【第9話】合流と分断、迫られる決断
淡く発光する苔やキノコが、広大な地下ドームを青白く幻想的に照らし出している。
柔らかな草が敷き詰められた静寂の空間に、深いジャングルの通路を抜けた四つの影が、重い足取りで姿を現した。
「おーい! アルノ、カイル!」
泥だらけのポンチョをなびかせながら、ミラが大きく手を振る。
その声は疲労に掠れていたが、確かな安堵に満ちていた。
声に弾かれたように振り返ったのは、同じく土埃にまみれた『チームR』の4人だった。
「……ミラ、シルフィア! 無事だったんだね」
アルノが表情をパッと明るくして駆け寄る。
しかし、互いの姿をはっきりと視認した瞬間、両チームの間に息を呑む音が重なった。
「ちょっとユリウス、その左腕どうしたのよ!?」
ディアナが目を丸くして、木の枝で不格好に固定されたユリウスの腕を指差す。
エリートである彼の痛々しい姿は、それほどまでに非日常的だった。
「ええ、少し想定外の巨大な魔獣に出くわしまして。ですが、僕の怪我なんて安いものです。ミラさんの規格外の火力と、シルフィアさんの奇跡のような精霊魔法がなければ、僕たちは確実に全滅していましたから」
ユリウスは、隣を歩くミラとシルフィアへ、深い敬意を込めた眼差しを向ける。
「やっぱり大型のビーストと出会ったんだね。さっきの地響きは、ミラの魔法だったのか」
さすがのアルノも心配を隠せない様子だったが、ニコラスが屈託なく笑って肩をすくめた。
「ああ、本当に危ないところだった。それだけじゃなく、下からの射撃が届かない上空の敵を、シルフィアちゃんが文字通り『空を飛んで』ぶっ倒してくれたんだぜ。彼女たちは、最高に頼りになる俺たちの戦友さ」
クラスの垣根など全く感じさせない、二人の真っ直ぐな称賛の言葉。
それにテレサが「まぁ……」と感嘆の吐息を漏らす。
一方、ミラとシルフィアもまた、目の前の光景に目を疑っていた。
カイルの足元には、彼のトレードマークであった分厚い鋼鉄製の大盾が、無惨にも真っ二つに割れて転がっている。
当のカイルはすっかり肩を落として落ち込んでいるのだが、なんとあの高飛車なディアナが、彼の隣で腕を組みながら不器用に言葉をかけていたのだ。
「……べ、別にアンタの盾が割れたからって、頼りにならなかったわけじゃないんだから。気に病む必要ないわよ。頑丈な新しい盾、うちの商会で特別に安く卸してあげてもいいし……」
「ディアナ……、お前……結構いいとこあるじゃねぇか……」
カイルが涙ぐみながら視線を向けると、ディアナは「なっ、馴れ馴れしく呼ばないでよね!」と照れた様子でそっぽを向いた。
「ほんまに、ビックリやね。あのディアナさんが、カイル君と打ち解けとる……」
シルフィアがおっとりと微笑むと、ミラも感慨深げに頷いた。
「こっちも色々あったけど、そっちも相当ヤバい死線を越えてきたみたいね……」
過酷な迷宮の死闘を経て、彼らは互いの本当の強さを知り、弱さを補い合った。
確かな絆が芽生えかけた和やかな時間が流れる。
「でも、これで全員無事合流だね。ここに来るまで特に問題は無かったから、みんなでボクたちのルートを戻って帰ろう」
アルノがそう提案し、全員が頷きかけた、その時だった。
ズゴゴゴゴォォォォォンッ!!!
突如として、地鳴りのような重低音がドームの底から響き渡った。
「なっ……!?」
アルノとディアナが立っていたドーム中央の地面。
青白く光る苔が生えた柔らかな地盤に、突如として蜘蛛の巣状の巨大な亀裂が走った。
「アルノ!」
「ディアナお嬢様!」
カイルとテレサが血相を変えて叫ぶ。
二人の足元の岩盤が広範囲にわたって完全に抜け落ち、真っ暗な大穴がポッカリと口を開けた。
崩落は、一瞬の出来事だった。
「うわぁっ!?」
「きゃあぁぁぁぁっ!」
二人の身体が、一切の抵抗も許されず、重力に引かれて縦穴の暗闇へと飲み込まれていく。
「アルノ君ッ!!」
シルフィアが咄嗟に駆け寄り、暗闇に手を伸ばしたが、その指先は虚しく空を切った。
轟音と共に猛烈な土煙が舞い上がり、数秒遅れて、遥か下の方から岩が砕けたようなくぐもった音が響く。
土煙が晴れた後、広大な地下ドームの中央には、二人の姿を飲み込んだ大穴だけが、不気味な静寂と共に残されていた。
「お嬢様ッ!! ディアナお嬢様ぁぁぁッ!!」
テレサが悲痛な叫び声を上げ、崩落した穴の縁へと身を乗り出す。
「おいアルノ! 返事をしろ、アルノォォッ!」
カイルも膝をつき、暗闇に向かって大声を張り上げた。
しかし、返ってくるのは反響する自分たちの声と、パラパラと崩れ落ちる土の音だけだった。
「ミラ! 明かりを頼むっ!」
「わかった!」
ミラはもはや無いに等しい魔力の最後の1滴を絞り出す様に、杖の先に小さな炎を灯した。
崩落した穴の縁からおそるおそる杖をかざし、暗闇の底を覗き込む。
小さな炎が頼りなく照らし出したのは、数メートル下から奥へと続く岩肌だった。
かつて地下水脈が通っていたのだろう。
長年の水流によって磨き上げられた鍾乳洞の表面は、まるで巨大で滑らかなスロープのようになっている。
二人は垂直に落下して底に叩きつけられたのではなく、この斜面を滑り落ちて、さらに深い暗闇へと飲み込まれていったのだ。
「私が、私が降りて助けに行きます!」
テレサが半狂乱になって身を乗り出そうとするのを、ニコラスが慌てて背後から抱きとめた。
「落ち着けテレサ! 縁の地盤がまだ脆い、今飛び乗ったらお前まで落ちるぞ!」
「放して! 私はマグノリア家の護衛なのよ、お嬢様を置いていけるわけないじゃない!」
行き場の無い悔しさに満ちたテレサはそう叫ぶ。
「……なぜ、ここが崩落したんだ?」
混乱する現場で、ユリウスだけは冷静に周囲の岩盤を観察していた。
ここは安全な合流地点として指定されるほど、本来は地盤の強固なエリアのはずだ。
「カイル君、ここでファントムと交戦したと言っていましたね。どのような状況だったのですか?」
「あ、ああ……ファントムの強烈な魔法の連射を盾で受け止めて、それをオレが、強引に弾き返したんだ。その時に、空気が破裂するようなすげぇ衝撃があって……」
「……なるほど。点と点が繋がりました」
ユリウスは眼鏡のブリッジを押し上げ、重々しい口調で告げた。
「ファントムの規格外の魔力と、カイル君の物理盾の衝突によって生じた極度な局地圧。そして、僕たちのルートで発生した、ミラさんの高火力魔法による激しい地響き。その二つの常識外れの衝撃波が、この地下の岩盤で共鳴してしまったのでしょう。結果、最も地盤の薄かったこのドームの中央が耐えきれずに崩落した」
ユリウスの推測は的確だった。
しかし、その原因の一端が自分たちの全力の戦闘にあったと知り、ミラとカイルは顔を青ざめさせた。
「そんな……じゃあ、ワタシたちのせいで……」
ミラの声が震える。
「待ってくれ」
ニコラスが、顔面を蒼白にして口を挟んだ。
「原因はわかった。だが、今一番ヤバい問題はそこじゃない。……実習が始まった時、合流するまで『リターンキー』はディアナが預かることになってたよな?」
その言葉に、全員の動きがピタリと止まった。
リターンキー。
一方通行のゲートを通るための唯一の鍵。
それが今、ディアナと共に大型魔獣がうろつく、地下層へと消えてしまったのだ。
「嘘、やろ……キーがないと、先生にも連絡できへん…」
シルフィアが口元を手で覆う。
「だから言っているでしょう! 今すぐ助けに行くか、せめてここで彼女たちが登ってくるのを待つべきです!」
テレサが涙ながらに主張する。
だが、ユリウスは苦渋の表情で首を横に振った。
「厳しいことを言いますが、それは全滅を招きます。全員が魔力を激しく消耗し、僕の左腕も折れている。もしここに中型のビーストが数匹現れただけでも、抗う術はありません」
「でもっ!」
「オレたちは、ゲートに向かう」
テレサの反論を遮ったのは、静かに立ち上がったカイルだった。
その赤い瞳には、先ほどの動揺は微塵も残っていない。
「な……薄情なことを言わないで! それでも仲間なの!?」
激昂するテレサの前に、今度はミラとシルフィアが力強く並び立った。
「薄情なんかじゃないわ。ワタシたちは、アルノを信じてるの」
ミラが新調した杖をぎゅっと握りしめる。
「アルノは、ただのクラフターじゃないの、『ルーン・テイラー』なの。どんな絶望的な状況でも、絶対に諦めずに針の穴を通すような打開策を見つけ出す、ワタシたちの最高のリーダーよ!」
「そや。アルノ君なら絶対に別の出口を見つけて、ディアナさんを連れて、生きて戻ってくる。だからウチらは、みんなが生還できる可能性が一番高い場所で2人の帰りを待つんよ。アルノ君なら、ウチらならそう動くと、気づいてくれはる。ウチらはもう2度と、判断を誤らない!」
カイル、ミラ、シルフィア。
三人の瞳には、一点の曇りもない絶対的な信頼が宿っていた。
あれほど凄まじい強さの彼女たちが、『出力0.01』という、クラフターとしても頼れそうにない彼を、なぜこれほどまでに心の底から信じ抜くことができるのか。
「…ルーン・テイラーとは…いったい……」
ユリウスは彼らの揺るぎない覚悟を目の当たりにし、息を呑んだ。
「……負けたよ。俺たちも、君たちのリーダーに賭けよう」
ニコラスがテレサの肩に優しく手を置く。
「テレサ、今の俺たちじゃ、仮にディアナが這い上がって来ても、守りきれない。あいつらを信じて、一度安全な場所まで退こう」
テレサは唇から血が滲むほど強く噛み締め、やがて、震える声で絞り出した。
「……もし、お嬢様に万が一のことがあったら、絶対に許さないから……ッ!」
そうして、残された六人は、真っ暗な大穴に背を向けた。
大切な仲間が、必ず生還すると信じて。
彼らは重い足取りで、帰還の扉、タルタロスへと走り出したのだった。




