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【第17話】ペナルティと、王都に迫る影

放課後の王立グラン・フォリア魔導学園。


西日が差し込む正門へ続く道を、チームガレオスの4人は重い足取りで歩いていた。


「なんでワタシたちが、こんな地味な作業を……」


ミラが不満げに唇を尖らせる。


「自業自得だろ。だからオレは最初から気がすすまなかったんだ…。それにしても、なんでオレばっかりこんなデカいカゴを背負わなきゃならねえんだよ」


カイルが背中の巨大なカゴを揺らしながら、大きなため息をつく。


昨夜の騒動の罰として、ロイド先生から「裏山の森でポーションの材料になる指定の薬草をカゴいっぱいに採取してこい」というペナルティを課されたのだ。


「まぁまぁ。カイルはオバケが怖かっただけでしょ?それに、たまには森の空気を吸うのも悪くないよ」


アルノだけは、一人楽しそうに笑っている。


「アルノ君はほんまにポジティブやねぇ」


シルフィアが苦笑いしながらポニーテールを揺らした、その時だった。


「おや、君たち。こんな時間から寮とは反対方向へ向かって、どこへ行くんだい?」


澄んだ、気品のある声が4人を呼び止めた。


振り返ると、そこには輝くような金髪を夕日に透かせた、Aクラスの第一王子、ルイスが立っていた。


「ルッ、ルイス殿下……!」


カイルが慌てて姿勢を正す。


「やあルイス。実はね、昨日の夜、こっそり修練場に忍び込んだのがロイド先生にバレちゃって。その罰則で、裏山の森に薬草採取に行くところなんだ」


「バカアルノ! 王族である殿下に何てこと言ってんだ! 呆れられちまうだろ!」


カイルが青ざめてアルノの口を塞ごうとするが、ルイスの反応はカイルの予想とは全く違っていた。


「夜中の学校に忍び込む……? ふふっ、はははは!」


ルイスは驚いたように目を丸くした後、とても愉快そうに笑い声を上げた。


「君たちは本当に退屈しないな! 私のような立場では、常に規律と模範を守らねばならず、校則を破るなど考えたこともなかった。だが、その常識にとらわれない自由さにはとても惹かれるよ」


ルイスの碧眼が、好奇心でキラキラと輝いている。


「面白そうだ。私もその罰則とやらに同行させてもらえないだろうか。前回手伝えなかった分も頑張るよ」


「ええっ!? いけません殿下! 我々の罰則に王族を巻き込むわけには……!」


カイルが必死に止めるのも聞かず、ルイスは優雅な足取りでアルノの隣に並んだ。


「人手が増えるなら大歓迎だよ。よろしくね、ルイス」


「ああ、任せてくれ」


こうして、なぜか第一王子を加えた5人は、学園の敷地外にある裏山の森へと足を踏み入れた。


森の中に入ると、さっそくシルフィアがエレメンターの力を発揮した。


「風の精霊さん、ウチの魔力をあげるから、この葉っぱと同じ匂いの草を探してくれへん?」


シルフィアが短いタクトを振り、自身の魔力を分け与えると、目に見えない風の精霊たちが嬉しそうに森の奥へ散っていく。


「あ、あそこの木の根元にあるって教えてくれたわ」


シルフィアの案内で、ミラやアルノが手際よく目的の薬草を根元から引き抜いていく。


「なるほど、魔法に頼らず自然の中から目的の物を探し出す……これは高度な探索訓練にもなるな! よし、私もやってみよう」


ルイスは気合いを入れて薬草の前にしゃがみ込んだ。


「この薬草は根にこそ薬効がある。なら、精密な魔力操作で地面に振動を起こし、土を柔らかくして一切の傷をつけずに引き抜く!」


ルイスの指先から、Aクラス首席の圧倒的で緻密な魔力が放たれる。


固かった土が、ふわふわとほぐされ、薬草を抵抗無く引き抜け……るはずだったが。


ブチッ。


力加減が上手くいかず、薬草は見事に途中で千切れてしまった。


「あ……」


「ルイス殿下、それただの雑草です。しかも無駄に魔力を使うから途中で切れちゃってますよ」


ミラが呆れたようにため息をつく。


「お、おかしいな。私の計算では完璧な魔力操作だったはずだが……」


完璧超人であるはずのルイスが、泥だらけになって狼狽えている。


泥臭い手作業の経験がないため、完全に空回りしていたのだ。


その意外な不器用さに、アルノは思わず吹き出した。


「あはは! ルイス、薬草採取に魔法なんて大げさだよ。こうやって、指先で土を優しくほぐして……ほら、簡単に抜けるでしょ?」


アルノが隣にしゃがみ込み、実演してみせる。


「なるほど……魔法に頼らず、自分の手で触れて感じるのか。よし、もう一度だ!」


ルイスは王族のプライドなど完全に忘れ、夢中になって土を掘り返し始めた。



それから数時間後。



「ふぅ……これでカゴいっぱいだな!」


カイルがずっしりと重くなったカゴを背負い直す。


ルイスの制服はすっかり泥だらけになっていたが、その表情は王宮では決して見せないような、新鮮な満足感と心地よい疲労感に満ちていた。


「素晴らしい経験だった。手作業で何かを成し遂げることが、これほど気分が良いとは知らなかったよ」


「ルイス殿下が土いじりなんて、なんかさらに親しみわくわぁ」


シルフィアが微笑み、周囲を飛んでいた風の精霊にタクトを向けた。


「精霊さん、手伝ってくれてほんまにありがとう。もう、帰ってええよ」


シルフィアが使役を解こうとしたが、精霊は彼女の周囲をくるくると回り、微かな音波を伝えてきた。


「え? 森の出口まで見送ってくれるん? ……ふふっ、ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね」


シルフィア以外には見えないが、風の精霊と共に、5人は夕暮れの森を歩き出した。


しかし、森の出口が近づいてきたその時だった。



「……っ」



シルフィアが不意に足を止め、イヤーカフ型のマギア『ハルモニア』を強く押さえた。


「どうしたの、シルフィア?」


アルノが振り返ると、彼女は青ざめた顔で森の入り口付近の茂みを睨みつけていた。


「精霊さんたちが……出口のほうに、歪で嫌な気配がするって、騒ぎ始めたんや……」


その言葉に、全員の空気が一変する。


アルノはスッと視線を足元に落とした。


「……シルフィアの言う通りだ。見て、この足跡」


アルノが指差した地面には、普段は誰も通らないはずの獣道に、深くえぐられたような二本の轍が残っていた。


「重い荷馬車の車輪の跡だ。それにこの蹄、馬じゃなくて何か別の大型の生き物が引いているようだ。こんな森の入り口の、しかも道なき道に、重い荷物を積んだ獣車が入ってくるなんて絶対におかしい」


カイルが背負っていた巨大なカゴを音を立てずに地面に下ろし、顔つきを険しくした。


「密猟者か、それとも盗賊か……。いずれにせよ、まともな連中じゃねえな。オレが様子を見てくる」


「待って、カイル。全員で慎重に行こう」


アルノの指示で、5人は足音を殺し、木々の陰に隠れながら森の入り口付近へと近づいていった。


茂みの隙間から様子をうかがうと、そこには一台の巨大な荷馬車が停まっていた。


馬車を引いているのは、四つ足の屈強な牛型カーム(静獣)のようだ。


荷台には、分厚い黒い布ですっぽりと覆われた巨大な立方体が二つ、鎮座している。


そして、荷馬車のそばには、見慣れない粗暴な風体をした二人の男が立っていた。


薄汚れた外套を羽織り、腰には無骨な剣を下げている。どう見ても一般の商人や学園の関係者ではない。


「完全に暗くなるまで、ここで待とう」


男の一人が、周囲を警戒しながら低い声で言った。


「ああ。時間通りに、王都に潜り込んでいる『取引相手』へこの商品を渡さないと厄介なことになるからな」


もう一人の男が、黒い布で覆われた荷台をポンと叩きながら答える。


「王都に潜り込んでいる取引相手……?」


ルイスが眉をひそめ、声にならない声で呟く。


その時だった。


夕暮れの森を吹き抜けた強い風が、荷台を覆っていた黒い布の一部を大きくめくり上げた。



「……ッ!」



茂みに隠れていた5人は、一様に息を呑んだ。


布の下から現れたのは、頑丈な太い鉄格子で作られた二つの巨大な檻だった。


そして、その檻の中に閉じ込められていたのは、青黒い毛並みを持った凶悪な姿の中型のオオカミ型の魔獣だった。


ただの魔獣ではない。


その額からは、不気味に脈打つ赤色の魔力結晶が、まるで歪な角のように突き出している。



「あれは……ビースト!」



ミラが思わず口元を押さえる。


脳の付近に結晶が現れ、理性を完全に失った狂獣。


テイムすることなど絶対に不可能であり、出会えば討伐するしかない純粋な災害。


本来ダンジョンにいるべき魔獣が二匹も、厳重な檻に入れられ、王都のすぐそばまで運び込まれているのだ。


「王都へ、生きたビーストを持ち込もうとしているのか……?」


カイルがギリッと奥歯を噛み締める。


もしあんなものが王都の市街地で解き放たれれば、逃げ遅れた一般市民にどれほどの被害が出るか想像もつかない。


「……許し難い暴挙だ」


ルイスの、静かに、しかし絶対的な怒りを思わせる冷たい声が響いた。


先ほどまで泥だらけになって薬草を不器用に引き抜いていた、親しみやすい同級生の顔はそこにはない。


その碧眼には、王都の民を脅かす悪を絶対に容赦しない、第一王子としての強い意思が宿っていた。


「薬草採取では君たちの足を引っ張ってしまったが……私の本来の領域で、少しは役に立たせてもらおう」


ルイスは静かに、しかし流れるような動作で腰の剣の柄に手をかけた。


1年Aクラス首席、ルイス・グラン・フォリア。


彼の体から、人類の限界値を超える『魔力量8.05』の圧倒的な密度を持ったエーテルの波が静かに立ち昇り始める。


その頼もしい背中を見て、カイルも新しく手に入れた魔力伝導鋼の黒い大盾を構えた。


「王都の民を危険に晒すような真似、王家の盾を目指すオレが見過ごせるわけがねえ」


ミラが愛用の杖を強く握り締め、シルフィアも短いタクトを構えて精霊たちへ再び魔力の供給を始める。


そしてアルノは、右手の親指にはめられた祖父の指輪を一度だけ撫でると、ダミーの指ぬきグローブを静かに外した。



「……行くよ、みんな」



アルノの静かな合図と共に、5人の若き戦士たちは、王都の平和を揺るがす密輸業者と二匹のビーストを止めるため、夕闇の迫る森の茂みから飛び出していった。


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