【第16話】真夜中の学校探索。用具置き場の幽霊?!
真夜中の、王立グラン・フォリア魔導学園。
昼間の活気が嘘のように静まり返った校舎の裏手で、四つの人影がこそこそと身を潜めていた。
「ねえ、アルノ。アンタの言う『すっごくいいこと』って、まさかこれのことだったわけ?」
ミラが呆れ果てた声で、アルノをジロリと睨む。
「うん! 夜中なら誰にも見られずに、修練場でエーテルガンの射撃練習ができるでしょ。我ながら完璧な作戦だと思うんだけどな」
アルノは悪びれる様子もなく、飄々とした笑顔で胸を張った。
「いや、完璧も何も……ただの不法侵入やんか」
シルフィアが困ったようにポニーテールのしっぽを揺らす。
「まぁまぁ。ボクたちの新マギアを隠し通すには、これしかないんだよ。それに、クラス昇格戦で勝つためには、実戦レベルの命中精度が絶対に必要になるからね」
その正論を突きつけられると、誰も反論できなかった。
「……わかったよ。だけど、見回りの教師に見つかったら即アウトだからな。まずは修練場の鍵を『借りる』ために、職員室へ向かうぞ」
カイルが渋々といった様子で先導を切る。だが、その声は普段の威勢の良さに反して、ひどく上ずっていた。
月明かりだけが頼りの薄暗い廊下は、昼間とはまるで別の空間を歩いているような不気味さがあった。
特に、人一倍体が大きく、チームの絶対的な盾であるはずのカイルは、ミラのポンチョの裾を指先でギュッとつまみ、周囲をキョロキョロと警戒しながら歩いている。
「ちょっとカイル、ポンチョが伸びるんだけど。離してよ」
「ば、ばか、離したら暗くて前が見えねえだろ!」
「アンタねぇ……。そういえば、夜の修練所に幽霊が出るって噂、ホントかしらね〜」
ミラが意地悪な笑みを浮かべて、わざと1年の時の話を蒸し返した。
「ひっ! や、やめろ! オレは幽霊が怖いんじゃねえ! 盾で防げない、物理法則を無視した存在が苦手なだけだ!」
「ふふっ、相変わらずカイル君はオバケの話になるとムキになるんやねぇ」
シルフィアが口元を押さえてクスクスと笑う。
「だからオバケじゃねえって!」
カイルが顔を真っ赤にして反論した、その時だった。
カタカタ……ガタガタ……。
静まり返った廊下の奥から、不規則で無機質な物音が響いてきた。
全員の足がピタリと止まる。
「……ほら、言わんこっちゃねえ! 修練場の方からじゃねえか! やっぱ出るんだよ、…帰ろう、な!?」
カイルが涙目でアルノの肩を揺さぶる。
だが、シルフィアが青ざめた顔で首を振った。
「ううん……今の音、修練場の方からやないよ……あっちの角からや」
シルフィアの指差した先は、修練場とは反対側の、廊下のどん詰まりだった。
「え、なんだろう? 行ってみようよ」
「おい馬鹿アルノ! なんでそういう思考回路になるんだよ!」
カイルの必死の制止も虚しく、アルノは好奇心に目を輝かせて音の鳴る方へ歩き出してしまった。
一番の戦力であるミラとシルフィアがアルノについていくため、カイルも一人残される恐怖から、ガタガタと震えながら最後尾をついていくしかなかった。
音の出処は、廊下の隅にある『用具置き場』だった。
カタカタ、ガタガタという音は、明らかにその薄暗い部屋の中から聞こえてくる。
アルノがそっと扉を開け、4人は隙間から中を覗き込んだ。
窓のない用具置き場の中は、完全な暗闇だった。
だが、目が慣れてくると、その中で何かが蠢いているのが見えた。
「……なにか、動いてる……」
ミラが息を呑む。
そこにあったのは、タイヤが付いた箱型の自動掃除マギアや、床に引かれた専用のラインに沿って走るはずの自動運搬カートだった。
それらが、誰も触れていないのに、ガタガタと不規則に動き回り、壁や棚にぶつかっては無機質な音を立てていたのだ。
動力源の魔石も入っていない、スイッチも入っていないマギアが、勝手に動いている。
それはまさに、見えない何者かがマギアを操っているような、ポルターガイスト現象そのものだった。
「で、出たぁぁぁぁぁっ!!」
カイルの悲鳴が、夜の校舎に響き渡った。
恐怖が完全に限界を突破したカイルは、一目散に廊下を逆走し始めた。
それに釣られてミラとシルフィアも「いやぁぁっ!」とパニックになり、動くマギアを興味深そうに観察し始めたアルノをその場に残して、猛ダッシュで逃げ出した。
「ちょっと待ちなさいよカイル! アンタ前衛でしょ!」
「うるせえ! 物理攻撃が通じねえ奴は管轄外だ!!」
暗闇の廊下をパニック状態で走っていたミラが、角を曲がろうとしたその瞬間だった。
ドンッという鈍い音と共に、ミラは黒い人影に激突した。
「きゃあっ!」
「オバケに捕まったぁぁっ! ミラ、しっかりしろ!」
カイルがへたり込んだミラを庇うように前に出るが、その足はガクガクと震えている。
「……お前ら、こんな夜更けに廊下を走って、何事だ」
暗闇から聞こえてきたのは、ひどく気怠げで、聞き覚えのある低めの声だった。
黒い人影がゆっくりと壁に歩み寄る。
そして、左の指先でささっと10センチほどの発光のルーンを刻むと、そこに手を当てて魔力を流し込んだ。
ぼんやりと、本当に微かな光が壁の一部から放たれる。
石造りの壁は魔力の伝導率が悪く、雑に描かれた即席のルーンでは、周囲をわずかに照らすのが限界だった。
だが、その薄暗い光に照らし出された顔を見て、三人はポカンと口を開けた。
ヨレヨレの白衣に、無精髭、常に眠そうな目をしているその男は、彼らの担任、ロイド・アッシュだった。
「ろ、ロイド先生……!」
ミラが安堵のあまり、へなへなとへたり込む。
「先生、なんでこんなとこにっ?!」
もちろん当直なのであろうが、完全にテンパっているシルフィアも、その考えにまで気が及ばない。
「俺は見回り中に照明マギアの魔石が切れちまってな。予備を探しに用具置き場に行く途中だったんだが……」
ロイドは面倒くさそうに頭を掻きながら、壁のルーンを指先でサッと消して、再び暗闇の中を歩き出そうとする。
夜中の徘徊を怒られることなどすっかり忘れた三人は、ロイドにすがりつくように叫んだ。
「せ、先生! だめだ!用具置き場に行っちゃ! あそこに、オバケが出たんだよ!」
「はぁ?」
カイルの必死の訴えに、ロイドは深く、本当に深いため息をついた。
「オバケだぁ? お前ら、一応は魔導学園の生徒だろうが。魔導という物理法則を学んでいる人間が、オカルトに怯えてどうするんだ」
「だ、だって本当に勝手に動いてたんです! 魔石も入ってないマギアが!ポ、…ポルターガイストってやつですよ!」
ミラが涙目でロイドの白衣の袖を引っ張る。
「……やれやれ。仕方ない、案内しろ」
ロイドは面倒くさそうに首を鳴らすと、三人を引き連れて再び暗闇の廊下を歩き出した。
カイルたちは、今度はロイドの背中に隠れるようにして、おずおずと用具置き場へと戻っていく。
用具置き場の前まで来ると、まだ中からはカタカタ、ガタガタとマギアが壁にぶつかる音が漏れ聞こえていた。
カイルが「ひぃっ」と喉の奥で悲鳴を上げる中、ロイドは「ガラッ」と無造作に用具置き場の扉を全開にした。
そして先ほどと同じく、左手の指先で壁にささっと発光のルーンを描き、魔力を流し込む。
ぼんやりとした光が、窓のない用具置き場の中を照らし出した。
「アルノッ! 無事か!?」
カイルが恐る恐る中を覗き込むと、そこには信じられない光景が広がっていた。
「あはは、こっちのカートは右の車輪の軸が少し歪んでるから、まっすぐ進めないんだね。おっ、こっちの掃除マギアは古い型だけど、回路の組み方がすごく綺麗だなぁ」
アルノが一人、勝手に動き回るマギアたちに囲まれながら、床にしゃがみ込んで楽しそうにメモを取っていたのだ。
恐怖など微塵も感じていない、生粋のマギアオタクの顔である。
「ア、アルノ……お前、無事だったのか……?」
カイルがへたり込みそうになりながら声をかけると、アルノは振り返ってパッと顔を輝かせた。
「あ、みんな! それにロイド先生も! ちょうどよかった、オバケの正体が分かったよ!」
「オバケの正体?」
ミラとシルフィアが顔を見合わせる。
アルノは立ち上がると、用具置き場の奥、モップやバケツが乱雑に立てかけられている壁の角を指差した。
「みんな、ここを通っている太い金属の配管を見てよ。これ、見覚えがない?」
三人が目を凝らすと、確かに壁の角に沿って、直径十センチほどの無骨な配管が通っていた。
「これって……もしかして」
「そう。1年の時にカイルが死ぬ気で水を吸い上げて掃除した、屋上の『魔力集光板』につながるインフラ配管だよ。あそこで集めたエーテルを、学園の各施設に分配するためのものなんだけど、当然この用具置き場の裏にも通っていたんだ」
アルノは配管の一部、ちょうどカートの持ち手くらいの高さの部分を指でなぞった。
「見て。誰かが重い機材でも乱暴にぶつけたのか、配管の継ぎ目にヒビが入ってるんだ。そこから、目に見えない『純粋なエーテル』が、ガスみたいに少しずつ漏れ出していたんだよ」
「エーテルが、漏れてた……?」
シルフィアが不思議そうに小首を傾げる。
「うん。この用具置き場は窓がなくて密閉されているからね。漏れ出した高濃度のエーテルが、この狭い空間に充満してしまったんだ。それが、棚に置かれていた古いマギアのむき出しの回路に直接触れたことで、魔石が入っていなくても勝手に通電して、エラーを起こしながら迷走していた……っていうのが、今回のポルターガイスト現象の真相さ」
アルノの明快な物理的解説を聞き、カイル、ミラ、シルフィアの三人は、ポカンと口を開けたまま数秒間フリーズした。
やがて、カイルが全身の力を抜いて、その場にズルズルと崩れ落ちた。
「なんだ……ただのエーテル漏れかよ……。オバケじゃなかったのか……」
「よかったぁ……ほんまに寿命が縮むかと思たわ……」
シルフィアも胸を撫で下ろし、ミラも「ちょっと、ワタシたちのパニックを返してよ!」と安堵の怒りをアルノにぶつけた。
「やれやれ……」
ロイドがため息をつきながら配管に近づき、「……これを治すには道具がいるな」と言い、近くにあったガムテープで応急処置をした。
「とりあえず、これで漏れは止まるだろう。本格的な修理は、明るくなってからだな」
ロイドの応急処置が終わると、部屋に充満していたエーテルが徐々に霧散し、動き回っていたマギアたちが一つ、また一つとカタッと音を立てて機能を停止していった。
完全な静寂が戻り、4人はようやく心からの安堵の息を吐き出した。
「いやぁ、これで一安心だな! さ、帰って寝ようぜ!」
カイルが立ち上がり、いそいそと廊下へ戻ろうとした、その時だった。
「……待て」
ロイドの低く、いつもと違う鋭い声が、用具置き場に響いた。
「……お前ら、そもそも夜中の学校で、何をしていた?」
「えっ」
カイルの足がピタリと止まる。
暗がりの中で、ロイドの眠そうな目が、今は獲物を捕らえた肉食獣のように鋭く光っていた。
ピシッ、と4人の背筋が凍りついた。
オバケの恐怖で完全に頭から抜け落ちていたが、自分たちは「修練場に不法侵入して秘密の射撃特訓をする」という、立派な校則違反の真っ最中だったのだ。
「あ……いやー………」
アルノがひきつった笑顔でロイドを見る。
ミラは視線を宙に泳がせながら、吹けもしない口笛を「ヒューヒュー」鳴らし、シルフィアは気まずそうに目を伏せた。
「あの、先生……これはその、違うんです。夜の学校の空気が吸いたかったというか……」
カイルがしどろもどろに言い訳を試みるが、ロイドは無慈悲に首を横に振った。
「生徒が夜間に寮を抜け出し、施設へ不法侵入したとなれば、担任の俺がどれだけの始末書を書かされると思ってるんだ。……全員、そこに正座しろ」
「「「「はい……」」」」
深夜の静まり返った暗い廊下。
4人は冷たい石の床に一列に正座させられ、そこからたっぷり一時間、ロイド先生のしつこくネチネチとしたお説教を聞かされる羽目になった。
「足が……痺れて……」
「アンタのせいよアルノ……」
「ううっ……ウチもう帰りたい……」
涙目で震える三人とは対照的に、アルノは正座しながらも「でも、配管から直接エーテルを引く仕組み、マギアの動力源として応用できそうだな……」と、懲りずに一人でブツブツと新しいアイデアを練っていた。
結果として、チームガレオスの秘密兵器『エーテルガン & エーテルリンク』の実戦特訓は、あえなく延期となってしまったのだった。




