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【第18話】5人に迫る、人の悪意と殺意

夕闇の迫る森の中、アルノの「行くよ」という静かな合図を皮切りに、5人の影が茂みから飛び出した。


先頭を駆けるのは、剣を抜いたルイスと、漆黒の大盾を構えたカイルだ。


二人は足音を殺したまま一気に距離を詰め、荷台のそばで話し込んでいた二人の密輸業者の背後へと肉薄した。


(剣の腹で打ち、気絶させる!)


ルイスとカイルは示し合わせたように、殺傷を避けた完璧な一撃を業者の首筋と背中へと振り下ろした。



ガィィィィンッ!!



「なっ……!?」



鈍い衝撃音と共に、カイルが驚愕の声を上げた。


二人の業者の体が、突如として淡い光の膜に包まれ、ルイスの剣とカイルの盾撃を完全に弾き返したのだ。


「くそっ!なにもんだっ!てめえらっ!」


業者の男が振り返り、舌打ちをする。


彼らの首元には、小さな魔石がひび割れて、光を失ったペンダント型のマギアが下がっていた。


「使い捨ての護身用バリアマギア……!奇襲にも備えていたのか」


ルイスが鋭く踏み込み直し、再び剣を振りかぶる。



だが、次の瞬間。



二人の業者の輪郭が、夕暮れの森に落ちる濃い影の中へ、ヌルリと溶け込んだ。


彼らは左右の別々の方向へと散り、完全にその姿をくらませた。


「消えた……!?」


後衛として控えていたミラが息を呑む。


ジョブ『シャドウ』。


気配を断ち、風景に同化する彼ら特有の隠密スキルだ。


「逃げちまったのか?」


カイルが大盾を構えたまま、薄暗くなった周囲の木々を警戒して呟く。


「いや、商品を置いていくわけがない」


アルノが極細の魔力を指先に宿し、静かに首を振った。


「おそらくどこからかボクらを見張っていて、隙をついて殺す気だ」



『殺す』



その単語が、5人の間に重く冷たい空気を落とした。


これまで、実習でビースト(狂獣)やファントム(幻獣)といった、強大な魔獣と死闘を繰り広げてきた。


だが、魔獣たちのそれは生存本能や狂気からくる暴力だ。


しかし今、暗闇の奥から向けられているのは、「知性を持った人間が、自分たちの命を奪おうとしている」という、純粋な悪意だった。


初めて対峙する『対人戦』の殺意に、カイルの背筋に冷たい汗が伝い、シルフィアの肩が微かに震える。


「……背中を合わせろ!円陣を組んで、アルノを守れ!」


ルイスの鋭い指示で、戦闘能力の無いアルノを中心に、4人は即座に互いの背中を守る形で円陣を組んだ。


「ワタシが防壁を張るわ!ファイヤーウォール!」


ミラが杖を高く掲げ、魔力を放出する。


5人をぐるりと囲むように、高さ3メートルほどの炎の壁がドーナツ状に燃え上がった。


赤々と燃える炎が周囲の影を散らし、一時的な安全圏を作り出す。


「……ここから、どうするん?」


シルフィアが、タクトを握りしめながら不安げに尋ねる。


「できれば森から出たいが、そうはさせてもらえないだろう」


ルイスが剣の切先を炎の向こうの暗闇に向けたまま、冷静に状況を分析する。


「相手のジョブは暗殺に特化したシャドウだ。正面からぶつかるより、私たちが恐怖と疲労で魔力を消耗し、炎の壁が消えるのを待つ方が確実だと分かっている。相手はどれだけ時間をかけてでも、私たちを追い込むつもりだ」


ジリジリと燃える炎の音だけが、森の中に響く。


どこから武器や魔法が飛んでくるか分からない極限の緊張感。


姿の見えない敵というプレッシャーは、5人の体力と精神力を容赦なく削っていった。


打開策が見つからないまま、膠着状態は二十分が経過しようとしていた。


「はぁっ……はぁっ……ごめん……っ!」


突如、ミラの口から苦しげな声が漏れた。


極度のプレッシャーによる焦りから、いつものような精密な魔力操作ができず、無意識のうちに魔力を過剰に浪費してしまっていたのだ。


ミラの杖の唐草模様から光が失われ、5人を守っていた炎の壁が、フッと音も立てずに掻き消えた。


炎の壁が消え去り、急激に森の夕闇が5人の視界に覆い被さった。


目が薄闇に慣れるまでの、ほんのわずかな一瞬の空白。



ヒュンッ!ヒュンッ!!



風を裂く鋭い音が、左右の死角から同時に5人を強襲した。


炎の壁が消えるその瞬間を、暗殺者たちは暗闇の中でじっと待ち構えていたのだ。


「甘い!」



キンッ!キンッ!カンッ!



ルイスが一瞬で剣を閃かせ、右から飛来した数本のナイフを空中で正確に弾き落とす。


「させねえよっ!」


カイルもまた、左から迫るナイフの群れを黒い大盾で受け止め、火花を散らした。


「精霊さん、お願い!風の障壁!」


すかさずシルフィアがタクトを振り抜き、5人をドーム状に覆う強力な風の障壁を展開した。


暴風の壁が、続いて飛んできたナイフの軌道を逸らし、遠くの地面へと突き刺す。


「やはり、こちらの隙を狙っていたな」


ルイスが剣を構え直しながら、鋭い視線を薄闇に向ける。


「くそっ!これじゃジリ貧だ!」


カイルが焦燥の声を上げる。


次にシルフィアの魔力が尽きれば、先ほどと同じ展開となってしまい、今度こそ全方向に障壁を張る手段を失うことになる。


そんな極限状態の中、戦闘能力を持たないアルノだけは、全く別の動きをしていた。


彼だけが、薄闇の中で冷静に『観察』を続けていたのだ。


「……見つけた」


アルノが小さく呟き、風の障壁の向こう、十数メートル先にある太めの木の幹を指差した。


「さっきナイフが飛んできた瞬間、相手の1人の位置を把握した。木の上だ。まだ移動もしていない」


「本当かい、アルノ?」


ルイスが驚いたように振り返る。


「うん。今からあそこの太めの木の幹にルーンを刻む。ルイスはそれに向けて、純粋なエーテルを放って」


「……あんな遠くにルーンを刻めるのかい?クラフターは極力近づかないと、線の安定が……」


ルイスの疑問はもっともだった。


通常、ルーンは対象のすぐ近くで刻むのが常識だ。


「大丈夫。ボクを信じて」


アルノは真っ直ぐにルイスの碧眼を見つめた。


出力0.01という、人類最低の魔力放出量。


しかし、極限まで細められたその魔力線は、誰よりも遠くまで届く『精密な狙撃』を可能にする。


ルイスはアルノの揺るぎない瞳を見て、何も聞かずに静かに頷いた。


「みんな、聞いて」


アルノは4人にだけ聞こえる声で、素早く指示を出す。


「ルイスが剣を抜いたと同時に、絶対に目をつぶってほしい。シルフィア、ほんの少しだけ、障壁に隙間を作って。カイルはその隙間からナイフが来ないか警戒して」


「分かったわ!」


シルフィアがタクトを操作し、風の障壁の一点に、ぽっかりと直径50センチほどの穴を開けた。


「オレの盾の横をすり抜けられると思うなよ!」


カイルが大盾を構え、その穴を塞ぐように半身に構える。



「いくよ……ルーン・ステッチ!」


キュインッ!



アルノの右手の指先から極細の魔力線が、微かなキャスト音と共に射出された。


それは風の障壁の隙間を抜け、十数メートル先の木の幹へと到達。


暗闇の中、わずか一秒で、直径三十センチほどの『太陽の柄』をした精巧なルーンを縫い込んだ。


「今だ、ルイス!」


「はぁぁぁっ!!」


ルイスが剣を居合い抜きで、斜め上に振り切る。


人類の限界値を超える彼の莫大な魔力が純粋なエーテルの波となって放たれ、アルノが刻んだ太陽のルーンのど真ん中へと正確に着弾した。



カッ!!



次の瞬間、夕闇に包まれていた森が真昼のように、いやそれ以上に白く染まった。


太陽柄の『発光のルーン』が増幅させた強烈な『閃光』が炸裂したのだ。


「ぐあぁぁッ!目が……!」


暗闇に完全に目を慣らし、不意打ちの機会をうかがっていたシャドウにとって、至近距離での閃光弾は致命的だった。


木の上から男の悲鳴が上がり、直後にドサッと何かが地面に落下する重い音が響いた。


アルノの指示通りに目をつぶっていた5人は、即座に目を開いた。


「シルフィア、障壁解除して!」


ミラの叫びと共に、シルフィアが風の壁を解く。


「音がしたのはあのへんねっ!…サンダーバレット!!」


ミラは残り少なくなった魔力を限界まで振り絞り、杖を落下音のした方向へ突き出した。


紫電を纏った雷の弾丸が一直線に飛び、木から落ちて呻いていた男の体に直撃。


バチィッという放電音と共に、男の体は大きく跳ね、完全に気を失って動かなくなった。


「よしっ!一人やったわ!」


ミラが肩で息をしながら叫ぶ。


「いや、もう一人残ってる!まだ警戒を怠るな!」


カイルが大盾を構え直し、残る敵の姿を探す。


太陽の閃光は前方へ向けて放たれたため、反対側にいたもう一人のシャドウにはダメージが届いていないはずだ。


「あっちだ!あそこにいる!」


アルノが鋭い声で、反対側の茂みを指差した。


5人が一斉に視線を向けると、いつの間にか檻を積んだ荷馬車の横に、もう一人の男が立っていた。


だが、男の様子はおかしい。


仲間がやられたことで完全に冷静さを失い、震える手で何かをしようとしていた。


男の手が掴んでいたのは、分厚い鉄格子で作られた、あのビーストの檻の鍵だった。


「まずいっ!」


ルイスが顔色を変えて叫んだ。



「やめろ!それを開ければ自分も襲われるぞ!」



ルイスの警告が夜の森に響き渡る。


しかし、恐怖と焦燥に駆られた男の耳には届かなかった。


自分たちではこの学生たちを殺せないと判断した男は、最も安易で、最も最悪な手段を選択した。



ガシャンッ!!



重い金属音が響き、ビーストを閉じ込めていた鉄の檻の扉が、大きく開け放たれた。

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