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【第19話】立ちふさがる、不可解なビーストたち

ガシャンッ!!


重い金属音が響き、ビーストを閉じ込めていた鉄の檻の扉が、大きく開け放たれた。



「グルルルルォォッ!」



檻の中から飛び出してきたのは、青黒い毛並みに赤い魔力結晶を突き出させた二匹のオオカミ型ビーストだった。


理性を失ったビーストの瞳が、血走った色で赤く光る。


アルノは一瞬で戦況を把握した。


木から落ちて気絶した一人を除き、残る敵のシャドウ一人とビースト二匹は、すべて前方の荷馬車付近に固まっている。


「みんな!森の外まで走るんだ!」


アルノが鋭く叫んだ。


暗く木々が入り組んだ森の中は、隠密を得意とするシャドウや身軽な獣にとって圧倒的に有利だ。


迎撃するなら、視界の開けた場所でなければならない。


アルノの意図を即座に汲み取ったルイスたちも、一切の迷いなく森の出口へ向かって駆け出した。


「はぁっ……はぁっ……!」


最後尾を走るミラの息が上がり、足がもつれる。


先ほどの防衛戦でファイヤーウォールを維持し、サンダーバレットを放った彼女は、魔力枯渇による脱力で足に力が入らない。


「ミラ、そのまま走って!」


アルノは走りながら、腰に下げていた無骨な銃型のマギア、エーテルガンを構えた。


射速設定を上げ、カチッという機構音と共に引き金を引く。


銃口から「ビュンッ」と撃ち出された純粋なエーテルの光弾は、薄暗い森の中をまっすぐ飛び、ミラの胸元で揺れるエーテルリンクの緑色の魔石へと吸い込まれるように消えた。



「あっ……すごい、魔力が……!」



ミラが驚きに目を丸くする。



空っぽだった彼女の魔力タンクに、アルノの余剰魔力が注ぎ込まれたのだ。じんわりと温かい力が全身に満ち、ミラの足取りが一気に軽くなる。


「さっきのは何だい?ミラさんの魔力が回復したようにみえたけど?」


並走していたルイスが、信じられないものを見たという顔でアルノに尋ねた。


一度枯渇した魔力は、休息を取らない限り回復しないというのがこの世界の絶対的な常識だ。


「また今度説明する!今は敵に集中して!」


アルノが叫び返し、5人はひたすらに森を駆け抜けた。


やがて、鬱蒼とした木々が途切れ、視界が一気に開けた。


5人は森を抜け、まだ薄明るい、夕闇に沈む手前の草原へと到達した。


「ここで迎え撃つぞ!」


カイルの号令で、5人は振り返り、ルイスとカイルを前衛にした陣形を素早く整える。



ガサガサッ!



間髪入れず、森の茂みを掻き分けて三つの影が草原へ躍り出た。


殺気立つ二匹のビーストと、その中央を悠然と歩くシャドウの男だ。



「なぜあの男は襲われないんだ!?」



ルイスが剣を構えながら鋭く叫んだ。


ビーストは目につく動くものすべてを襲う狂獣のはずだ。


しかし、二匹のオオカミは男には目もくれず、真っ直ぐにアルノたちを睨みつけている。


シャドウの男が、自身の両手から魔力を放ち、それを二匹のビーストの頭部へ向けて流し込んだ。



「やれ」



男が低く呟いた瞬間、二匹のビーストが爆発的な脚力で地面を蹴り、アルノたちへと襲いかかってきた。


「来やがったっ!」


カイルが黒い大盾を構え、ルイスが剣の切先を下げて迎撃の体勢をとる。


だが、飛びかかってきた二匹の動きは、5人の予想を完全に裏切るものだった。


一匹がカイルの盾へ向けて正面から飛びかかると見せかけて直前で急ブレーキをかけ、カイルの意識を引いた隙に、もう一匹が死角からルイスの足元を狙って低く噛み付いてきたのだ。


「くっ!」


ルイスが辛うじて剣で牙を弾き返す。


「おい!もしかしてこのビースト、テイムされてるんじゃないのか!?」


カイルが盾を構え直しながら驚愕の声を上げた。


獣の本能だけで無秩序に暴れ回るはずのビーストが、まるで訓練された軍用犬のように、息の合った波状攻撃を仕掛けてきたのだ。


「ビーストはテイムできへんって、授業でならったで!?」


後衛からシルフィアが、タクトを握りしめながら、信じられないというように叫ぶ。


魔力結晶が脳に干渉し、理性を失ったビーストをテイムすることは不可能。


それはこの世界の絶対的な真理だった。


しかし目の前のビーストたちは、明らかに後方に立つ男の意志によって統率され、連携して動いている。


未知の技術で操られる異常な魔獣を前に、5人は戸惑いを隠せないまま、決死の戦闘へと引きずり込まれていった。


5人の陣形を崩そうと、二匹のビーストが統率された動きで左右から同時に襲いかかってくる。


「はぁっ!」


ルイスが鋭い踏み込みから、一匹の首筋を狙って剣を一閃した。


だが、ビーストはまるで事前に軌道を知っていたかのように、不自然なほど的確に後ろへ跳んでその一撃を回避した。


獣特有の野生の勘ではなく、完全に先を読んだ動きだ。


「ちぃっ、ちょこまかと!」


もう一匹の猛攻を黒い大盾で防いでいたカイルが、苛立ちの声を上げる。


そんな乱戦の最中、後衛から戦況を見つめるアルノの瞳だけは、極めて冷静に敵の動きを観察し続けていた。


(おかしい。テイムできないはずのビーストが、どうやってあんなに複雑な連携を……?)


アルノの視線が、ビーストから後方に立つシャドウの男へと移る。


男は腕を組んで立っているように見えたが、ビーストが動くほんの一瞬だけ、微かに指先を動かしていることにアルノは気づいた。


その瞬間、男の指先から極めて微弱なエーテルの波が放たれ、ビーストの額に突き出た赤色の魔力結晶へと吸い込まれていた。


「……そうか、わかったぞ!」


アルノが叫び、仲間に向けて声を飛ばした。


「みんな、聞いて!あの男は完全にテイムしてるわけじゃない!攻撃や回避の指示を出す一瞬だけ、ビーストの結晶へ向けてエーテル波を飛ばして操ってるんだ!」


「エーテルで直接指示を!?」


ミラが驚愕する。


「うん。だから、その指示の波長を妨害する!」


アルノは左手で無骨なエーテルガンを構え、銃口をルイスと対峙しているビーストの頭部に定めた。


本来は味方に魔力を供給するためのマギアだが、アルノはそれを攻撃へと転用する。


「ルイス!わざと大振りな攻撃を仕掛けて!相手が『回避』の指示を出す瞬間を狙う!」


ルイスは無言でアルノの意図を瞬時に理解し、莫大なエーテルを剣に込めると、わざと隙の大きい上段からの一撃を放った。


(もらった……!)


シャドウの男が嘲笑うように指先を動かし、ビーストの結晶へ『右へ回避しろ』という命令のエーテル波を飛ばす。


「今だっ!」


アルノがエーテルガンの引き金を引いた。



ビュインッ!



出力0.01の極細の魔力が、銃の機構によって増幅、純粋なエーテルの弾丸へと変換され、男のエーテル波とほぼ同タイミングでビーストの頭部付近へ着弾した。


シャドウの放った明確な命令の魔力に、アルノの放った純粋なエーテルが混ざり合う。


その結果、男の出した指示の波長がアルノの魔力によって強引に『希釈』された。


命令が薄まり、ノイズ混じりとなった指示をうまく認識できなくなったビーストは、回避行動に移れず、一瞬だけ動きをピタリと止めてしまった。


「なっ!?」


想定外の事態に、シャドウの男が驚愕の声を上げる。


その致命的な隙を、優秀なソーサナイト(魔導騎士)のルイスが見逃すはずがない。


「はぁぁぁっ!!」


振り下ろされたルイスの剣が、動きの止まったビーストの巨体を脳天から一刀両断に切り裂いた。


「よしっ、一匹やった!」


カイルが叫ぶ。


「まだもう一匹おるで!」


残る一匹が、命令の乱れと仲間の死に混乱したのか、カイルの盾を迂回して、後衛のシルフィアに向けて猛然と突進してきた。


「シルフィア!」


アルノがすかさずエーテルガンの銃口を向け、シルフィアのエーテルリンクへ純粋な魔力を撃ち込む。


「おおきに、アルノ君!これならいけるわ!」


魔力を十分に補給されたシルフィアは、短いタクトを両手で握りしめるように構えた。


「風の精霊さん、土の精霊さん、同時に力を貸して!」


風と土、二種類の精霊の同時使役。


一般的なエレメンターにとっては極めて難易度の高い複合精霊魔法だが、シルフィアはいとも簡単にそれをこなす。


十分な魔力を受け取った精霊たちが呼応し、草原の土と風が凄まじい勢いで巻き上がる。


無数の鋭い石ツブテを巻き込んだ、荒れ狂う巨大な『石の竜巻』が発生した。


「吹き飛びや!」


シルフィアがタクトを振り下ろす。


猛烈なスピードで迫っていたビーストは、そのまま石の竜巻に真っ向から飲み込まれた。


鋭い石ツブテと暴風が、硬い毛皮を容赦なく削り、ズタズタに引き裂いていく。


「ギャァァァウッ!」


断末魔の咆哮と共に、竜巻の中から弾き出された二匹目のビーストが、地面を何度もバウンドして力なく転がり、完全に沈黙した。


「す、すごい……」


凄まじい複合精霊魔法の威力を目の当たりにし、ルイスが思わず感嘆の声を漏らす。


土埃が晴れた草原には、静寂が降りていた。


沈黙する二匹の魔獣の死体。


そして、その奥には、手駒をすべて失い、信じられないものを見る目で立ち尽くす、シャドウの男が一人だけ残されていた。


「さて……」


カイルが新しい大盾をドンッと地面に突き立て、不敵な笑みを浮かべる。


ルイスが剣の血を払い、ミラが杖の先に炎を灯し、シルフィアがタクトを構える。


そしてアルノが、エーテルガンを男に向けて真っ直ぐに構えた。


「さぁ、これでおしまいにしようか」


5人の若き戦士たちに完全に包囲され、暗殺者の顔に初めて明確な絶望の色が浮かんだ。

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