【第11話】伝わる信頼。最後の死闘
タッタッタッタッタッタッ……
螺旋状の巨大なスロープを、アルノとディアナは駆け上がっていた。
十数メートルほどの高低差とはいえ、壁面に深く刻まれた凄まじい爪痕の数々が、その魔獣の執念と怪力を物語っている。
ユリウスたちが戦ったという巨大な亀の魔獣は、どれほどの時間をかけて地下から地上への道を自力で切り開いたのだろうか。
「……そろそろ、上かしら?」
ディアナが少しだけ息を弾ませながら、上方を見上げる。
地下層の湿った空気から、徐々に地上層の緑の匂いが混じり始めた。
「うん、あと少しだ。風の流れが変わってきた」
アルノが頷く。
光が差し込むスロープの終端にある茂みを掻き分け、二人はついに地上層へと這い出た。
「……っ!」
緑豊かなジャングルの光景に戻った安堵感も束の間、二人は目の前に広がる光景に、言葉を失った。
そこは、入り口の分岐で分かれた『左ルート』の道中、ユリウスたちが合流地点で語っていた、泥沼エリアの真横だった。
本来なら湿地帯であるはずの場所が無惨に抉れ、周囲の巨大なシダ植物は炭化して散り散りになっている。
地面には巨大なクレーターがいくつも穿たれ、凄まじい熱波が駆け抜けた痕跡が、焦げた匂いと共に残っていた。
そして、その中心に、山のように巨大な亀型の魔獣の死体が横たわっていた。
異常な硬度を誇ったであろう分厚い甲羅は、正面から何かに撃ち抜かれたように粉砕され、右半身が装甲ごと大きく吹き飛んでいる。
断面は黒焦げになり、その破壊力の凄まじさを物語っていた。
「な……何よ、これ……」
ディアナが、呆然と呟く。
彼女の得意とする『氷結魔法』も、Aクラスの中ではトップクラスの威力を誇る。
しかし、目の前の破壊痕は、それとは桁が違いすぎた。
まるで巨大な大砲で至近距離から撃ち抜かれたかのような、物理的な暴力を感じさせる痕跡。
「……ミラの、魔法だ」
アルノが、ビーストの剥がれ落ちた甲羅の破片を拾い上げ、炭化した表面を指でなぞりながら呟いた。
この異常な熱量による物理的な破壊の痕は、彼女の魔法によるものしかあり得ない。
「ダイヤルの制限をかなり外したんだ……。ボクの仕立てた杖が、助けになったみたいだ……」
アルノは少し誇らしげに、しかし同時に、仲間たちがどれほどの死闘を繰り広げたのかを思い、奥歯を噛み締めた。
ユリウスのバリアが破られ、ニコラスの剣が弾かれ、追い詰められた末の、ミラの命がけの一撃。
「…みんな、無事なのかしら……」
ディアナの声が、不安に震える。
「……行こう、ディアナ。みんなを探さなきゃ」
アルノは甲羅の破片を握り締め、前を見据えた。
「ええ、そうね。元の合流地点へ戻りましょう。そこで待っているはずだわ」
ディアナが走り出そうとした、その時だった。
「待って。みんなはそこにはいない。おそらくゲートに向かったはずだ」
アルノがディアナを制止した。
「はぁ? 何言ってるのよ。私たちが落ちたあの穴の近くで待つのが、当然でしょう?」
「普通ならそうだけど、今は状況が違う」
アルノは冷静に状況を分析する。
「崩落が起きて、ボクとディアナがリターンキーと共に地下へ落ちた。みんなも度重なる戦闘で、魔力を大きく消耗しているはずだ。……それに、ユリウスたちが言っていた通り、このエリアには本来存在しないはずの大型魔獣が出た。これ以上の異常事態に、あの危険な場所にとどまるのはリスクが高すぎる」
アルノは確信を持ってディアナを見た。
「1年の時の実習で、ボクは大きな失敗をしたんだ。自分たちの成果を焦って、仲間を危険に晒してしまった。あの時、ボクたちは『もう二度と選択を間違えない、仲間の命を最優先にする』って誓ったんだ」
「……それが、ゲートに向かった理由だって言うの?」
「ああ。カイルたちなら、消耗したみんなをあの危険な場所で待たせるような真似は絶対にしない。全員の安全を最優先にして、ゲート前まで退避させるはずだ。そこなら、ボクらがキーを持って合流すればすぐに脱出できるし、15時半になれば、戻って来た先生に一番早く状況を伝えられるからね」
ディアナはハッとした。
「でもそれはアルノがみんなの動きを予想できてるだけじゃない。私たちが真っ直ぐゲートを目指すなんて、向こうは予想できないかも!」
「カイルたちは、ボクがその意図に気づくと信じているんだ。ボクなら状況を分析して、危険な穴の近くではなく、自分たちが一番生還確率の高いゲート前に向かうはずだってね」
「……分かったわ。あなたのその『絶対的な信頼』とやらに、賭けてあげる」
ディアナはアルノの瞳の奥にある揺るぎない確信を見て、強く頷いた。
「急ぎましょう。ゲートまで、この足をノンストップで動かすわよ!」
「うん!」
二人は巨大な魔獣の死体に背を向け、左ルートを逆走し、ゲートへ向かって風のように駆け出した。
ーー
時を同じくして、タルタロス(ゲート)まで残り50メートルの地点。
ジャングルの鬱蒼とした木々が途切れ、ゲート前の少し開けた草原に出たところで、6人は足を止めていた。
「……はぁ、はぁ、……ここまで来れば、……っ」
ニコラスが肩で息をしながら、まだ違和感のある手で剣を支えに立っていた。
その隣で、ユリウスが木の枝で固定された左腕を庇いながら、苦痛に顔を歪める。
「……皆さん、……大丈夫ですか?」
ミラは魔力枯渇による脱力感で、シルフィアに肩を貸してもらいながら、なんとか足を引きずって歩いていた。
シルフィアもまた、精霊憑依という大技を使って大きく魔力を消費し、顔色が悪い。
カイルは割れた大盾の破片を背負い、テレサはディアナを心配するあまり、泣き出しそうな顔をしていた。
全員、泥と血にまみれた満身創痍。
エリートのAクラスも、落ちこぼれのDクラスも、今の彼らには関係なかった。
ただ死線を共に越えた、ボロボロの仲間たち。
カイルがリュックから懐中時計を取り出し、時刻を確認する。
「……14時50分。……先生が戻ってくるまで、あと40分か。……長ぇな」
「ディアナお嬢様、アルノ君、……本当に大丈夫なのかしら……」
テレサが来た道の方向を遠く見つめながら、呟く。
「大丈夫やで。アルノ君なら、……きっとお嬢様を連れて帰ってくれる」
シルフィアは、自分のことよりテレサを気遣いながら、ふわりと笑った。
その時だった。
グルルルルォォ……。
草原の周囲を取り囲む茂みから、不気味な唸り声が響いた。
「……っ!」
全員が弾かれたように身構える。
茂みを掻き分けて現れたのは、小型のハイエナのような姿をした魔獣だった。
体長は1メートルほど。
しかし、その全身は泥と返り血に汚れ、額からは不気味に脈打つ真っ赤な魔力結晶が突き出していた。
「……ビースト(狂獣)だ」
カイルが低い声で警告する。
一匹、二匹、三匹……。
茂みから次々とハイエナ型ビーストが姿を現し、6人を完全に取り囲んだ。
その数、計8匹。
小型とはいえ、ビーストと化した魔獣の群れ。今の満身創痍の6人にとっては、致命的な脅威だった。
「くそっ、……ここまで来て……ッ!」
ニコラスが震える手で剣を握り直す。
ユリウスが右腕一本で簡易的なバリアを展開するが、その光の有効範囲は2・3人を覆うので精一杯だ。
魔力も体力も、底を尽きかけている。
絶望的な状況。
その時、カイルがガシャリと巨大なリュックを地面に下ろした。
「……おい、みんな。これを使え」
カイルがリュックの中から取り出したのは、8本のポーションの小瓶だった。
「カイル、これ……」
ミラが目を丸くする。
カイルが「荷物になるから最低限しか持ってきてない」と言っていた、あのポーションだ。
「これは……アルノと、ディアナの分だ」
カイルはポーションのうち2本を、躊躇なくリュックの奥へと戻した。
「オレは守り手だ。あいつらが戻ってきた時、みんなが傷だらけだったら、オレが怒られるからな」
彼はそう言って不敵に笑うと、残りの6本を、自分、ミラ、シルフィア、ニコラス、テレサ、そしてユリウスの手へと渡した。
「カイル……」
『あなたが傷つくような状況にはさせません』、自分が言ったその言葉を相手にかけられ、ユリウスはその不器用な優しさに胸を打たれた。
ニコラスがポーションの蓋を投げ捨て、一気に飲み干す。
「ありがとう。助かるよ」
全員がカイルの想いを受け取り、ポーションを口にした。
ポーションは魔力を回復させるものではないが、傷ついた肉体を癒やし、最後の活力を与えてくれる。
「……よし、行くぞ。あいつらが帰ってくる場所は、オレたちが守り抜くッ!」
カイルは二分の一になってしまった大盾のグリップを握りしめ、護身用の短剣を構えた。
「グルルルォォッ!!」
ハイエナの群れが一斉に襲いかかった。
ゲート前での、最後の死闘が幕を開ける。




