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【第13話】再会の誓い。さらば、ファルシア公国

ファルシア公国での過酷な合同実習から数週間が経過した。


座学や他のカリキュラムもすべてこなし、交換留学プログラムも残すところ明日の帰国を待つのみとなった最後の休日。


チームガレオスとチームクラークの8人は、思い出作りのため、ファルシアの首都で一番賑やかな繁華街へと繰り出していた。


「わぁ、見てよみんな!この串焼き、グラン・フォリアの屋台よりずっと大きいわ!」


「ほんまやねぇ。こっちの果物を使ったジュースも、めっちゃ甘くて美味しいわぁ」


ミラとシルフィアが目を輝かせながら、石畳の通りに並ぶ異国の屋台を巡っている。


その後ろでは、アルノが見たことのない構造の屋台の照明マギアに顔を近づけ、ブツブツとルーンの解析に夢中になっていた。


「へえ、ここの魔石の接続部分、出力のロスを減らすために独特な回路になってるんだ。面白いなぁ……」


「おいアルノ、あんまり勝手に触るなよ。それにミラもシルフィアも、そんな片っ端から買い食いして、明日腹を壊しても知らないぞ」


巨大なリュックこそ背負っていないものの、カイルは相変わらずのオカン気質で目を光らせている。


「カイル君はお母さんみたいだなあ。せっかくの休日なんだから、もっと楽しもうよ!」


ニコラスが笑いながらカイルの肩を叩くが、カイルに渋い顔で払いのけられていた。


ジャングル迷宮での死闘が嘘のような、平和で活気に満ちた街並み。


エリートも落ちこぼれもなく、8人はただの同年代の学生として、すっかり打ち解けた様子で笑い合っていた。


「さて、腹ごしらえの前に、まずはあそこへ行くわよ」


ディアナが自信満々に指差したのは、首都の大通りに面した一際巨大で豪奢な建物だった。


白亜の壁には、優美な花を象った紋章が掲げられている。



「ここは……『マグノリア商会』の本店?」



ユリウスが眼鏡を押し上げて建物の名前を読み上げる。


「そうよ。カイル、あなたに新しい盾を見繕ってあげるって約束したでしょう。うちの商会が扱う最高級品を用意させてあるわ」


ディアナの言葉に、カイルは少し気後れしたように鼻を掻いた。


「いや、あんなのただの口約束だろ。それに最高級品なんて、オレの小遣いじゃ一生かかっても……」


「馬鹿ね、お金なんて取るわけないでしょ。私を庇って割れた盾の代わりなんだから、黙って受け取りなさい」


ディアナが強引にカイルの腕を引っ張り、一行はVIP専用の応接室へと通された。


店長らしき男がうやうやしく運んできたのは、三つの巨大な盾だった。


どれも一目で業物とわかる重厚な輝きを放っている。


その中でカイルが迷わず手に取ったのは、一切の装飾を排した、黒光りする無骨な大盾だった。


「お目が高い。それは最新の『魔力伝導鋼』を何層にも重ねて打ち直した特注品です。物理的な硬度はもちろん、魔力伝導率が非常に高いので、自身の強化と共に強くなる盾でございます。カイル様であればご自身の特質『絶対魔力耐性』をまとわせることも可能です」


支配人の説明を聞きながら、カイルは新しい盾の重みとグリップの感触を確かめ、顔を綻ばせた。


「すげえ……これなら、ファントムの魔法を受けても絶対に割れねえ。ディアナ、本当にいいのか?」


大興奮するカイルに対し、ディアナはツンとそっぽを向いた。


「ふん、その盾があるなら、次は傷一つ負わずに私を守りなさいよ。……まぁ、似合ってはいるんじゃないかしら」


照れ隠しのように言うディアナに、テレサが後ろでクスクスと笑い、カイルは「ああ、任せとけ!」と嬉しそうに白い歯を見せた。


新しい盾を背負ってすっかり上機嫌なカイルと共に、ニコラスが予約してくれたというレストランへ向かう道中。


近道として薄暗い裏通りを歩いていたアルノは、ふと、並び立つ建物の中で一際異質な存在感を放つ建造物の前で足を止めた。


「ねえ、この要塞みたいな建物は何かな?」


アルノが指差した先には、看板一つない石造りの建物があった。


窓は一つもなく、入り口には分厚い鉄格子。


さらにその奥には、複雑な魔法封印のルーンが幾重にも刻まれた三重の重厚な鉄扉が鎮座している。


銀行の金庫室でさえ、ここまでの厳重な構えはしていないだろう。


「ああ、ここはリターンキー管理協会……通称『ゲートキーパー』ですよ」


アルノの疑問に答えたのは、ユリウスだった。


「ゲートキーパー……。でも、グラン・フォリアの王都でこんな建物、見たことないよ?」


「グラン・フォリアにもあるはずですが、おそらく場所が秘匿されているのでしょう。グラン・フォリアでは、正式に認定された高ランクの探索者や、国の要人にしか、その所在は明かされないのかもしれません」


ユリウスは真剣な顔つきで、その重厚な鉄扉を見つめた。



「ダンジョンのタルタロスを行き来するリターンキーは、ただのマギア(魔導具)ではありません。もしキーが他国のスパイや悪人の手に渡れば、ダンジョン内の魔獣を故意に街へ解き放つことも可能になってしまうし、貴重な資源が奪われる可能性もあります。キーの紛失や盗難は、一国の安全保障を根底から揺るがす重大事なんです。だからこそ、各国はこうして異常なほど厳重にキーを管理しているんですよ」



その言葉に、アルノは息を呑んだ。


1年の実習で、自分たちはリターンキーを紛失し、あまつさえアルノがその場で複製してしまった。


あの時は無我夢中で気にも留めなかったが、国家レベルの厳重なセキュリティと暗号化ルーンを、たった一目見ただけで解析し、自作してしまった自分の行動が、いかに常識外れで危険なことであったかを今更ながらに痛感する。



(リターンキーは、決して部外者の手に渡ってはいけないもの……。そして、ボクがキーを複製できるということは、他国に決して知られてはいけないんだ……)



分厚い鉄扉に刻まれた防衛用の複数のルーンを見つめながら、アルノの胸の奥に、言葉にできない微かな不安がよぎった。


「アルノ君、いくでー!」


とシルフィアに声をかけられ、「あ、今行くよ!」と、アルノは慌てて皆の後を追いかけた。



ーー



ニコラスが予約していたのは、ファルシア公国でも一等地に店を構える、美しいガラス細工の照明が特徴的な高級レストランだった。


広々とした個室の円卓を8人で囲み、色とりどりのファルシア名物料理が所狭しと並べられる。



「それじゃあ、グラン・フォリアとファルシア、両国のチームの絆に……乾杯!」



「乾杯!」



ニコラスの音頭で、皆のグラスが「チンッ」と音を立てて触れ合う。


食事中は、話題が尽きることがなかった。


ジャングル迷宮での死闘を笑い話に変え、互いの国の文化の違いに驚き、他愛のない冗談で盛り上がる。


「ニコラス、このステーキソース、隠し味に何か特別な香草が使われてるみたいだけど、何かわかるか?」


カイルが真剣な顔で料理を頬張りながら尋ねる。


「ええっ、そこ気にするの!? さすがカイル、完全に主夫の顔になってるぜ」


「誰が主夫だ!オレはただ、こいつらの健康管理のために味付けを分析してるだけだ!」


「ふふっ、さすがチームガレオスのお母さん」


シルフィアが口元を押さえて上品に笑うと、ミラも「ワタシ、このソースのレシピ知りたいかも」と便乗し、円卓は和やかな笑い声に包まれた。


食事が進み、色鮮やかな果物のデザートが運ばれてくる頃、話題は自然とそれぞれの「将来の展望」へと移っていった。


「今回の合同実習で、あなたたちの強さはよくわかったわ」


ディアナが紅茶のカップを置き、少しだけ寂しそうな、それでいて誇り高い眼差しでアルノたちを見渡した。


「いつか、お互いの国を代表するような立派な探索者になって、また一緒に合同任務をやりたいわね」


名残惜しさを隠すように告げられたその言葉に、全員が笑顔で頷く。


すると、カイルが腕を組み、力強く宣言した。


「探索者か。それもいいが……オレは卒業したら、王国の近衛騎士団に入るつもりだ」


その言葉に、ディアナが少し驚いたようにカイルを見る。


「オレの家系は代々王家の盾を務めてきたが、オレはこの絶対魔力耐性のせいで、実家から見放されてる。だからこそ、一族を見返して、誰もが認める本物の『王家の盾』になってやるんだ」


カイルはそこで言葉を区切り、新しい大盾を撫でながら、真っ直ぐにディアナたちを見据えた。


「……だがよ、もしお前らがピンチだってんなら、国境なんて飛び越えていつでも駆けつけてやるぜ。次はオレが、お前らの分厚い壁になってやるからよ!」


その真っ直ぐで、少し過保護な言葉に、ディアナは照れくさそうに視線を逸らした。


「……当たり前でしょ。その盾をあげたんだから、しっかり働きなさいよね。期待してるわよ」


素直になれないディアナの態度に、テレサが「お嬢様ったら」と微笑み、全員が温かい笑顔で頷き合った。


「ボクも、最高の留学だったと思う。みんなのおかげだよ、ありがとう」


アルノがグラスを掲げると、ユリウスが静かに首を振った。


「いえ、感謝するのは僕たちの方です。Dクラスのみんなは、僕たちが守らないと、という認識は完全に間違っていた。君たちという素晴らしいチームに出会えて、本当に良かった」


ユリウスの誠実な言葉に、エリートと落ちこぼれという垣根は、完全に消え去っていた。


ファルシアでの最後の夜は、互いの健闘と再会を誓う、温かな時間として更けていった。



ーー



翌朝。


ファルシア中央駅のホームには、澄んだ朝の空気が満ちていた。


重厚な魔導列車が、出発の時を待って静かにエーテルの粒子を吐き出している。


グラン・フォリアへ10日間の帰国の途につくアルノたち4人を、チームクラークの4人が見送りに来ていた。


「忘れ物はないか? 帰りのポーションの数は確認したな?」


カイルが背中の巨大なリュックを揺らしながら最終確認をしていると、ディアナが腕を組んで歩み寄ってきた。


「本当に、最後までうるさい男ね。……カイル、怪我だけはしないでよね。うちの盾を傷つけたら承知しないわよ」


「へっ、お前こそ、少しは虫を克服しとけよ。……ありがとな、ディアナ」


二人は不器用な言葉を交わし、力強く握手を交わした。


「ミラちゃん、次に会う時は、絶対俺に惚れさせてみせるからな!」


「寝言は寝て言いなさいよね! ワタシはグラン・フォリアで一番の魔導師になるんだから、アンタなんて相手にしてる暇ないわよ!」


ニコラスの軽いウインクを、ミラが軽く一蹴する。


しかし、その瞳には明確なライバルとしての信頼が宿っていた。


「シルフィアさん、道中お気をつけて。あなたの精霊憑依、いつか見せてくださいね」


「うん、約束やね。テレサさんも。ディアナさんのこと、しっかり守ったってな。また会える日を楽しみにしとるよ」


シルフィアとテレサは、お互いの無事を祈るように、両手で優しく手を握り合った。


そして最後、アルノの前にユリウスが歩み出た。


「アルノ君。君たちなら、2年の入れ替え戦を勝ち抜き、必ずグラン・フォリアのAクラスに上がれると信じています」


「ありがとう、ユリウス。君のような立派なリーダーに出会えて、本当に勉強になったよ」


アルノが手を差し出すと、ユリウスはその手をしっかりと力強く握り返した。


「次会う時は、お互いトップチームのリーダーとして再会しましょう。約束です」


「うん、約束だ。絶対に負けないからね」



フォーーーンッ!!



魔導列車の巨大な汽笛が、出発の時を告げた。


アルノたちは名残惜しそうに列車に乗り込み、指定された車両の窓から顔を出した。


「みんなー! 元気でねー!」


「絶対にまた会おうな!」


車輪が軋む音と共に、列車がゆっくりと動き出す。


窓から身を乗り出して大きく手を振るアルノたちに、ホームの4人も手を振り返す。


次第にスピードを上げる列車。


ホームに残されたディアナは、小さくなっていく列車の最後尾をじっと見つめていた。


やがて、その真紅の瞳から、こらえきれずに大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。


「お嬢様……」


テレサがそっと寄り添い、白いハンカチを差し出す。


ユリウスが優しく見守る中、ニコラスがいつものようにニヤニヤと笑いながら口を開いた。


「なんだよディアナ、カイルと離れるのがそんなに寂しいなら、走って追いかけちゃえば〜?」


「ち、違うわよ! 目にゴミが入っただけよ、この馬鹿ニコラス!!」


ディアナは泣き笑いの顔で怒鳴り返し、ニコラスの背中をポカポカと叩いた。


「あはは、痛い痛い!」


彼らの騒がしくも温かいやり取りは、遠ざかる魔導列車の走行音と同じく、少しずつ消えていく。


誇り高きエリートたちとの出会いと、過酷なジャングル迷宮での死闘。


チームガレオスの4人は、ファルシア公国での合同実習を経て、誰にも負けない強い絆と新たなる力を手に入れた。


彼らを乗せた魔導列車は、王都グラン・フォリアへ向けて、夏の陽光の中を真っ直ぐに走り続けていった。


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