【第2話】他校との交流へ!王都を離れた新天地
王立グラン・フォリア魔導学園、2年生の教室。
窓から差し込むうららかな春の陽気の中、相変わらずヨレヨレの白衣を着た担任のロイドが、教卓で面倒くさそうにチョークをつついていた。
「えー、お前らも2年生になったということで、再来月から重要なカリキュラムが始まる」
気怠げな声に、クラスの生徒たちがざわめく。
「各友好国との『交換実習』だ。他国の学園の生徒と合同でチームを組み、現地のダンジョン探索や課題をこなしてもらう。2年の学年末のクラス入れ替え戦は、代表チーム戦になるから、この実習での成績が大きく関わってくるぞ。行き先はチームごとに違う。放課後、各チームのリーダーは職員室へ資料を取りに来るように。……以上、解散」
ロイドはそれだけ言い残すと、欠伸をしながら、さっさと教室を出て行ってしまった。
放課後の大図書館。
高い天井まで本棚がそびえ立つ静かな空間の片隅にある円卓で、チームガレオスの4人は身を乗り出すようにして、アルノが持ってきた一つの茶封筒を見つめていた。
「じゃあ、開けるよ」
アルノが封を切り、中から一枚の羊皮紙を取り出す。そこに記されていた行き先を見て、4人は顔を見合わせた。
「……『ファルシア公国』…だって」
「ファルシア公国!グラン・フォリアの西側にある同盟国ね!豊かな自然と古代の遺跡がいっぱいあるって聞いたことがあるわ!」
ミ
ラが目を輝かせて身を乗り出す。
「ファルシアかぁ。精霊さんもようけおるって本で読んだことあるわ。ウチ、外国行くの初めてやから、めっちゃ楽しみやねん」
シルフィアも、おっとりとした口調の中に隠しきれない期待を滲ませている。
「おいおい、お前ら。遊びに行くんじゃねえんだぞ。他国のエリートどもと合同で実習するんだ。学年末代表の選抜もかかってくる。足手まといにならないように、しっかり準備しねえと……」
カイルが腕を組んで渋い顔をしているが、その実、彼の瞳の奥にも初めての他国への遠征に対するワクワクした色がはっきりと浮かんでいた。
「カイル、顔がニヤけてるよ」
アルノがくすくすと笑う。
「ファルシア公国は、独自の魔導技術が発展してるって聞いたことがあるんだ。どんな珍しいマギアに出会えるか、ボクも今から楽しみだよ」
厳しい実習になることは分かっているはずなのに、4人の話題はいつの間にか現地の名物料理や観光名所の話へとすり替わり、図書館の注意係に「お静かに」と怒られるまで、修学旅行の前日のような大盛り上がりを見せた。
そして、数週間後の朝。
王都のターミナル、グラン・フォリア中央駅。
巨大なアーチ状のガラス屋根の下には、重厚な鋼鉄の装甲に覆われた長大な車両が停まっていた。
蒸気機関ではなく、魔石のエネルギーを推進力に変換して走る最新鋭の『魔導列車』だ。
「ちょっとカイル!あんたその荷物、何なのよ!」
駅のホームで、ミラが呆れたような声を上げた。
カイルの背中には、彼自身の背丈を越えるほどの巨大なリュックサックと、いつもの盾が背負われていた。
中には大量の回復ポーションの瓶が詰め込まれ、横にはなぜか使い込まれたフライパンや、鍋までくくりつけられている。
「何って、実習の備えに決まってるだろ!オレは魔法のヒールまで弾いちまうからな、ポーションは命綱だ。それに、向こうの飯がお前らの口に合わなかったらどうする。オレが自炊してやるんだよ」
「あんたはオカンか!10日間の移動中はどうせ食堂車があるんだし、邪魔よ、その荷物!それに、回復ならワタシがいるじゃない!?」
「ばっか、実習の内容がまだ分からないんだぞ。お前らと別行動になるかもしれねぇんだ。備えあれば憂いなし、ってな」
「ほんま、カイル君はお母さんみたいやねぇ」
シルフィアが上品な革製のトランクを片手に、コロコロと笑う。
そこへ、いつものように首や腕にジャラジャラと特製マギアをぶら下げ、腰に工具鞄を下げたアルノが、トランクを転がしながらやってきた。
「みんな、早いね。忘れ物はない?」
「アルノこそ、その服!また女子の制服の短パン穿いてきてるじゃない!」
ミラがアルノの服装をビシッと指差す。
「だって、長ズボンだと動きにくいし、仕立てないとボクのサイズがないんだもん。実習なんだから機能性重視だよ。あ、それよりミラ、例のモノ、完成してるよ!列車の旅の途中で取り付けるよ」
「え、ほんとに!?やったーっ!楽しみにしてたの!」
「例のモノってなんだよ?、アルノ」
「うふ、あとで教えてあげるね。旅は長いんだから」
飄々と答えるアルノに、カイルは深くため息をついた。
フォーーーンッ!!
その時、魔力の排気音が巨大な汽笛となって駅舎に響き渡った。
出発の合図だ。
「ほな、行こか!」
シルフィアの明るい声に促され、4人は指定された車両へと乗り込んだ。
車輪が軋む音と共に、魔導列車がゆっくりと滑り出す。
窓の外で手を振る見送りの人々の姿が次第に小さくなり、王都の美しい街並みが後方へと流れていく。
「いよいよ、出発だね」
アルノが窓枠に手をつき、流れる景色を見つめる。
落ちこぼれの吹き溜まりだったDクラスから、少しだけ成長した4人。
彼らを乗せた魔導列車は、同盟国ファルシア公国への10日間の長い旅路へと、力強く加速していった。
ーー
10日間に及ぶ魔導列車の長旅は、4人にとって驚きと発見の連続だった。
車窓から見える景色は、石造りの洗練されたグラン・フォリアの街並みから、次第に深く豊かな大自然へと変わっていく。
そしてついに、一行はファルシア公国の首都へと到着した。
フォーーーンッ!!
「ファルシアー、ファルシアー、終点です。手荷物のお忘れ物の無いように、お降りください」
王都の幾何学的な建造物とは異なり、木彫りの装飾や自然石を活かした温かみのある街並みが広がっている。
街を行き交う人々の服装や、街灯に使われているマギアの構造も王都とは微妙に違っていた。
「すごい!見てよみんな、あの獣車(魔獣の馬車)、王都の魔獣よりずっと大きいよ!」
普段は飄々としているアルノも、見慣れない異国の光景に目を輝かせ、あちこちをキョロキョロと見回してウキウキと歩いている。
「こらアルノ、迷子になるぞ!ちゃんとオレのそばを歩け!」
巨大なリュックを背負ったカイルが、本当に保護者のような顔でアルノの首根っこを掴む。
4人が到着したのは、滞在先となる『国立ファルシア魔導学園』。
受付で身元を告げると、立派な応接室へと案内された。
ふかふかのソファに座り、出された異国の紅茶を飲みながら待っていると、コンコンコンと控えめなノックの音が響き、立派な両開きの扉が開いた。
「長旅でお疲れのところをお待たせしましたな。ようこそ、国立ファルシア魔導学園へ」
現れたのは、温和な笑顔を浮かべた恰幅の良い初老の男性だった。
この学園の教頭である。
そして彼に先導されるように、ファルシア魔導学園の制服に身を包んだ4人の男女が部屋へと入ってきた。
「彼らが今回の合同実習でグラン・フォリアの皆さんとチームを組む、我が校の代表チームです。さあ、自己紹介を」
教頭が促すと、先頭を歩いていた少女が一歩前に出た。
華やかな、深いピンクの縦ロールツインテール。
そして、学園の制服とは思えないほどフリルやリボンがあしらわれた特注の装束。
それはただの飾りではなく、高度な術式が編み込まれた立派なマギアであった。
「私が今回の合同実習であなたたちとチームを組む、ディアナ・マグノリアよ。マグノリア商会の娘と言えば分かるかしら。よろしく頼むわね」
ディアナは真紅の瞳で4人をスッと見渡すと、なぜか真っ直ぐにアルノの目の前まで歩み寄り、顔が触れ合いそうなほど至近距離からジッと覗き込んできた。
「えっ、あ、…ボクはアルノ・ガレオ……」
「あなた、ひょっとしてクラフターなのかしら?それにずいぶんと小柄だし、もしかして道に迷った一般の女の子?私たちの実習は、お遊びじゃなくてよ」
強気なお嬢様特有のグイグイと迫る圧倒的な圧と、ふわりと香る甘い香水。
普段ならどんな嫌味も涼しい顔で受け流すアルノだが、パーソナルスペースを完全に無視したディアナの自信満々な態度に、思わずたじろいで言葉に詰まってしまう。
「は、はぁ……」
アルノが珍しく戸惑っていると、ディアナの背後から亜麻色のショートボブの少女が歩み寄り、ディアナの肩を軽く引いて距離を取らせた。
「ごめんなさいね。ディアナは少しばかり、人との距離感が近いだけなの」
穏やかな焦げ茶色の瞳を持つ彼女は、テレサ・ブランと名乗った。
軽装で動きやすい出で立ちをしている。
「私はディアナの幼馴染で、代々マグノリア家にお仕えしている関係で、彼女の護衛役として付き添っているの。ああ見えてすごくいい子だから、悪く思わないでね」
苦笑いしながらフォローを入れる常識的なテレサの姿に、ミラとシルフィアはホッと胸を撫で下ろす。
すると今度は、銀縁眼鏡をかけたアッシュグレーの髪の青年が、丁寧な足取りで進み出た。
「初めまして、僕はユリウス・クラーク。ジョブ(職業)は、ガーディアン(結界師)です」
ユリウスは誠実な笑みを浮かべ、深くお辞儀をした。
「我が国のダンジョンは自然が深く、危険も多く潜んでいます。ですが、どうかご安心ください。僕のバリアで、あなたたちに指一本触れさせません。少しでも怖い思いをしたら、すぐに僕の背後に隠れてくださいね」
一切の嫌味なく、本気で心配している過保護すぎる挨拶に、シルフィアとカイルは目をパチクリとさせる。
「おーいユリウス、いきなりそんな重苦しい挨拶したら女の子たちが引いちゃうだろ?」
最後にひょっこりと顔を出したのは、明るい茶髪と人懐っこい琥珀色の瞳をした、軽装のソーサナイト(魔導騎士)だった。
「俺はニコラス。よろしくな!」
ニコラスは爽やかな笑顔を振りまくと、真っ直ぐにミラの元へと歩み寄った。
「君、すごく綺麗な青い瞳をしてるね!合同実習は明日からだし、もしよかったらこの後、二人で街のカフェに行かない?美味しいケーキを知ってるんだ」
「はぁっ!?な、何言ってんのよアンタ!初対面でいきなりナンパ!?」
顔を真っ赤にして怒るミラと、「まあまあ、お茶くらいいいじゃないか」と笑って躱すニコラス。
「おい…、おまえ。は・な・れ・ろ!」
カイルが不機嫌そうに、2人の間に割り込んで引き離す。
それを見ていた教頭が、「こらこら、ニコラス。他国からの客人になんという挨拶だ」と苦笑交じりに窘める。
お嬢様気質のディアナに、常識人だが苦労性な護衛のテレサ。
過保護すぎるユリウスに、軟派なムードメーカーのニコラス。
これが、ファルシア魔導学園Aクラスのトップチーム『チームクラーク』。
あまりにも個性が強すぎる他国のエリートチームの面々に、チームガレオスの4人はすっかり圧倒され、ただただ立ち尽くすことしかできなかった。




