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【第10話】輝け!ルーン・ステッチ!地下層からの脱出

ザザザザァァァッ!



崩落した岩盤と共に飲み込まれたアルノとディアナ。


二人は完全な暗闇の中、かつて地下水脈が通っていたであろう巨大な鍾乳石でできた滑らかなスロープを、水しぶきを上げながら猛スピードで滑り落ちていた。



「きゃあぁぁっ!」



「うわぁっ、と、止まらない!」



泥と水にまみれながら斜面を滑り降りた先で、ふっと背中の感触が消えた。


スロープの終端から、二人の身体が広大な地下空間へと放り出される。


目測で十数メートルほどの、空中への落下。


「アルノ! 私の杖を掴んで!」


虚空へ投げ出された瞬間、ディアナが鋭く叫んだ。


アルノが空中で杖を掴むと、ディアナが「ぐいっ」と自分の方へ引き寄せ、杖を真下に向けた。



「アイス・フロート!」



ディアナの杖の先から冷気が噴き出し、二人の落下地点の空中に、何層もの薄い氷の膜が瞬時に形成される。



パリパリパリパリッ!



二人の身体が氷の膜を突き破るたびに、落下の運動エネルギーが殺されていく。


十層以上の薄氷を砕き割り、クッションのように衝撃を緩和させながら、最後に柔らかな苔の生えた地面へと二人は転がり込んだ。



「いっつ……」



アルノが身を起こし、頭を振る。


全身を強く打ったが、骨に異常はない。


「ディアナ、怪我はない? 助かったよ、君がいなかったら今頃死んでたかもしれない」


「当、当然よ。この私にかかれば、この程度の落下、どうってことないわ」


強がってはいるものの、ディアナの足は微かに震えていた。


エリートである彼女にとっても、死を覚悟した瞬間だったのだ。


アルノは立ち上がり、周囲を見渡した。


そこは、先ほどのジャングルとは打って変わって、冷やりとした湿った空気が漂う巨大な地下空間だった。


だが、完全な暗闇というわけではない。


壁面や天井に自生する苔や、岩肌に露出した魔鉱石が淡い青白さで発光し、視界は十分に確保されていた。


「どうやら、地下層の浅い部分に落ちたみたいだね。……ミラやカイルたちは大丈夫かな」


見上げると、遥か上方に小さく、自分たちが滑り落ちてきたスロープの終端が見えた。


「心配している場合じゃないわ。彼らは彼らでなんとかするはずよ」


ディアナは立ち上がり、制服の泥をパンパンと払いながら気丈に振る舞った。


「それよりも、私たちの脱出経路よ。あのツルツルのスロープを逆によじ登るのは物理的に不可能ね。マップによれば、この地下層をずっと深層へ進んだ先に、正規の地上への登り口があるはずよ。そこを目指しましょう」


彼女は斜めがけにした特注のバッグからリターンキーを取り出し、無事を確認して胸を撫で下ろす。


「戦闘職ではないあなたでは心細いでしょうけど、安心しなさい。私が責任を持って、絶対にあなたを守り抜いてみせるわ」


それは、彼女なりの優しさとエリートとしての矜持だった。


自分より戦闘力のないサポート職のアルノを、なんとしても生還させなければという強い責任感。


しかし、アルノは首を横に振った。


「ありがとう、ディアナ。でも気持ちは嬉しいけど、深層を目指すのは反対だ。ボクたちは、この周辺で上に登る道を探すべきだよ」


「はぁ? 何言ってるのよ。正規のルート以外に道なんてないわ」


ディアナが眉をひそめる。


「ミラたちが戦った、巨大な亀型ビーストの話を思い出して」


アルノはしゃがみ込み、地面の土を指でなぞった。


「ユリウスたちが言ってたよね。泥沼の底から突然現れたって。そんな巨大な亀がタルタロスの入り口から入ってきたり、地上層をずっと歩いて移動していたなら、探索者たちやボクらが、巨大な足跡や通った痕跡に気づかないはずがない。つまり、その亀は元々この『地下層』にいて、あの泥沼の近くから直接地上へ這い上がったんだ」


「それがどうしたっていうのよ」


「マップを見た時、地下の深層に行けば行くほど水源のマークが少なくなっていたんだ。泥沼を好む亀型の魔獣が、わざわざ乾燥した深層から来たとは思えない。つまり、その亀の元々の棲家はこの水気の多い浅い階層のどこかだ」


アルノは立ち上がり、ディアナのルビーのような赤い瞳を真っ直ぐに見つめた。


「巨大な亀が、垂直の壁を登れるはずがない。絶対にこの近くに、亀でも歩いて登れるような『緩やかなスロープ状の登り口』があるはずなんだ。深層まで何時間も歩くより、それを探した方がずっと生存確率が高い」


ディアナはアルノの言葉に息を呑んだ。


恐怖と混乱の中でも、一切のパニックを起こさず、仲間の断片的な情報と地図の記憶、そして魔獣の生態を繋ぎ合わせ、最も合理的で安全なルートを導き出す。


その冷静な分析力と判断の速さは、彼女が今まで見てきたどんなエリートたちよりも頼もしく見えた。


(……この子、本当にただのクラフターなの……?)


ディアナの胸の奥で、アルノという少年に対する認識が大きく変わり始めていた。


カイルが体を張って彼女を守ったように、このアルノもまた、彼独自の武器で状況をコントロールしているのだ。


確かな信頼感が、彼女の中で芽生える。


「……ふ、ふん。Dクラスのくせに、少しは頭が回るじゃない」


ディアナはそっぽを向きながら、わずかに頬を染めた。


「あなたのその推理に免じて、今回は従ってあげるわ。もし間違ってたら、一生恨むからね!」


「あはは、任せてよ。さあ、そうと決まれば長居は無用だ。魔獣に見つかる前に探そう」


アルノが先導し、ディアナが後を続く。


アルノへの確かな信頼を胸に、二人は淡く光る地下迷宮の奥へと、慎重に足を踏み入れていった。



ーー



淡く発光する苔と魔鉱石の明かりを頼りに、アルノとディアナは地下迷宮を駆け抜けていた。


「はぁっ……はぁっ……まだ追ってくるわ!」


ディアナが肩で息をしながら、背後を振り返る。


二人の数十メートル後ろから、地響きを立てて迫ってくるのは、額に琥珀色の魔力結晶を突き出させた巨大なモグラ型のビーストだった。


長く鋭い爪が岩肌を削り、耳障りな音を立てながら猛スピードで距離を詰めてくる。


「逃げよう、ディアナ! 今のボクたちじゃ勝ち目はない!」


アルノが叫ぶ。


戦闘能力が皆無のアルノ。


そしてファントムとの戦闘と、落下時の氷結魔法で魔力を大きく消耗しているディアナ。


この二人の組み合わせで、あの凶暴な魔獣を正面から打倒するのは不可能に近かった。


アルノは走りながら思考をフル回転させる。


なんとかしてトラップを仕掛けたい。


しかし、地面に触れてルーンを刻むために立ち止まれば、その一瞬で追いつかれて鋭い爪の餌食になる。


(どうする……止まれないなら、離れた場所から描くしかない。でも、そんな遠くに……)


その時、アルノの脳裏に、大講堂で笑い者になった自身の適性測定の結果がフラッシュバックした。



魔力出力『0.01』。



魔法の放出口(蛇口のサイズ)が、測定下限の極小であることを示す数値。


通常なら魔法として形を成すことに、多くの時間がかかってしまう欠陥の証。


だが、アルノはそれを逆手に取り、極細の魔力線で精密な極小ルーンを縫い合わせる技術を、祖父から受け継いでいた。


(水鉄砲と同じだ。穴が小さいなら、魔力を押し出す圧力を極限までかければ、遠くまで勢いよく飛ぶはず……!)


今まで、他人の武具や、目の前の壁や地面にしか、ルーンを刻んだことはなかった。


だが理論上は、狙撃手スナイパーのように遠距離からルーンを刻み込めるはず。


アルノは前方を鋭く見据え、眼鏡型拡大鏡の右側だけに、魔力を流した。


進行方向の30メートルほど先、通路の壁面に青白く光る大きめの魔鉱石が露出している。


「ディアナ! ボクが離れた場所にルーンを描く! 君はそこに、純粋なエーテル(魔力)だけを撃ち込んで起動させて!」


「え? 魔法の形にしないの?」


「うん、当ててくれるだけでいい!」


アルノは走りながら、ダミーのグローブの下で、右手の指先にすべての集中を向けた。


出力0.01の極小の穴。そこから放出される魔力に、ありったけの圧力をかける。



(届け……っ!)



「ルーン・ステッチ!」



アルノの口から、自然とその言葉が飛び出していた。



キュインッ!



微かなキャスト音とともに、指先から放たれた極細の魔力線は一直線に、薄暗い空間に閃光のごとく輝いた。


目に見えないほど細いエーテルの糸は、30メートル先の魔鉱石の表面へと見事に到達した。


距離が離れすぎているため、複雑な陣は刻めない。


だが、単純な効果なら十分だ。


離れた鉱石の表面に、あっという間に『発光』の単純なルーンが、直径30センチほどのサイズで、いつぞやのダーツの的のデザインで縫い合わされる。


「今だ、あの的に目掛けて撃って!」


「分かったわ!って、あれルーンなの?!」


ディアナが走りながら杖を振り抜き、無属性の純粋なエーテルの弾丸を鉱石へと放つ。


着弾した瞬間、カッ! と洞窟内を真昼のように照らす強烈な閃光が弾けた。



「ギャァァッ!?」



地下の暗闇に慣れていたモグラ型ビーストは、突然の閃光に視界を奪われ、パニックを起こして岩壁に激突する。


「すごい……あんな遠くからルーンを!?それに、なんて威力……」


ディアナが驚愕に目を丸くする。


出力が低いことを、まさか射程距離の長さに変換するとは、エリートの常識では考えられない発想だった。


「まだだよ! 次は足元だ!」


アルノはさらに奥、ビーストが体勢を立て直そうとしている足元の岩盤へ向けて再び魔力の糸を飛ばす。


「ルーン・ステッチ!」


今度は『摩擦係数を下げる』ルーン。


そして、その先の太い鍾乳石に『吸着』のルーンを刻む。


視力を失い、めちゃくちゃに突進を再開したビーストの足元に、ディアナが的確に魔力を撃ち込む。



ズリュッ!



見えない氷の上を走ったかのように、ビーストの巨体が派手に滑り転んだ。


凄まじい勢いのまま地面を滑ったビーストは、前方の巨大な鍾乳石へと一直線に激突する。


そして鍾乳石に接触した瞬間、吸着のルーンが起動。


ビーストは強烈な磁石に引かれたように鍾乳石にべったりと張り付けられ、短い手足をバタバタと動かすだけで、完全に身動きが取れなくなった。


「よし、足止め成功だ! 急ごう!」


「……っ、ほんとに非常識な男ね!」


ディアナは呆れたように笑いながらも、その真紅の瞳には明確な尊敬と信頼の色が浮かんでいた。


身動きの取れないビーストの咆哮を背後に聞きながら、二人はさらに奥へと進む。


「………風を感じる…ディアナ、たぶんこっちだ!」


少し湿った風を正面に受けながら、しばらく走り続けた2人は、天井の抜けた少し広めの空間に出た。


「見て、アルノ……!」


ディアナが息を呑んで指差す。


その縦穴の壁面には、ぐるぐると螺旋を描くように、上層へと続く巨大なスロープが形成されていた。


アルノはスロープの登り口に近づき、壁面を撫でる。


そこには、深くえぐられたような巨大な爪痕が、無数に、そして規則的に残されていた。


「すごいな……これ、自然にできた道じゃない。その巨大な亀型ビーストが、地上に出るために自分で壁を削って掘り進めた道だ」


「ええ。本当にあなたの推理通りだったわね。……さあ、行きましょう。みんなが待ってるわ」


ディアナが力強く頷く。


アルノも微笑み返し、二人は仲間たちの待つ地上層へ向けて、巨大な螺旋のスロープを駆け上がり始めた。


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