹の精霊さんが……怒ってはる……」
アルノ、ミラ、シルフィアの三人が、顔面を真っ青にして腹を抱え、テントの床をのたうち回っていた。
「なんだお前ら、だらしねぇな!寝相が悪くて腹でも冷やしたのか?」
その地獄絵図の中で、ただ一人、カイルだけが仁王立ちでピンピンしていた。
朝の太陽を浴びて、むしろ昨日よりも肌ツヤが良い。
その光景と、切り株に残された紫色のキノコの残骸を見たロイドは、深々とため息をついた。
「……お前ら、変なもん食ったな?」
「い、いえ先生……カイルがきちんと調理を……」
アルノが脂汗を流しながら答える。
「あのな、カイル」
ロイドは呆れたように頭を掻いた。
「サバイバル食材の強烈なアクや微量の毒素ってのはな、スパイスや味付けじゃ消えないんだよ。下処理が甘すぎる。お前みたいに内臓まで頑丈にできてる鈍感な体質なら平気だろうが、普通の奴が食ったらこうなるに決まってるだろ」
「なっ……!?オレの……下処理が……甘かった……だと……!?」
仲間が苦しんでいる理由が自分の料理のせいだと知ったカイルは、シェフ(オカン)としてのプライドを粉々に砕かれ、その場にがっくりと膝をついた。
「自業自得。まあ、いい勉強だな。ほら、解毒ポーションだ。……当然だが、食材選びのミスと仲間を行動不能にした罰で、お前らのチームは大幅減点だからな」
ロイドが容赦なく三人に苦いポーションを飲ませる中、アルノが虚ろな目で宙を見つめながらうわ言をこぼした。
「カイル……料理は、味だけじゃ……ダメなんだね……」
「アルノォォォッ!すまねぇぇぇっ!!」
演習林の朝の清々しい空気に、カイルの悲痛な叫びと、ミラたちの弱々しいうめき声が、いつまでも虚しく響き渡っていた。




