【第26話】受け継がれる意志と、新たな春
季節は巡り、王都に柔らかな春の風が吹き始めた頃。
王立学園の大講堂は、厳粛な空気に包まれていた。
本日は、3年生の卒業式。
壇上には、卒業生総代として答辞を読むシエル・ラインハルトの姿があった。
ピンと背筋を伸ばし、堂々たる声で学園への感謝と未来への誓いを語る姉の姿を、アルノは誇らしげに見つめていた。
「やっぱり、シエルさんはすごいや……」
アルノの隣で、ミラが感嘆の溜め息を漏らす。
「あの人たちと戦って勝てたこと、ウチらの一生の誇りやねぇ」
シルフィアもまた、真剣な眼差しで祭壇を見つめていた。
式典の中では特別に、Aクラスの卒業生たちの進路が次々と読み上げられていく。
シエルをはじめとする『チームラインハルト』の面々、そして3年Aクラスの生徒の多くは、国を守る矛であり盾でもある、最高部門『王国騎士団』『王国魔導師団』への入団が決まっていた。
「王国騎士団……」
カイルは無意識に、自身の大きな拳を強く握りしめた。
「オレも来年は絶対に、あの中に入ってやる」
その力強い宣言に、アルノ、ミラ、シルフィアの3人は頼もしそうに微笑み、深く頷いた。
式典が終わると、校庭は卒業生たちを囲む在校生たちの熱気で溢れかえった。
シエルたちも多くの同級生、後輩たちに囲まれており、アルノたち4人は、人波が引くのを少し離れたところから眺めていた。
ーー
「シエル姉ちゃん!卒業、おめでとう!」
アルノが駆け寄ると、シエルはいつものように弟を抱きしめようと両手を広げかけたが、ふと、その手を止めた。
そして、一人の立派な騎士として、凛とした表情になりアルノの正面に立つ。
「ありがとう、アル君。それに、カイル君、ミラさん、シルフィアさんも」
シエルだけでなく、背後に立つエリシアやセレン、ウィリーたちも、後輩たちに向かって穏やかな笑顔を向けている。
「ボクとピローを破ったあの時のトラップ、本当にお見事だったよ……。ん?、あはっ、ピローもすごかったってさ」
ウィリーがアイマスクを少しずらし、いたずらっぽく笑う。
「あなたたちとの戦いは、最高に楽しかったわ。できればもう少し早く、出会いたかったわね」
「ああそうだな。…みんな、また会えるのを、楽しみにしている」
エリシアとセレンも、それぞれに最大の賛辞と別れの言葉を口にする。
アルノたちは、これまでの過酷な実習での教えや、あのクラス入れ替え戦での死闘について、改めて深い感謝を伝えた。
「本当に、シエル姉ちゃんたちのおかげで、ボクたちはここまで来れたんだ」
アルノの言葉に、シエルは静かに首を横に振った。
「違うわ、アル君。あなたたちは、自分たちの力で壁を壊したのよ」
シエルはそっと手を伸ばし、アルノの小さな肩にポンと手を置いた。
その手から伝わる確かな重みに、アルノは息を呑む。
「私たちが去った後のこの学園は、きっと大きく変わるわ。これからは……あなたたちが、ルイス殿下と共にこの学園を引っ張っていくのよ」
それは、絶対王者であった姉から弟への、最強の座を譲る重いエールだった。
アルノは背筋を伸ばし、真っ直ぐにシエルの目を見つめ返した。
「……うん。任せて、シエル姉ちゃん。ボクたちのやり方で、最高の学園にしてみせるよ」
その力強い返答に、シエルはついにいつもの姉の顔に戻り、優しく愛おしそうに微笑んだ。
「期待しているわ、私の自慢の弟……」
春の陽光が降り注ぐ校庭で、彼らは晴れやかな笑顔で別れの挨拶を交わした。
背中を向けて歩き出す偉大な先輩たちの姿を、アルノたちはいつまでも、いつまでも見送っていた。
ーー
卒業式から数週間後。
学園の街路樹が薄紅色の花を咲かせ、新入生の初々しい笑い声が学園の門をくぐる季節がやってきた。
アルノ、カイル、ミラ、シルフィアの4人は、新調された3年生の制服に袖を通し、学園の廊下を歩いていた。
彼らの襟元には、小さな六角形の真新しいバッジがつけられている。
入学時から変わらない、今年度の3年生を表すブルーの塗装の真ん中には、『B』という文字が金色に誇らしく輝いていた。
「……ねえ、本当に私たち、3年生になったのね。しかも、Bクラスに」
ミラが少し緊張した面持ちで、その金色の文字を指先でなぞった。
「当たり前だろ。オレたちの実力で勝ち取った場所なんだ。胸張っていこうぜ」
カイルが誇らしげに笑い、4人は『3年Bクラス』と書かれた真新しいプレートが掲げられた教室の前で足を止めた。
分厚い木製の扉の向こうからは、すでに集まっているダグラスたちクラスメイトの、活気に満ちた笑い声が漏れ聞こえてくる。
カイルが扉の取っ手に手をかけようとした時、アルノがふと、その手を制するように小さく息を吐いた。
「……2年前の今日、思い出すね」
「2年前?」
シルフィアの問いに、アルノは静かに頷いた。
「入学初日。ロイド先生が、ボクたちに言った言葉だよ」
『過去DクラスがB以上に上がったことはない。さらに多くの生徒が卒業を待たずに退学していくのが現実だ』
学園の「階級への執着」という名の、分厚く冷たい壁。
落ちこぼれのレッテルを貼られた自分たちは、あの言葉の通り、常に針のむしろに座らされるような日々を送ってきた。
「でも……」
アルノは、扉の向こうから聞こえる仲間たちの声に耳を澄ませた。
「這い上がるか、潰されるかと言われたどん底のDクラスから、誰一人として退学しなかった。みんな揃って、ここまで来れたんだ」
「……ああ。そうだな」
カイルが、力強く頷く。
DクラスからのBクラス昇格という歴史的快挙。
そして、誰一人として欠けることなく3年生へと進級したという事実。
それは、この王立学園の長い歴史の中で、彼らだけが成し得た「奇跡」だった。
「扉を塞いでいると邪魔なんだがなー」
ふいに背後から、聞き慣れた、少しだらしない声が響いた。
振り返ると、相変わらずの乱れた服装のロイドが、面倒くさそうに首を鳴らしながら立っていた。
「ロイド先生!」
「……お前らが起こした奇跡のせいで、俺まで上位クラスの担任を持つ羽目になった。面倒なことこの上ない」
ロイドはため息をつきながらも、その口元にはほんのわずかに、隠しきれない笑みが浮かんでいた。
「だが……悪くない景色だ」
ロイドは4人の襟元で輝くバッジを一瞥し、鼻で小さく笑った。
「ここまで来たんだ。全員そろって、卒業するぞ!」
そう言い残し、ロイドは4人の横を通り抜けて、先に教室の扉を開けた。
「ロイド・アッシュ先生が来たぞ!起立!」というダグラスの元気な声が響き渡る。
「行こう、みんな!」
アルノは眼鏡のブリッジを押し上げ、3人の仲間たちに向かって力強く頷いた。
「ボクたちの最後の、そして最高の1年間を始めよう!」
アルノに続く仲間たちに、かつての弱々しさは微塵もない。
稀代の『ルーン・テイラー』、アルノ・ガレオスと最高の仲間たち。
彼らの新たな一歩と共に、学園に新しい風が吹き抜けていった。
ルーン・ステッチ
〜魔力出力0.01の魔刻縫製師、魔法陣で底辺チームを最強に作り変える〜
(第2章・完)




