【第24話】託された思い。姉弟の戦いの結末!
闘技場に残されたのは4人。
「さあ、行くわよ」
シエルが静かに剣を構えた瞬間、空気が凍りついた。
ただの構えではない。
圧倒的な魔力が闘技場を支配する。
と同時に、後方にいるウィリーが額のアイマスクをずり上げた。
彼の開かれたトパーズの瞳が、無機質な光を放つ。
「ピロー、…お願い」
ウィリーが全身から微細なエーテルを放ち始め、巨大な猫型ファントム『ピロー』の背中に手をついた。
彼の特技である広域エーテルソナーが闘技場全体をドーム状に覆い尽くす。
アルノたちの呼吸、筋肉の動き、エーテルの流れまでもが完全にピローに筒抜けになる。
シエルが爆発的な踏み込みで正面から迫る。
同時に、アルノとシルフィアの死角から、ピローがしっぽの魔石から放った、無数の鋭い『氷のつぶて』が襲いかかってきた。
「くっ!」
シルフィアが風の障壁を展開して『つぶて』を弾くが、ウィリーのソナーと連携したピローの魔法は、障壁の薄い部分や完全な死角を的確に狙ってくる。
さらに正面からはシエルの重い剣撃。
完璧な連携に、防ぐだけで手一杯だ。
「アルノ君、逃げても無駄だよ。君たちの動きは全部『見えてる』からね」
ウィリーが眠たげな声で告げる。
凄腕のテイマーによる絶対的な空間把握と、超スピードのソーサナイト(魔導騎士)。
完璧な連携の前に、アルノたちは完全に追い詰められたように見えた。
だが、アルノは逃げなかった。
彼は右手をスッと前にかざす。
ダミーのグローブの下で、指先に魔力を極限まで圧縮した。
「ルーン・ステッチ!」
キュインッ!
微かな音と共に、アルノの指先から極細の魔力線が放たれ、20メートル先の石畳へと一直線に飛んだ。
瞬きする間に、石畳の表面に直径10センチほどの星型の模様が無数に縫い合わされる。
観客席がざわついた。
「なんだあれ?クラフターが遠くに何か飛ばしたぞ?」
「ただの星のマーク?魔法陣じゃないのか?」
出力0.01の極細の線でミリ単位のルーンを敷き詰めるアルノの技術は、遠目にはただの星型の模様やペイントにしか見えない。
魔法陣特有の複雑な幾何学模様がないため、誰もそれがルーンだとは気づかなかった。
ただ一人、以前に『ルーン・ステッチ』を見ていたシエルだけが、走りながら不敵な笑みを浮かべた。
「見せてみなさい、アル君!」
「シルフィア、風の防壁を!」
アルノは左手に持ったエーテルガンの銃口を、遠く離れた星型のマークに向けた。
これまでは、純粋なエーテルを仲間に撃ち込んでもらうか、魔石を設置しなければルーンを起動できなかった。
しかし今は違う。
自身の手にあるエーテルガンから、無属性の純粋な魔力を弾丸として撃ち出すことができるのだ。
ビュインッ!
アルノが撃ち出したエーテル弾が、星型のマークに着弾した。
瞬間、シエルの足元の石畳が淡く光を放ち、ルーンが起動する。
「……っ!?」
シエルの足がズルリと滑った。
発動したのは『摩擦低下』の単純なルーン。
さらにその横に刻まれていた星型マークも連続起動し、強烈な『吸引』のルーンがシエルの体を地面へと強く引き寄せる。
シエルのステータスは『魔力量:7.3、魔力出力:7.5』。
一般的に『7』を超える数値は規格外とされ、本来のシエルであれば、こんな単純なルーンの拘束など魔力による身体強化で力任せに引き剥がせるはずだった。
しかし、彼女の足は地面に縫い付けられたように動かない。
「な、なんて威力なの……!これが、アル君の魔法陣……!」
シエルが驚愕の声を上げる。
アルノのルーン・ステッチは、1ミリ程度の極小のルーンを何百何千と密集させてひとつの星型を形成している。
そのため、単純な機構であっても、その威力と強度は通常のルーンの何十倍にも増幅されるのだ。
そこへシルフィアが即座に分厚い『風の防壁』を展開し、シエルを完全にその場へ釘付けにした。
「シエルお姉様が足止めされた!?」
観客席から悲鳴のような声が上がる中、ウィリーだけは冷静だった。
「やるねぇ。でも、僕のソナーがある限り、不意打ちは通じないよ。ピロー!」
ピローが一声「にゃおーん」と鳴き、しっぽの先からアルノを串刺しにすべく巨大な氷の槍を形成する。
「それはどうかな」
アルノは冷静にエーテルガンの銃口をずらし、ピローのすぐ足元にも刻んでおいた星型ルーンを撃ち抜いた。
ピィィィィィィィンッ!!!
起動したのは『高周波音』のルーン。
人間には聞こえないが、ファントムであるピローの聴覚に、強烈なノイズが直撃した。
「うわぁぁっ!?どうした、ピロー?!」
ピローは激しく悶え、しっぽの巨大な氷の槍は霧散する。
「シルフィア、今だ!」
「まかせとき!水の精霊さん、炎の精霊さん!」
シルフィアのタクトが舞う。
水と炎の複合精霊魔法により、闘技場の一部が熱い水蒸気に包み込まれた。
ピローがパニックなうえ、視界と冷気まで奪われ、ウィリーたちは完全に孤立する。
「ピロー、落ち着いて!水蒸気を吹き飛ばすんだ!」
ウィリーが叫ぶが、シルフィアたちの追撃はさらに先をいっていた。
「よいしょっと!」
シルフィアが風の精霊を使い、激戦で砕け散っていた石畳の大きな破片を上空へと浮遊させる。
アルノはその空中の石材と、ウィリーが乗るピローの足元の床、その両方に瞬時に魔力線を飛ばしてルーン・ステッチを施した。
刻んだのは『磁力』のルーン。
そして、上空の石材の方の磁力を圧倒的に強力に設定する。
ビュインッ!
アルノがエーテルガンで同時に起動させた瞬間。
メキメキメキッ!!
上空の強力な磁力に引かれ、ピローの足元の石畳が、まるで巨大な畳返しのように激しい勢いで上方へと跳ね上がった。
「えっ!?」
足場を完全にひっくり返され、ピローの巨体がウィリーごと空中に放り出される。
水蒸気の中で何が起こったのか理解もできぬまま、完全に無防備となったウィリーの横腹へ、シルフィアの容赦ない『風の刃』が叩き込まれた。
パリィンッ!
致命傷を感知した腕輪型のマギアが作動し、ウィリーを光のバリアが包み込む。
そしてそのままの勢いで、闘技場の外へと弾き飛ばされた。
『場外および腕輪破損!ウィリー・チュール失格!』
学園中に響き渡る実況の声。
無敗を誇った3年Aクラスの牙城が、また一つ崩れ去った瞬間だった。
ウィリーが場外へ弾き飛ばされた直後、闘技場を覆っていた水蒸気が、内側からの凄まじい爆風によって一瞬にして吹き飛ばされた。
「……見事よ。まさかウィリーまで落とされるなんてね」
晴れた視界の先、アルノのルーンによる拘束を強引な魔力放出で引き剥がしたシエルが、ゆっくりと立ち上がっていた。
その手にある騎士剣には、高密度の魔力がプラチナ色の炎となって纏わりついている。
「よくやったわ、アル君。でも、ここからは私の全力を受け止めてもらうわよ」
シエルの瞳から、姉としての甘さが完全に消え去った。
学園最強のソーサナイト(魔導騎士)としての、冷徹で圧倒的なプレッシャーが闘技場を制圧する。
「来るよ、シルフィア!」
ダンッ!
シエルが踏み込んだ瞬間、石畳が爆発したかのような轟音が鳴り、彼女の姿が消えた。
「遅いわ、アル君!」
アルノが着地を予測して放った『摩擦低下』と『吸引』の連動トラップ。
しかし、同じ戦術はもうシエルには通じない。
彼女特有の鋭い感覚で完全に見切り、空中で無理やり体を捻ると、ルーンの有効範囲の外側へと着地。
そのままの勢いでアルノの喉元へ鋭い突きを放つ。
「させへんよ!」
シルフィアが咄嗟に間に割り込み、土の精霊で厚い防壁を生成する。
しかし、シエルは一瞬で魔力を脚から腕へと移動させた。
「はぁっ!」
バキィィィンッ!!
プラチナ色の魔力を纏った一撃が、強固なはずの土壁を紙細工のように粉砕する。
砕け散った土壁の隙間から、シエルはさらに踏み込み、アルノへと剣を振り下ろした。
「アルノ君、下がって!」
シルフィアはアルノを突き飛ばして庇いながら、『風の防壁』を何重にも展開する。
シエルは標的をシルフィアに切り替えることもせず、執拗に非戦闘職であるアルノを狙い続けた。
守るべき対象がある戦いは、守る側に何倍もの負担を強いる。
シエルは一人の騎士として、その冷徹な戦術をあえて選んでいた。
「くっ……精霊さん、もっと!」
シルフィアの声に呼応し、『土の槍』が地面から突き出し、『風の刃』が四方八方からシエルを襲う。
二対一の数的な有利があるはずなのに、シエルの神速の攻防はそれら全てをいなし、逆転の隙すら与えない。
アルノは必死にルーンを刻もうとするが、シエルはそれさえも許さない。
アルノが指先を動かす瞬間に、その場所へ正確に属性魔法を乗せた斬撃を飛ばし、陣を強制的に霧散させる。
「後ろを守りながらじゃ、その程度が限界ね。エレメンター(精霊術師)!」
シエルの容赦ない連撃がシルフィアの防御を削り取っていく。
シルフィアはアルノを背に庇い続け、『土の壁』を補修し、『風の防壁』を張り直す。
一瞬の油断も許されない極限の防衛。
複数の精霊を同時に使役し、その力を盾として使い続ける行為は、想像を絶する魔力を消費する。
しかも相手は、常に急所を狙い、最短距離で仕留めに来る学園最強のソーサナイト(魔導騎士)だ。
シルフィアの体内から、魔力が急速に失われていく。
視界が微かに霞み、肩が激しく上下する。
タクトを握る右手の感覚が、極度の疲労と魔力不足で麻痺し始めていた。
「はぁ……はぁ……っ……!」
シルフィアが膝を突きそうになるのを、気力だけで踏みとどまる。
だが、彼女の周囲に漂う精霊たちの気配は明らかに弱まり、張り巡らされた『風の防壁』も、今にも消え入りそうなほど薄くなっていた。
「……ここまでね。二人とも、よく頑張ったわ」
シエルが剣を上段に構える。
その瞳には、弟たちへの慈しみと、戦いを終わらせるという強い決意が同居していた。
一方、アルノは眼の前で膝をつくシルフィアの震える肩に右手を置いた。
(ごめん、シルフィア……。ボクを守るために、こんなに……!)
アルノの魔力は、ルーンステッチの燃費の良さのおかげで、まだ十分すぎるほどに残っていた。
「……シルフィア、顔を上げて」
アルノの声は、驚くほど静かで力強かった。
彼は左手に持ったエーテルガンを、震えるシルフィアのペンダント、エーテルリンクへと真っ直ぐに向けた。
「ボクの魔力は、仲間のためにあるんだ!」
アルノはリミッターを解除し、エーテルガンに全魔力を充填、シルフィアへ向けて放った。
ビュイィィィィンッ!!!
反動でアルノの体が大きく後ろに跳ねる。
銃口から撃ち出された極太の純粋なエーテルの光束が、シルフィアの胸元で揺れる緑色のペンダントへと一直線に吸い込まれていった。
「あっ……!」
空っぽだったシルフィアの器に、アルノの莫大な余剰魔力が限界まで注ぎ込まれる。
彼女の全身が、黄金色の魔力光に包まれた。
全魔力を譲渡したアルノは、激しい脱力感に襲われ意識が遠のき、気を失いそうになる。
アルノはそれらを必死にこらえ、その場にガクンと両膝を突いた。
「……シルフィア、…あとは頼んだよ……!」
「…おおきに、アルノ君。ウチ、絶対に勝つわ。……もう、残された手は、アレしかない!」
シルフィアがタクトを腰にしまい、静かに目を閉じる。
満ち溢れる魔力を触媒にして、彼女は自身を囲む精霊たちと、かつてないほど深い同調を果たした。
「大地の怒り、風の猛り……ウチの身に宿りや!」
『複合精霊憑依!』
シルフィアの耳を飾るイヤーカフ『ハルモニア』が眩く輝き始める。
彼女が目を開くと、その深いグリーンの瞳が、精霊の威厳を宿した力強い光を放っていた。
普段のおっとりとした雰囲気は消え去り、大自然の意志が混ざり合ったような、圧倒的なプレッシャーが闘技場を支配する。
ゴゴゴゴゴ……!
これまでの激戦でボロボロに砕け散っていた石畳の破片が、土の精霊の力によって宙に浮き上がり、シルフィアの両腕へと集結していく。
無数の岩石が重なり合い、彼女の細い両腕をすっぽりと覆う巨大な『大地のガントレット』が形成された。
さらに、風の精霊が彼女の足元に渦巻き、シルフィアの体を地面から数センチだけフワリと浮遊させる。
(くっ、思ったより魔力の消費が速い!おそらく持って1分程度……)
「お姉さん、…行くでっ!」
シルフィアが空を滑るように前進した。
摩擦ゼロの超高速フットワークが、十数メートルの距離を一瞬で詰める。
「まさかっ!…魔力が回復したの?!でも、魔法でソーサナイト(魔導騎士)の身体強化に張り合えると思わないことねっ!」
シルフィアをシエルが迎え撃つ。
ソーサナイトの極致とも言える、目にも止まらぬ神速の剣撃ラッシュ。
全方位から襲い来る、魔力で強化されたプラチナ色の刃の嵐が、シルフィアを切り刻もうと迫る。
だが、シルフィアは浮遊状態のステップでその死地に自ら飛び込み、巨大な岩のガントレットを構えた。
ガガガガガガガッガガガガガガガガガガガガッガガッ!!!
闘技場に、剣と岩がぶつかり合う凄まじい衝撃音が連続して響き渡る。
シエルの放つ不可視の連撃を、シルフィアは両腕のガントレットによる怒涛のラッシュでことごとく殴り弾き、捌き続けていた。
魔力剣の斬撃が岩を削り飛ばすが、土の精霊が即座に周囲の瓦礫を集めてガントレットを修復していく。
「嘘でしょ……私の剣と、正面から打ち合えるなんて……!」
シエルが驚愕に目を見開く。
息を呑むような超高速の近接戦闘。
しかし、その均衡は唐突に崩れた。
一人でアルノたちのトラップを抜け、二対一の攻防を捌き切り、全力の剣撃を放ち続けてきたシエルの体力が、ついに限界を迎えようとしていたのだ。
アルノから魔力供給を受けたシルフィアとは違い、シエルの魔力は完全に自己のリソースのみ。
極限の連撃の最中、彼女の呼吸がほんの一瞬だけ乱れ、剣の振りがコンマ数秒遅れる。
その微かな隙を、大自然の感覚を研ぎ澄ませたシルフィアが見逃すはずがなかった。
「もろたでっ!!」
シルフィアが背中で風を爆発させて、鋭く踏み込む。
それにも反応し、とっさに振り下ろしたシエル渾身の剣撃に対し、シルフィアは左腕のガントレットをアッパーで叩きつけた。
パキィィィィンッ!!
限界を超えた衝撃に、魔力で強化されていたはずのシエルの騎士剣が、根本から無惨にへし折られる。
「くっ……!?」
武器を失い、完全に無防備となったシエルの懐へ、シルフィアが潜り込む。
そして、右手を限界まで引き絞ると、全身の魔力を右腕に集中させる。
巨大な『大地のガントレット』が、まるでエメラルドのように輝き、強烈な捻りを加えてシエルのボディへと渾身のストレートをねじ込んだ。
ドゴォォォォォォォォンッ!!!
「あはっ……みんな、強くなった、…ね……」
強烈な一撃を腹部に受けたシエルは、吹き飛ばされる刹那、どこか誇らしげな微笑みを浮かべてそう呟いた。
致命傷を感知したシエルの腕輪が、瞬時に彼女の体を薄いオーラ状のバリアで包み込む。
シルフィアの強烈な一撃をバリアが完全に相殺すると同時に、役目を終えた2つの腕輪が「パリィンッ!」と甲高い音を立てて砕け散った。
勢い余って闘技場の石畳を十数メートル転がったシエルは、仰向けのまま静かに静止する。
静まり返る闘技場。
大地のガントレットが、パラパラと崩れ落ちる音だけが響く中、拡声マギアからギルベルトの震える声が響き渡った。
『両腕輪破損!シエル・ラインハルト失格!したがって……』
ギルベルトが大きく息を吸い込む。
『勝者、二年Dクラス、チームガレオス!!』
……ドオォォォォォォッッ!!
一瞬の空白の後。
学園の歴史が覆ったその瞬間に、闘技場を包み込んでいた結界が揺れるほどの、爆発的な大歓声と絶叫が空へ向けて轟き渡った。




