【第3話】ジャングル迷宮と、過保護なエリートたち
数日後。
ファルシア公国の王都から少し離れた森林に位置する、中ランクダンジョン『緑樹の迷宮』。
そのタルタロスの前に、チームガレオスの4人と、ファルシア魔導学園の代表であるチームクラークの4人、計8名が集結していた。
ダンジョン前のタルタロスは小型とはいえ、1年の実習時に入った『第一演習ダンジョン』よりも倍以上の大きさがあった。
やはりアルノは初めて見る他国のタルタロスや、独自の反転ルーンに夢中だ。
「13時、皆、時間通りだな。では、本日の合同実習のブリーフィングを行う」
引率のファルシア魔導学園の教師が、生徒たち8人を見渡した。
「この迷宮は、地上と地下、2層からなるダンジョンだ。君たちの本日のミッションは、最も安全な『地上層』の表層ルートの確認、および生態系調査、そしてそのレポートの提出である」
教師は手元の資料を広げ、軽いトーンで続けた。
「この地上層には小型のビーストやカームしか生息していない。地下へ下りるルートは、地上層のかなり深層に行かないと存在しない上に、人や小型魔獣しか通れない細く斜めに下る穴しかないからだ。地下層に棲む大型の魔獣は、物理的にこの地上層へは出られない構造になっているので安心してくれ」
そこまで説明し、少しだけ口調を強めた。
「だが最近、この地上層の安全ルートと呼ばれる地帯で小型の蜂型ビースト『キラーホーネット』が見かけられている。まだ数匹の目撃なので、群れからはぐれた個体が入り込んだ可能性が高いが、どこかに巣を作っている懸念もある」
「君たちに課せられた生態系調査の中には、キラーホーネットの巣の探索も含まれている。もし巣を発見したら駆除してほしい。君たち8人であれば、難しい課題ではないだろうが、まぁ刺されない様に気をつけてくれ。以上だ」
資料を読み終え、教師は懐からルーンの刻まれた小さな箱を取り出し、魔力を流してロックをはずした。
「次に、リターンキーを渡す。今回は地上層の安全ルートのみの調査のため、この合同チームには1つだけ支給する」
教師が差し出したのは、美しい魔力結晶ガラスで作られたカード型のマギアだった。
デザインはグラン・フォリア王国のものとさほど変わらない。
「私が預かるわ。ファルシア側の代表だもの、当然でしょう?」
ディアナが一歩前に出て、自信満々にリターンキーを受け取った。
彼女はそれがどれほど重要な物か理解しているらしく、斜めがけした特注のバッグの奥深くへ、慎重にしまい込んだ。
その後ろではキーを受け取ろうとしていた、チームリーダーのユリウスが、右手の行き場を無くしていた。
前回の実習でキーを紛失し、ダンジョンに取り残される恐怖を味わったチームガレオスの面々、特にカイルは「1つだけか……」と少し不安げにその様子を見ていたが、他校の生徒を前に口を挟むことはしなかった。
「探索は2時間程度の工程だ。私は15時半くらいに戻ってくるので、早めに終わった場合はここで待機だ。それでは、実習を開始する!全員、楽しみながらも、気を引き締めて行け」
教師の号令とともに、8人はタルタロスの、わずかに虹色に反射するガラスをすり抜け、ダンジョン内部へと足を踏み入れた。
「うわぁ……」
ゲートを抜けた瞬間、ミラが思わず感嘆の声を漏らした。
前回の実習で潜った、岩肌がむき出しの無骨なダンジョンとはまるで景色が違っていた。
内部は、見上げるほど巨大なシダ植物や、太くうねる木の根が壁や天井にまでびっしりと絡み合う、湿気と熱気に満ちた『ジャングル』そのものだった。
「空気が重いな。それに、むせ返るような緑の匂いがするぜ」
カイルが警戒しながら大盾を構える。
木々の隙間には魔力を吸って淡く光る奇妙な花が咲き乱れ、見たこともない小さなカーム(静獣)たちが、葉の陰からこちらの様子を伺っていた。
「風の精霊さんも、グラン・フォリアとは少し波長が違うみたいやわ」
シルフィアがタクトを握り締めながら周囲を見渡す。
初めての異国のダンジョン環境に、チームガレオスの4人は緊張と好奇心を隠せない。
対照的に、チームクラークの面々は慣れた様子だった。
「油断しないで。美しい場所だけど、一応ここは魔獣の巣よ」
ディアナが杖を手に静かに告げると、テレサが音もなく前方に滑り出て、索敵を始める。
ユリウスとニコラスもそれぞれ死角を補うように、フォーメーションを組んだ。
エリートたちの洗練された動きに、アルノたちも気を引き締める。
緑に覆われた地下迷宮の奥へ向けて、8人の合同実習が静かに幕を開けた。
ーー
鬱蒼と生い茂る巨大なシダ植物を掻き分け、太い木の根を乗り越えながら、8人は慎重に地上層の探索を進めていた。
発光する苔の明かりを頼りに進むと、やがて視界が開け、巨大な湿地を迂回するように道が大きく左右の二手に分かれているポイントへと到着した。
先頭を歩いていたユリウスが立ち止まり、手元のマップを広げて眼鏡を押し上げる。
「どうやら、ここでルートが分岐しているようですね。マップによれば、この左右どちらの道を通っても、中腹にある開けた空洞で再び合流できる構造になっています」
ユリウスは振り返り、全員を見渡した。
「本来であれば8人で1周して調査する予定でしたが、ここは2手に分かれた方が、単純計算で半分の時間でミッションを終えられます。効率的だと思いませんか?」
いかにもエリートらしい、無駄を省いた合理的な提案だった。
マップを覗いたアルノも「そうだね、賛成だよ」と頷くと、ユリウスはさらに言葉を続ける。
「では、チーム分けですが、お互いの弱点を補う形で再編成するのが最善でしょう。我がAクラスが、皆さんを安全に護衛する形をとります。右回りは『チームR』、左回りは『チームL』としましょう」
ユリウスが提案した編成はこうだった。
アルノとカイルのチームには、ディアナとテレサが同行する。
魔法の遠距離火力と、近接のスピードが不足しているアルノたちを、高火力の魔導師と高機動の斥候が完璧にカバーする陣形だ。
一方、ミラとシルフィアのチームには、ユリウスとニコラスが同行する。
敵の接近を防ぐ壁が不足している、後衛特化の二人を、ガーディアン(結界師)の絶対的な防御と、ソーサナイト(魔導騎士)の剣による高い近接戦闘力で前衛で守り抜く陣形。
ジョブの被りが一切なく、見事に弱点を補い合う完璧なバランスだった。
アルノは「さすがAクラス、よく考えられてる」と素直に感心した。
「……待て、オレは反対だ」
しかし、カイルだけが険しい顔で異を唱えた。
「あら、何か、わたくしに不満でもあって?」
ディアナが腕を組み、不機嫌そうに目を細める。
カイルは自身の背負ったリュックを親指で指した。
「今日はミラが一緒だと思って、荷物になるポーションの数を最低限しか持ってきてないんだ。オレの特殊体質じゃ、普通の回復魔法は弾いちまう。ミラの精密なヒールがない状況で、回復役と分断されるのはリスクが高すぎる」
カイルらしい、極めて現実的な懸念だった。
彼にとってポーションは命綱だ。
それが少ない状態で前衛の壁役を張るのは、死を意味する。
「カイル君、お気持ちは分かります」とユリウスが一歩前に出た。
「ですが、思い出してください。今回のミッションはあくまで地上層の安全ルートの調査です。脅威として可能性があるキラーホーネットも、どちらのチームでも問題なく対処できるでしょう。もしもの時は、僕たちが率先して敵を排除するか、退路を確保しますから、あなたが傷つくような状況にはさせません」
「その通りよ。万が一魔獣が出ても、私が近づく前にシャーベットにしてあげるわ。あなたに大盾を構えさせるような無能な真似はしないから、安心して後ろを歩いていなさい。それに物理盾なんてものは時代遅れですわ、今どきは魔法障壁が最先端ですのよ。おほほほほほ……」
ディアナが高飛車な態度で言い放ち、テレサも「私たちがしっかりサポートするわ」と優しく微笑む。
「……チッ、分かったよ。ただし、危なくなっても、アルノしか守る余裕はねぇからな」
しぶしぶながらも、カイルはその理路整然とした説得に引き下がった。
編成が決まり、二つのチームはそれぞれのルートの入り口へと分かれた。
「ディアナ、キーは絶対になくすなよ。お前のそのバッグ、ちゃんと口は閉まってるんだろうな」
カイルが念を押すように睨みつけると、ディアナは鼻で笑った。
「誰に物を言っているの?Dクラス風情が、このマグノリア家の娘を心配するなんて100年早くてよ」
「……はぁ、相変わらず一言多いお嬢様だぜ」
カイルがやれやれと首を振る横で、アルノがミラとシルフィアに向き直った。
「それじゃ、合流地点でね。ミラ、シルフィア、気をつけて」
「アルノこそ。アンタ、戦闘能力は皆無なんだから、ちゃんとカイルの後ろに隠れてるのよ!」
「アルノ君、カイル君、またあとでね」
手を振り合い、アルノたち『チームR』は右の鬱蒼とした獣道へ、ミラたち『チームL』は左の水辺に沿ったルートへと、それぞれ足を踏み入れた。
ーー
「さて、僕たちが先頭を歩きます。ミラさん、シルフィアさん、決して僕のバリアの有効範囲から出ないでくださいね」
『チームL』を先導するユリウスが、銀縁眼鏡を光らせながら、いつでもバリアを展開できるように警戒しながら歩き出す。
その後ろを、ニコラスが腰に帯びた剣の柄に手をかけながら軽快な足取りで続いた。
「いやー、可愛い女の子二人とダンジョン探索なんて、最高の実習だな!ミラちゃん、シルフィアちゃん、怖いビーストが出たら俺の剣で真っ二つにしてやるから、安心して後ろで見ててよ!」
ニコラスが爽やかにウィンクを飛ばす。
「……アンタ、ダンジョンの中でふざけてたら本当に死ぬわよ」
ミラは呆れたようにため息をつきながらも、新調した『木杖』を両手でぎゅっと握り締めた。
(アルノがいないと、やっぱり少し不安ね……)
これまでの実習では、どんな時もアルノの突拍子もないアイデアと冷静な指示に助けられてきた。
彼と離れて探索を行うのは、これが初めてだった。
しかし、ミラはパチンと自分の両頬を叩いて気合を入れる。
(ううん、ワタシはもう、魔法を暴発させて泣いてた頃のワタシじゃない。Dクラスの意地、このエリートたちに見せつけてやるわ!)
「ミラちゃん、気合入ってるなー!ウチもきばるで!」
「ニコラス、前を見て歩きなさい。……行きますよ」
ユリウスの落ち着いた声とともに、『チームL』の4人は、ジャングル迷宮の奥深くへと進んでいった。




