【第20話】事件の顛末。蠢く大国の影
5人に完全に包囲され、手駒の魔獣も失ったシャドウの男は、瞬時に状況が絶望的であると悟った。
男は「チッ!」と舌打ちをすると、身を翻し、一目散に薄暗い森の奥へと逃げ込もうとする。
「逃がすかよっ!」
カイルが前に踏み出し、魔力伝導鋼の黒い大盾を構えた。
そして自身の魔力を、盾に思い切り浸透させ、前方に力強く突き出した。
「シールドバッシュ!!」
カイルの盾からは、魔力を圧縮した見えない衝撃波が放たれた。
空気を震わせて飛んだ衝撃の波は、逃げようとしていた男の背中に正確に直撃する。
「ぐはっ……!」
物理的な質量を伴ったような魔力の衝撃に吹き飛ばされ、男は地面を数回バウンドし、そのままピクリとも動かなくなった。
「よし、やったぜ!」
カイルが盾を下ろして息を吐く。
アルノはすぐに森の入り口付近から丈夫な草のツルを引き抜いてくると、気絶した男に駆け寄り、手慣れた手つきで両手と両足を厳重に縛り上げて無力化した。
「よっしゃ、この勢いでもう一人も確保しにいこうぜ!」
カイルが意気揚々と森を指差すが、アルノは冷静に首を横に振った。
「だめだよ。すでに意識が戻っていれば危険だ。シャドウの隠密スキルがある上に、もう森の中は真っ暗なはずだからね。地の利は向こうにある」
アルノの的確な判断に、カイルも渋々頷いた。
「アルノの言う通りだ」と、ルイスが剣を鞘に収めながら口を開く。
「騎士団を呼ぶよりも、学園の方が距離が近い。私はここでこいつを見張っておくので、誰か先生を呼びにいってくれないか」
「じゃあ、ワタシとシルフィアで行くわ。ウチのクラスのロイド先生なら、ワタシたちが戻るまでは残ってると思うし」
ミラが言い、シルフィアも頷いて、二人は急いで学園の方向へと駆け出していった。
残された男三人は、縛り上げられたシャドウの男と、ビーストの死体を前に静かに警戒を解かずに待機した。
ーー
三十分ほどが経過した頃、遠くから複数の足音が近づいてきた。
夜が訪れ、薄闇は完全になくなっていたが、見事な満月の月明かりにより、辺りの視界は保たれていた。
ミラとシルフィアが連れてきたのは、Aクラス担任のギルベルトと、Cクラス担任のセリアだった。
「ロイド先生帰っとってん。ひどいと思わん?」と珍しく、シルフィアがご立腹だ。
「ルイス殿下、ご無事ですか!」
ギルベルトが鋭い三白眼をわずかに見開き、ルイスの無事を確認して安堵の息を吐く。
神経質そうに整えられた黒髪と、乱れのないスーツ姿は、いかなる時も変わらない。
その横で、セリアがふんわりとした茶髪を揺らし、「みんな、怪我はない?よく無事で……」と心配そうに生徒たちを見渡した。
「私たちは無事です。先生方、夜分に申し訳ありません」
ルイスが事情を説明しようとするが、現場の惨状と縛られた男を見たギルベルトは、冷ややかな視線をアルノたちに向けた。
「君たちは、自分たちからトラブルに向かっていっているのか?今回はルイス殿下まで巻き込んで。夜の森で魔獣の密輸業者と交戦するなど、生徒の領分を大きく逸脱している」
ギルベルトのチクリとした嫌味に、アルノやカイルが気まずそうに俯く。
しかし、すかさずセリアが一歩前に出て、優しい声で彼らを庇った。
「ギルベルト先生、彼らは学園の生徒として、立派に正義のために戦いました。もしこのビーストが王都へ持ち込まれていたら大惨事です。今は彼らをねぎらってあげましょう」
セリアの温かい言葉に、アルノたちはホッと胸を撫で下ろす。
「……結果論に過ぎませんがね」
ギルベルトは短くため息をつき、冷徹な表情に戻った。
「君たちはセリア先生と共に、すぐに学園へ戻りなさい。私はこの男の確保と、森の中にいるというもう一人を探してみます。セリア先生は学園に着いたら騎士団に連絡を」
その指示に頷きかけたアルノだったが、ふと気絶している男を見て、不安げに口を開いた。
「でも、先生。森を探している内に、もしこいつが目を覚まして逃げたりしたら……」
「心配はいらない」
ギルベルトはそう短く告げると、右手を軽く持ち上げ、指をパチンッと鳴らした。
その瞬間、気絶して転がっている男の周囲に、半透明で強固なキューブ型の結界が「ブゥンッ」という低い音と共に出現した。
男は完全に光の箱の中に閉じ込められ、外の世界から遮断される。
「えっ……」
ミラが驚愕に目を見開く。
ギルベルトのジョブはガーディアン、結界師である。
しかし、対象に一切触れることなく、少し離れた位置からこれほど強固な結界を展開し、さらに人間のサイズをまるごと閉じ込めるなど、並のガーディアンにできる芸当ではない。
かなりの熟練者でなければ結界そのものが崩壊してしまう。
以前、交換実習で共に戦ったファルシア公国のユリウスたちのことを思い出し、ミラはこの無愛想なAクラス担任が、どれほど規格外の凄腕であるかを痛感した。
「この結界は二時間は大丈夫だ。騎士団に引き渡すには十分だろう。では、私は森を探しに行ってくる」
「あ、先生、灯りは?」とシルフィアが問いかけると、
「不要だ。敵に自分の位置を知らせてどうする」
ギルベルトはそう言い残すと、スーツの裾を翻し、一切の躊躇なく完全な暗闇に包まれた森の奥へと一人で足を踏み入れていった。
「あ、あの先生が、あんなすごいガーディアンだったなんて……」
カイルがポカンと口を開けて呟く。
「ふふっ。ギルベルト先生に傷をつけられるシャドウはいないわ。さぁ、みんな学園へ戻りましょう」
セリアに優しく促され、5人は強固な光の箱に閉じ込められた男を残し、その場を後にした。
ーー
翌日の放課後。
アルノ、カイル、ミラ、シルフィアの4人は、担任のロイドから呼び出され、居残りを命じられていた。
「ねぇ、ミラ、シルフィア。昨日ギルベルト先生と、セリア先生に来てもらった時さ、2人になんて説明したの?」
アルノが問いかける。
「え?…裏山で魔獣の密輸業者と交戦して、一人を捕まえた。んー……あとの一人は森の中で意識を失ってる…だったかな?」
「そやね。それを聞いたら先生たち、すぐに案内しろて。それ以外は特に説明してへんなぁ」
ミラとシルフィアが、昨日の記憶をたどる。
「そっか、ありがと」
とアルノが告げたと同時に、教室のドアが開き「待たせたな…」とロイドが入ってきた。
教卓の前に立つロイドは、いつもの気怠げな様子を微塵も感じさせず、ひどく重苦しい表情を浮かべていた。
「…みんな…昨日のことだが、すまなかった」
ロイドが深く頭を下げる。
「ただの簡単なペナルティのはずが、お前たちをあんな危険な目に遭わせることになってしまった」
予想外の担任の謝罪に、4人は慌てて顔を見合わせた。
「先生、頭を上げてください。ボクたちこそ、すみませんでした」
アルノが一歩前に出て、真剣な顔で謝罪を返す。
「本当なら、相手が僕らに気づいていないうちにその場を去って、先生に報告すべきでした。でも、もし奴らがいなくなって、あの魔獣が王都に放たれたら大変だと思い、交戦してしまいました」
「そうか……。だが、今後もできる限り自分たちの命を優先するんだぞ。いいな」
ロイドは諭すように言った後、4人の顔を順番に見つめた。
「そこでだ。昨日のその後をお前たちも知る権利があると思い、その話をしようと思う」
ロイドの声のトーンが、さらに一段低くなる。
「ギルベルト先生によれば、一人で森の捜索に向かったが、もう一人の男は見つからなかったということだ。おそらく意識を取り戻し、逃げたのだろう」
ロイドは一度言葉を切り、苦々しい表情で続けた。
「そして、結界に閉じ込めていた方の男だが……ギルベルト先生が森の捜索を終えて戻ってきたところ、結界内で服毒自殺をしていたそうだ」
その言葉を聞いて、4人の顔色が一瞬にして蒼白になった。
「自殺、ですか……?」
アルノが声を震わせる。
「ああ。あらかじめ奥歯に仕込んでいた毒を飲んだらしい。つまり、奴らが何者で、誰の指示で動いていたのか、男たちの詳細は分からずじまいだ。騎士団には、その男の遺体とビースト二匹の死体だけが引き渡されたそうだ」
「先生、あのビーストたち、明らかにテイムされてた様に思ったんやけど、そんなことは出来るんですか?」
シルフィアが不安げに尋ねる。
「いや、テイムは不可能だ。テイムというのは心を通わせることで、従えさせるんだ。精霊魔法をあつかうお前ならそれが分かるだろう。ビーストは本能のみの生き物で、いわば心を失った存在だ。だから可能だとすれば、その本能を上書きするしかない」
ロイドの顔が明らかに曇る。
「じゃあ先生、その本能の上書きってのは可能なのか?」とカイル。
「出来るかもしれない。……いや、正確には出来たかもだ」
ロイドは窓の外、遠くの空を見つめるように視線を外した。
「数百年前、この大陸は戦争が活発で、各国がそれぞれ独自の技術を磨いて戦闘に利用していた。戦争は悲しい歴史だが、その時代のおかげで今の進歩があるともいえる。そんな中、ある国が捕虜をコマとして扱うため、精神支配を行う魔法を開発した。つまり…」
「『洗脳魔法』だ」
「洗脳魔法……」ミラがゴクリと唾を飲み込む。
「戦争終結後、各国の首脳陣が集まり、国際法が締結された。その中に、洗脳魔法は非人道的すぎるとされ、今後の開発と使用の禁止が盛り込まれ、一つの国を除いて全ての国が賛成し、条約は成立した」
「先生、その一つの国ってどこなんですか?」
アルノの問いに、ロイドはゆっくりと視線を生徒たちに戻した。
「大陸の中央から東部にかけて領地のある、グラン・フォリア王国から見て北西に位置し、山脈によって隔てられた軍事大国。……ゼルディア帝国だ」
『ゼルディア帝国』
その名を聞き、4人の間に重い沈黙が落ちた。
「しかし、洗脳魔法は数百年前の失われた技術で人間にしか作用しないものだとされている。歴史からも消そうとする流れもあり、記録も一部の文献にしか残っていない。ゼルディア帝国が、この数百年研究をやめずに、魔獣にまで転用できるところにまで、技術を高めていればべつだが……」
その推測が意味するものを理解し、教室に目に見えない巨大な影が覆い被さるような寒気を4人は感じた。
「まあ、お前たちは何も心配することはない。あとは俺たちにまかせておけ」
そう告げたロイドの瞳には、いつもの気だるさは欠片もなく、何か強い意思を感じる、鋭い光が宿っていた。
ーー
教室を後にした4人は、中庭のベンチに座って、昨日のことと先ほど聞かされた重すぎる事実を思い返していた。
どんよりとした空気が彼らを包み込む中、コツコツと規則正しい足音が近づいてきた。
「やあ、みんな」
振り返ると、ルイスが静かに立っていた。その顔にも、いつもの余裕のある微笑みはない。
「昨日の顛末は聞いたかい?」
ルイスの問いかけに、アルノは「うん」と一言だけ返した。
ルイスの真剣な表情を見て、アルノは悟った。
彼もまた、男が死んだこと、そして背後にある帝国の影についての報告を受けたのだと。
国家間の陰謀、魔獣の兵器化。
一学生が抱えるには、あまりにも大きすぎる問題だ。
しかし、アルノはふと顔を上げ、両手で自分の頬をパンッと叩いた。
「でさ、ルイス」
アルノは立ち上がり、努めて明るい声で話題を切り替えた。
「もうすぐ、学年末実習だね」
そう、すっかり秋も終わりに近づいている。
いよいよ2年の集大成であり、AからDまでのクラスのランクが総入れ替えとなる最大の実習、『クラス入れ替え戦』が行われるのだ。
「僕たちはDクラスから、Aクラスになってみせるよ。覚悟しててね、ルイス」
アルノは真っ直ぐにルイスを指差し、不敵に笑ってみせた。
そのいつもの飄々とした、しかし自信に満ちた調子に、ルイスは一瞬目を丸くした後、ふっと吹き出した。
「はははっ!なるほど。大人の事情は大人に任せて、私たちは私たちの戦いをするということか」
アルノの言葉に、気落ちしていたミラたちもハッと顔を上げた。
「そうね。立ち止まってる暇なんてないわ!」
ミラが杖を構えて意気込む。
「ウチも負けへんよ。精霊さんと一緒に、絶対Aクラスに上がったるわ」
シルフィアもタクトを胸に抱いて微笑む。
「おうよ!オレの新しい盾で、立ちふさがるやつら、全員弾き返してやるぜ!」
カイルがいつもの大盾を叩くふりをしながら、豪快に笑った。
彼らの頼もしい決意表明を聞き、ルイスは楽しそうに目を細めた。
「いいだろう。挑戦は受けて立つ。僕たちも全力で阻止させてもらうよ、チームガレオス」
迫り来る見えない帝国の影。
しかし、若き戦士たちは立ち止まらない。
それぞれの胸に熱い決意を抱き、5人は来たる学年末のクラス総入れ替え戦へ向けて、確かな一歩を踏み出した。




